ピッチ変動実演 [音律]
ピッチ変動は,自然の純正律を用いていると特定のコード(和声)進行では避けられない現象です。この発生メカニズムについては,オイラー格子上ではっきりと追える事もあり,私としては試す必要も無いと思っていました。しかし,その理解が必ずしも浸透しているわけでもない(むしろ殆どなされていない?!)ようですので,実演してみるのも意味ある事かと思います。
ピッチ変動を実演している例はあまり無いのではないでしょうか。むしろ厄介者ですから,知らない方が幸せなのかも知れません。実際に純正律を用いて演奏しているもので最初と終りでピッチが変動している演奏は実際にあるようです。しかし,多くの場合,「ピッチ変動」というのは沢山の楽器を擁するオケなどにおいて,温度変化などによる楽器の音程ずれとごっちゃにされている感があります。昔の録音ならアナログ録音の回転ムラのせいにもされかねません。
ここで取り上げているのは,自然の純正律を用いて必然的に起こるピッチ変動(pitch-drift)のことです。REIKOさんのコメントによれば「コンマ移高」とも言われているそうですが,高くなるだけの現象ではなくて,コード進行状況に応じて高くも低くも成り得る現象ですので,どうも用語自体も混乱しているようです。
いま一度,このことを復習しておきます。
和声進行時に保留音は勝手に上げ下げすることは出来ませんので,保留音をつなぎながら,和音構成音の音程を純正に保って行ったら,必然的に起こる現象でした。純粋にハモらせながら特定の和声進行を行うと,必然的にそうなってしまうということでした。上がるケースもある訳ですが,今回は以前の記事ではコード進行のみ示した以下の譜例(下がるケース)に絞って,もう少し詳しく見てみます。
この譜例をいくらナガメテも,ピッチ変動などありえません。通常の五線譜では実音とオタマジャクシが示す音高は一対一に対応しているものだからです。しかし,先日のオイラー格子上で示した通り,始めのドミソと終りのドミソでは位置が変わってしまい,この進行の場合はピッチが下がらざるを得ないのでした。
図式的に表しますと,以下の様になります。
正確を期すべく図中に色々書きこんだら,なにやらムズカシゲな図になってしまいましたが,上の譜例で示した四声体の音の高さ(音程関係)の動きを図式的に表わしたものです。
最初ドミソドでスタートします。各音の音程はバスを1とすれば,テナーが5/4,アルト3/2,ソプラノ2ですね。オレンジの長円で囲みました。
次の和音ではソプラノとテナーが保留音になっていてそのままです。アルトとバスはラに移行しますが,アルトはソプラノの短三度下,バスはテナーの完全五度下を歌うのでしょうか。次はアルトがそのラを保留して,他の三人がそれに合わせて動くはずです。すなわち,ソプラノはアルトの四度上,テナーはアルトの完全五度下,バスはテナーの六度下です。
次はテナーのレが保留されて,他の三人がそれに合わせます。すなわちアルトとバスは保留しているテナーのレからソを取り,ソプラノはテナーの六度上もしくはアルトの長三度上でシを取るはずです。
最後は主和音に戻りますが,アルトのソが保留されて,それに合わせて他の三人はドミソの和音を作ります。
どうでしょうか。最初1 : 5/4 : 3/2 : 2,整数比で言えば,4:5:6:8の音程でスタートした音程比率は厳然と変わらないですが,全体の高さ(すなわちピッチ)が,80/81倍(約-22セント)に低下してしまいました。(水色の破線の長円で囲みました。)
生楽器でこれを試すには,上手な合唱隊か弦楽アンサンブルが要ります。しかし,便利な時代になったもので,フリーソフトAudacityに0.001Hzくらいの精度でトーン信号を発生する機能がある事に気づきました。通常はいちいち音を周波数で打ち込んでいたらかないませんが,このような全体のピッチが変動して行くような場合には却って便利かも知れません。
私はmidi装置は使ったことが無いので,そちらではどうやるのか分りませんが,シントニックコンマ分異なる音高の音階のセットを複数用意しておいて,和声進行などに応じ,純正を保ちながら,音階のセットを使い別けて行くことになるのでしょう。その際オイラー格子でチェックして行けば間違いは起こりにくいと思います。
ではやって見ます。まず,自然の純正律による純正音程で行きます。自然のハモリ現象は利用できませんので,周波数値をなるべく正確に入れるのみです。Audacityのトーン機能に入力された周波数値は小数点第4ケタで四捨五入されて,第3ケタまでが採用されます。内部の処理もこの精度だとして,ここで使っている数百Hzの周波数ですと,±0.002セントほどの音程精度になります。波形は正弦波です。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
どうでしょうか?人により感じ方それぞれだと思いますが,純正を保つとこうするしかないはずです。一回くらいならばそれほどはひどくなくて,別の進行で1コンマ上昇できれば元に戻ります。
しかし,これを執拗に繰り返せば,あからさまになります。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
これは同じ進行を四回繰り返したもので,「もう止めて!」とならないでしょうか?
音程が自由にとれる自然の純正律ではなくて,鍵盤の様に一定音程の音階を切り取った音階ではピッチ変動は起こりません。一応やってみます。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
音程をその都度純正に保つのではなくて,あらかじめ決められた音階ですからピッチ変化のしようがありません。その結果ヘンな和音の響きが出ます。純正よりも短い五度を鳴らしたのですね。
ついでに,比較のため平均律による進行も上げておきます。盛大にうなっています。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
さて,先日オイラー格子を紹介した際,ミタチさんからコメントいただいていましたが,和声進行の禁則なるものにも,純正律の使用を前提に決められたものがいくつかあるようです。禁則の解釈については皆さん色々おっしゃいますが,本当に納得できる理由を聞いた事がありません。これについては記事を改めることにします。
音律は本質的にアチラを立てればこちらが立たないと言う関係になっていて,これが絶対なんていう音律は無いのですね。
この事はすべての音律について言えることですが,ここでは純正律として自然の音程が自由にとれるものと,鍵盤などに使用される音程が固定されたものとを比較すると,以下の事が言えるはずです。
すべての音程間の5度(4度)3度(6度)を純正を保つ → ある種の和声進行によりピッチ変動を生ずる
純正音程をいくつかあきらめて固定音程とする → ピッチ変動が生じない代わりに特定の和音が音痴になる。
ピッチ変動を実演している例はあまり無いのではないでしょうか。むしろ厄介者ですから,知らない方が幸せなのかも知れません。実際に純正律を用いて演奏しているもので最初と終りでピッチが変動している演奏は実際にあるようです。しかし,多くの場合,「ピッチ変動」というのは沢山の楽器を擁するオケなどにおいて,温度変化などによる楽器の音程ずれとごっちゃにされている感があります。昔の録音ならアナログ録音の回転ムラのせいにもされかねません。
ここで取り上げているのは,自然の純正律を用いて必然的に起こるピッチ変動(pitch-drift)のことです。REIKOさんのコメントによれば「コンマ移高」とも言われているそうですが,高くなるだけの現象ではなくて,コード進行状況に応じて高くも低くも成り得る現象ですので,どうも用語自体も混乱しているようです。
◆
いま一度,このことを復習しておきます。
和声進行時に保留音は勝手に上げ下げすることは出来ませんので,保留音をつなぎながら,和音構成音の音程を純正に保って行ったら,必然的に起こる現象でした。純粋にハモらせながら特定の和声進行を行うと,必然的にそうなってしまうということでした。上がるケースもある訳ですが,今回は以前の記事ではコード進行のみ示した以下の譜例(下がるケース)に絞って,もう少し詳しく見てみます。
この譜例をいくらナガメテも,ピッチ変動などありえません。通常の五線譜では実音とオタマジャクシが示す音高は一対一に対応しているものだからです。しかし,先日のオイラー格子上で示した通り,始めのドミソと終りのドミソでは位置が変わってしまい,この進行の場合はピッチが下がらざるを得ないのでした。
図式的に表しますと,以下の様になります。
正確を期すべく図中に色々書きこんだら,なにやらムズカシゲな図になってしまいましたが,上の譜例で示した四声体の音の高さ(音程関係)の動きを図式的に表わしたものです。
最初ドミソドでスタートします。各音の音程はバスを1とすれば,テナーが5/4,アルト3/2,ソプラノ2ですね。オレンジの長円で囲みました。
次の和音ではソプラノとテナーが保留音になっていてそのままです。アルトとバスはラに移行しますが,アルトはソプラノの短三度下,バスはテナーの完全五度下を歌うのでしょうか。次はアルトがそのラを保留して,他の三人がそれに合わせて動くはずです。すなわち,ソプラノはアルトの四度上,テナーはアルトの完全五度下,バスはテナーの六度下です。
次はテナーのレが保留されて,他の三人がそれに合わせます。すなわちアルトとバスは保留しているテナーのレからソを取り,ソプラノはテナーの六度上もしくはアルトの長三度上でシを取るはずです。
最後は主和音に戻りますが,アルトのソが保留されて,それに合わせて他の三人はドミソの和音を作ります。
どうでしょうか。最初1 : 5/4 : 3/2 : 2,整数比で言えば,4:5:6:8の音程でスタートした音程比率は厳然と変わらないですが,全体の高さ(すなわちピッチ)が,80/81倍(約-22セント)に低下してしまいました。(水色の破線の長円で囲みました。)
◆
生楽器でこれを試すには,上手な合唱隊か弦楽アンサンブルが要ります。しかし,便利な時代になったもので,フリーソフトAudacityに0.001Hzくらいの精度でトーン信号を発生する機能がある事に気づきました。通常はいちいち音を周波数で打ち込んでいたらかないませんが,このような全体のピッチが変動して行くような場合には却って便利かも知れません。
私はmidi装置は使ったことが無いので,そちらではどうやるのか分りませんが,シントニックコンマ分異なる音高の音階のセットを複数用意しておいて,和声進行などに応じ,純正を保ちながら,音階のセットを使い別けて行くことになるのでしょう。その際オイラー格子でチェックして行けば間違いは起こりにくいと思います。
◆
ではやって見ます。まず,自然の純正律による純正音程で行きます。自然のハモリ現象は利用できませんので,周波数値をなるべく正確に入れるのみです。Audacityのトーン機能に入力された周波数値は小数点第4ケタで四捨五入されて,第3ケタまでが採用されます。内部の処理もこの精度だとして,ここで使っている数百Hzの周波数ですと,±0.002セントほどの音程精度になります。波形は正弦波です。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
どうでしょうか?人により感じ方それぞれだと思いますが,純正を保つとこうするしかないはずです。一回くらいならばそれほどはひどくなくて,別の進行で1コンマ上昇できれば元に戻ります。
しかし,これを執拗に繰り返せば,あからさまになります。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
これは同じ進行を四回繰り返したもので,「もう止めて!」とならないでしょうか?
音程が自由にとれる自然の純正律ではなくて,鍵盤の様に一定音程の音階を切り取った音階ではピッチ変動は起こりません。一応やってみます。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
音程をその都度純正に保つのではなくて,あらかじめ決められた音階ですからピッチ変化のしようがありません。その結果ヘンな和音の響きが出ます。純正よりも短い五度を鳴らしたのですね。
ついでに,比較のため平均律による進行も上げておきます。盛大にうなっています。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
◆
さて,先日オイラー格子を紹介した際,ミタチさんからコメントいただいていましたが,和声進行の禁則なるものにも,純正律の使用を前提に決められたものがいくつかあるようです。禁則の解釈については皆さん色々おっしゃいますが,本当に納得できる理由を聞いた事がありません。これについては記事を改めることにします。
音律は本質的にアチラを立てればこちらが立たないと言う関係になっていて,これが絶対なんていう音律は無いのですね。
この事はすべての音律について言えることですが,ここでは純正律として自然の音程が自由にとれるものと,鍵盤などに使用される音程が固定されたものとを比較すると,以下の事が言えるはずです。
すべての音程間の5度(4度)3度(6度)を純正を保つ → ある種の和声進行によりピッチ変動を生ずる
純正音程をいくつかあきらめて固定音程とする → ピッチ変動が生じない代わりに特定の和音が音痴になる。
オイラー格子でみる純正律〜クラリネットの謎?〜 [音律]
一連の記事の補遺です。今回はオイラー格子は直接使わなくてもよい話です。
純正律が用いられて来た背景には声楽や弦楽器,管楽器などの音程が自由になる楽器をハモらせる,それが大変美しい上に,むしろその方が楽に演奏出来るという背景があると思います。
やはり人の声が一番なのだと思います。これに関してはかなり研究は進んで来ている様ですが,ナカナカ簡単に説明出来る話ではありません。何か良い実例はないかと探していましたら,クラリネットの話がありました。単純に片閉じ管で割と音質もイメージしやすいので。
何でもクラリネットは大変ハモリやすい楽器とのことです。故玉木宏樹氏のページに書かれていました。
なるほどなぁ。と思いました。
まず,ハモるというのはどういう現象なのでしょうか?
ユニゾンをぴったり合わせるのももちろんハモリでしょうが,和声的なハモリは5度や3度でしょうか。
ハモるというのはハマるのに近い現象です。以前の記事にも書きましたが,いったんハマるとはずす方が難しいのです。
自然現象としては同一周波数,すなわちユニゾンがぴったり合うことですが,なぜ5度や3度がハモるのでしょうか。
クラリネットは管の一端が吹き口になって閉じていますので,気中共鳴でいう片側閉管です。片側閉管では奇数次高調波(倍音)が出ます。よく高校の物理の実験などでやりますが,以下の様な図で表わされます。
メスシリンダーのような図ですが,片閉じ管の原理図で,クラリットのモデルだと思って下さい。左側の吹き口側は閉じていますから気柱振動の節にならざるを得ませんし,開口の右側は腹にならざるを得ません。これらは固定境界とか自由境界というのですが,弦の場合は両端固定なのは目に見えていますから分りやすいのですが,管の空気の振動は目に見えませんので,発泡スチロールの小さな球を入れたりして,人間目で見ないとナカナカ信用しませんから,ああいう可視化のデモ実験をやるわけです。
ともあれ,基音は1/4波長にならざるを得ません。次の倍音(高調波)も開管側が腹になりますから,3/4波長,以下同様に,5/4,7/4,...などとなっていきます。これらが,基本(1次)波,3次倍音,5次,7次,...などとなって行きます。この様な片側閉管では,奇数次倍音が出ます。これがクラリネットの単純モデルです。端部補正とか細かい話は(インハーモニシティはここにも)あるのですが,大枠の話です。
ですから,クラリネットで発音された音符の音(基音)の次は第3次倍音,これは純正5度ですし,次の5次倍音は純正長3度です。これらの純正音程関係を持った倍音が,基音にミックスして出ます。そしてそのスペクトル特性がクラのあの独特な音質そのものを表すことになるわけです。
あっれー,ドの単音出しただけで,純正のソとミをその中に含んでいる事になります!(実際の楽器は基音がB♭だったり,Fだったりしますが)2倍音がなく3倍音からですので,最初のハーモニクスは5度上(12度!)になるのですね。
アンサンブルするにしても,純正律音階と同じ理屈でぴったり合わせる事ができることになります。努力なしで。
すなわち,ドを吹いた人の音に含まれる3次高調波はソですから,他の人はそれに自分の基音と合わせれば純正五度がぴったり来ます。次の5次高調波はミですから,純正長三度がぴったり来ます。
言わばハモリの基準を気柱共鳴(管と空気で作られる固有振動)で出していることになります。
音源間の共鳴は,ぴったり合わないとダメで,直ぐにずれます。共鳴を持続するには努力を続けないといけません。純正律に関する誤解の一つでもあります。人間の所作で共振を持続させるような精密な音程調整が出来るわけがない!と。
しかし,共鳴(共振)ではなくて,同期現象というのは,条件がそろえば,引き込み(pull-in)現象により多少の誤差を吸収してハマり,むしろ外すのに苦労するのです。これは非常に不思議な現象なのですが,発音機構や伝達機構に非線形性,フィードバック要因・調節機構があると発生します。
これは送電線網に連系する発電機がぴったりと揃って回っていることや,壁に掛けたわずかにくるった2つの柱時計が合ってくる現象などにみられるように,自然の同期現象です。良く誤解があるのですが,これは共鳴現象とは実は似て非なるものなのです。
音楽におけるハモリ現象は,この同期現象と「類似」の現象と以前書きましたが,これは全く「同様」の現象と言わないといけなかった事になります。あくまでも同期現象は同じ周波数で起こるわけですが,音楽的なハモリ現象では基音と倍音とか,倍音同士とかの同期現象だと言う事ですね。
逆に,同期現象を理解され,それを踏まえて,平均律でも発音機構の非線形性などにより音程調整が働いて響くという意見もあります。これは程度問題だと思いますが,三度はどう頑張っても無理だと思います。様々な楽器や,楽器間のハモリは,どの程度の誤差を吸収してくれるのかは今後の研究課題だと思います。
さて,一方の代表的な木管楽器であるフルートは開管楽器です。両側が開管なので,気柱の振動は下図に示す様に両側が自由端にならざるをえないので,基本波は1/2波長の定在波でつくられます。
基本波の次に出るのは第2次高調波。これはオクターブです。次が第3次高調波と,基音を作る1/2波長が,1,2,3,4と入っていきますので,倍音の出方の基本は弦と同じです。
先日の記事で聞いてもらったように,奇数次高調波の音(方形波)は性質的にはクラリネット音に近いといえます。これは単独の音質として聞いた場合,一種独特な音で,単独の音質としては,偶数次の音の方が音楽的に聞こえる訳ですが,奇数次高調波を含む音色はその音の中にいわばハモリの基準音を出してくれているわけですから,オケなどのアンサンブルには無くてはならない楽器なわけですね。
逆に言えば,クラリネット的な純正音的?音質は,ウェルテンペラメントや平均律楽器との相性は良くないわけで,フルートのほうがピアノやギターとも合い,外交的な楽器であるのも合点が行きます。
それから,なんぼハモリの基準になる高調波を含んでいても,基音の絶対値が高ければ,倍音は超高音に行ってしまい,余りアンサンブルの基準になりえません。クラリネットの音の基音が低いこともメリットなのではないでしょうか?
以上述べてきたことは私含め,鍵盤やフレット楽器といういわば固定音程楽器の人間には,なかなか感覚としては分かりにくい事ですが,これだけ理屈がはっきりしていれば,「謎」どころか,クラリネット周辺の方々にしたら今度はあたり前すぎてあまり疑問にもならないのではないでしょうか?
クラリネットなどの片側閉管楽器は奇数次倍音,フルートなどの開管楽器は整数次倍音すべてを含む事が分かりました。だから,一言に管楽器と言っても少なくともこの2タイプあることになります。これ以上突っ込むと「楽器の物理学」分野になりますので,この辺で止めます。
これらの,音に含まれる倍音構造を譜面で書くと以下の様になります。第一小節目が,クラリネットなど片閉じ管で出る奇数次の倍音構造に相当するもので,第二小節目がフルートや弦の整数次倍音構造に相当するものです。
人の声はじめ管楽器,弦楽器は自然発生的な純正律音階を奏でていたはずです。それに対し,鍵盤楽器やフレット楽器はそれをモデルに人工的に音律を作らなくてはなりませんでした。もちろん楽器の音律が決まれば,人間の音感覚も影響を受けることは想像に難くありません。しかし音の協和関係は自然法則ですからそれを捻じ曲げることはできません。(おわり)
注:旧記事に,フルートやリコーダーに3次倍音が無いかのような表現があり,これは訂正しました。弦と同じように,整数次をすべて持ちます。本記事の主題であるクラリネットの奇数次倍音に関しては訂正ありません。
純正律が用いられて来た背景には声楽や弦楽器,管楽器などの音程が自由になる楽器をハモらせる,それが大変美しい上に,むしろその方が楽に演奏出来るという背景があると思います。
やはり人の声が一番なのだと思います。これに関してはかなり研究は進んで来ている様ですが,ナカナカ簡単に説明出来る話ではありません。何か良い実例はないかと探していましたら,クラリネットの話がありました。単純に片閉じ管で割と音質もイメージしやすいので。
何でもクラリネットは大変ハモリやすい楽器とのことです。故玉木宏樹氏のページに書かれていました。
なるほどなぁ。と思いました。
◆
まず,ハモるというのはどういう現象なのでしょうか?
ユニゾンをぴったり合わせるのももちろんハモリでしょうが,和声的なハモリは5度や3度でしょうか。
ハモるというのはハマるのに近い現象です。以前の記事にも書きましたが,いったんハマるとはずす方が難しいのです。
自然現象としては同一周波数,すなわちユニゾンがぴったり合うことですが,なぜ5度や3度がハモるのでしょうか。
クラリネットは管の一端が吹き口になって閉じていますので,気中共鳴でいう片側閉管です。片側閉管では奇数次高調波(倍音)が出ます。よく高校の物理の実験などでやりますが,以下の様な図で表わされます。
メスシリンダーのような図ですが,片閉じ管の原理図で,クラリットのモデルだと思って下さい。左側の吹き口側は閉じていますから気柱振動の節にならざるを得ませんし,開口の右側は腹にならざるを得ません。これらは固定境界とか自由境界というのですが,弦の場合は両端固定なのは目に見えていますから分りやすいのですが,管の空気の振動は目に見えませんので,発泡スチロールの小さな球を入れたりして,人間目で見ないとナカナカ信用しませんから,ああいう可視化のデモ実験をやるわけです。
ともあれ,基音は1/4波長にならざるを得ません。次の倍音(高調波)も開管側が腹になりますから,3/4波長,以下同様に,5/4,7/4,...などとなっていきます。これらが,基本(1次)波,3次倍音,5次,7次,...などとなって行きます。この様な片側閉管では,奇数次倍音が出ます。これがクラリネットの単純モデルです。端部補正とか細かい話は(インハーモニシティはここにも)あるのですが,大枠の話です。
ですから,クラリネットで発音された音符の音(基音)の次は第3次倍音,これは純正5度ですし,次の5次倍音は純正長3度です。これらの純正音程関係を持った倍音が,基音にミックスして出ます。そしてそのスペクトル特性がクラのあの独特な音質そのものを表すことになるわけです。
あっれー,ドの単音出しただけで,純正のソとミをその中に含んでいる事になります!(実際の楽器は基音がB♭だったり,Fだったりしますが)2倍音がなく3倍音からですので,最初のハーモニクスは5度上(12度!)になるのですね。
アンサンブルするにしても,純正律音階と同じ理屈でぴったり合わせる事ができることになります。努力なしで。
すなわち,ドを吹いた人の音に含まれる3次高調波はソですから,他の人はそれに自分の基音と合わせれば純正五度がぴったり来ます。次の5次高調波はミですから,純正長三度がぴったり来ます。
言わばハモリの基準を気柱共鳴(管と空気で作られる固有振動)で出していることになります。
◆
音源間の共鳴は,ぴったり合わないとダメで,直ぐにずれます。共鳴を持続するには努力を続けないといけません。純正律に関する誤解の一つでもあります。人間の所作で共振を持続させるような精密な音程調整が出来るわけがない!と。
しかし,共鳴(共振)ではなくて,同期現象というのは,条件がそろえば,引き込み(pull-in)現象により多少の誤差を吸収してハマり,むしろ外すのに苦労するのです。これは非常に不思議な現象なのですが,発音機構や伝達機構に非線形性,フィードバック要因・調節機構があると発生します。
これは送電線網に連系する発電機がぴったりと揃って回っていることや,壁に掛けたわずかにくるった2つの柱時計が合ってくる現象などにみられるように,自然の同期現象です。良く誤解があるのですが,これは共鳴現象とは実は似て非なるものなのです。
音楽におけるハモリ現象は,この同期現象と「類似」の現象と以前書きましたが,これは全く「同様」の現象と言わないといけなかった事になります。あくまでも同期現象は同じ周波数で起こるわけですが,音楽的なハモリ現象では基音と倍音とか,倍音同士とかの同期現象だと言う事ですね。
逆に,同期現象を理解され,それを踏まえて,平均律でも発音機構の非線形性などにより音程調整が働いて響くという意見もあります。これは程度問題だと思いますが,三度はどう頑張っても無理だと思います。様々な楽器や,楽器間のハモリは,どの程度の誤差を吸収してくれるのかは今後の研究課題だと思います。
◆
さて,一方の代表的な木管楽器であるフルートは開管楽器です。両側が開管なので,気柱の振動は下図に示す様に両側が自由端にならざるをえないので,基本波は1/2波長の定在波でつくられます。
基本波の次に出るのは第2次高調波。これはオクターブです。次が第3次高調波と,基音を作る1/2波長が,1,2,3,4と入っていきますので,倍音の出方の基本は弦と同じです。
先日の記事で聞いてもらったように,奇数次高調波の音(方形波)は性質的にはクラリネット音に近いといえます。これは単独の音質として聞いた場合,一種独特な音で,単独の音質としては,偶数次の音の方が音楽的に聞こえる訳ですが,奇数次高調波を含む音色はその音の中にいわばハモリの基準音を出してくれているわけですから,オケなどのアンサンブルには無くてはならない楽器なわけですね。
逆に言えば,クラリネット的な純正音的?音質は,ウェルテンペラメントや平均律楽器との相性は良くないわけで,フルートのほうがピアノやギターとも合い,外交的な楽器であるのも合点が行きます。
それから,なんぼハモリの基準になる高調波を含んでいても,基音の絶対値が高ければ,倍音は超高音に行ってしまい,余りアンサンブルの基準になりえません。クラリネットの音の基音が低いこともメリットなのではないでしょうか?
以上述べてきたことは私含め,鍵盤やフレット楽器といういわば固定音程楽器の人間には,なかなか感覚としては分かりにくい事ですが,これだけ理屈がはっきりしていれば,「謎」どころか,クラリネット周辺の方々にしたら今度はあたり前すぎてあまり疑問にもならないのではないでしょうか?
クラリネットなどの片側閉管楽器は奇数次倍音,フルートなどの開管楽器は整数次倍音すべてを含む事が分かりました。だから,一言に管楽器と言っても少なくともこの2タイプあることになります。これ以上突っ込むと「楽器の物理学」分野になりますので,この辺で止めます。
◆
これらの,音に含まれる倍音構造を譜面で書くと以下の様になります。第一小節目が,クラリネットなど片閉じ管で出る奇数次の倍音構造に相当するもので,第二小節目がフルートや弦の整数次倍音構造に相当するものです。
人の声はじめ管楽器,弦楽器は自然発生的な純正律音階を奏でていたはずです。それに対し,鍵盤楽器やフレット楽器はそれをモデルに人工的に音律を作らなくてはなりませんでした。もちろん楽器の音律が決まれば,人間の音感覚も影響を受けることは想像に難くありません。しかし音の協和関係は自然法則ですからそれを捻じ曲げることはできません。(おわり)
注:旧記事に,フルートやリコーダーに3次倍音が無いかのような表現があり,これは訂正しました。弦と同じように,整数次をすべて持ちます。本記事の主題であるクラリネットの奇数次倍音に関しては訂正ありません。
オイラー格子でみる純正律〜鍵盤楽器ではどうか その2〜 [音律]
オイラー格子がらみの一連の記事も大詰めに近づいて来ました。
前回の記事で,純正律の広い音の地平からオクターブ12音を取り出すやり方と5度圏との関係について述べました。
あそこでとりあげたのは,非対称型音階と言われる一例でしたが,ここでは更に他の音階実現例も示します。2,3例示せば,その他いろいろは試せると思います。
英語版Wikiなどには,5リミット純正律音階のパターンとして前回挙げた「非対称型」の他に,「対称型」というのが書いてあります。Wikiですから正確な保証も無い訳ですが,既にオイラー格子上で色々見て来ましたから,「そう言う取り方もある」程度の事です。
以下のものは,対称型音階1と書かれているものです。
これを五度圏で表わすと,以下の様になりますね。
次のものは,対称型音階2と書かれているものです。
これの対応する五度圏は以下のものです。
ちなみに,オイラー律というのは,ものの本には以下の様になっているようです。ホ長調基準の非対称型音階ということになります。オイラーの考え方の一実現例であることは確かですが。
対応する五度圏はこうですね。
非対称型や対称型,もしくはオイラー型と言われるものが,オイラー格子上で3段,五度圏上ではシントニックコンマ2つのタイプでしたが,歴史的に現れた純正律ではシントニックコンマを3つ入れるものがあるそうです。こちらは純正律というよりも,ミーントーンに近いもの(五度圏内でのコンマの「取り合い」は同じ)ですが,オイラー格子にハマる限り純正律音階といえるものでしょう。なお,ミーントーンは純正長3度純正にする為に4個分の5度を平均的に(4乗根で)縮めますから,その数学的扱いにおいては平均律と言えるものです(12平均律はオクターブを合わせるために12個分の5度を平均的に(12乗根で)縮めています)。
シントニックコンマ3つというのはオイラー格子上では上下4段にわたるということです。
以下のものは,歴史的には「マッテソン」音階というのだそうです。
同5度圏は以下のものです。
以下のものは,「マールプルク」音階というのだそうです。
対応する5度圏は以下のものです。
現在の私たちはオイラー格子を知っていれば,歴史的に現れた音律家たちの純正系音律を簡単に眺めて,その利用範囲を一目で眺める事が出来ます。もちろん,他にもいろいろ作れそうですが,純正音階は純正音から取り出してこないといけませんので,ウェルテンペラメント程にはその種類は多くなりようがありません。オイラー格子上で12音の取り出し方によって,それぞれ調べれば歴史的な人たちの名前がきっと付いていることでしょうが,オイラー格子で眺めることが出来る現在の私たちには別にその名前はあまり重要なことでありませんね。
オイラーは18世紀の人ですが,この考え方を発表したのは,1739年のTentamen novae theoriae musicae(たぶん「新音楽理論の試み」)だそうです。現在googleのeBookでも読めます。ラテン語で書かれているので,解説されたもの(たとえばこれ)しか読めませんが,7倍音に関しても考察しているようです。7倍音以上に拡張したのは20世紀のA.フォッカーですから,彼の先見性が分かります。彼の研究は包括的な理論ですから,何も3段の12純正音階に限ったものではないですが,他の音楽家発表の12音純正音階と合わせるために,こうされてしまったのではないか?とも想像されます。ほぼ同時期の純正音階と近いものがありますから。
他にもいろいろ考えられるでしょうが,前回から見て来たオイラー格子上での各種12音純正音階をまとめますと,オイラー格子上では,ピタゴラスが1段,キルンベルガーIが2段,対称・非対称型(あるいはオイラー型)などが3段,最後にあげたマッテソンやマールプルクのタイプが4段になっています。このように,オイラー格子上で見れば,各種12音純正音階の音の選ばれ方が分かります。
広い純正律の地平からどう12音を選択して来るかという問題に過ぎませんが,大ざっぱに言えば,五度重視音階はピタゴラスに対応する横長から三度重視音階に従って縦に重なっていくという事になります。
では5段,6段もあるのかという事になりますが,理屈上はあり得ますが,それを純正音階のままでやるのはムリでしょうね。五度圏上でシントニックコンマを4つ以上入れるなんて狂気の沙汰。3つでもあやしいですが,これに関してはミーントーン化で,解決しているわけですね。前にも書きましたが,平均的に圧縮して上下12段にしたのがミーントーンですね。
12音の純正律音階で足りない音が出てくると,いわば,純正音階の調律替えが必要になってきます。鍵盤では曲の途中で調弦を変える訳に行かないですから,ソナタ形式の様な長い変化に富んだ楽式(単一楽章内でも楽章間も)は12音純正律音階使用ではあり得なかったはずですね。
12音に切り出した純正律音階は,五度圏でも表記可能なわけですが,使用可能音や和音,その動きなどを一目で確認できるのがオイラー格子上で見る強みです。(つづく)
前回の記事で,純正律の広い音の地平からオクターブ12音を取り出すやり方と5度圏との関係について述べました。
あそこでとりあげたのは,非対称型音階と言われる一例でしたが,ここでは更に他の音階実現例も示します。2,3例示せば,その他いろいろは試せると思います。
英語版Wikiなどには,5リミット純正律音階のパターンとして前回挙げた「非対称型」の他に,「対称型」というのが書いてあります。Wikiですから正確な保証も無い訳ですが,既にオイラー格子上で色々見て来ましたから,「そう言う取り方もある」程度の事です。
以下のものは,対称型音階1と書かれているものです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
これを五度圏で表わすと,以下の様になりますね。
次のものは,対称型音階2と書かれているものです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
これの対応する五度圏は以下のものです。
ちなみに,オイラー律というのは,ものの本には以下の様になっているようです。ホ長調基準の非対称型音階ということになります。オイラーの考え方の一実現例であることは確かですが。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
対応する五度圏はこうですね。
非対称型や対称型,もしくはオイラー型と言われるものが,オイラー格子上で3段,五度圏上ではシントニックコンマ2つのタイプでしたが,歴史的に現れた純正律ではシントニックコンマを3つ入れるものがあるそうです。こちらは純正律というよりも,ミーントーンに近いもの(五度圏内でのコンマの「取り合い」は同じ)ですが,オイラー格子にハマる限り純正律音階といえるものでしょう。なお,ミーントーンは純正長3度純正にする為に4個分の5度を平均的に(4乗根で)縮めますから,その数学的扱いにおいては平均律と言えるものです(12平均律はオクターブを合わせるために12個分の5度を平均的に(12乗根で)縮めています)。
シントニックコンマ3つというのはオイラー格子上では上下4段にわたるということです。
以下のものは,歴史的には「マッテソン」音階というのだそうです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
同5度圏は以下のものです。
以下のものは,「マールプルク」音階というのだそうです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
対応する5度圏は以下のものです。
現在の私たちはオイラー格子を知っていれば,歴史的に現れた音律家たちの純正系音律を簡単に眺めて,その利用範囲を一目で眺める事が出来ます。もちろん,他にもいろいろ作れそうですが,純正音階は純正音から取り出してこないといけませんので,ウェルテンペラメント程にはその種類は多くなりようがありません。オイラー格子上で12音の取り出し方によって,それぞれ調べれば歴史的な人たちの名前がきっと付いていることでしょうが,オイラー格子で眺めることが出来る現在の私たちには別にその名前はあまり重要なことでありませんね。
オイラーは18世紀の人ですが,この考え方を発表したのは,1739年のTentamen novae theoriae musicae(たぶん「新音楽理論の試み」)だそうです。現在googleのeBookでも読めます。ラテン語で書かれているので,解説されたもの(たとえばこれ)しか読めませんが,7倍音に関しても考察しているようです。7倍音以上に拡張したのは20世紀のA.フォッカーですから,彼の先見性が分かります。彼の研究は包括的な理論ですから,何も3段の12純正音階に限ったものではないですが,他の音楽家発表の12音純正音階と合わせるために,こうされてしまったのではないか?とも想像されます。ほぼ同時期の純正音階と近いものがありますから。
他にもいろいろ考えられるでしょうが,前回から見て来たオイラー格子上での各種12音純正音階をまとめますと,オイラー格子上では,ピタゴラスが1段,キルンベルガーIが2段,対称・非対称型(あるいはオイラー型)などが3段,最後にあげたマッテソンやマールプルクのタイプが4段になっています。このように,オイラー格子上で見れば,各種12音純正音階の音の選ばれ方が分かります。
広い純正律の地平からどう12音を選択して来るかという問題に過ぎませんが,大ざっぱに言えば,五度重視音階はピタゴラスに対応する横長から三度重視音階に従って縦に重なっていくという事になります。
では5段,6段もあるのかという事になりますが,理屈上はあり得ますが,それを純正音階のままでやるのはムリでしょうね。五度圏上でシントニックコンマを4つ以上入れるなんて狂気の沙汰。3つでもあやしいですが,これに関してはミーントーン化で,解決しているわけですね。前にも書きましたが,平均的に圧縮して上下12段にしたのがミーントーンですね。
12音の純正律音階で足りない音が出てくると,いわば,純正音階の調律替えが必要になってきます。鍵盤では曲の途中で調弦を変える訳に行かないですから,ソナタ形式の様な長い変化に富んだ楽式(単一楽章内でも楽章間も)は12音純正律音階使用ではあり得なかったはずですね。
12音に切り出した純正律音階は,五度圏でも表記可能なわけですが,使用可能音や和音,その動きなどを一目で確認できるのがオイラー格子上で見る強みです。(つづく)
オイラー格子でみる純正律〜鍵盤楽器ではどうか その1〜 [音律]
弦楽合奏など,音程が調整出来る楽器で純正音程を保って演奏すると,特定のコード進行ではピッチ変動を起こす実例を指摘しました。しかし,弱点を執拗に攻撃するようなコード進行でなければ,たとえば「パッヘルベルのカノン」のようなコード進行ならばチョット注意してやれば,全く問題ないことが分りました。
チョット注意というのは特定のコード進行の時に,シントニックコンマ高い音(や低い音)を使って純正音程をつないでやるのでした。一例を挙げただけで他にもいくつかのパターンがあるかもしれません。
急場の勉強で,あれはコード構成音(3和音)のみの単純化した議論なので,実際のメロディでは非和声音の繋がりなどで違うケースも出てくるかもしれません。全ての音をオイラー格子上で追ってみれば,かなりはっきりするのだと思いますが,今後の課題です。
むしろここで言いたいのは,転調的な要素がないあれだけ基本的なコード進行の例であっても,2セットの違う高さの音を必要としたことです。もしハ長調ならAとFの2音,二長調なら,BとGの2音でした。普通の鍵盤はオクターブに12個ですが,弦楽と同じ事をやろうとすると13個目と14個目の鍵盤が必要になります。鍵盤は弦楽とは違う!なんてことはあり得ません。音が伸びない楽器ならば,ある程度ごまかせると言う事はあるでしょうが,それは別の話ですね。
さらに,ある程度転調も行おうとすると更に必要な音の数は増えて来ます。歴史的には分割鍵盤が用いられたこともあったようですが,そこはウェルテンペラメントの普及と共に,おそらく演奏上の都合などで廃れたようです。12音で何とかするのが鍵盤の流儀とすれば,どのようにやるのでしょうか?
「オイラー格子から,根音まわりの使いそうな12音を切り出してくる」
これだけの作業です。それ以上いじり様がありません。これは歴史的経緯を言っているわけではなくて「過去の純正律音階をオイラー格子上でみるとそう言う事になっている」ということですので,誤解ない様お願いします。どのように切り出しても,純正音階(の一部)であることは確かですが,使い勝手は変わってくるはずです。
下表で水色で反転させた部分だけを取り出した音で構成されるが,「非対称型音階」といわれるもので,普通オイラー律とされているものらしいです。しかも何故かホ長調基準(オイラー格子では上に一段上げ)になっているものを「オイラー律」と呼んでいるらしいのです。沢山あるナントカ律の中の一つという認識らしいのですが,それなら何もムリにオイラーの業績をその範疇に入れなくても,「オイラーは純正律の考え方を整理して,現在につなげた人」という認識のほうがいいと思います。それが私の現在の認識です。そしてそのオイラーからの貴重な贈り物は,特定の制約された音階ではなくてオイラー格子なのです。私は権威主義的な言い方はキライなのですが,現在の音楽学者がこれを標準的に楽曲分析ツールに用いていることから見てもその役割や効能も確かだと思います。
いままでも示していますが,これを五度圏で表わすと,以下の様になります(ギターフレットやった時の表示法,Z: シントニックコンマ,Sch:スキスマです)。
なぜ上のオイラー格子上で切り取られた12個の音階音が,この五度圏になるのでしょうか?
まず,中心Cの左のFから右に,F, C, G, Dと見て行きます。五度圏も右回りに見ます。しかし,次のAはというと,弦楽や声楽などで使う開放系の純正律音階(ピタゴラスもそうですが)ならば,5度右隣のAに行くはずですが,鍵盤用に切り取られる為,オイラー格子中では中心Cの左上のAになります。
最初の記事で示した音程比率を使えば,右はじのAの音高は27/16ですが,この音階型で採用したAの音高は5/3ですから,その比率は80/81倍,すなわちシントニックコンマ分低いAを採用したことになり,D-A間にウルフが出た!こりゃ禁則だ!となるわけです。
同じ音名でも離れた音は高さがちがうのでした。「同名異音」(本来は異名異音なのですが通常の音楽記号ではその差を表わせない)は純正律の特徴でした。分数の計算しなくても,いずれもこの表中にある「同名異音」はシントニックコンマの差です。
本来無数に現れる純正音をオクターブ12音に切り取るわけですから,必ず「あちらを立てればこちらが立たず」,転調が制限された音階になるのは当然です。どんなとり方をしても,あながちマチガイとも言いきれないのです。音を選んだ人が「自分の曲に合わせた独自の選択だ!」と言い張れば,それでも通ってしまうのかも知れません。歴史的に沢山の純正律が現れたのも,時々の音楽的要求に対応して当然と言えるでしょう。
普通は,せっかく純正音階を得るわけですから,なるべく多くの音の組合せで純正音程を作るように取るのが順当でしょう。それが,この「非対称型」と呼ばれるとり方なのですね。では,何が対称・非対称なのでしょうか?右上のF#はなぜか固定で,DとB♭を両方右側で取るのが非対称型,左右にばらすのが対称型のようです。余り本質的な問題ではないネーミング論ですが。
余談はさておき,D-Aに段差が生じた話でした。中央のCの左上に乗っかったAですが,その後は順調に行ってE, B, C#と進んで,やはりここで切り取られてしまいます。#系はとりあえずこちらでオシマイですね。
♭側はどうなっているでしょうか?Fから下がって,B♭となると,やはり五度下ならば中央Cから左にF-B♭となるはずですが,切り取られている為に,右下の方のB♭を採用することになります。これも同名異音で今度は1シントニックコンマ分高いB♭を使う事になります。そうしますと,ここでもいわばB♭-F禁則を発生します。
そのあと,B♭-E♭-D♭まで順調に純正五度づつ下がります。本当はずっと音の地平が広がっているのですが,ここで切り取られて,シャープ側のF#と相対します。ここの間隔はどれだけでしょうか?
5度圏で考えても良いですが,オイラー格子の分数の方が直接的です。
最初の表を参照しますと,ここのD♭=16/15でした。一方F#=45/32ですから,D♭は分数計算でF#よりも512/675倍(オクターブ上げて1024/675倍)高いことになります。これは純正五度の3/2に対して2048/2025倍高くなっています。五度圏を閉じるという発想で考えると,これはシントニックコンマ二つ分からピタゴラスコンマ一つ引いた分,すなわち,シントニックコンマ引くスキスマ(約19.6セント)広い五度になっています(セント計算フォームで検算してみてください)。5リミット純正律では,ピタゴラスコンマとシントニックコンマがナマで現れるだけですから,セント値の計算もあまり必要ない訳ですが。
この五度圏で表わされる音律はいわばオイラー格子から音を切り貼りした,フランケンシュタインのような(笑)五度圏の音階になるわけです。
では,この特定音階の性能をオイラー格子でざっと調べてみます。
ハ長調の主要コード,CEG,GBD,FACを濃くしてみます。当然ながらOKですね。
同名ハ短調のCm(CE♭G),Gm(GB♭D)もしくはG(GBD),Fm(FA♭C)もOKですね。
ここら辺が最も得意な音律のようですね。
これに属調ト長調のVコードDF#Aを追加すると,
はみ出してしまいました。AとしてCの左上のAは使えないからです。和音の構成音はオイラー格子上でくっついていないと協和しません。このDF#A和音は属調のV和音ですから,元のハ長調から見たら二重V度というものです。これは,もちろん開放系の純正律なら全く問題ないわけですが,12音に制約した音階では単純に五度を集積したピタゴラス系の方が有利なはずですね(純正三度はアウトなわけですが)。
下属調へ長調では,新たにB♭DFが追加されますが,やはり左右どちらかにはみ出してしまいます。
このB♭DF和音は下属調のIV和音で「二重IV度」とはあえて呼ばれないのでしょうが,原理的には上と同じことですね。
平行調はどうでしょうか?
Am(ACE),Em(EGB)はOKですが,E(EG#B)は上にはみ出し,Dm(DAF)はやはり左右どちらかにはみ出します。平行調には弱いようです。ごく近親調だけでもボロボロですね。
結局この音階は12音に切り取った純正律音階の中では最も純正音程の多いものですが,明確な転調は同主調のみ可能なようです。従って機能和声的な使用は難しく,旋法的な使用に限られましょうか。
では,音を均したら?それはもう純正律音階とは言えなくなってしまいます。ウェルテンペラメント音律が無数にありますからそちらを使えばいいでしょう。
鍵盤用に12音を取り出してきた純正音階はいわば,「囲われの身」です。別の言い方をすれば,広い純正律の地平から切り取ってきた傷口も痛々しい音階。やさしく使ってあげないとかわいそうです。
弦楽などでは,ほんの少しの注意を払ってあげるだけで,のびやかに純正音程・ハーモニーを奏でられますが,鍵盤用の12音音階では,切り取られ囲われているので,以上見てきたようにごく近親調でも転調に制約を受けてしまいます。「カノン進行」をやるだけでも12音外の2音が必要でした。鍵盤用純正音階は曲との適合度が他のどの音律よりも厳格なのです。これらの制約下で作曲されたシンプルな曲にこそ,その持ち味を発揮するはずです(つづく)。
チョット注意というのは特定のコード進行の時に,シントニックコンマ高い音(や低い音)を使って純正音程をつないでやるのでした。一例を挙げただけで他にもいくつかのパターンがあるかもしれません。
急場の勉強で,あれはコード構成音(3和音)のみの単純化した議論なので,実際のメロディでは非和声音の繋がりなどで違うケースも出てくるかもしれません。全ての音をオイラー格子上で追ってみれば,かなりはっきりするのだと思いますが,今後の課題です。
むしろここで言いたいのは,転調的な要素がないあれだけ基本的なコード進行の例であっても,2セットの違う高さの音を必要としたことです。もしハ長調ならAとFの2音,二長調なら,BとGの2音でした。普通の鍵盤はオクターブに12個ですが,弦楽と同じ事をやろうとすると13個目と14個目の鍵盤が必要になります。鍵盤は弦楽とは違う!なんてことはあり得ません。音が伸びない楽器ならば,ある程度ごまかせると言う事はあるでしょうが,それは別の話ですね。
さらに,ある程度転調も行おうとすると更に必要な音の数は増えて来ます。歴史的には分割鍵盤が用いられたこともあったようですが,そこはウェルテンペラメントの普及と共に,おそらく演奏上の都合などで廃れたようです。12音で何とかするのが鍵盤の流儀とすれば,どのようにやるのでしょうか?
「オイラー格子から,根音まわりの使いそうな12音を切り出してくる」
これだけの作業です。それ以上いじり様がありません。これは歴史的経緯を言っているわけではなくて「過去の純正律音階をオイラー格子上でみるとそう言う事になっている」ということですので,誤解ない様お願いします。どのように切り出しても,純正音階(の一部)であることは確かですが,使い勝手は変わってくるはずです。
下表で水色で反転させた部分だけを取り出した音で構成されるが,「非対称型音階」といわれるもので,普通オイラー律とされているものらしいです。しかも何故かホ長調基準(オイラー格子では上に一段上げ)になっているものを「オイラー律」と呼んでいるらしいのです。沢山あるナントカ律の中の一つという認識らしいのですが,それなら何もムリにオイラーの業績をその範疇に入れなくても,「オイラーは純正律の考え方を整理して,現在につなげた人」という認識のほうがいいと思います。それが私の現在の認識です。そしてそのオイラーからの貴重な贈り物は,特定の制約された音階ではなくてオイラー格子なのです。私は権威主義的な言い方はキライなのですが,現在の音楽学者がこれを標準的に楽曲分析ツールに用いていることから見てもその役割や効能も確かだと思います。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
いままでも示していますが,これを五度圏で表わすと,以下の様になります(ギターフレットやった時の表示法,Z: シントニックコンマ,Sch:スキスマです)。
なぜ上のオイラー格子上で切り取られた12個の音階音が,この五度圏になるのでしょうか?
まず,中心Cの左のFから右に,F, C, G, Dと見て行きます。五度圏も右回りに見ます。しかし,次のAはというと,弦楽や声楽などで使う開放系の純正律音階(ピタゴラスもそうですが)ならば,5度右隣のAに行くはずですが,鍵盤用に切り取られる為,オイラー格子中では中心Cの左上のAになります。
最初の記事で示した音程比率を使えば,右はじのAの音高は27/16ですが,この音階型で採用したAの音高は5/3ですから,その比率は80/81倍,すなわちシントニックコンマ分低いAを採用したことになり,D-A間にウルフが出た!こりゃ禁則だ!となるわけです。
同じ音名でも離れた音は高さがちがうのでした。「同名異音」(本来は異名異音なのですが通常の音楽記号ではその差を表わせない)は純正律の特徴でした。分数の計算しなくても,いずれもこの表中にある「同名異音」はシントニックコンマの差です。
本来無数に現れる純正音をオクターブ12音に切り取るわけですから,必ず「あちらを立てればこちらが立たず」,転調が制限された音階になるのは当然です。どんなとり方をしても,あながちマチガイとも言いきれないのです。音を選んだ人が「自分の曲に合わせた独自の選択だ!」と言い張れば,それでも通ってしまうのかも知れません。歴史的に沢山の純正律が現れたのも,時々の音楽的要求に対応して当然と言えるでしょう。
普通は,せっかく純正音階を得るわけですから,なるべく多くの音の組合せで純正音程を作るように取るのが順当でしょう。それが,この「非対称型」と呼ばれるとり方なのですね。では,何が対称・非対称なのでしょうか?右上のF#はなぜか固定で,DとB♭を両方右側で取るのが非対称型,左右にばらすのが対称型のようです。余り本質的な問題ではないネーミング論ですが。
余談はさておき,D-Aに段差が生じた話でした。中央のCの左上に乗っかったAですが,その後は順調に行ってE, B, C#と進んで,やはりここで切り取られてしまいます。#系はとりあえずこちらでオシマイですね。
♭側はどうなっているでしょうか?Fから下がって,B♭となると,やはり五度下ならば中央Cから左にF-B♭となるはずですが,切り取られている為に,右下の方のB♭を採用することになります。これも同名異音で今度は1シントニックコンマ分高いB♭を使う事になります。そうしますと,ここでもいわばB♭-F禁則を発生します。
そのあと,B♭-E♭-D♭まで順調に純正五度づつ下がります。本当はずっと音の地平が広がっているのですが,ここで切り取られて,シャープ側のF#と相対します。ここの間隔はどれだけでしょうか?
5度圏で考えても良いですが,オイラー格子の分数の方が直接的です。
最初の表を参照しますと,ここのD♭=16/15でした。一方F#=45/32ですから,D♭は分数計算でF#よりも512/675倍(オクターブ上げて1024/675倍)高いことになります。これは純正五度の3/2に対して2048/2025倍高くなっています。五度圏を閉じるという発想で考えると,これはシントニックコンマ二つ分からピタゴラスコンマ一つ引いた分,すなわち,シントニックコンマ引くスキスマ(約19.6セント)広い五度になっています(セント計算フォームで検算してみてください)。5リミット純正律では,ピタゴラスコンマとシントニックコンマがナマで現れるだけですから,セント値の計算もあまり必要ない訳ですが。
この五度圏で表わされる音律はいわばオイラー格子から音を切り貼りした,フランケンシュタインのような(笑)五度圏の音階になるわけです。
では,この特定音階の性能をオイラー格子でざっと調べてみます。
ハ長調の主要コード,CEG,GBD,FACを濃くしてみます。当然ながらOKですね。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
同名ハ短調のCm(CE♭G),Gm(GB♭D)もしくはG(GBD),Fm(FA♭C)もOKですね。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
ここら辺が最も得意な音律のようですね。
これに属調ト長調のVコードDF#Aを追加すると,
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
はみ出してしまいました。AとしてCの左上のAは使えないからです。和音の構成音はオイラー格子上でくっついていないと協和しません。このDF#A和音は属調のV和音ですから,元のハ長調から見たら二重V度というものです。これは,もちろん開放系の純正律なら全く問題ないわけですが,12音に制約した音階では単純に五度を集積したピタゴラス系の方が有利なはずですね(純正三度はアウトなわけですが)。
下属調へ長調では,新たにB♭DFが追加されますが,やはり左右どちらかにはみ出してしまいます。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
このB♭DF和音は下属調のIV和音で「二重IV度」とはあえて呼ばれないのでしょうが,原理的には上と同じことですね。
平行調はどうでしょうか?
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
Am(ACE),Em(EGB)はOKですが,E(EG#B)は上にはみ出し,Dm(DAF)はやはり左右どちらかにはみ出します。平行調には弱いようです。ごく近親調だけでもボロボロですね。
結局この音階は12音に切り取った純正律音階の中では最も純正音程の多いものですが,明確な転調は同主調のみ可能なようです。従って機能和声的な使用は難しく,旋法的な使用に限られましょうか。
では,音を均したら?それはもう純正律音階とは言えなくなってしまいます。ウェルテンペラメント音律が無数にありますからそちらを使えばいいでしょう。
鍵盤用に12音を取り出してきた純正音階はいわば,「囲われの身」です。別の言い方をすれば,広い純正律の地平から切り取ってきた傷口も痛々しい音階。やさしく使ってあげないとかわいそうです。
弦楽などでは,ほんの少しの注意を払ってあげるだけで,のびやかに純正音程・ハーモニーを奏でられますが,鍵盤用の12音音階では,切り取られ囲われているので,以上見てきたようにごく近親調でも転調に制約を受けてしまいます。「カノン進行」をやるだけでも12音外の2音が必要でした。鍵盤用純正音階は曲との適合度が他のどの音律よりも厳格なのです。これらの制約下で作曲されたシンプルな曲にこそ,その持ち味を発揮するはずです(つづく)。
オイラー格子でみる純正律~俗称「カノン進行」について~ [音律]
私なりに理解したオイラー格子を使って,純正律の性質を調べています。
前回は純正律の欠点と言われる,ピッチ変動について一例を説明しましたが,ああいうことはしょっちゅう起こるので純正律は使いものにならないのでしょうか?
オイラー格子上であのコード進行を追って行くと,ピッチが低下していきました。オイラー格子上で一段上がって左に4つ離れた「同名異音」は1シントニックコンマ分低くなっています。このコード進行を繰り返すと,シントニックコンマ×繰り返し回数分ピッチが下がる。というのがその説明です。
どうもあれは純正律の最もイタイところを突いたコード進行のようです。純正をあきらめるか?ピッチ変動を認めるのか?の二者択一を迫っているようです。しかし,果たしてイタイところを何度も何度も執拗に攻めるものでしょうか?
何度も同じコード進行を繰り返す例として,有名な「パッヘルベルのカノン」のコード進行,俗称「カノン進行」があります。あれは,同じ進行を28回も繰り返すので,純正律使用では厳しいのでしょうか?
そこで今回は,有名な「パッヘルベルのカノン」のコード進行(原調は一音高いD),
C-G-Am-Em-F-C-Dm/F-G-C
これをオイラー格子上で読み解いてみようと思います。
ではまず,Cコードです。
次は,Gです。
次は,Amです。
次は,Em。
Fです。
Cに戻ります。
ここまでは何ごとも起こりません。
次はDm/Fコードですが,ここは2通りの可能性があります。ひとつは,左側に行く方法ですが,それをやったら百年目。2度と戻って来られなくなってしまいます。純正は保たれてもピッチ低下を招くのでした。もしこれを28回も繰り返したら,底なし沼のように−602セントもピッチ低下してしまいます。その前何回かの繰り返しで演奏不能に陥るでしょう。
もちろん,現場の人はそんなバカげたことをする訳がありません。ここは右側でDAFをとるはずです。
すると,つぎのGで戻れます。もし左に行っていたら,こちらのGBDに戻って来られませんでした。
無事ピッチ変動を起こさずにCに戻って来られました。
どうでしょうか?このコード進行では,AとFを2種類使いました。すなわち,AmとFの時は普通のAとFを使い,Dm/Fの時だけ高め(約+22セント)のAとFを使います。これによって和音の純正を保ったまま,何十回繰り返してもピッチ変動も起こさずに俗に言う「カノン進行」を全う出来るのです。
もちろん,演奏はヴァイオリン主体で原調Dですから,BmとGの時は普通のBとG,Em/Gの時だけ高めのBとGを使えばOKな理屈です。私はヴァイオリンで弦楽合奏をやったこともありませんし,その技術もありません。実際に現場の声を聞いたわけでもありませんが,少なくともハモリが自然現象である以上,ハーモニーの素晴らしいアンサンブルの方々ならばこのテの事は自然に体得しておられるテクではないかと思うのですが如何でしょうか?(つづく)
前回は純正律の欠点と言われる,ピッチ変動について一例を説明しましたが,ああいうことはしょっちゅう起こるので純正律は使いものにならないのでしょうか?
オイラー格子上であのコード進行を追って行くと,ピッチが低下していきました。オイラー格子上で一段上がって左に4つ離れた「同名異音」は1シントニックコンマ分低くなっています。このコード進行を繰り返すと,シントニックコンマ×繰り返し回数分ピッチが下がる。というのがその説明です。
どうもあれは純正律の最もイタイところを突いたコード進行のようです。純正をあきらめるか?ピッチ変動を認めるのか?の二者択一を迫っているようです。しかし,果たしてイタイところを何度も何度も執拗に攻めるものでしょうか?
何度も同じコード進行を繰り返す例として,有名な「パッヘルベルのカノン」のコード進行,俗称「カノン進行」があります。あれは,同じ進行を28回も繰り返すので,純正律使用では厳しいのでしょうか?
そこで今回は,有名な「パッヘルベルのカノン」のコード進行(原調は一音高いD),
C-G-Am-Em-F-C-Dm/F-G-C
これをオイラー格子上で読み解いてみようと思います。
ではまず,Cコードです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
次は,Gです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
次は,Amです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
次は,Em。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
Fです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
Cに戻ります。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
ここまでは何ごとも起こりません。
次はDm/Fコードですが,ここは2通りの可能性があります。ひとつは,左側に行く方法ですが,それをやったら百年目。2度と戻って来られなくなってしまいます。純正は保たれてもピッチ低下を招くのでした。もしこれを28回も繰り返したら,底なし沼のように−602セントもピッチ低下してしまいます。その前何回かの繰り返しで演奏不能に陥るでしょう。
もちろん,現場の人はそんなバカげたことをする訳がありません。ここは右側でDAFをとるはずです。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
すると,つぎのGで戻れます。もし左に行っていたら,こちらのGBDに戻って来られませんでした。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
無事ピッチ変動を起こさずにCに戻って来られました。
B |
F# |
C# |
G# |
D# |
A# |
E# |
|
G |
D |
A |
E |
B |
F# |
C# |
|
E♭ |
B♭ |
F |
C |
G |
D |
A |
|
C♭ |
G♭ |
D♭ |
A♭ |
E♭ |
B♭ |
F |
|
A♭♭ |
E♭♭ |
B♭♭ |
F♭ |
C♭ |
G♭ |
D♭ |
どうでしょうか?このコード進行では,AとFを2種類使いました。すなわち,AmとFの時は普通のAとFを使い,Dm/Fの時だけ高め(約+22セント)のAとFを使います。これによって和音の純正を保ったまま,何十回繰り返してもピッチ変動も起こさずに俗に言う「カノン進行」を全う出来るのです。
もちろん,演奏はヴァイオリン主体で原調Dですから,BmとGの時は普通のBとG,Em/Gの時だけ高めのBとGを使えばOKな理屈です。私はヴァイオリンで弦楽合奏をやったこともありませんし,その技術もありません。実際に現場の声を聞いたわけでもありませんが,少なくともハモリが自然現象である以上,ハーモニーの素晴らしいアンサンブルの方々ならばこのテの事は自然に体得しておられるテクではないかと思うのですが如何でしょうか?(つづく)