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ギターの銘器 [楽器音響]

ギターでは,ヴァイオリン程の高額な楽器は無いですが,数千万円のものはあります。

むろん,有名プレイヤーが使ったエレキギターなどにビンテージ価格が付いたりもしますが,ここでは普通に演奏に使うクラシックギターの話です。

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かつてオファーが来たトーレスのラベル
現在最高とみなされるのが,アントニオ・デ・トーレス(1817-1892)です。モダンクラシックギターの祖です。現在のクラシックギターは,基本的にはすべて彼の楽器のコピーです。「モダン」クラシックギターというのがヘンだと思われるかもしれませんが,ギターはかなり古い楽器で,当初は4コース*のルネサンスギターでした。中南米のクアトロとか,ハワイのウクレレなどの形で残っています。これらはモダンルネサンスギターとでも言えるかもしれません。それが時代を下って,5コースのバロックギターになり,古典派のソルなどの時代に6弦単弦の19世紀ギターとなり,アルカスやその弟子タレガの時代にトーレスとなったわけです。

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同トーレスのボディ
一方,19世紀ギターがアメリカに渡った流れがマーチンなどの鉄弦ギターを生む事になりました。むろんエレキギターもその流れです**。ですから,今日ジャンルでかなり別れている楽器の種類も,古典派のソルたちが使った19世紀ギターを共通の親とするわけです。

クラシックギターの方はトーレスの変革後,基本は変わっていません***が,アメリカに渡った流れは多くのヴァリエーションを生んでいると言っていいでしょう。現在一般の楽器店を覗くと,そちらの種類が沢山並んでいるわけです。

クラシックギターの直接の始祖であるトーレスは現在数千万円のお値段です。これを使うプレーヤーの方もいます。それでもヴァイオリンに比べたら,一桁以上お安く,ヴァイオリニストを妻に持つギタリストが,数百万円の楽器を所望したら,「アナタ,プロなのに,そんなお安い楽器で大丈夫なんですか?」と言われたという話は以前記事にしました。アマチュアの私にトーレスが22.5万ドルという破格値?(むろんお安い方の)でのオファーが来たことがありますが,むろん私の財力ではムリでしたが。

さて,(モダン)クラシックギターの楽器の銘器は,トーレスを最高峰として,それに準ずるレベルの楽器,更にその次のクラス位までがプロの演奏家に使われる楽器だと言えるでしょう。何分すべて個人製作家の手作りによるもので,物によっては世界に百数十本しかないものもあります。趣味の品は何でもそうですが,クラシックギターも例外ではなくて,トーレスは半分骨董と言っても良いでしょう。むろん,楽器の骨董的価値は,演奏できることですが。

何分人によっても好みは分かれますので,ここではなるべく一般に言われる感覚で書いてみたいと思います。ギターの(個人)メーカーはものすごく多いので,ごくごく掻い摘んで。

国別で行きます。

まずスペインです。
何分モダンギターの始祖トーレスの国ですし,ルネサンス期の16世紀ごろ「ビウエラ」という楽器が貴族にもてはやされました。4コースのルネサンスギターや5コースのバロックギターに対して,ビウエラは6コースのルネサンスリュート調弦です。他のヨーロッパ諸国ではマンドリン形状のリュートが流行ったのに対して,スペインでだけは瓢箪型のこの楽器が流行りました。ギターという名前こそついていませんが,これをその後のスパニッシュギターの直接の先祖とする見方もある様です。

ちなみに「ビオラ」という名称は,もともとは指(やプレクトラム)で弾くか弓で弾くかに関係なく,瓢箪型の楽器を総称したようです。弓奏楽器も現在ではヴィオール族とヴァイオリン族に分かれていますが,たまたまヴァイオリン族の一種類に名前が残っただけの様です。実際,ビオラ・ダ・ガンバとかビオラ・ダ・モーレ,ビオラ・ダ・何とかという楽器は色々あって,いずれもヴィオール族です。ヴィオール族とヴァイオリン族の違いどころか,弾奏と弓奏の違いすら無い言葉だったのです。現在ポルトガルではスパニッシュギターの事をビオラ"violão"という様ですが,では現在のヴァイオリン族のビオラの事を何と言うかと言うと,ビオラ"viola"で,綴りが英語などと同じですから外来語なのかもしれません。

前置きが長くなりしたが,大雑把に言って現代のギターの始祖トーレス流れを引き継いだのが,ホセ・ラミレスI世の弟のマヌエル・ラミレス(1864-1916)とホセ・ラミレスII世(1885-1957)でした。ホセ・ラミレス家はIII世の時代で栄華を極め,最も有名なメーカーとなりました。一方マヌエル・ラミレスは若きセゴビアに楽器を提供して活動を支援したことでも知られ,その後継者にサントス・エルナンデス,マルセロ・バルベロI世がマドリッド派の伝統を継ぎ,バルベロI世の下に弟子入りしたギター奏者でもあったアルカンへル・フェルナンデス(1931-)の楽器は,息子のマルセロ・バルベロII世よりも評価が高くなっています。詳しくは,系図を辿らないといけませんが,大雑把に言って,この人たちを「マドリッド派」というのでしょう。その流れで有名な作家としてエンリケ・ガルシア(1873-1940)やドミンゴ・エステソなどがいます。また,ホセ・ラミレスIII世の工房で働いていた職人たちは独立して後に有名となりました。有名どころだけでも,パウリーノ・ベルナベ(1932-2007),マリアーノ・テサーノスにテオドロ・ペレス,マヌエル・カセレスにマヌエル・コントレラスとか,かなりの人数です。

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CDでわかるギターの名器と名曲より。
マドリッド派に有名なエルナンデス・イ・アグアドもいます。この楽器は2人の合作です。
あとスペインの有名なブランドとしては,エンリケ・ガルシアの唯一の弟子フランシスコ・シンプリシオ(1874-1932)の流れで,バルセロナで製作したイグナシオ・フレタ(1897-1977)でしょうか。現在流通している楽器でも最高価な部類で,現在は息子たちが継いでいます。

もう一方の流れに,グラナダ派といわれる人たちがいます。アントニオ・マリン・モンテロ(1933-)が有名ですが,フランスのブーシェの影響を受けています。

ここに挙げたのは,ごくごく有名な人たちで,トーレスだって沢山いた製作家の中の一人だったわけです。それは,スペイン以外の国についても当てはまります。スペインの次に取り上げる国としては,どこか迷うところですが,あまり日本には入って来ていないですが,イタリア。何分弦楽器の国です。ギターメーカーも膨大にいる様ですが,余り知られていません。有名どころでは,アンドレア・タッキ (1956-) ですが,バリバリ現役製作家です。当然歴史的な名工もいるとは思うのですが,何分当方もあまり知りません。以前YouTubeに上がった試し弾きの動画を紹介したことがあります。最近脚光を浴びているのはロディでしょうか。何分旬のギタリスト,M.ディラが使っています。教室の仲間の楽器を一度だけ試奏させて貰いましたが。。。むむむ「上善如水」の様な音がしました。さらさらと水の様な。新しいからなのか,この楽器の特徴なのか。

歴史的楽器を出した国としては,ドイツでしょう。言わずとしれたハウザーI世(1882–1952)です。一時期は日本人が最も憧れた楽器でした。セゴビアがドイツのハウザーにマヌエル・ラミレスの楽器を見せて作らせたようです。現在でもよく見かける楽器にハウザーのヴィエナ・モデルがありますが,トーレスやマヌエル・ラミレスのコピーではなくてシュタウファーのコピーモデルの様でこれはそれなりのお値段はしますが余り評価は高くないようです。トーレスタイプのモデルは,ハウザーII世(1911-1988),III世(1958-)と引き継がれ,現在最高の楽器として愛奏するプロやギター愛好家は沢山います。ハウザーが有名すぎるためか,他のメーカーは霞んでしまいますが,この頃余り名前を聞きませんが,エドガー・メンヒ(1907-1978)は良い楽器だったと思います。現役で有名どころでは,レーミッヒ(1953-)とかブレヒンガーとかフリッツ・オウバーとが思いつきます。忘れてはいけないのは,泣く子も黙るダマン,マティアス・ダマン(1957-)です。バルエコやラッセルなどのトップギタリストが使うプロ御用達楽器です。外見上はほとんどわかりませんが,ダブルトップとか僅かなレイズドフィンガーボードとか新構造で作られています。

フランスで有名なのは何と言ってもブーシェ(1898-1986)でしょう。画家であったために細部に独自のこだわりが見られ非常に芸術的な楽器と言われます。愛奏した演奏家にブリームがいます。154本しか作られていないので希少価値からも非常に高価な楽器になっています。トーレスに次ぐ第一級の楽器といえるでしょう。日本でも故稲垣稔さんなどが愛奏していました。もう一つのビッグネームはダニエル・フレドリッシュ(1932-2020)でしょうか。ブーシェの後継者として挙げるとすれば,ドミニク・フィールド(1954-)でしょうか。ここで挙げたフランスの3種類の楽器は全て試奏したことがあります。かつてフィールドの松は私の最も欲しい楽器でしたが,製作本数が非常に少なく入手困難です。

イギリスで有名なのは,ホセ・ルイス・ロマニリョス(1932-)です。名前から当然スペイン系なのですが,イギリスに移住しています。やはり,ブリームの愛奏楽器として有名で,村治佳織さんのメイン楽器でもあります。トーレスの研究家としても知られます。イギリス人製作家で昔から有名なのは,デイヴィッド・ホセ・ルビオ(1934-)ですが,その後NYに移住しています。イギリス製で有名どころでは,ポール・フィッシャー(1941-),ケビン・アラム(1949-),クリストファー・ディーン(1958-)とか英語圏でわかりやすいからか,他国製よりは多めに日本に入っている感はあります。

アメリカ。アメリカはアコギやエレキのイメージが強いですが,クラシックギターもちゃんと評価されている感があります。かつて1年弱滞在した時,確かクラシックギターの曲ばかり流しているFM局もありました。クラシックギターの製作家として順番的に言えば,マヌエル・ベラスケス(1917- 2014)でしょうか。プエルトリコ出身で一時期住んでいましたが,元はスペイン系でニューヨークで工房を開いていました。現在は息子さんが継いでいる様ですがかなり高齢の時のお子さんのようです。ホセ・ラミレスIII世と並び称されたホセ・オリベ(1932-)のほか,ポール・ジェイコブソン(1940-),現在は色んなメーカーに取り入れられているレイズドフィンガーボードの開発者トーマス・ハンフリー(1948-2008),かつてバルエコの使用楽器で知られたロバート・ラック(1945-2018)などがいます。

オーストラリア。オーストラリア製の楽器の名声を一気に高めたのが,ジョン・ウィリアムスの使用楽器となったスモールマン(1947-)でしょうか。ジョンは若い頃はアグアドやフレタを使っていましたが,白髪が目立つ頃になって,スモールマンを使い出しました。この楽器は,表面板裏の補強がトーレス伝統のファン・ブレーシングではなくラティス・ブレーシングと言われる構造です。都内の楽器店で一度だけ試奏したことがありますが,ものすごく重い(普通の楽器の2倍程度)のも特徴です。音が非常に大きく,かなり独特なダークな音響です。以前も触れましたが,ラティス・ブレーシングはジョン・ウィリアムスの影響で,スモールマンばかりが有名になりましたが,研究者でもあったカルダースミス(1943-2019)のものが元祖だったかもしれません。アナ・ヴィドヴィッチの使うレッドゲイトとか,最近ではポール・シェリダンが有名になっています。いずれもラティス・ブレーシングですが,スモールマンらのラティスは斜め45度に入りますが,シェリダンのものは縦横に障子の様に入っている様です。スモールマンのも含めワッフル構造とも言われます。

日本。日本にも沢山のクラシックギター製作家がいます。クラシック・ギター製作の草分けと言えるのが,中出阪蔵(1906-1993)でした。中出氏の兄弟や御子息や門下からは沢山の製作家が出ています。後に国際的にも名が知られることになった今井勇一氏や星野良充氏も門下です。もう一方の有名ブランドは河野賢(1926-1998)です。現在は甥にあたる桜井正毅氏(1944-)が継いでいます。

ここに挙げた国の中や国以外でも紹介するギターメーカーはいろいろありますが,歯止めがないので,とりあえず,このくらいで打ち止めにしておきます。


*コースというのは,複弦が混在する場合に弦数でいうと分かりにくいので同一音程(オクターブもあり)の弦をまとめてコースと言っています。ちなみに今日のスチール弦の12弦ギターというのは,6コース複弦ギターという事になります。
**色んなご意見をお持ちの方がいると思いますが,ここはクラシックギターのブログなので,アコギの詳しい歴史は割愛します。例えば,マーチンはウィーンのシュタフファーに学んでいます。
***内部構造や板に様々な工夫がなされていますが,外形は変わりませんので一般の方に区別はつかないでしょう。
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gonntan

もうなんというか、すご~~~いとしか言いようがありません(;_;)
by gonntan (2022-01-09 22:20) 

Enrique

gonntanさん,
クラシックギターの製作家の有名どころのみ取り上げました。それほど有名でなければいくらでもあります。
多分,一般の方には数千万円のトーレスも数千円のお安い楽器も見た目では区別がつかないと思いますね。
by Enrique (2022-01-10 17:26) 

河内の木樵

確かフレドリッシュさんは昨年、他界されたかと思います。日本ではロマニニョスの講習会で学んできた人が多数活躍しています。河野さんや中出さんとは異なる音作りで日本の製作家をこれから引っ張るのはこの世代でしょうね。
by 河内の木樵 (2022-01-10 19:37) 

Enrique

河内の木樵さん,
ご指摘ありがとうございます。フレドリッシュさんは2020年に他界されていました。没年追加しました。
日本の楽器に関しては,かつてはお二人の影響が大きかったとは思いますが,より魅力ある音作りを新世代に期待したいものです。
by Enrique (2022-01-10 23:44) 

oga.

これまた読み応えのあるコンテンツですね。しばし読み入ってしまいました。
学生の頃にヨーロッパ各国を回ったことがあるのですが、どこの国の楽器店へ行ってもスペイン製のクラシックギターばかりが並んでいたため、クラシックギターはスペイン人しか作らないものなのか、日本人が作るのはウィスキーと同じで特殊なのかと思ってました。もちろん工房などではなく、楽器店に並ぶ安価なギターのことですが。
by oga. (2022-01-11 22:32) 

Enrique

oga.さん,
むろんこれ以外でも大勢いますね。私の所有楽器のオランダやアルゼンチンは含んでいません。
ブログ書き出して以来楽器の銘柄も書きたいと思いながらも,沢山ありすぎて,系統樹でも作らないと説明できないなと思いながら今に至ります。初期の頃,他の方へのコメントに書いたら,喜ばれた記憶があります。
https://classical-guitar.blog.ss-blog.jp/2009-06-07

スペインは高級手工品から量産品まで揃うので,製造コストの面もあり,一般楽器店に並ぶ量産品はスペイン製ばかりになるのは納得できます。日本でもスペイン製ばかりになった一時期がありました。たしかヤマハやアリアがそうしていました。
by Enrique (2022-01-12 06:45) 

シーモンキー

エルナンデス・イ・アグアドとヘスス・ベレサール・ガルシア、それにブーシェの真の後継者のジャン=ピエール・マゼのことに触れられていないのは少々残念です。
by シーモンキー (2024-03-29 17:31) 

Enrique

シーモンキーさん,
少々残念とおっしゃるのはご自由ですが,当記事はクラシックギターと鉄弦ギターとの区別が怪しい人が多い中で書いた2年以上前のものです。
製作家の方々まだまだ沢山沢山いらっしゃいます。当方もここに取り上げていない製作家の楽器も所持しますし,試し弾きしたものもあります。沢山沢山いらっしゃることは当然承知の上です。それぞれファンの方もまた多数ですが,日本に入ってくる楽器も日本人好みのものにごくごく限られたものです。流行り廃りも極端なものがあります。
挙げていらっしゃる製作家の方はむろん素晴らしい方々ですが,流れのブログ記事上では,どこかでカットしなければなりません。
ぜひ,シーモンキーさん推しのリストをご発表下さい。
by Enrique (2024-03-30 07:25) 

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