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19世紀ギターに思う(ソルはミーントーンを用いた?) [雑感]

Fernando_Sor_1.jpg
Wikimedia CommonsにあるFernando Sorの肖像画。
楽器を良く見るとフレッティングは不均等であることがわかる。

昨日の記事で,ピリオド楽器には取り組めていないということを書いたが,興味は持っており,時々考えることはある。

ソルなどが使った,単弦6コースのいわゆる古典期黄金時代を生きた楽器が,19世紀ギターである。ここ10年来,福田進一さんなどトップギタリストの方々も使用され,目に付くことも多くなった。昨日nyankomeさんからいただいたコメントでも,ピリオド楽器への回帰はこれの入手がきっかけだったとのことだ。

ソルを弾くには,この楽器が良い。
以前,音律に関する記事を書いたとき,実際にミーントーンGのフレッティングをしてソルの作品を演奏しておられるkotenさんから,コメントをいただいた。この方の演奏は実にしっくりと美しく響いていて,楽器自体はモダンでも(むしろ比較実験としてはそちらが正しいだろう),響きは当時を髣髴とさせるものがある。

ソルの作品にはハ長調のものが多い。モダンギターではハ長調はあまり響かない。さらに弾きにくい上に良く響かないハ短調ですら使われる。ジュリアーニがイ長調を偏愛したのとは対照的である。この理由として,ソルが鍵盤もたしなんだこととも関係あるのかも知れないが,最も有力と思われるのは,音律としてミーントーンを用いたことだ。この音律は比較的まっすぐなフレットでも近似できる。

しかし,当時は転調の妙を競うロマン派への移行期。急速に平均律への移行が進んだ時期であろう。比較的転調がきくミーントーンであるが,そこはやはり古典音律,自由自在とは行かない。ソルの存命中でもどんどん平均律フレットに直した楽器もあったのではないだろうか。しかし,それまで用いた音律を捨て去ることは,そう簡単にいくものではない。可動式フレットなど,いろいろな試みがなされたのだろう。丈夫なメタルフレットは近代技術の恩恵であるが,その普及は音律として平均律の使用によることが大きいと思われる。このことは鍵盤楽器の隆盛と同期する。

ピリオド楽器が当たり前になった現在,このミーントーン音律も見直して良いのではないだろうか。
冒頭の,ソルの肖像を観察してみる。ヘッド部分が無いので,ネック・ジョイント部が少なく見積もっても13フレットになるが,これは画家の間違いだろう。画家にはネック・ジョイントまで12フレットという知識は無かったのだろう。だから,この絵のみから音律を正確に同定することは困難だろう。楽器をやらない人にはフレットがたくさんたくさん並んでいる印象があるものだ。ハープを見て弦の数を正確に描ける人がどのくらいいるだろか。

そこで,ネックジョイント部を12フレットと仮定する。そうすると,10フレットよりも11フレットの間隔が広がっていること,さらに,14フレットよりも15フレットの間隔が広がっていることなどがわかる。これはミーントーンなどの不等分律を用いた際の特徴で,平均律では絶対にフレット間隔の逆転は起こらない。

下図に以前の記事で示したExcelで描いたフレッティングを示す。ミーントーンCおよびGでは9フレットよりも10フレットが広がっており,1フレットのずれがある。しかし,ボディにかかる14フレットと15フレットの逆転はローフレットでは2フレットと3フレットと同じことであり,ここでの逆転は一致しミーントーンCもしくはミーントーンGの使用が示唆される。

ミーントーンC.gifミーントーンG.gif
ミーントーンCおよびGのフレッティング。いずれも2・3フレット,4・5フレット間隔が逆転している。

昨春現代ギター社から出たソルの教本の復刻の挿絵に見られる楽器のフレットは2,3フレットこそ左手でわかりにくいが,4フレットよりも5フレットが広いことなどが明確にわかる。
Sor教本.JPG
Fernando Sorの教本にある,ギター演奏の挿絵。
演奏スタイルとともに,楽器のフレット間隔に逆転があることがよくわかる。

画家は,均等に狭まるフレットをわざわざ不均等に描くことはしないのではないだろうか(それではただのヘタクソということになってしまう)。

現在残っている楽器は平均律のものが多いようであるが,むしろ残された絵画のほうが真実を物語っている。いつの時代でも,古いものを時代遅れと無批判に否定することはあるのだろう。わずか30年ほど前にも当時の画家が描いたフレットの刻みの反転を画家の音楽的素養の無さによる間違いと決め付けている記事を読んだ記憶がある。平均律を当たり前と思い,不等分律の知識が無かったためだろう。そもそもバッハのクラビール曲集のウェルテンペラメントの意味が平均律と訳されていることからも分る。その誤解を無邪気に受け入れれば,バッハ以降は平均律のはずだから,古典期に不等分律はありえないのだ。私もかつてバッハが平均律と24調を確立したのだとばかり思っていた。

しかし,現在の我々は不等分律の知識を持っている。古典期にもミーントーンなどの不等分律が用いられたのは,ソルの肖像や教本の挿絵からも,明らかだろう。チェンバロやフォルテピアノでは用いた音律はやはり楽曲の調などから間接的にしか分らない。オルガン管などと共に,ギターなどのフレットは用いた音律の生き証人である。しかし,現在残っている楽器のフレットは平均律に直されたものだろうと想像する。そもそも後世に伝わるような価値ある楽器は,弾かれてなんぼのものである。良い楽器ほどきれいに直されただろうし,フレットを直す価値のない楽器は打ち捨てられたことだろう。

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nyankome

19世紀はいろいろな音律が入り交じって存在した時代だったのでしょうね。興味深く拝見しました。
こういうギターを製作していらっしゃる方もいます。
http://www6.ocn.ne.jp/~kiyond/fret-work2.html
by nyankome (2010-02-14 12:39) 

Enrique

nyankomeさん,nice!&コメントありがとうございます。
平均律に直されたのでは,としていますが,19世紀前半でもオリジナルで平均律のものも多いようですね。
当時は電動工具がないので,ご紹介いただいたページの楽器のフレットのようにはできなかったので,真っ直ぐなフレットを使うという前提で,平均律の普及が早かった可能性?もあるかもしれませんね。ソルにしても,魔笛などの作曲時は平均律だったかと思います。
by Enrique (2010-02-14 13:54) 

てですこ

興味深いお話ですね。私は以前19世紀ギター展(近江楽堂)で、古典音律のフレット配列の楽器を試奏しましたが面白い響きでした。
ところで、ソルの作品にハ長調が多いのは、私は当時の楽器のサイズという面ばかり考えていましたが、音律の側面もあるんですね。なるほど。
by てですこ (2010-02-14 23:47) 

Enrique

てですこさん,コメントありがとうございます。
平均律だとイ長調,ホ長調などのほうが向いているはずです。調だけから推測すると,ハ長調やハ短調を多用していた時期は,ミーントーンを使ったのではないかと思います。
肖像画のソルは若い時です。ソル存命中でもどんどん平均律に移行したのではないでしょうか。ジュリアーニはイ長調が多いので,平均律楽器を使っていたかもしれません。
現在の我々は平均律に慣らされていますので,古典音律の響きは奇異に感じたりしますが,ソル含め当時の人たちは逆に平均律の響きにはなかなかなじめなかったかもしれません。
by Enrique (2010-02-15 00:21) 

koten

 昔の記事へのコメントですみません(汗)・・・タイトルが衝撃的だったもので思わず(笑)
 
 「ジュリアーニは平均律楽器かも知れない」とのことですが、私は逆にジュリアーニこそ古典調律(ミーントーンでなく、何らかの不均等音律)を使っていなのではないか、と推測しています。
 その根拠の一つは、ジュリアーニの曲には「変則調弦曲が全く見当たらない」ということです。っていうか、これが事実であるか否かを確認したいところなのですが、Enriqueさん、ご存じでしょうか?

 変則調弦というのは古典調律楽器、とくにうねうねフレット楽器には向いていないんですね。音律にも寄りますが、解放弦の音をシフトさせると全ての音程がずれてしまいますので(但しミーントーン音律は別、ここにもミーントーンの強みがあります)。

 ソルの曲で、6弦をFに上げて弾くる曲が幾つかありますが、あれも、6弦は解放音(つまり最低音のF)以外は使っていないはずです(少なくとも私の知っている範囲では)。
 このように調べていると結構面白いですよね・・・。






 











by koten (2010-06-10 12:22) 

Enrique

kotenさん,コメントありがとうございます。
ソルに関しては,絵の楽器のフレットがそれっぽいこと,作品にハ長調やハ短調が多いことから,ミーントーンCかGあたりを使ったのは確実だと思いました。
その点,ジュリアーニに関しては今回検証せず,さしたる確証はつかんでいません。平均律だったかも?というのは,彼がイ長調ばかり好み,いわば今日のギター的な調性と合っていることだけです。時代的にはジュリアーニも当然古典音律を用いていいはずですし,イ長調ばかり好んだということはイ長調が最もよく響くフレッティングにしていた可能性もあるわけですね。変則調弦に関しても,イ長調では必要ないわけですね。
私の見解では,通常のギターの調弦の中で目いっぱい活躍させようというのがジュリアーニの考え方,ソルは弦楽四重奏をギターの中に持って来たかった。そこでのバスの取り扱い方の違いだと思います。そこの原因か結果かに音律の問題の可能性もあるわけですが。
現代の特許にでさえ,指板交換式のギターが登録されているなど,音律問題は根深いのですね。
http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2009-05-08
by Enrique (2010-06-11 17:31) 

koten

 レスありがとうございます。
 そうなんですよね、、音律問題は可成り根深いものがあって、その根深さ故に、いわゆる「上」の人達は敢えてコメントや情報公開等を回避しているような雰囲気を感じます(特にフレット楽器の関係者は平均律を擁護しなければならない立場の人が多いですからね(汗)・・・)。
 一方で、インターネット全盛のこの時代、そういう「逃げ」が通用するのも既に限界が来ているのではないか、とも感じてます。
 というわけで、ミーントーンにつき、さらに一石を投じるような投稿&ブログ開設をしてみました(爆)。

http://meantone.blog.so-net.ne.jp/
http://www.youmusic.jp/modules/x_movie/x_movie_view.php?lid=6121


 私の「変則調弦曲無し故に古典調律」理論(笑)はイマイチ説得力が弱いので、もう少し練って出直してきますね(でもこういうのって、根拠や理屈うんぬんよりも、むしろ「臭い」で感じる部分が多々ありますよね・・)。

 ちなみにヴィラ=ロボスのギター曲も変則調弦曲が無いように思うのですが、これって正しいですよね(?)。「変則調弦曲なしのギター作曲家の一覧」って誰か作ってないですかね・・・

 余談ですが、ジュリアーニの大序曲や英雄ソナタでイ長調からハ長調に鮮やかに転調するところ、凄く格好良いですよね。
 
 では、長々と失礼いたしました。また色々と教えてくださいね。
by koten (2010-06-12 00:32) 

tsukihoshihi77

バロックリュート曲、無論演奏技術が低いのが主な原因なのでしょうが、それにしても『音楽にならん!』と思うのがあります。一方でリュート演奏の動画を見て居るとフレッッティングが何じゃこりゃ!のアバウトな例を見ます。そこで思うに・・・何じゃこりゃ、じゃなくて意図的なのかもしれないと、この記事を読んで思いました。
by tsukihoshihi77 (2017-03-27 04:04) 

Enrique

tsukihoshihi77さん,初めまして。
この記事はまだ音律について学んでいない頃のもので,かなり想像で書いています。ミーントーンのフレッティング計算もどうやったのか忘れてしまいました。
これ以後に書いた記事を参照いただければ,無数の様に多くのフレッティングがあることがご覧いただけると思います。
以下の一連の記事です。
http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2011-11-16

http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2011-12-30

リュートの場合巻きフレットなので曲の調によりずらす様です。

by Enrique (2017-03-27 07:18) 

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