SSブログ

ヴィブラート(と倍音)の話 [雑感]

純正律の議論にも付随するのでしょうが,最初からこれを言ったら,「純正和音なんて絵に描いたモチ」となって,ちゃぶ台返しになってしまいますので,別けて書きました。

それから,倍音の話も補足しておかないと,何を言っているのか分かりにくいと思いました。

ヴィブラートがきく楽音としては,やはり声楽が基でしょうが,歌に関する知識はほとんど無いので,歌のヴィブラートに関しても全然知らないのです。聞きかじり(幸田浩子さんがラジオでおっしゃってました)では,クラシックの声楽のヴィブラートはのどなどで操作するものではなくて,声を響かせる過程で自然に掛るものらしいですね。ヴァイオリンやチェロでは良く掛けます。これらの楽器の魅力の一つと言えるくらいに。まるで手ぐせの様に掛けています。真似てヴァイオリンでやってみますと,これが「禁断の木の実」のように何とも魅惑的です。

もちろんギターでもヴィブラートは良く掛けます。メロディや強調したい音などに掛けたくなります。曲を練習していると自然に掛けている自分に気がつきます。鍵盤よりも音の少ないギターという楽器の演奏の魅力は,やはり倍音が豊富な響きと,弦楽器でもあるから掛るヴィブラートでしょうか。ミーントーンフレットの楽器を弾く時は,意識しているせいもあるのかもしれませんが,あまり掛けませんね。

ヴィブラートを,「音程のごまかしの手段」と言ってしまったら元も子もないので,とりあえずは置いておきましょう。

ヴィブラートは振動周波数のゆらぎのもの,電子工学的に言えばFMのものと,振幅のゆらぎでAMのものとがあるようです。AMのものは周波数変動は無いかというと,さに非ず,こちらも周波数の偏倚は発生しますがFMよりも小さいため,ここではFMタイプのものに注目しますが,周波数偏倚を少なくしてヴィブラートを掛けたい場合はAMタイプということになります。弦では押さえる指のゆらしですからFMタイプになると思われます。

一方,ハモった状態と言うのは,協調していて,むしろ周波数のゆらぎが制限された状態と言えましょうか?したがって,ハモったままヴィブラートを掛けるのは難しいように思います。美しく響いて聞こえる弦楽アンサンブルも盛んにヴィブラートを掛けているように見えます。しかし,単独で旋律を歌う際と協調してハモる場合とは異なるのではないでしょうか?

前回の記事,ハモリやすい楽器クラリネットはヴィブラートを余り掛けないそうです。これは倍音構造がすでに純正和音状態になっているからでした。ここの説明をするには,固有振動と振動の発生機構の話が必要ですが,お分かりの方あるいはご興味ない方は以下の下りは読飛ばして下さい。

倍音は個々の楽器単独で固有に出るもので,これは気柱共鳴(デモ実験では元の音をスピーカーで出していますので,スピーカーで出した音と気柱に閉じ込められた空気の共鳴ですから用語としては正しい)とも言いますが,通常の教科書などではここで説明が終わっています。 あれだとタマタマ気柱共鳴した周波数音しか出ませんし,楽器はスピーカーで鳴らしているワケではありませんね。それにタマタマ基音が出たとしても,倍音が出る理由は分りません。 むしろ楽器の場合は固有振動が直接鳴っているという表現が良いと思います。 「固有振動が直接鳴っている」というのも,もちろん分かりやすさ優先のインチキ表現で,正しくは,「自励振動」というもので,非線形振動の一種です。いくら弦や管に「こういう共鳴する性質がある」と言ったって,実際にエネルギーが入らなければ,振動は起こりえません。通常の弦の場合は弓でひきますし,管の場合はリードや唇が発振源になります。これらはいずれも,弦と弓,リードや唇などの摩擦に発生する非線形的性質に起因します。 非線形性質の中身に関しては,総称すれば「負性抵抗」と呼ばれます。ヴァイオリンの発音機構で例えますと,弓と弦との摩擦が止まった時大きく,滑ると小さくなる現象です。これは摩擦の普通の性質ですが,弓に松やにを塗ったりしてその性質をさらに拡大利用しています。もし「正抵抗」ならば,弓は弦の上を滑らかに滑って弦を静的に変位させるだけで,弦が戻って振動が起こることはありません。 いずれにせよ,この「自励振動」の重要な性質は管を鳴らすデモ実験とは異なり,「振動的入力を入れないで振動が起こる」ことです。摩擦抵抗の非線形性を介した「振動的でない」外力ですから,特定の振動周波数の共鳴現象は起こり得ません。その代わりに,弦や管が持っている色々な固有振動数にエネルギーが注入されてそれぞれの固有振動に相当する倍音成分を持った音が出る事になります。これが各楽器特有な音色を形作ることになります。 クラリネットは奇数倍音を含む音ですから,その単音に含まれる倍音成分で五度や三度などの基本的な純正和音を持っている事になります。フルートも自然倍音を含みますが,開管ですから整数次倍音をすべて含むので,その音単体での和音的性質は少ないといえます。弦も同様です。

しかし,クラリネットの単音の和音的な音は楽器間の同期現象でハモっているわけでなくて,楽器一本に複数ある固有周波数がそうさせているわけですから,ヴィブラートはやろうと思えばできるらしいですね。
しかし,「品が無い」ということらしいですが,確かに自然のハモリ状態では起きえないような音色,いわばこの,各パートが「協調自己主張」したかの様な「ハモりヴィブラート状態」が奇異に感じるのではないでしょうか?



さて,「ノン・ヴィブラート」,特にハモらせるにはこれは重要のようです。だから純正律的な音楽ではこれは絶対の様にいわれます。

実際問題として平均律でもいいと言われる方々は,このヴィブラートなどの音のゆらぎに着目するようです。
音律の議論,特にウェルテンペラメント系のセント値(平均律の半音の1/100単位)等での細かい議論になってくると,「生楽器ではそもそもヴィブラートなどでもっと変わっているのに」という意見が当然出てきます。

では,ヴィブラートとは通常どの程度の周波数の変動をいうものなのでしょうか?せめてこの根本の定量的な数字が無いと,水掛け論になってしまいます。現在なら音声合成ソフトなどで試せばすぐ分かりそうですが。結構大きいかなと思います。

Wikiの英語版のセント値に関する記事を見てみますと,こう書いてあります。

人の感覚
ヴィブラートがどれだけのセント値かは人によってものすごく異なるので確立は困難。としながらも,
ある人は5-6セントのピッチの違いを知覚出来る。

と書いています。これは単独の音で聞き分けられる限界値の事を言っているのでしょう。
当然,持続音か減衰音かによっても大幅に変わるでしょう。こういうのは論より証拠,実際やって見れるといいんですが,少なくともヴィブラートによるピッチ変化はこの大きさよりもかなり大きくないと,効果は少ないでしょう。

知覚の限界付近だから,5セントや6セントの音の差を議論するのはナンセンスという意見もあります。そうだとすると,音律の議論はあまり意味がない事になります。しかし,5セント強短いミーントーン5度はだれでも分かりますし,22セント弱のシントニックコンマのずれは,完全に音痴状態になります。

一つの目安としては,このシントニックコンマ(22セント弱)程度のずれはヴィブラートでごまかす(語弊がありますが)ことが出来るのではないかなと思っています。
例えば,純正律のハ長調のDの音には9/8と10/9の2種類ありますが,これはシントニックコンマ分のズレですがどちらのDを使っていいか難しい場合,ヴィブラートでこの同名異音の2音間を行き来させておけば,人間の耳は合った方のみを聞くはずです。純正で和声進行してピッチ変動が起こりそうな場合の立て直し手段に使えるかもしれません。「そんなバカな?」と,思われる方もいるかもしれませんが,人間の耳にはヘタな測定器などよりも鋭い面がある反面,ごまかされ易いところもあります。トレモロやトリルなどの装飾音では,続いていない音が連続的に聞こえたり,電話機の音が鳴っていない時間が長いのに鳴っている時間を長く感じる様なこともあります。ヴィブラートが掛かっている音では,合っていない部分を捨てて合っている部分をつなぎ合わせて聞いているという可能性も十分あると思います。

ヴィブラートも周波数の変動が大きくなって半音になれば,トリルなわけですから,ヴィブラートの守備範囲は極論すれば5,6セントから半音以内の周波数変動とも言えそうです。
演奏の実際面からしても,325mmの弦長のヴァイオリンで,オクターブを押さえたところでの1セントの音程というのは0.1mm弱ですから,これをやるのはシロートから見たらとても人間業とは思えません。むしろ,弦の固有振動で鳴り易いポイントがあったり,発音機構の弓の弦との摩擦の非線形性であったり,そう言う機構を介してアンサンブル同士の同期現象でハモったりする要因がかなり大きいのではないかと思っています。

またそうだとすると,鍵盤などの楽器は固定音程でオクターブが強制的に12音で閉じられますので,セント単位程度の微妙な調整も必要というのは,ヴィブラートなどの音程調整(ゴマカシ)が効かないからという点も大きいと思います。さらに言えば,音程ずれの唸りもまたヴィブラートの様な効果を生みますし,純正律楽器が純正音階刻むためにやるような音階の不均一さを鍵盤で模擬したいという欲望もあるのかもしれません。
nice!(2)  コメント(6) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 6

アヨアン・イゴカー

vibratoはバイオリンとチェロの魅力の一大要素ですので、とても興味深く拝見しました。私は現在vibratoはどのくらい関節を振動させればよいのか試行錯誤しております。vibratoは音楽の速度、音符の長さによってその振動の幅、振動速度も異なりますが、これぞバイオリンの音、チェロの音と言うのが難しく、難しさを楽しみながら練習しています。
by アヨアン・イゴカー (2012-07-16 12:32) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメントありがとうございます。
ここでは,クラリネットがあまりヴィブラートを掛けない理由と,音程調整機能について考えました。
ヴィブラートの速度,深さなどの方法論も実際面では更に重要と思われます。ギターとヴァイオリンやチェロとは共通する点とそうでない点があると思われます。何か気づいた時点でまた考えたいと思います。
by Enrique (2012-07-16 13:12) 

アヨアン・イゴカー

フルートを以前に吹いていましたが、フルートは言われて見ればビブラートと言う意識はしていませんでしたが、微妙にビブラートが掛かっていました。が、考えてみると、バイオリンのビブラートとは異なるものではないかと言う気もします。唇と息の吹き方だった気がします。私の好きだったのはオーレル・ニコレの音色でしたが、あの音は、ビブラートがよく効いていたと思います。ニコレの音はとても奥の深い音色です。
by アヨアン・イゴカー (2012-07-16 16:29) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,再コメントありがとうございます。
私はフルートを直接吹いたことは無いのですが,伴奏をして身近で聞くと,案外歌と共通するところがあるのかなという印象です。多分響かせようとすると自然に吹く息が脈動して自然につくのではないかと思います。なので,教条的なノンヴィブラートというのも実は懐疑的なのです。フルートというのは柔らかな,誰が聴いても良い音色の楽器ですが,結構人に依って音色は違い,ヴィブラートもその要素の一つだと思いました。 何か情念を感じさせるというか。ニコレは特にそんな感じがした印象はありますね。
by Enrique (2012-07-16 18:58) 

REIKO

そう言えばクラリネットって、持続音が「棒きれ」(笑)みたいに聴こえるのが特徴ですね。
音色だけでなく、その「棒きれ感」もクラリネットらしさだと思います。
ヴァイオリンやチェロですが、モダン楽器ではのべつまくなし手を震わせてヴィブラートかけまくってますが、古楽器でやるバロック音楽等では、たまにしか使わないようです。
(当時ヴィブラートは「装飾音」と同じような扱い)
そもそもバロック・ヴァイオリンは、楽器を顎と肩で固定せずに、「手で(棹を)持っている」ので、大きなヴィブラートはかけにくいはずですし。
(バロック・ヴァイオリンの持ち方・演奏スタイルは、奏者にもよりますが)
ハイドンの弦楽四重奏の古楽器演奏はどの程度でしょうね・・・その辺はあまりCD聴いてない&生で見たことないので分かりませんが。
声楽アンサンブル&合唱団も、モダン系と古楽系では、声の混ぜ方(要するにハモり方)が全然違いますね。
モワッとする(笑)のがモダン系、スキッとするのが古楽系で、「律」だけでなく、ヴィブラートのかけ具合も関係してるはずです。
なおソロ歌手は、古楽で活躍してる人でもロマン派レパートリーも歌う人が多く(古楽だけでは食えないから?)、ヘンデルのオペラ等でもヴィブラートかけまくって歌ってる人もいます。
オケがヴィブラート控えめでスッキリ鳴っているのに、歌がコレだとちょっと違和感ある時もありますね。
(もうこれは「クセ」みたいなもので、どーしよーもないのでしょうけど)
by REIKO (2012-07-18 20:11) 

Enrique

REIKOさんコメントありがとうございます。
そうですね,クラリネットの音は聞きようによっては,ちょっとぶっきら棒にも聞こえますが,いわば倍音に和音構成音を含んだままでヴィブラート掛けるともっと変なんでしょうね。
平均律使用だと和音が唸っているため,負けじとやるのかも知れないですね。
モダン楽器ではヴィブラート掛けまくってますが不思議と弦は集まるとそれなりに聞こえます(もわっとはしているのでしょうが)。弦の音の違いはヴィブラートの掛け方にもあるのかもしれませんね。
ガンバなどの古楽器でも結構掛けている方いますね。フレットあるのでそれほどハゲシクは掛かりませんが。掛かる楽器には魅力の一つなのでしょう。音のお化粧と言いますか。。。ある程度の音の揺らぎは必ずあると思いますが,トリルに近い様なのはどうかとは思いますね。
by Enrique (2012-07-18 22:53) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。