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19世紀ギターに思う(補足) [雑感]

昨日「ソルはミーントーンを用いた」という独善的な記事を書いたが,個人のブログと言え,少し下調べの痕跡も必要だろう。相前後するが少し補足である。

ちょうど10年前,現代ギター2000年の1月号に,「19世紀ギターへの誘い」という別冊付録がついていた(写真1)。
ここに,イアン・ワッコーン氏(渡辺広孝氏・訳)の「19世紀におけるギターの製作技術(Ian Watchorn: The guitar in the 19th Century - Technology & Technique)」という論文が載っていた。ちなみにもう一方は,リチャード・サヴィーノ氏(竹内太郎氏・訳)の「1770年から1850年のギター演奏における重要な問題(Richard Savino: Essential issues in performance practices of the Classical Guitar, 1770-1850)」。多分この記事が頭の片隅にあったと思う。改めて読み直してみても,昨日の結論に変わりは無い。

やはり19世紀前半は過渡期であったようだ。ソルの肖像画は若い時のものだから,少なくともこの時期はミーントーンを使ったのだろう。ジュリアーニはモダン楽器でも良く響くイ長調を多用したから,平均律楽器を使ったのかもしれない。ソルの存命中は移行期であり,やはりモダン楽器でも良く響く調性からして「魔笛」などは平均律楽器であったのかもしれない。

19世紀ギターへの誘い.JPG
写真1.10年前発行の現代ギター誌の別冊「19世紀ギターへの誘い」。

3節の「基準音,調律,音律」が対象。
鍵盤楽器の研究から1850年以前は,キルンベルガー音律が用いられたとある。この音律には詳述しないが,以前書いたように,ピタゴラス律とミーントーンの折衷案である。いずれにせよ,不等分律でありフレットは真っ直ぐにはならない。同論文に載っている不等分律に対応したと見られる例としては,1850年ごろのラコートのエンハーモニック・ギター(写真2)のみであるが,本文には「多くの19世紀前半のギターには不均等なフレット位置をもつものを見かける」とある。他の写真のものは19世紀前半であってもすべて,平均律(に見える)フレッティングである(写真3~写真6)。

ラコートエンハーモニック.JPG
写真2.不等分律対応のルネ・ラコートの移動式フレット楽器。
1850年製だが,これ以前のラコートですでに固定式平均律フレットになっているので,
このころはやはり過渡期でせめぎあっていたのだろう。

ガリアーニ/ガダニーニ.JPG
写真3.ガリアーニとガダニーニの19世紀ギター。
1830年ごろはすでに平均律のフレッティング。

パノルモ.JPG
写真4.1844年製パノルモ。平均律フレット。

ラコート2本.JPG
写真5.論文とは別に冊子の末尾にのっているラコートの写真。
1824年製は,以上の中では最も古いがすでに平均律フレットになっている。

アグアド教本.JPG
写真6.アグアドの教本の挿絵の楽器は年代も下るだろうが,フレットは均等に描かれている。

現代ギター2002年4月号では,「初めての19世紀ギター」と題した特集が組まれていて,井上景(19世紀ギタリスト),福田進一,渡辺広孝(古楽器製作家),菅原潤の各氏が対談している。「イントネーション」という語句が見え,福田さんが,フランスの音感という表現を使って,ラコートの音の特徴を語っているが,明示的には音律に触れていない。井上さんのシュタウファーのレプリカ(写真7),福田さんのラコート(写真8)はいずれも平均律の楽器のようだ。

井上シュタウファー.JPG
写真7.現代ギター2002年4月号の記事から,井上景さんのシュタウファー・レプリカ。

福田ラコート.JPG
写真8.現代ギター2002年4月号の記事から,福田進一さんのラコート。福田さん若い!

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nyankome

この現代ギター、懐かしいです。
どこかにある筈です。
探して読んでみます。
この頃、ラコートのレプリカと出会いました。
その後、プチジャンのオリジナルを手に入れたのですが、フレンチに縁があるようです。
by nyankome (2010-02-15 00:49) 

Enrique

nyankomeさん,nice!&コメントありがとうございます。
GGは今あんまり買っていないですが,この頃は再開直後なので,結構熱心に買って読んで(多分)いました。先日亡くなった菅原潤さんがやってましたね。
by Enrique (2010-02-15 01:01) 

koten

 この手の話題、良いですね(笑)。

 ギターの音律ないしフレッティング問題につき、菅原潤さんとはmixiの個人間メッセージで少しだけ議論したことがあります。
 菅原さんからは「自分がこれまで考えても見なかった話題」とのことで、平均律以外のものを念頭に置いておられず、少し肩透かしをもらってしまったなぁというところですね。ただ、特注のフレット可動式のギターがラコート、パノルモによって作られたことをご存じであること、パノルモのフレット可動式ギターは武蔵野音楽大学が1本所有していたはずであること、を教えていただきました。
 それと、「コストの有名な写真に載っている左側の7弦ギターのフレッティングは、私には不均等に並んでいるように見えます。」との質問には、
おっしゃるとおり、微妙な間隔にみえますね…。 との答えをいただきました。

 ちなみに大学時代のギター倶楽部の大先輩がパノルモ製の19世紀ギター(骨のフレットのもの)をお持ちなのですが、特に高音部などは「平均律とはほど遠い」と本人が仰ってましたね。

 私としては、当時のフレッティングがどうだったかには関係なく、「この曲はどういう音律で弾かれることを望んでいるか?」を第一に考えてフレッティングを決めるスタンスを目指す方向で活動してます。ただ実際には3度や5度に対する「自分の好み」が相当入ってしまい、また、鍵盤楽器と違って曲毎に調律(フレッティング)を変えるのは困難なので、結局は最大公約数的なフレッティングにならざるをえないのですが・・(汗)
by koten (2010-06-14 00:18) 

Enrique

kotenさん,nice!&コメントありがとうございます。
音律に関しては,好みがあるのですね。
ドミソのミはかなり下げ,ソは必要に応じ若干の調整といったことは,時代にかかわらず,必要でしょうね。考古学をやっているわけではないので。
むしろ,古楽器使っても,音律に踏み込んでいなければ,一種の流行ファッションですね。
鍵盤楽器はフレット楽器よりもむしろ古典音律に強いというのは,kotenさんのおかげで知りました。

by Enrique (2010-06-14 16:51) 

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