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ベアクローなどの杢について考えてみる [楽器音響]

表面板のスプルースに「ベアクロー」と呼ばれる杢が出ている楽器があります。

見た目の美しさに関しては,サイド・バックのハカランダ材について語りつくされていると思いますので,今回は表面板のスプルースの特殊な杢であるベアクロー*について考えてみたいと思います。

表面板にベアクローが出た楽器
沢山出ていると良いのですが,中途半端な出方では何やら欠陥のような気がして,イヤになって来ることがあります。当方,学生時代一生懸命アルバイトをして入手した初めての手工楽器は,一か所のみベアクローが出ていましたので,楽器も不良品のような気がしてきて,取り替えてもらいました。楽器に対する見方が幼稚だったのだろうと思います。その時ショップで言われたのは「杢が出ている楽器は良い」との事でした。しかし今から思えば,そこでの楽器に関するかなり酷い話もありましたのですべてが当たっていたとは思えませんし,何分一張羅の楽器にナーバスになるのは誰だって当然の事でしょう。

杢の音質的なメリットは何でしょうか?
材の不均質はあまり良くなさそうです。マヌエル・ベラスケスは楽器内に電球を入れて,地道に濃い部分を削り取るキャリブレーションと言う作業が重要だと言っていました。木材というのはものすごく不均質な材です。
まず夏目と冬目**の不均質があります。それぞれの力学的・音響的特性は全く異なるはずです。少なくとも密度は何倍も異なります。ヤング率や損失係数(複素弾性率ならば両者同時に扱えますが)も全く異なります。

むろん,木目がゆれのパターンに比べ十分細かければ平均的な力学特性とみなしても構わないでしょう。
木材の決定的な不均等は繊維方向と幅方向で一桁以上も異なる大きな特性差です。素材科学では,これを異方性(anisotropy)と言い,均質ならば1つのスカラー定数で表されるヤング率(金属材料などのでは縦弾性率Eと横弾性率Gの2定数)はテンソル量に変貌します。3×3のテンソル量で9要素,さらに振動特性を考えるために複素弾性率で表現しますと都合18要素が必要になります。木材を使った響板の一部分をコンピュータ・シミュレーションするにしても,都合18個の材料特性データが必要で,それが場所ごとにバラつき,更にそれらが定数ではなく非線形性をもち経時変化するとなると,シミュレーション計算以前に材料定数(定数ではなくその非線形特性,および経時変化特性)の正確な評価は困難になってしまいます***。むろんそれを端折って平均的・近似的なデータを入れた近似的な力学計算はいくらでも可能ですが,それをしても,ベアクローのような細かな不均質の良否の問題の解析にはなりえません。なかなか木材は一筋縄では扱えない素材だといえます。

ちぢれ杢の出たカエデ,規則的に出るカーリーメイプルと異なりスプルースに出るベアクローはランダムですので,いかにもクマがひっかいたような跡になります。クマがいる寒冷地の材ではりますが,無論クマの仕業ではありません。柾目材として使われる際に出るのは木材の横断面ですから,クマがツメを立てようがありません。

その良否を解くヒントの一つは,それが古木に出ることだと思います。
弦楽器のサイドバックに使われるカーリーメイプルもそうですが,楽器に使われるような安定した材は大木・古木ですから,このような杢が出ている楽器は古木を使っている証明になり,良い楽器の必要条件になります。では,杢が出ている楽器はすべて良い楽器か?というと必ずしもそうでは無いと思います。

テーブルに用いられたカーリーメイプル材
木材は元々が不均質材ですが,解析の困難さは別にしても,楽器の材としては必ずしも良いものではないでしょう。ヘタをすればそれをさらに助長してしまうでしょう。
不均質な材である木材をなるべく均質・丈夫に用いるため,特に表面板は柾目で使っています。
表面板は,ミカン割にした材を鉋で仕上げる訳ですが,ベアクローが木目が板厚方向(年輪の周方向)にはぶれずに板幅方向にぶれてくれるならば,むしろ木材の極端な異方性を緩和する役割を果たすはず****です。しかし,板厚方向にぶれてしまっては,木材の繊維が断続される事になってしまい,せっかくの通直な柾目材のメリットが無くなります。むろん経験ある製作家ならば理解して使っている事でしょう。ただ,全く想像の話ですが,杢が珍重されるからと,板厚方向に凸凹が出たものを鉋で平たんに削ったのでは本末転倒だろうと思います。

*俗にbear clawと言いますが,学術的にはHazelficteと言うのだそうです。
**俗に夏目と言われる部分は春から夏に成長が速い部分で,冬目と言われる部分は夏から秋にかけての成長が遅い部分で冬は成長を止めているので,早材と晩材と呼ぶのが正しいようです。
***以前紹介したGuitar Acousticsの論文集による木材の測定でも,せいぜい繊維方向と幅方向で測定されているに過ぎません。線形と仮定した18要素のうちの3か4要素が測定されているに過ぎず,しかもその数字は大きく幅を持ちます。
****ここでは感覚的な事を言っていますが,異方性が増すか減るかくらいの解析は十分可能なはずです。さらに異方性が減る方が良いのだとすれば,薄板でハニカムを挟んだダブルトップ構造の楽器がヒントになると思われます。もっとぶっちゃけた話が,まっすぐな繊維方向に多少変調が入ることにより割れにくくなる(幅方向の弾性が多少増す)のではと思われます。
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EAST

Enriqueさん

もう10年ぐらい前のことであまり確かではないですが、ベアクロウのスプルースは硬いと聞いたことがあります。木の先端よりは根元に近いの部分に出るとのことだったような気がしますが、あまり定かではありません。

ベアクロウのたくさん入った表面板のギターもたまに見かけますが、個人的には木目が密で真直ぐな方が見た目は好みです。

たくさん入った木材は、ギター用としては音質よりも希少性で価格が設定されているのではないでしょうか。

表面板にベアクロウが1か所だけ入ったギターを持っています。
購入の際に店員さんが「ベアクロウが入っています。」と
セールスポイント?にしてましたが、1か所では「あっそう」
という感じです。
by EAST (2020-08-03 13:03) 

Enrique

EASTさん,コメントありがとうございます。
出る原因は良く分かっていないようですが,近縁の日本のスギやヒノキでもうねった木目を見ることがあります。根元に近いと思います。
余りに乱れた木目では,響板としてはよろしくないとは思いますが,適度な乱れですと記事に書いた様に板幅方向の剛性が多少増すので木材の極端な異方性は緩和されるのかな?と思います。
確かに希少性が殆どでしょう。せいぜいマイナスには寄与しない(多少プラス?)くらいでしょうか。
by Enrique (2020-08-04 10:51) 

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