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当方のナット作製の考え方 [楽器音響]

先日,ナットを作製するにあたっての弦幅について書きましたが,今回はナット側の弦高についてです。

普通弦高は12フレット上で言うことが多く,①弦側で2.8mm,⑥弦側で3.8mmくらいですと,大体弾きやすくはあります。ブリッジ側の調整は簡単で効果的ですが,ナット側の弦高も重要です。当然ローポジションの弾きやすさにはこちらが大いに効きます。昔使っていた楽器では,カポタストをすると嘘の様に弾きやすくなったものですが,あれは明らかにナット側の弦高が高かったのです。

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図1. 弦高測定。
最近では,シックネスゲージを使っています(図1)。無論弦高はフレットと弦との隙間を測るわけですが,直接隙間を測るのはあまり精度がでない上に,実際にやすりで調整するのは,ナットの溝や底ですからこちらのほうが合理的だと思います。以前はノギスを使っていたのですが,通常のものだと分解能が1/20mmでしたが,ダイヤルゲージの測定分解能は1/100mmで精度がまさる上,実際の弦を嵌め込んで測れば実際的です。なお現在ナットの調整に使っているツール類を図2に示します。ナットそのものの作製や粗削りのためには,精密ノコギリ,グラインダー類,各種番手のサンドペーパーなどを使います。プロは立カンナを使うそうですが,当方はアマなので使いません(カンナの台直しには使いますが)。

ナットの弦溝の深さは,ナット下部(とりつけ部の底)から7.2mmから7.5mm程度で調整しています。むろん,楽器によっても少しづつ変わりますが,ナットを取り外せる通常の楽器では,ナットのとりつけ部の深さ(指板厚さ)は6mm程度,フレットの高さが1mm程度ですので,1フレット上での弦高が0.2mmから0.5mm程度になるよう調整しています。例えば,①弦0.2mm,②弦0.25mm,③弦0.35mm,④弦0.40mm,⑤弦0.45mm,⑥弦0.5mmなどです。

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図2. ナット調整用具(測定器・ヤスリ)類。
プロの方が作ったナットでも,1フレットの弦高が一律に0.5mm程度だったり,酷いのは一律に1mm程度だったり,低めに作ってあっても,⑤,⑥弦側が高音弦側よりも低いものとかあり,当方の好みではありません。「びりつかない範囲でなるべく低く」というのが当方のコンセプトですので,振幅の小さい高音弦側は低く,低音側は高くします。多くの方の考え方は,仮想の0フレットの高さにナットの弦溝の底を合わせると言うことなのでしょう。指板が蒲鉾型になっていれば,⑥弦の弦溝を深くすることと辻褄が合います。しかし,一律ないしは指板(とフレット)の湾曲に合わせた一定の弦高で低音がびりつかない様にする為には,高音側を無駄に高くしなければならないという事になってしまいます。

ブリッジ側では高音側を低く低音側を高く調整するのが一般的なのに,ナット部分でほぼ一定というのは,当方は賛成できません。弦の振動姿態は理想状態では点対称になります[1],[2]。むろん実際の楽器ではブリッジ側とナット側の固定条件が少し異なりますから,理想状態ほどの対称性は無いかも知れませんが,ものすごく対称性が崩れていたら,おかしな音になるはずですし,クラシックギターの素直な音からして,大きく基礎理論から外れているとは考えられません。低音側は振幅が大きいので,低音側の弦高を高めるのであれば,ナット側でも同様の措置を取らないと辻褄が合いません。しかしながら,今まで見てきた楽器では殆ど一定か,低音側の方が却って低い楽器が多いのが事実です。

当方の弦振動に関する知見から(自己責任で)そうしているだけであって,批判も恐らくあると思います。
むろん余り狙い過ぎるとビリついてしまい,シムを噛ませたり,下に紙を貼り付けるハメになりますので,なるべく精密な測定は欠かせません。
表1. あるナット溝の測定
  各部寸法[mm]
弦上高A 弦直径B 弦溝高A-B
8.15 0.78 7.37
8.30 0.86 7.44
8.53 1.07 7.46
8.23 0.78 7.45
8.26 0.98 7.28
8.37 1.15 7.22

かなりきちんと作るプロの方が作製されたナットで,今外してあるナットの測定をしたものを表1に示します。以前は,溝をノギスで測定していたので,溝底の測定は実際に弦が嵌る状態と少し異なります。今回は①弦から⑥弦までのカット弦を実際に弦溝に当てて,その高さを測り,別途シックネスゲージで測定した弦の太さを引き算しました。やはり,⑤,⑥弦で弦高が低くなっています。当方の好みでは,①②弦側をもう少し下げ,⑤⑥弦側を少し上げます。

引用記事:
[1]「弦の振動姿態(理想の弦の1/4地点を弾く)」弦の振動を理論的に再現したもの
[2]「弦の振動姿態(実際の弦の1/4地点を弾く)」弦の振動を高速度撮影したもの
上記いずれの記事のデータも当方が著作権を有します。
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EAST

Enroqueさん

かなりきちんと道具を揃えて作業されていらっしゃるので、
プロの製作家や修理担当者かそれ以上ではないでしょうか。
また、道具を揃えてもそれと使いこなす技量がなければ
意味ないので、その点でもすごいです。

私は、以前スティール弦のアコースティックギターでは
ありますが、ナットの弦高の目安として、3フレットを
押さえて弦が1フレット上で”微妙に”フレットと隙間が
ある程度と教えてもらったことがあり、これを参考に
しています。3フレットを押さえて1フレット上で弦を
ほんの軽く押さえて1フレットに触る程度で、極めて
定性的で感覚的なことですが。

定量的に計測、設定できるのが良いのですが、そこまでは
できませんので、この程度で押さえやすければ良しと
しています。

by EAST (2022-03-25 13:01) 

Enrique

EASTさん,
テキトウにやってかなり失敗してきましたので,きっちり測る事にしました。ノギスで測れば,まあまあなのですが,もう少し精度が欲しいので,シックネスゲージやマイクロメータも用意しました。
きっちり測れば失敗は無くなりました。
勘が必要な所は他にありますので,測れば済む事を勘でやる気は起きません。

最近のアコギはかなり弦高下げるのではないでしょうか?

by Enrique (2022-03-25 18:06) 

EAST

Enriqueさん

いくら高い精度の工具を揃えても、手作業であれば作業者に工具に見合った技術がなければ、精度はでないので、きっちりできるのは羨ましい限りです。

最近のアコギについては、ギターを見にギターショップに行くこともないのでよくわかりませんが、長い目で見れば弦高は低くなっているようです。大きな音を出すために強く弾くことがなくなっているのかもしれません。もしかしたらネックの仕込み角度も変わっているのかもしれません。
ただ、下げることで弾いた時に音がビリつくと、店では対応が面倒なので、量産品の新品は余裕は持って設定をしているのでしょう。
これはクラシックギターと同じでしょう。

家の近所では、桜が満開になりました。
小学校には結構桜の木があり、かつては新学期の始まる頃に咲いていましたが、今は春休みに咲いてしまい、新学期には散ってしまうでしょう。
by EAST (2022-03-28 12:33) 

Enrique

EASTさん,
日本製の楽器はナットでの弦高が高いという記述をどこかで見ました。
勝手な標語ですが,「高弦高は楽器の七難隠す」と思います。
低弦高を狙うには,かなり細かな調整が必要です。確かに量産品に余りの手間は掛けていられませんね。調整費の方が高くついてしまいますので。ただ私が買った昔の手工ギターの調整も酷いものでした。流石に名前のあるものはそんな酷いものはありませんでしたが。
世の中疫病に戦争と明るくはないですが,桜の季節はしっかりと巡ってきますね。


by Enrique (2022-03-29 12:29) 

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