SSブログ

オイラー格子でみる純正律〜鍵盤楽器ではどうか その1〜 [音律]

弦楽合奏など,音程が調整出来る楽器で純正音程を保って演奏すると,特定のコード進行ではピッチ変動を起こす実例を指摘しました。しかし,弱点を執拗に攻撃するようなコード進行でなければ,たとえば「パッヘルベルのカノン」のようなコード進行ならばチョット注意してやれば,全く問題ないことが分りました。

チョット注意というのは特定のコード進行の時に,シントニックコンマ高い音(や低い音)を使って純正音程をつないでやるのでした。一例を挙げただけで他にもいくつかのパターンがあるかもしれません。

急場の勉強で,あれはコード構成音(3和音)のみの単純化した議論なので,実際のメロディでは非和声音の繋がりなどで違うケースも出てくるかもしれません。全ての音をオイラー格子上で追ってみれば,かなりはっきりするのだと思いますが,今後の課題です。

むしろここで言いたいのは,転調的な要素がないあれだけ基本的なコード進行の例であっても,2セットの違う高さの音を必要としたことです。もしハ長調ならAとFの2音,二長調なら,BとGの2音でした。普通の鍵盤はオクターブに12個ですが,弦楽と同じ事をやろうとすると13個目と14個目の鍵盤が必要になります。鍵盤は弦楽とは違う!なんてことはあり得ません。音が伸びない楽器ならば,ある程度ごまかせると言う事はあるでしょうが,それは別の話ですね。

さらに,ある程度転調も行おうとすると更に必要な音の数は増えて来ます。歴史的には分割鍵盤が用いられたこともあったようですが,そこはウェルテンペラメントの普及と共に,おそらく演奏上の都合などで廃れたようです。12音で何とかするのが鍵盤の流儀とすれば,どのようにやるのでしょうか?

「オイラー格子から,根音まわりの使いそうな12音を切り出してくる」

これだけの作業です。それ以上いじり様がありません。これは歴史的経緯を言っているわけではなくて「過去の純正律音階をオイラー格子上でみるとそう言う事になっている」ということですので,誤解ない様お願いします。どのように切り出しても,純正音階(の一部)であることは確かですが,使い勝手は変わってくるはずです。

下表で水色で反転させた部分だけを取り出した音で構成されるが,「非対称型音階」といわれるもので,普通オイラー律とされているものらしいです。しかも何故かホ長調基準(オイラー格子では上に一段上げ)になっているものを「オイラー律」と呼んでいるらしいのです。沢山あるナントカ律の中の一つという認識らしいのですが,それなら何もムリにオイラーの業績をその範疇に入れなくても,「オイラーは純正律の考え方を整理して,現在につなげた人」という認識のほうがいいと思います。それが私の現在の認識です。そしてそのオイラーからの貴重な贈り物は,特定の制約された音階ではなくてオイラー格子なのです。私は権威主義的な言い方はキライなのですが,現在の音楽学者がこれを標準的に楽曲分析ツールに用いていることから見てもその役割や効能も確かだと思います。

純正12音音階の一実現例(非対称型)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

いままでも示していますが,これを五度圏で表わすと,以下の様になります(ギターフレットやった時の表示法,Z: シントニックコンマ,Sch:スキスマです)。
Colored五度圏Asym.png

なぜ上のオイラー格子上で切り取られた12個の音階音が,この五度圏になるのでしょうか?

まず,中心Cの左のFから右に,F, C, G, Dと見て行きます。五度圏も右回りに見ます。しかし,次のAはというと,弦楽や声楽などで使う開放系の純正律音階(ピタゴラスもそうですが)ならば,5度右隣のAに行くはずですが,鍵盤用に切り取られる為,オイラー格子中では中心Cの左上のAになります。

最初の記事で示した音程比率を使えば,右はじのAの音高は27/16ですが,この音階型で採用したAの音高は5/3ですから,その比率は80/81倍,すなわちシントニックコンマ分低いAを採用したことになり,D-A間にウルフが出た!こりゃ禁則だ!となるわけです。

同じ音名でも離れた音は高さがちがうのでした。「同名異音」(本来は異名異音なのですが通常の音楽記号ではその差を表わせない)は純正律の特徴でした。分数の計算しなくても,いずれもこの表中にある「同名異音」はシントニックコンマの差です。

本来無数に現れる純正音をオクターブ12音に切り取るわけですから,必ず「あちらを立てればこちらが立たず」,転調が制限された音階になるのは当然です。どんなとり方をしても,あながちマチガイとも言いきれないのです。音を選んだ人が「自分の曲に合わせた独自の選択だ!」と言い張れば,それでも通ってしまうのかも知れません。歴史的に沢山の純正律が現れたのも,時々の音楽的要求に対応して当然と言えるでしょう。

普通は,せっかく純正音階を得るわけですから,なるべく多くの音の組合せで純正音程を作るように取るのが順当でしょう。それが,この「非対称型」と呼ばれるとり方なのですね。では,何が対称・非対称なのでしょうか?右上のF#はなぜか固定で,DとB♭を両方右側で取るのが非対称型,左右にばらすのが対称型のようです。余り本質的な問題ではないネーミング論ですが。

余談はさておき,D-Aに段差が生じた話でした。中央のCの左上に乗っかったAですが,その後は順調に行ってE, B, C#と進んで,やはりここで切り取られてしまいます。#系はとりあえずこちらでオシマイですね。

♭側はどうなっているでしょうか?Fから下がって,B♭となると,やはり五度下ならば中央Cから左にF-B♭となるはずですが,切り取られている為に,右下の方のB♭を採用することになります。これも同名異音で今度は1シントニックコンマ分高いB♭を使う事になります。そうしますと,ここでもいわばB♭-F禁則を発生します。

そのあと,B♭-E♭-D♭まで順調に純正五度づつ下がります。本当はずっと音の地平が広がっているのですが,ここで切り取られて,シャープ側のF#と相対します。ここの間隔はどれだけでしょうか?

5度圏で考えても良いですが,オイラー格子の分数の方が直接的です。
最初の表を参照しますと,ここのD♭=16/15でした。一方F#=45/32ですから,D♭は分数計算でF#よりも512/675倍(オクターブ上げて1024/675倍)高いことになります。これは純正五度の3/2に対して2048/2025倍高くなっています。五度圏を閉じるという発想で考えると,これはシントニックコンマ二つ分からピタゴラスコンマ一つ引いた分,すなわち,シントニックコンマ引くスキスマ(約19.6セント)広い五度になっています(セント計算フォームで検算してみてください)。5リミット純正律では,ピタゴラスコンマとシントニックコンマがナマで現れるだけですから,セント値の計算もあまり必要ない訳ですが。

この五度圏で表わされる音律はいわばオイラー格子から音を切り貼りした,フランケンシュタインのような(笑)五度圏の音階になるわけです。

では,この特定音階の性能をオイラー格子でざっと調べてみます。
ハ長調の主要コード,CEG,GBD,FACを濃くしてみます。当然ながらOKですね。

ハ長調の主要コード,CEG,GBD,FACの適合
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D


同名ハ短調のCm(CEG),Gm(GBD)もしくはG(GBD),Fm(FAC)もOKですね。

ハ長調の同名短調の主要コード追加
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D


ここら辺が最も得意な音律のようですね。

これに属調ト長調のVコードDF#Aを追加すると,
属調ト長調のVコードDF#Aを追加
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D


はみ出してしまいました。AとしてCの左上のAは使えないからです。和音の構成音はオイラー格子上でくっついていないと協和しません。このDF#A和音は属調のV和音ですから,元のハ長調から見たら二重V度というものです。これは,もちろん開放系の純正律なら全く問題ないわけですが,12音に制約した音階では単純に五度を集積したピタゴラス系の方が有利なはずですね(純正三度はアウトなわけですが)。

下属調へ長調では,新たにB♭DFが追加されますが,やはり左右どちらかにはみ出してしまいます。

下属調へ長調のIVコードB♭DFを追加
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D


このB♭DF和音は下属調のIV和音で「二重IV度」とはあえて呼ばれないのでしょうが,原理的には上と同じことですね。

平行調はどうでしょうか?

平行イ短調の主要コードを追加
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E♭
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

Am(ACE),Em(EGB)はOKですが,E(EG#B)は上にはみ出し,Dm(DAF)はやはり左右どちらかにはみ出します。平行調には弱いようです。ごく近親調だけでもボロボロですね。

結局この音階は12音に切り取った純正律音階の中では最も純正音程の多いものですが,明確な転調は同主調のみ可能なようです。従って機能和声的な使用は難しく,旋法的な使用に限られましょうか。

では,音を均したら?それはもう純正律音階とは言えなくなってしまいます。ウェルテンペラメント音律が無数にありますからそちらを使えばいいでしょう。

鍵盤用に12音を取り出してきた純正音階はいわば,「囲われの身」です。別の言い方をすれば,広い純正律の地平から切り取ってきた傷口も痛々しい音階。やさしく使ってあげないとかわいそうです。

弦楽などでは,ほんの少しの注意を払ってあげるだけで,のびやかに純正音程・ハーモニーを奏でられますが,鍵盤用の12音音階では,切り取られ囲われているので,以上見てきたようにごく近親調でも転調に制約を受けてしまいます。「カノン進行」をやるだけでも12音外の2音が必要でした。鍵盤用純正音階は曲との適合度が他のどの音律よりも厳格なのです。これらの制約下で作曲されたシンプルな曲にこそ,その持ち味を発揮するはずです(つづく)。
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。