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オイラー格子でみる純正律〜クラリネットの謎?〜 [音律]

一連の記事の補遺です。今回はオイラー格子は直接使わなくてもよい話です。

純正律が用いられて来た背景には声楽や弦楽器,管楽器などの音程が自由になる楽器をハモらせる,それが大変美しい上に,むしろその方が楽に演奏出来るという背景があると思います。

やはり人の声が一番なのだと思います。これに関してはかなり研究は進んで来ている様ですが,ナカナカ簡単に説明出来る話ではありません。何か良い実例はないかと探していましたら,クラリネットの話がありました。単純に片閉じ管で割と音質もイメージしやすいので。

何でもクラリネットは大変ハモリやすい楽器とのことです。故玉木宏樹氏のページに書かれていました。

なるほどなぁ。と思いました。

まず,ハモるというのはどういう現象なのでしょうか?
ユニゾンをぴったり合わせるのももちろんハモリでしょうが,和声的なハモリは5度や3度でしょうか。

ハモるというのはハマるのに近い現象です。以前の記事にも書きましたが,いったんハマるとはずす方が難しいのです。

自然現象としては同一周波数,すなわちユニゾンがぴったり合うことですが,なぜ5度や3度がハモるのでしょうか。

クラリネットは管の一端が吹き口になって閉じていますので,気中共鳴でいう片側閉管です。片側閉管では奇数次高調波(倍音)が出ます。よく高校の物理の実験などでやりますが,以下の様な図で表わされます。
気柱振動クラリネット.png

メスシリンダーのような図ですが,片閉じ管の原理図で,クラリットのモデルだと思って下さい。左側の吹き口側は閉じていますから気柱振動の節にならざるを得ませんし,開口の右側は腹にならざるを得ません。これらは固定境界とか自由境界というのですが,弦の場合は両端固定なのは目に見えていますから分りやすいのですが,管の空気の振動は目に見えませんので,発泡スチロールの小さな球を入れたりして,人間目で見ないとナカナカ信用しませんから,ああいう可視化のデモ実験をやるわけです。

ともあれ,基音は1/4波長にならざるを得ません。次の倍音(高調波)も開管側が腹になりますから,3/4波長,以下同様に,5/4,7/4,...などとなっていきます。これらが,基本(1次)波,3次倍音,5次,7次,...などとなって行きます。この様な片側閉管では,奇数次倍音が出ます。これがクラリネットの単純モデルです。端部補正とか細かい話は(インハーモニシティはここにも)あるのですが,大枠の話です。

ですから,クラリネットで発音された音符の音(基音)の次は第3次倍音,これは純正5度ですし,次の5次倍音は純正長3度です。これらの純正音程関係を持った倍音が,基音にミックスして出ます。そしてそのスペクトル特性がクラのあの独特な音質そのものを表すことになるわけです。

あっれー,ドの単音出しただけで,純正のソとミをその中に含んでいる事になります!(実際の楽器は基音がB♭だったり,Fだったりしますが)2倍音がなく3倍音からですので,最初のハーモニクスは5度上(12度!)になるのですね。

アンサンブルするにしても,純正律音階と同じ理屈でぴったり合わせる事ができることになります。努力なしで。
すなわち,ドを吹いた人の音に含まれる3次高調波はソですから,他の人はそれに自分の基音と合わせれば純正五度がぴったり来ます。次の5次高調波はミですから,純正長三度がぴったり来ます。

言わばハモリの基準を気柱共鳴(管と空気で作られる固有振動)で出していることになります。


音源間の共鳴は,ぴったり合わないとダメで,直ぐにずれます。共鳴を持続するには努力を続けないといけません。純正律に関する誤解の一つでもあります。人間の所作で共振を持続させるような精密な音程調整が出来るわけがない!と。

しかし,共鳴(共振)ではなくて,同期現象というのは,条件がそろえば,引き込み(pull-in)現象により多少の誤差を吸収してハマり,むしろ外すのに苦労するのです。これは非常に不思議な現象なのですが,発音機構や伝達機構に非線形性,フィードバック要因・調節機構があると発生します。

これは送電線網に連系する発電機がぴったりと揃って回っていることや,壁に掛けたわずかにくるった2つの柱時計が合ってくる現象などにみられるように,自然の同期現象です。良く誤解があるのですが,これは共鳴現象とは実は似て非なるものなのです。

音楽におけるハモリ現象は,この同期現象と「類似」の現象と以前書きましたが,これは全く「同様」の現象と言わないといけなかった事になります。あくまでも同期現象は同じ周波数で起こるわけですが,音楽的なハモリ現象では基音と倍音とか,倍音同士とかの同期現象だと言う事ですね。

逆に,同期現象を理解され,それを踏まえて,平均律でも発音機構の非線形性などにより音程調整が働いて響くという意見もあります。これは程度問題だと思いますが,三度はどう頑張っても無理だと思います。様々な楽器や,楽器間のハモリは,どの程度の誤差を吸収してくれるのかは今後の研究課題だと思います。


さて,一方の代表的な木管楽器であるフルートは開管楽器です。両側が開管なので,気柱の振動は下図に示す様に両側が自由端にならざるをえないので,基本波は1/2波長の定在波でつくられます。
気柱振動フルート.png

基本波の次に出るのは第2次高調波。これはオクターブです。次が第3次高調波と,基音を作る1/2波長が,1,2,3,4と入っていきますので,倍音の出方の基本は弦と同じです。

先日の記事で聞いてもらったように,奇数次高調波の音(方形波)は性質的にはクラリネット音に近いといえます。これは単独の音質として聞いた場合,一種独特な音で,単独の音質としては,偶数次の音の方が音楽的に聞こえる訳ですが,奇数次高調波を含む音色はその音の中にいわばハモリの基準音を出してくれているわけですから,オケなどのアンサンブルには無くてはならない楽器なわけですね。

逆に言えば,クラリネット的な純正音的?音質は,ウェルテンペラメントや平均律楽器との相性は良くないわけで,フルートのほうがピアノやギターとも合い,外交的な楽器であるのも合点が行きます。

それから,なんぼハモリの基準になる高調波を含んでいても,基音の絶対値が高ければ,倍音は超高音に行ってしまい,余りアンサンブルの基準になりえません。クラリネットの音の基音が低いこともメリットなのではないでしょうか?

以上述べてきたことは私含め,鍵盤やフレット楽器といういわば固定音程楽器の人間には,なかなか感覚としては分かりにくい事ですが,これだけ理屈がはっきりしていれば,「謎」どころか,クラリネット周辺の方々にしたら今度はあたり前すぎてあまり疑問にもならないのではないでしょうか?

クラリネットなどの片側閉管楽器は奇数次倍音,フルートなどの開管楽器は整数次倍音すべてを含む事が分かりました。だから,一言に管楽器と言っても少なくともこの2タイプあることになります。これ以上突っ込むと「楽器の物理学」分野になりますので,この辺で止めます。


これらの,音に含まれる倍音構造を譜面で書くと以下の様になります。第一小節目が,クラリネットなど片閉じ管で出る奇数次の倍音構造に相当するもので,第二小節目がフルートや弦の整数次倍音構造に相当するものです。

HarmonicsInstruments.PNG

人の声はじめ管楽器,弦楽器は自然発生的な純正律音階を奏でていたはずです。それに対し,鍵盤楽器やフレット楽器はそれをモデルに人工的に音律を作らなくてはなりませんでした。もちろん楽器の音律が決まれば,人間の音感覚も影響を受けることは想像に難くありません。しかし音の協和関係は自然法則ですからそれを捻じ曲げることはできません。(おわり)

注:旧記事に,フルートやリコーダーに3次倍音が無いかのような表現があり,これは訂正しました。弦と同じように,整数次をすべて持ちます。本記事の主題であるクラリネットの奇数次倍音に関しては訂正ありません。
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夢笛myu

ああそうなんですね、リコーダーも含め開管楽器は第三次倍音が無い!
もともとリコーダーは(ギター等と比べて)倍音が非常に少ない楽器であるのは認識していましたが、ギターの倍音構成とは根本的に異なるのですね。にもかかわらず、リコーダーでのハモリが非常に気持ちよく、またハモらないのが大変不快なのは、これはもう差音がハモっているか否かによるものとしか考えられませんね。
by 夢笛myu (2012-07-12 21:28) 

Enrique

夢笛myuさん,コメントありがとうございます。
この辺なかなか不思議なのですが。
むしろハモリにくい楽器がハモったほうが美しいのかもしれません。
例えば,どの楽器でもユニゾンやオクターブのハモリは楽で次は5度でしょうが,やはり美しさは3度ですね。「ハモりにくい方がハモった方が美しい」。「狭き門より入れ!」ではないですか?
>倍音構成の違い
弦は全て含みますから,どちらとも相性いいはずですが,平均律だと開管楽器のほうがいいでしょう。
そうですね。差音の件もありますね。アレは同期とか面倒な話では無くて重ね合わせでいやおうなく出ますね。
by Enrique (2012-07-12 22:06) 

REIKO

なるほど・・・純正にハモる方がむしろラク(簡単?)ってことですね。
確かに、「少し広い長三度でハモる」などよりは「ピッタリ長三度」の方が簡単なんでしょう。
ピタっと「合って」いれば、それが「分かる」ということですね。
ヴァイオリンの調弦も、二本が純正五度に「合った」時は、何となくピシっと来る(笑)ので感覚的に分かります。
それをアンサンブル内で、お互いの音を聞きながらやっているんですね。
by REIKO (2012-07-13 00:11) 

ミタチ

はじめまして、ミタチといいます。
kotenさんのところで純正律の質問をした者ですが、ここでオイラー格子というものを知って、なるほどとうなづきました。さすが天才オイラーですね。
この内容を読んで、昔から疑問に思っていた和声学上の禁則の幾つかが納得できました。
平均律を使っている現代ではほとんど必要のない禁則だったのでした。
そんなことなら和声学の教科書できちんと説明して欲しかったと、遠い昔のことですが今になって怒りが込み上げて来ます。
私は独学なので教科書に書いてあること以外は分かりようがなかったわけで、音楽大学などで勉強された方はどうだったのでしょうかね。質問したら正しく答えてくれたのでしょうか。もしかしたら、先生達も良く理解していなかった可能性も強いなと勘繰っています。
音律の話になると「ああ数学ね」と言うような人が多いようですから、知識も自信もないのだと思います。
私はある時、教室の先生に言われた言葉「その方が美しいからだ」という一言で、全部はぐらかされてしまったことを思い出します。
全部ではないですが、胸のつかえが取れたようで、気分が爽快になりました。
ありがとうございました。

by ミタチ (2012-07-13 01:40) 

Enrique

REIKOさん,nice&コメントありがとうございます。
そうですね,シロートのずれまくったのは仕方が無いのですが(汗),お互いに音を聞き合って歩み寄ると,ビシッと吸い込まれるのですね。
ここが生楽器の最大のポイントだと思いますね。それほど正確な音程出なくても,ハモれるのは。自然の調節機構がありますので。非科学的と誤解されかねないですが,送電線を流れる交流電気もそうなんですよ!
ヴァイオリンの件はまさにそうですね。ですからD-Aにコンマ置かれるとコマルわけですが(汗)。
by Enrique (2012-07-13 04:55) 

Enrique

ミタチさん,初めまして。コメントありがとうございます。
まさに正鵠を射たご指摘だと思います。私は全くシロートの独学ですが,和声がわからない最大の原因はあの意味不明な禁則でした。連続何度とか,そちらを理解していないので特に触れませんでしたが,だから純正律が規範音律というのはもっともだと思った訳です。ただし鍵盤用に切り取ったものではやはり分りませんが。
ウチの妻は音大出で,和声もそれなりに理解しているらしいのですが,やはり「禁則」は「覚えるもの」で「なぜそうなるか」は必要ないらしいですね。「規範」のみが一人歩きしている印象を受けます。
疑問を差し挟むと「理屈ではない!」と一喝されそうでコワイわけです。
オイラー格子の使い方に関しては全くの独学ですのでマチガイもあるかも知れません。何なりとご指摘願えばと思います。
by Enrique (2012-07-13 05:38) 

アヨアン・イゴカー

>クラリネット的な純正音的音質は,ウェルテンペラメントや平均律楽器との相性は良くないわけで,フルートのほうがピアノやギターとも合い,外交的な楽器であるのも合点が行きます。

理屈がよく分かりません(理屈が分かるように、もっと勉強したいと思います)が、納得がゆきます。フルートとピアノ、ハープの組み合わせはとても美しいことは、感覚的に知っております。
私は、クラリネットとオーボエの組み合わせが大好きな音色なのですが、
片側閉管楽器同士だからでしょうか?
by アヨアン・イゴカー (2012-07-14 09:59) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメントありがとうございます。

ご質問ごもっともです。説明が不足していたようですので,例示説明を追加します。
クラなどの片側閉管:単音のドを吹くと音そのものに奇数次倍音の純正ソと純正ミを含む
フルートなどの開管:単音のドを吹くと音そのものには偶数次倍音のみなので,ほぼオクターブのドのみ
弦:単音のドを出すと音そのものに,全ての整数次(奇数+偶数)倍音成分を含む
五線譜で示しました様に,基本的には上の三者同士は相性は良いと思います。オケに含まれるのも納得出来ます。

問題は,それらと鍵盤やギター,ハープなど音程固定楽器との相性ですね。
これらの楽器は現在では平均律で調律されることが多いですから,純正的には響きません。平均律のズレがあるからですが,これは上の楽器群には歩み寄れません。上の楽器群は平均律的にも演奏出来るはず(そうしている人も多いよう)ですが,クラリネットは仮に平均律音階を吹いても,単音そのものに純正音を含んじゃっていますから,基音で合っても倍音で合ってないという気持ち悪い状態になると思われます。例えば,平均律鍵盤でドミソ上でクラリネットのドを吹いたら,合いそうな気がしますが,ドは合っても,鍵盤のミソとクラリネットのドに含まれるミソは合わないはずです。フルートは倍音に含まれるのはほぼオクターブのみですから鍵盤などとでもOKなはずです。

さらに追加すれば,
ならば,「鍵盤も純正律で調律すればいいではないか」という発想は当然鍵盤楽器発明当初からあったはずですが,普通の鍵盤ではオクターブ12音でしか表現できませんから,純正律の様々なバリエーションのうちの一つという事になります。単純化した議論で言えば,調ごとに調律替えをしないといけないので,特に転調を様式に取り込み出した古典派以降はその適用が難しくなって来ている。というのが一般常識的な解釈だと思います。
by Enrique (2012-07-15 13:37) 

アヨアン・イゴカー

詳しいご説明有難うございました。
楽器の組み合わせ、音の響き合いなど、これからはもう少し意識して聞いてみるようにします。
by アヨアン・イゴカー (2012-07-15 23:47) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,どういたしまして。
ご質問で,説明をはしょっていた部分に気づきました。
by Enrique (2012-07-16 05:40) 

Enrique

旧記事で奇数次倍音を持つクラリネットとの比較でフルートなどの管楽器では奇数次倍音が無いという表現がありましたが,これは間違いで,弦と同様に整数次をすべて持ちます。コメントの記述でもそのように書いていますが,この点は訂正いたします。
by Enrique (2014-01-27 18:12) 

ようたろう

音質を形成するスペクトラムと音程を構成するための倍音とごっちゃにしてはイケマセン。
そんな理屈が通るなら。、開管楽器は皆似たような音色になる筈ですよ。

by ようたろう (2014-07-09 10:22) 

Enrique

ようたろうさん,はじめまして。
音質を形成するスペクトラムと音程を構成する倍音は違う?というご指摘の様ですが,私は逆にそれをどう区別されるのかな?と思います。
「そんな理屈」と仰るのは,私の同じものだという点でしょうか?確かに自然現象のスペクトラムと,それを人間が音階に利用したものを区別するものだという認識は全くありませんし,区別するのならば,ハモる現象はどう理解されるのでしょうか?音楽の3要素のハーモニーをどう理解されるのでしょうか?
「同じだとすると開管楽器は皆似たような音色になる筈」とのご指摘もどういう理屈で仰るのかよく分かりませんが,逆にそのようなご指摘なら,「弦も似た様な音色ではないか」という疑問になります。実際開管の笛系統は似た音色だと思いますし,閉管楽器との音色に違いは良くお分かりではありませんか?
各楽器によって音色が異なることを仰るのでしょうか?
倍音構成の系統は開管と閉管で異なり,更に各楽器の構造により倍音構造(線スペクトルの成り立ち)が少しづつ異なるのではないですか?
それは程度問題です。この手の議論は,定性と定量がごっちゃになるから噛み合ない様な気もしますがいかがですか?
何処の点が御説と引っ掛かるのかご指摘していただければ,もう少しご説明も出来たと思います。

by Enrique (2014-07-10 07:58) 

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