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ピアノの脚とチェロのエンドピンに関して~その3~ [楽器音響]

前々回から,ピアノの脚とチェロのエンドピンの効果に関して,「チェロでのはっきりとした効果がピアノの脚では極めて少ないのは何故か?」という疑問に取り組んでいます。

前回は音域の違いについて考えました。ピアノ音の方が耳に聞こえやすい音域成分が多いのではないかと。ただ音域的に重なる範囲も多く,どうもそれだけでは説明は難しそうです。

ここでは,楽器の質量の差について考えてみます。チェロは3kg前後でしょうか。楽器によっても異なるでしょうが,ピアノに比較すれは遥かに軽量。ざっと100分の1程度。100倍も違えば何かの差があるのでは?と思えます。では質量差によってどのような違いが出てくるでしょうか?

ピアノを浮かしても効果は薄そうでした。その理由は,ピアノのフレームとボディは,既に弦を支え響板を固定するのに十分な剛性と質量を持っており,浮かしても境界条件には大差ないだろうという事です。ほぼ音響振動系が楽器単体で完結していると。

一方,ピアノの百分の一しか質量がないチェロは,浮かして体でソフトに支持するか床にエンドピンを突き立ててるかで,固定の境界条件に大きく差が出そうです。いわば,エンドピン一本で床や建物までを音響振動系に取り込んでいると。

もしチェロの響板をピアノのような丈夫な側板で固めたなら,音量増大効果が得られるかもしれません。今までギターの話は持ち込みませんでしたが,実際その様な考え方の楽器があります。オーストラリア製の多くのギターです。表面板のラティス・ブレーシングなどの工夫が注目されますが,それにも増して,ラティスで無い楽器にも共通する特徴は,それらの楽器の質量です。

アーチバックと言われる,一枚板を彫り込んだ重くて丈夫なサイド・バックで軽量な響板を支えるタイプです。スモールマンなどオーストラリア製ギターの音量の大きさは,この様な構造に起因し,音量増大効果を狙って製作されています。太鼓や三味線,バンジョーなどの様なコンセプトです。ピアノ程の質量は無いにしても,通常のギター(1.5kg前後)の倍くらいある質量と剛性で軽い表面板を支え,ギターとしては破格の大音量を得ています。

重い楽器代表格のスモールマンを弾くジョン・ウィリアムス。見た目では分かりませんが,従来の楽器の2倍くらいの質量があります。スモールマン他の重い楽器は現在多くの演奏家に使われています。

ギターの様な弦楽器でもピアノの様にサイド・バックを重く硬くすれば音量増大が図れるというのは,オーストラリア製ギターで実証されていると言えます。では,ギターにチェロの様にエンドピンを付けたらどうでしょう?

それをやっている人がいます。
ポール・ガルブレイスさんです。彼はエンドピンの付いたホセ・ルビオ製作の8弦「ブラームス・ギター」を演奏します。殆どチェロの様な演奏スタイルです。生で聴いた事がありませんが,おそらく音量増大効果は図られているのでしょう。ただ,楽器のエンドピンの下には共鳴箱があります。どうもエンドピンだけでは効果が薄いように見受けられます。チェロならばエンドピンを床に直接立てるわけですが。

ポール・ガルブレイスの演奏スタイル。初期は共鳴台そのものに乗っていたと思います。初期の頃に比べ,共鳴箱や楽器そのものにも様々な改良が加えられている様に見受けられます。
むろんエンドピンの効用は,音量増大だけではなく演奏に際する左手の自由さにもあるわけですが,ここでは音量増大効果にのみ着目します。彼の独創的なスタイルは大いに称賛すべきものですが,冷静に見て,彼のブラームス・ギターにおけるエンドピンの音量増大効果はチェロ程には無さそうです。その証左がエンドピンの下の共鳴箱です。エンドピンだけで十分な効果があれば,わざわざ面倒な共鳴箱など使わないでしょう。世の中の多くのチェリストはエンドピンを使いますが,ギタリストではガルブレイス氏以外見かけません。音量増大はギタリストの悲願でもあるに拘らずです。

上の考察より,ギターにおけるエンドピンの効果はチェロ程には無いと仮定して,その理由を考えてみます。両者の質量差はあまり無く,むしろギターの方が軽量です。また音域的にもほぼ重なるので,前回取り上げた音高の違いも両者でほぼ無視出来ます。質量や音域以外が本質的な理由かもしれません(つづく)。
当初エンドピンの演奏が珍しいと思いガルブレイス氏の動画を載せましたが,重い楽器を使う人の方が遥かに多いので,バランスを取るためジョンウィリアムスの動画も載せました。
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枝動

おはようございます。
ギターの音にしては大きい感じがしますね。
やはりこれは、共鳴箱が増大させているようですね。
by 枝動 (2022-01-17 11:29) 

Enrique

枝道さん,
いわばギターの音量増大にはピアノ式とチェロのエンドピン式があると考えられます。ただエンドピンの効果はチェロよりは限定的です。チェロ同様の効果ならば,共鳴箱は要らないですからね。
by Enrique (2022-01-17 12:48) 

風神

このギター演奏は、マイク無しでもこんなに音量があるということは、エンドピンと共鳴箱の効果大ですね。
逆に言えば、チェロはエンドピンだけですので、どうしてそれだけで音量があるのか、興味深いです。
by 風神 (2022-01-17 16:02) 

Enrique

風神さん,
クラシックギターではマイクを使わないのが通例です。吊りマイクで十分音は入ります。オーストラリア製ギターの質量を増した方もかなりのもので,こちらとの効果の大小はわかりません。
こちらは,チェロほどの効果は無いと言うのが私の判断です。
by Enrique (2022-01-17 19:45) 

oga.

クラシックギターの音量がもっと欲しいというのは、昔からのテーマですね。でも音が小さいながらも、ちゃんと弾けば意外と遠くまで音が通るとか、チューニングやタッチで克服できるとか、よくギター談義となったテーマだったと思います。

ジョン・ウィリアムスの弾くギターはものすごく綺麗な音色なんだけど、音量は小さいなんてまことしやかに言われてました。スカイでのライブしか見たことがないので、真実はわかりませんが。
by oga. (2022-01-17 23:36) 

Enrique

oga.さん,
ギターの音量というのも分かりにくいものですね。ギターに限らず音量の大小は単に音圧だけでは無い様ですが,とはいっても音圧以外の要素で完全に克服できるものでも無い。
遠達性(プロジェクション)という言葉もあり,そういう楽器や弾き方もあるにはあるようですが微妙なものですね。イエペスや山下和仁さんは音量が大きいと言われていました。

独奏ならいざしらず,かつてはオケとのコンチェルトもマイクなしでやりました。アランフェスを初演したR.サインス・デ・ラ・マーサは気心の知れた身内のスペインのオケとしかやらなかったそうです。絶対的音量は無いのは疑いようのない事実です。

ジョンは若い頃はアグアドやフレタを使っていたはずですが,後年はオーストラリア製の大音量であるスモールマンを使い,更にPAを入れるという反則?技を使っていました。スモールマンは正にこの記事でいうピアノ的に質量で稼ぐと言う楽器です。
生で聴きたいというファンには「後ろのお客が聞こえなくなるからダメ」と言っていたそうです。私が最後に聴いたのは,03年だったかすみだトリフォニーの3階席でしたが,PAでぎりぎり聞こえる音量でした。後ろのお客にはもう少しPAを上げてもらっても良い様にも思いました。

録音で聴いても音量の大きさは全くわからないですし,それは生で聴いても大差ありません。同じ会場で,楽器や演奏者をとっかえひっかえ比較すれば分かると思いますが,そんなことしないですしね。おそらく測定器で計っても極端な差が出る事も無いでしょう。
by Enrique (2022-01-18 05:43) 

アヨアン・イゴカー

ギターの音量という弱点について、このように工夫をされている方々がいるのですね。バンジョーの音は大きいと感じていましたが、構造に理由があったのですね^^
エンドピン付ギターも、独特で興味深いです。
by アヨアン・イゴカー (2022-01-21 14:20) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,
ギターの音を大きくしたいというのは昔からの悲願でした。
ロマン派の時代,演奏場所がサロンからコンサートホールに移行すると,音量の小さなギターは忘れ去られてしまいました。

バンジョーもそうですし,三味線を忘れていました。ボディは小さいですが太鼓がポイントですね,固い胴に軽い猫革が張られていますので,小さいわりには音量は出ます。
ただ,クラシックギターの場合は,特有の木の音色との兼ね合いが重要です。
by Enrique (2022-01-21 16:29) 

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