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単結晶作成の元祖 [科学と技術一般]

前記事で,微分の話ついでに一見あまり関連のない単結晶作成の件について触れました。

短波長で高輝度に光るGaN(窒化ガリウム)のLEDが世界中の照明を変えました。その重要なブレークスルーの一つが素材の単結晶作成でした。

半導体の開発と高度な応用が今日のIT社会の基盤になっていると言っても過言ではありませんが,半導体の最も重要な発明はトランジスタです。むろん大幅に機能を拡張された各種ダイオードも様々な場面で役立っています。現在では,半導体部品の不足でクルマも家電品も作れないと,何もかもが半導体の機能に頼り過ぎたような状態ですらあります。


半導体素子のおおもとを担うのは,素材の単結晶作製技術です。最初にトランジスタを開発したベル研の研究者らにとっての課題は,ゲルマニウムの単結晶作製でした。ポーランドのチョフラルスキが1917年に発表した論文を見て,その方法で作成した単結晶を用いて初めてトランジスタの動作確認ができたのです。

今日チョクラルスキー(チョフラルスキ)法と呼ばれる,単結晶作成法です。ワルシャワ工科大学の教授だったヤン・チョフラルスキ博士(1885-1953)の業績です。

大発見のきっかけは,ちょっとした失敗といった偶然に左右される事が多いものですが,チョフラルスキ法の開発も,インク壺に入れようとしたペン先を間違って溶融した金属の坩堝に入れてしまい,ペン先に付いた結晶が単結晶だったというものです。些細なものであってもその重要性に気づき,追実験をしてしっかりと論文にまとめた事が,後世の研究者の実験の基礎になったわけです。凡庸な研究者が同様な失敗をしても,その重要さに気づかないかもしれません。

溶融素材につけた種結晶から単結晶のインゴットを引き上げるチョフラルスキ法は,今日我々が使うスマホやPCの半導体素子素材の作成になくてはならない手法です。


今日の我々にとっては非常に重要な発明でしたが,チョフラルスキは生前不遇でした。
戦後,ナチスドイツに協力したという疑いで,ワルシャワ工科大学の教授職を剥奪されてしまいました。実際にはレジスタンスに協力していたのですが,難しい事情があったようでそれを公言できず,郷里に戻って小さな会社を経営していました。

名誉が回復したのは,死後半世紀以上経った2011年でした。
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ワルシャワ工科大学入り口2階の踊り場にある,チョフラルスキの彫像。2022.9当方撮影。

ポーランドの科学者と言えば,古くはコペルニクス,近年ではキュリー夫人(マリ・スクオドフスカ=キュリー)が有名ですが,人類への貢献度から言えばチョフラルスキも決して引けを取らないでしょう。 2019年になってIEEEの「マイルストーン」が授与されていますが,彼の業績に対しては少々もの足りない気もします。
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同場所にあるIEEE Milestoneの銘板。2022.9当方撮影。

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コメント 4

しゅん

インク壺に入れようとしたペン先を間違って溶融した金属の坩堝に入れてしまい,ペン先に着いた結晶が単結晶だった・・・ほーーなるほどなあ 自然界には見えないものがあるんだなあ 
by しゅん (2023-01-31 06:03) 

Enrique

しゅんさん,
100年前のお何気ない偶然でしたが,発明発見のきっかけというのはそういうものですね。この発見がなければ,この手法で作られる半導体の開発も遅れたかも知れません。
by Enrique (2023-01-31 07:30) 

静謐な一日

おはようございます。
Enriqueさんが、(実践的な)博学・博識であることに驚きを禁じ得ません。
by 静謐な一日 (2023-02-01 06:38) 

Enrique

静謐な一日さん,
チョフラルスキの存命中にトランジスタは開発されましたが,その発明者たちがノーベル賞を受賞したのが1956年。彼は3年前に亡くなっていました。
真の偉人を知らず,金儲けした人たちを偉いと思っている世人の理解が追いつくことを期待します。
by Enrique (2023-02-01 07:29) 

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