ポンセのソナティナ〜その6(了)〜 [曲目]
現在,ポンセの原典版「ソナティナ」にゆっくり取り組んでいます。
「その1」〜「その5」までを書いてきました。
今回は,第3楽章です。
第3楽章は,第1楽章と同じくニ長調。依然第1楽章冒頭のモチーフを使っています。
1939年のセゴビア版では,Fiesta(祭り)の副題付きですが,ポンセはどう意図したかは分かりません。1930年12月の原譜では単にIII,このソナチネを締めくくる最終楽章です。
第3楽章においても,第1楽章のモチーフを引き継いでいると思います。
第2楽章の終わりから,第3楽章の和音にはアタッカで入りますが,セゴビア版では,最後の音符の付点が欠落していて音価が足りていません。ポンセの原譜では間違うわけもないですが,フェルマータがついていて実際の演奏上の問題は殆どありませんが,セゴビア版出版の過程でミスが発生しているようです。
明らかなミスプリは気にしない事として,少々気になるのは,譜面自体の相違です。セゴビア版は,譜面自体が大家の好みが反映したものになっています。
1930年の夏ごろからポンセに催促していた譜面が1930年の12月には上がったわけですが,1939年のセゴビア版出版時にはあちこちが大家の好みに合った様に改変されています。ラスゲアードなどは(rasg)となっていて,奏者に委ねられているようには見えます。小節や音符そのものは「変えていいよ」とは言わなかったでしょうが(笑)。
その例を見ていきましょう。
セゴビアは,ポンセの書いた八分音符の和音(ラスゲアード)をあらかた三連符に変更しています。「スペイン風」と注文しながらもフラメンコはお好みではなかったという大家の我儘かもしれません。
思った程には大きな変更はありませんが,気がついたところを拾っておきますと,
原典版139小節と140小節の間に,4小節が挿入されています。前の流れからしたら,ここにはこういうくだりが入る様な気もしますが,すぐ4小節後に同じモチーフの動きがありますので少々くどくなると思います。ポンセはセゴビアから「ソナタではなくソナチネ」と明確に注文を受けていましたので,ここに限らず曲全体において簡潔な書法を心がけたはずです。その後,終了までに音符の変更はありません。ただしここに限らずですがデュナーミクの変更は甚だしいものがあり,ffとppなどが全く逆になっています。発想記号なども,こうも違うか?というくらい異なります。作曲者と初演の演奏者とで曲のイメージがかなり異なっていたのでしょう。
第一楽章,第二楽章に関しては,両版の違いには触れませんでしたが,副題の有無以外にも,やはりテンポ記号や発想記号の大きな違いが見られます。
この曲に限らずですが,セゴビア版では大家による音の変更などがある一方で,単純ミスもあります。臨時記号の欠落などはどちらなのか判断し兼ねます。原典版があるものについては,原典版から譜面をチェックするのは現在では当然のことでしょう。
最後に,Miguel Alcázarの"Obra completa para guitarra de Manuel M. Ponce"におけるソナティナに関する英文の解説(の抄訳)を載せておきます。
セゴビアとポンセとの手紙のやり取りは,例えば現代ギター94年11月臨時増刊「名曲演奏の手びきPart IX[ポンセとギター]」などにも記述があり,同じソースからの翻訳と思われます。ダブりを省き当方にとって目新しいところのみ拾っておきます。
ポンセのソナティナ(原典)は,1930年12月パリで脱稿したもの(原譜の記述)だが,当最終版以前にも前奏曲?を含む草稿があった模様。
セゴビアの強い要望でスペイン風に書かれ,ドビュッシーやラヴェルの印象派の色彩をもち最終楽章はさらに先を行くものであると著者は言う。
出来上がった曲でセゴビアはポンセに第二楽章の見直しを迫り,ポンセが直したものの,前の方が良かったと原譜を採用。1939年のセゴビア版出版時に副題などが付けられた。
セゴビアは,部分的にコンサートで取り上げていたが,三楽章全曲録音したのは1949年6月HMVから。
(了)
後記:本記事を上げた当初,最後に追加した解説を「Tilman Hoppstockの原典版の章末の英文による解説(の抄訳)」としていましたが,当方の取り違えでしたので,引用書誌事項を修正しました。
「その1」〜「その5」までを書いてきました。
今回は,第3楽章です。
第3楽章は,第1楽章と同じくニ長調。依然第1楽章冒頭のモチーフを使っています。
1939年のセゴビア版では,Fiesta(祭り)の副題付きですが,ポンセはどう意図したかは分かりません。1930年12月の原譜では単にIII,このソナチネを締めくくる最終楽章です。
第3楽章においても,第1楽章のモチーフを引き継いでいると思います。
第2楽章の終わりから,第3楽章の和音にはアタッカで入りますが,セゴビア版では,最後の音符の付点が欠落していて音価が足りていません。ポンセの原譜では間違うわけもないですが,フェルマータがついていて実際の演奏上の問題は殆どありませんが,セゴビア版出版の過程でミスが発生しているようです。
明らかなミスプリは気にしない事として,少々気になるのは,譜面自体の相違です。セゴビア版は,譜面自体が大家の好みが反映したものになっています。
1930年の夏ごろからポンセに催促していた譜面が1930年の12月には上がったわけですが,1939年のセゴビア版出版時にはあちこちが大家の好みに合った様に改変されています。ラスゲアードなどは(rasg)となっていて,奏者に委ねられているようには見えます。小節や音符そのものは「変えていいよ」とは言わなかったでしょうが(笑)。
その例を見ていきましょう。
セゴビアは,ポンセの書いた八分音符の和音(ラスゲアード)をあらかた三連符に変更しています。「スペイン風」と注文しながらもフラメンコはお好みではなかったという大家の我儘かもしれません。
思った程には大きな変更はありませんが,気がついたところを拾っておきますと,
小節 | 拍 | ポンセ原典 | セゴビア版 |
4 | 2 | 八分音符 | 三連符 |
66 | 1 | 和音ADGF♮ | 和音AF♮B♭F♮ |
78 | 1 | D# | D♮ |
82 | 1 | 和音GC♮A | 和音GC♮EA |
97 | 1 | 重音F♮C♮ | 重音A♮D♮単なるミスプリ |
107〜109 | 1〜3 | 和音DABF♮八分音符ほか | 和音ADABF♮三連符ほか |
113 | 1 | 和音八分音符 | 和音三連符 |
120 | 2〜3 | 和音八分音符 | 三連符 |
124〜126 | 2 | 和音八分音符 | 三連符 |
128〜130 | 2 | 和音八分音符 | 三連符 |
134 | 1, 2 | 音価四分・三連符 | 音価三連符・四分 |
139と140の間 | - | - | 4小節追加 |
原典版139小節と140小節の間に,4小節が挿入されています。前の流れからしたら,ここにはこういうくだりが入る様な気もしますが,すぐ4小節後に同じモチーフの動きがありますので少々くどくなると思います。ポンセはセゴビアから「ソナタではなくソナチネ」と明確に注文を受けていましたので,ここに限らず曲全体において簡潔な書法を心がけたはずです。その後,終了までに音符の変更はありません。ただしここに限らずですがデュナーミクの変更は甚だしいものがあり,ffとppなどが全く逆になっています。発想記号なども,こうも違うか?というくらい異なります。作曲者と初演の演奏者とで曲のイメージがかなり異なっていたのでしょう。
第一楽章,第二楽章に関しては,両版の違いには触れませんでしたが,副題の有無以外にも,やはりテンポ記号や発想記号の大きな違いが見られます。
この曲に限らずですが,セゴビア版では大家による音の変更などがある一方で,単純ミスもあります。臨時記号の欠落などはどちらなのか判断し兼ねます。原典版があるものについては,原典版から譜面をチェックするのは現在では当然のことでしょう。
◆
最後に,Miguel Alcázarの"Obra completa para guitarra de Manuel M. Ponce"におけるソナティナに関する英文の解説(の抄訳)を載せておきます。
セゴビアとポンセとの手紙のやり取りは,例えば現代ギター94年11月臨時増刊「名曲演奏の手びきPart IX[ポンセとギター]」などにも記述があり,同じソースからの翻訳と思われます。ダブりを省き当方にとって目新しいところのみ拾っておきます。
ポンセのソナティナ(原典)は,1930年12月パリで脱稿したもの(原譜の記述)だが,当最終版以前にも前奏曲?を含む草稿があった模様。
セゴビアの強い要望でスペイン風に書かれ,ドビュッシーやラヴェルの印象派の色彩をもち最終楽章はさらに先を行くものであると著者は言う。
出来上がった曲でセゴビアはポンセに第二楽章の見直しを迫り,ポンセが直したものの,前の方が良かったと原譜を採用。1939年のセゴビア版出版時に副題などが付けられた。
セゴビアは,部分的にコンサートで取り上げていたが,三楽章全曲録音したのは1949年6月HMVから。
(了)
後記:本記事を上げた当初,最後に追加した解説を「Tilman Hoppstockの原典版の章末の英文による解説(の抄訳)」としていましたが,当方の取り違えでしたので,引用書誌事項を修正しました。
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