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理工系用語の一般化と本来の意味と [雑感]

「ストレス」という言葉は,一般用語として定着していますが,元々は力学の用語で「応力」の事です。

現在,ストレスという用語は九割九分,心的ストレスの事を指すでしょう。
「部材に過大なストレスが生じて破壊した」と言う表現例は,本来の「応力」の意味です。SI単位[Pa]で量られる定量的な数値ですが,世人の捉え方は,「部材がむごい目に遭ったんだな」と擬人化・定性化して捉えるかもしれません。まあ,この場合は,そう捉えても大きな間違いではありませんが。


コロナ感染の発生初期,「オーバーシュート」なるヘンな言葉が使われました。
「コロナの感染者が『オーバーシュート』する危険」などと。

理工系で学ぶ「オーバーシュート」は,制御工学や電気回路の過渡現象で大昔からある用語です。こんな図です。
典型的な時間応答.png
典型的な制御の時間応答仕様図。制御量c(t)が目標値1を上回る量Osが「オーバーシュート」。樋口龍雄著「自動制御理論 新装版(森北出版,2019)」より。
制御工学などで使う「オーバーシュート」の意味は,目標値に対して,「行き過ぎる」ことを意味します。それは必ず戻り,アンダーシュートとを繰り返しながら,制御値が目標値に近づくわけです。しかし,コロナ感染症専門?の方の使い方は,「増えすぎて制御不能になること」を指している様でした。制御工学の意味とはかなり異なり,むしろ逆です。非常に違和感がありました。それなら,そのまま素直に「アンコトローラブル」とか,「ダイバージェンス(発散)」などと言った方が適切でなかったかと思います。まあ言葉の使用自体も制御不能では,対象の制御は遥かに難しい事でしょう。


時々聞く言葉に「シンギュラリティ」というものがあります。
かつては数学で使う特異点(シンギュラーポイント)の事だろうと思っていました。微分不可能可な不連続点とか,複素関数で出て来る複素平面上の極点の事としての認識だったのですが,最近の使われ方は「技術革新などを機会に世の中の状況がガラッと変わる事」を言っている様です。どうもそれは,80年代のAI研究の第2次ブームで出てきた言葉のようですが,昨今の第3次ブームで良く使われるようです。当方の感覚では,数学のシンギュラリティと言うよりも,物質の沸点や融点と言った相変化する点(性質がガラッと変わる温度)になぞらえているようです。シンギュラリティという言葉が一般化すると,クリティカルポイント(臨界点)位の意味で言っているようにも感じます。


もう少し以前から使われて今は余り聞かない言葉に,「マトリックス」があります。これは,本来は数学で使う「行列」のことですが,これは訳語じたいに問題があり,人が並んでいる一般用語の行列と区別がつきません。もっとも「座標」とか「位相」とかいう言葉も一般用語ですが,頻繁には使わないので,専門用語として区別がつきます。しかし,「行列」に関しては,数学用語にも使いますし,「『行列』のできる店」の様に,ふつうの人の数珠繋ぎの意味です。人が一人ずつ数珠繋ぎの場合は1次元ベクトルですが,2人ずつ並びになれば一応「2行×列人数」の行列(マトリクス)にはなります。

当方これを習いたての頃,縦と横の要素をよく取り違えました。「行列」の要素が「行」と「列」と言う風にパッとは覚えられなかったのです。むろん「行」が横要素,「列」が縦要素ですが,おそらく間違いの原因となったのは,日本語では「縦横」ではなかったかと思います。「横縦」とは言いませんから。マトリクスのrowとcolumnと言う風に覚えてからは間違わなくなりました。

かつて「マトリクス思考」なる言葉が流行りましたが,色んな要素を縦横に並べて考えないといけない言うようなものだったと思います。


「バイアス」という言葉も良く聞きます。これも殆どの場合は心理学用語の「認知バイアス」とかの,考え方のズレの事を言っていますが,当方は電子回路で出て来る電圧などのバイアスの事で理解しています。電子回路の場合は,バイアスを掛けないと動作しないので,必須な肯定的な意味ですが,それ以外で使われるケース(それが殆ど)では,ほぼ否定的意味合いの使われ方です。どうも「バイアス」という用語自体にバイアスが掛かっている様に感じます。


新しい概念が出て来た場合,それを呼び習わす言葉が必要です。理工学用語を持ってくる場合,本来の意味に合致した上手い使われ方であれば同意しますが,そうでない場合は下手に使わない方が良いと思います。むしろ,世の中に聞きなれない横文字が出て来た時は注意しないといけません。「何かワカランがすごそう」という「ジンクピリチオン語」の可能性もあるわけです。かつての「リストラ」の様に,本来なら「リストラクチャリング=事業の再構築」という意味なのに「リストラ=人減らし」のみの意味で使われました。都合の良いところだけつまみ食いするとか,人を煙に巻くとか,「バイアスの掛かった」使われ方になっている可能性がありますので。
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コメント 4

oga.

ふだん使っている言葉でも、辞書などをひいて語源を知ってはっとさせられることは多いです。本来の意味でない使い方をしてそれが時を経て当たり前になっている言葉って、意外と無茶苦茶多いんじゃないでしょうか。
by oga. (2023-03-01 00:42) 

Enrique

oga.さん,
意味が逆になる事も多いものです。
誤用が月日が経つにつれ当たり前になってそれが正しくなったり。言葉は生き物ですが,変な間違いは勘弁願いたいと思うのと,故意に煙に巻くための横文字はもっと要注意です。そういうのを何度も経験してきました。
by Enrique (2023-03-01 16:13) 

上山完

これは、数学とか物理をかじったことがある人にとっては「あるある」ですね。しょうがないかなと思っています。
私はもっと心が狭くて、「200%ありえない」とか「100点満点で150点です」みたいなのにもイラっとします。
by 上山完 (2023-03-03 11:11) 

Enrique

上山完さん,
それらの例は私もイラつきます。
本来定量的に測れないものに架空の数字を出す愚です。「自分からいいかげん事を言っています」という表現なのに本人は大真面目なのが困ります。
一時期良く使われた「1ミリも違わない」というのも,本人は1mmがすごく微少な大きさだと思っているのでしょうが,そもそも定量的な話ですらない。「全く違わない」でどうしてダメなんかなと。
定性的なものに定量的な数字を出して,定量的なものを定性的な表現で言う。どちらもウソ・ゴマカシですね。
by Enrique (2023-03-03 15:12) 

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