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年寄り奏法を考える [演奏技術]

ラジオから流れる,モーツァルトの弦楽四重奏のデベルティメントを,ベートーベンだと勘違いして,妻から笑われました。やたら速く軽快に演奏されている演奏だったので部分的に聴いてそう思ってしまいました。

「この演奏速過ぎるねー」と言ってごまかしました。
「速かろうが遅かろうがモーツァルトはモーツァルトです」という妻を尻目に,
「どうも歳とると速い演奏はついていけない」とごまかしの上塗りをします。

しかし実感として速いものには付いていけないようです。
筋力・瞬発力は当然無いです。

しかしながら。。。
腰の曲がったご老体が,みごとに一発で薪割りする画像を見た事があります。
熟達の技といってしまえばそれまでですが,全くもって力では無い。体の使い方でしょう。重いものを持つ話を書いた事がありますが,薪割りの場合はまず正確さでしょう。どこに刃が入れば割れやすいか熟知していて,そのスイートスポットに正確に入るのでしょう。

重いものを持つとか,薪割りとかでさえそうですが,当方が嫌いなスポーツでもそれはあります。むしろ,ギター演奏にも参考になるではないでしょうか。ゴルフは言うに及ばず,テニスだってよぼよぼのご老体に見える人が鋭いショットを放ちます。

ギターの演奏も,当然力よりも技です。
左手を力いっぱい押さえてもきれいな音が出ない。と言う人がいますが,幾つか原因が考えられます。力いっぱい押さえる必要は無いので,必ず何処かに問題があります。

まず,弦高が異常に高いとかフレットが凸凹しているといったトンデモナイ欠陥楽器の場合は別ですが,そこまで酷い楽器はこの頃はあまり見かけませんが,高級品でも弦高がかなり高いことは結構ありそうです。42年前,当方が初めて使った手工品は新品から使ってどんどん弦高が高くなっていましたが構わず弾いていました。
弦高が正常(①弦の12フレットで3mm以下,⑥弦の12フレットで4mm以下)であれば,そう押さえにくいことはないでしょう。ローポジションで押さえにくいとすると,ナット側の弦高が高いことも考えられます。これはだんだん高くなるものではなくて,もともと高いのです。その確かめ方として簡単な方法は,1フレットにカポタストをして見て押さえが楽になるかどうかです。見違える様にラクになれば,その可能性があります。「少しラクになるな」程度なら正常調整と言えます。

楽器はちゃんとしたもので,弦高も適切であれば,残るはむろん奏者側の問題です。

・フレットの押さえる位置は適切か?
フレットのどこを押さえても良いと思っている人が結構います。ギターはフレットが付いているから,フレット内のどこを押さえても良いと言うのは大きな間違いです。フレット内のどこを押さえても良いわけではありません。指頭がフレットに被らないギリギリを押さえる必要があります。当方はフレットの頂上やや左側をピンポイントで押さえるべきと思っています。以前計算をしましたが,フレットぎりぎりを押さえるのに比べ,フレット真ん中を押さえるのは2倍の力,さらにフレットの左側4分の1の場所を押さえる場合は4倍の力が要ります。ただし,です。フレット上に指がかぶってしまったら,いわゆるファゴット奏法になってしまい音が詰まりますので注意が必要です。当方の場合セーハでそれがありました。各弦でかぶらないよう指の曲がり分マージンを取らないといけません。それから,弦を押し込む柔らかさはフレットの中央が一番ですから,ヴィブラートは中央が一番効きます。

・押さえるのに腕の重力を使っているか?
当方これに40年間気付きませんでした。これができれば演奏が俄然ラクになります。成人の腕の重みの平均は4kg(成人日本猫の重み)くらいありますので,左を押さえるのに十分過ぎます。セーハでもいけると思います。これができれば,親指を離しても押弦できます。親指はネックを挟みつける役割ではなく,ポジションを決定する役割です。この事は,芳志戸幹雄さんが44年前NHKテキストで指摘していましたが,当時はもちろんのこと,現在でもアマは出来ない人が多いのではないでしょうか。いまだに親指と他の指を挟みつけて握力で押さえると書いてある教則本があると聞きます。何となく,プロはすごい握力を持っているんだとのファンタジーなのではないでしょうか?腕の重みで十分ですから,握力を鍛える必要はありません。村治佳織さんや朴葵姫さんが怪力の持ち主だとは到底思えません。それから,多少筋肉を使うにしても大きな筋肉を使う事です。親指と人差し指の間では無く,親指と中指の間でないといけません。こんな基本的な事に今更気づいています。

・正しいタッチか?
どうしても初級レベルですと,左手を押さえる事に気が行ってしまいます。タブ譜が流行るのも,左手の押さえを難しいと感じている人が多い事を物語っています。それはそれとして,開放弦で良い音が出ているかチェックする必要もあるでしょう。当方もいまだにツメの状態が悪い時はその調整に時間が掛かります。1日2日でツメの状態は変わり,悪いところを通過するとひどい音になるので,滑らかに仕上げないといけません。なるべくスイートスポットの広い爪形状にすべく日々気を付けていますが,0.1mm以下のわずかの削り具合で爪の状態が変わります。当方の場合短くするとひどくなるので,やや長めにしています。もちろん,ツメの状態が良くない,仕事上伸ばせないなどの場合は,指頭弾弦で良いと思います。まず,しっかりとした音を出すことが左手の押さえ以前に基本だと思います。

・脱力した上で
脱力は最も重要だと思いますが,近年入って来た考え方です。どうしても,脱力というと,手抜きをするみたいなとネガティブなイメージを持たれかねません。特に昔の考え方;ラクをするのは悪い事である,では出てこなかったのでしょう。力が入った状態で色々難しい事をやろうとしますと,体が悲鳴を上げます。若い時ならば多少のムリは効いたのでしょうが,年寄りにムリは禁物です。左手の脱力の事ばかりでなく,右手の脱力も必要です。

当方がメーカー勤めだったころ,「ムリ・ムラ・ムダを無くせ」との「三ム主義?」が流行りました。生産ラインのみならず,あらゆる仕事からです。この手のモットーとしては嫌いではありませんが,どうしても「ムダを無くせ」が先行して,その為にムリやムラが発生してしまいがちですが,ムリをしない事を先頭に持ってきているところに,このモットーの奥深さがあります。ただし,ムリというのは案外分かりにくいものです。その上に,「ムリをしないと成長しない」というようなムリ翼賛思想もあってか,本来このモットーの眼目であると思われるムリ禁止が軽んぜられている様にも思います。いずれにせよ成長しない老人にムリは禁物です。

酷いのになると,順番を入れ替えて,「ムダ・ムラ・ムリを無くせ」と,ムダ取りが最優先と言わんばかりのものも見ました。もともとこの標語は,効率よく安定した生産を目指すモットーだと思います。工事現場や,重工業になりますと「安全第一」という標語を見ます。「ご安全に!」というのが挨拶になっている現場もあります。安全な作業が最も重要であり,それを実行するコツが「ムリ・ムラ・ムダを無くせ」という事なのでしょう。ムリがあれば,どこかに不安全な状態が発生します。ムラなくというのも,量産主義の象徴のようにみえますが,むしろムラこそムダの温床です。繁忙期にはムリをして不安全行為をしてしまいがちですし,閑散期は文字通り時間のムダをしていることになります。ギター演奏にこれを持ってくるのも何かとも思ったのですが,練習含めあらゆる面に参考にならなくもないのではないでしょうか。

・移動
実は押さえる場所よりも,どこからどこに移動するか左手左指の移動の方が遥かに難しいし重要です。移動が脱力できてスムーズに出来れば,演奏がラクになって大人の演奏に近づけるのではないでしょうか。
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アヨアン・イゴカー

>「ムリ・ムラ・ムダを無くせ」
自分にとっては、ムラをなくすことが一番問題だと感じます。ムラをなくすということは機械的、物理的均一性を作り出すということではなく、均一感、統一感をつくりだすということかと。
一方、無理や無駄は何をするにしても必要不可欠な要素ではないかと思います。無理や無駄を繰り返すことによって、本来あるべき無理や無駄のない状態を、しっかりと体得できるのではないかと。
by アヨアン・イゴカー (2020-12-04 10:45) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,
「ムリ・ムラ・ムダを無くせ」
というモットーは,その解釈も実行もなかなか難しい事ですね。若い頃は違和感を持ちましたが,今はムリをするなというのは重要だと思っています。
むろん,何処までがムリか線引きが難しいですし,ムダにしてもそうです。それを散々やってみないと分からないというのも,おっしゃる通りです。そういう意味でも若者の処世訓にはならないでしょうが,年寄りにならば良いのではないかと思った次第ですが。
by Enrique (2020-12-04 14:31) 

EAST

Enriqueさん

・押さえるのに腕の重力を使っているか?

これについては、セーハーでは上手くできません。頭と要領が悪くその上不器用のせいかもしれませんが。

セーハーの場合、腕の重みの方向(重力で肘が下に引かれる方向)とセーハーする指が指板を押さえる方向が違うので、腕の重みがきちんと指板を押される力になっていません。数学や物理が苦手なので適切な表現かわかりませんが、腕とセーハする指のベクトルの方向が違い、その角度の影響(数学的にはcosθ?)で腕の重みの力が指板に伝わらないのだと思います。指板面は水平方向ではなく、ある程度上を向いているのでθ<90度にはなりますが。
また、腕の重みの力はセーハーする指の指板を押さえる方向というよりは指を下方向に引く力となり、指が下(地面)方向に引かれることで6弦側にはより指板を押さえる力が弱いようです。
結果的には、親指とセーハーをする指で挟むようになっています。
腕の重みを指板面(つまり弦)に上手く伝えるための注意点やコツが
ありましたら、教えていただけますとありがたいです。

単音を押さえるのであれば、押さえる指が「コの字型」になり、フックのように弦(指板)に引っ掛かることで力が伝わるようですが、セーハーは指を伸ばすので、そのようには力を伝えることが
出来ないようです。
by EAST (2021-02-10 17:47) 

Enrique

EASTさん,
確かにセーハは,押さえる弦の数が多いので,当然一本の弦に伝わる重力は分散されます。

特に1指を真っ直ぐに押さえますと,指の付け根①②弦辺りには腕の重力は伝わっていても,その先は全然伝わりません。そうしますと,重力利用の押弦の限界となります。もちろん,1指をびんびんにこわばらせれば,腕の重力のみでセーハはできますが,力を抜くのが重力奏法の狙いですので,本末転倒になってしまいます。

問題はセーハは1指をぴんと伸ばすというドグマです。1指をゆるくカーブさせた状態で,親指側の側面で押さえると,かなり腕の重力は伝わるはずですので,お試しください。指の側面が多少凸凹していると思いますが,それとて微調整して押弦に活用しますと非常に楽にセーハできる可能性があります。

あと,単音ですと腕の重みの何分の一かで済みますが,やはりセーハですと腕の重みをフルに活用しないといけません。そうすると,楽器のボディは前に出ようとしますから,やはり右腕の重みで押さえ込んでバランスを取らないといけません。それとあらかじめ楽器の構えも3点でバランスを取っておかないといけません。構えが基本ということになります。その上での重力奏法ですね。
by Enrique (2021-02-10 20:28) 

Enrique

追伸
記事ではフレットぎりぎりを押さえるべきと書いていますが,セーハでは必ずしもそうはならないですね。
by Enrique (2021-02-10 20:39) 

EAST

Enriqueさん

早速ご助言いただきありがとうございます。

「1指をゆるくカーブさせた状態で,親指側の側面で押さえる」については、親指側の側面で押さえているつもりですが、もう少し意識してやってみたいと思います。
親指と人差し指で挟むのでは、親指に力が入りすぐ疲労しますし、親指が攣りそうになります。また力が入ればスムーズな移動もできませんし。
ご助言参考にやってみます。
また何かありましたらお手数おかけしますが、ご教示いただけますと幸いです。

by EAST (2021-02-11 13:35) 

Enrique

EASTさん,普通のおさえとセーハとで差ができるということは,見ないとわからないですが,両者の押さえ方がかなり違うのではないか?と想像します。普通のおさえがクローズで,そのままセーハになれば,大きな差は生まれないはずなのですが。ひょっとしたら他にも微調整すべき箇所があるのかもしれません。
by Enrique (2021-02-13 09:00) 

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