SSブログ

なぜ力が入ったらダメなのか?~「上がり」との関連~ [演奏技術]

改めて脱力の効用について考えてみます。

EnriqueAutographSmall.png
【A】「力を抜くなんてもってのほか!」
物理的な力と,努力することとを混同した暴論でしたが,案外かつては幅を利かせていた考え方です。そのような考え方ですと,

力を抜く=手を抜く → テキトーにやる

という意味になってしまい,話が通じません。「一生懸命力を入れて頑張っているのに,抜いたら出来ないじゃないか!」と怒られそうですので,まずこれは勘弁してもらいましょう。

もうひとつありがちな意見が,
【B】「力が入ってもきちんと弾ければいいじゃないか?」
というもの。練習を続けていれば,そのうちだんだん力も抜けて来て,良い具合になる。一生懸命練習することが重要で,力が抜けるというのは付随して発生する事だと。脱力の効用意識が無いと,何となくこの様に感じる人も多いのではないでしょうか?当方も長年このようなスタンスでした。「力を抜いたら弾けません!」という意見もあります。

【C】練習時から常に十分な脱力は最重要」,「力の入った練習は有害」
これが現在の考え方で,かなり実感して来ています。

【B】と【C】は近そうでいて,かなり遠いです。むしろ,
【A】≒【B】≠【C】です。

なぜそこまで言い切れるのでしょうか?当方ここ最近は,(書籍に書いてあるからとかではなく)肌で実感しているからです。だんだん力が抜けて来るのを待つのではなく,最初から意識的に力を抜いていないと練習そのものが害になるからです。

脱力の効用は色々あると思うのですが,その大きなものは上がりに対する耐性です。



上がりは,メンタル面と捉えられ,如何にしてメンタルを強くするか?という議論になります。メンタルを強くすれば上がらないと。むろん,練習できてない状態でも堂々と弾ける人は,大丈夫でしょう。しかし,「一生懸命練習しているのに本番では上がって上手く弾けなかった。」というのが大方の感じるところですし,今まで上がりまくっていた人が,急にメンタルが強くなって上がらなくなるという事もまず無いでしょう。

当人も永年そういうことを繰り返してきました。
練習で一番上手く弾けた状態と本番とを比較すれば,確率論を持ち出さなくても,本番の方が落ちる可能性は高いでしょう。ほぼ確実に落ちます。

むしろ,練習で安定してそこそこ弾ける状態を作っておくことが大事です。
しかし,「いや練習では百発百中だったのに,本番でずっこけた」という意識もあります。むしろ,練習では決してつっかえなかったところをつっかえてしまった。というのもあります。むろん自分の経験です。練習と本番で差のできにくい弾き方に心がける必要があります。

練習が不十分ならば仕方がないのですが,十分に練習した「積り」でも,漠然とした不安に駆られます。
人間,「どうなるか分からない」というのが一番ストレスです。練習の不十分さ(があるかもしれない)という事で,本番前はせっせと弾き込みます。

それでも,練習よりも本番の方が上手く行ったなんて事はまず無くて,「がっくり」,「げっぞり」,「練習の半分も弾けなかった。」いや,「1/3も弾けなかった」,「俺なんて1割も弾けなかった。」,「わたし普段はもっと上手に弾けるのですけど。」なんて,「弾けなかった競争」をします。

本番時は,上がって手がひきつったり,顔がゆがんだり。息も絶え絶え。大量の汗。如何にリラックスして弾くか。いくら頑張っても答えが出ません。



脱力には様々な効用があります。むしろ力が入ったデメリットの分だけのメリットがあります。失敗に対する耐性もその一つではないかと思います。例えば,ケガをするのは間違いなく,余分な力が入った時です。ケガをしないまでも,不用意に爪を折ってしまったりするのも,余分な力が入った時です。

普段右手はあまり使わないのですが,ついつい不注意に軽いものだと思って掴んだものが,するっと滑って,爪先を硬いものにぶつけてしまう。爪だけならまだしも,ケガをした時の事を思い出すと,余分な力がけがを誘発していることに気づきます。

いわば,余分な力が入っていると,突発的な事象に対処できず,したくない事をしてしまいます。
刃物を扱う時余分な力は危険です。切れないとついつい力で何とかしようとします。「切れない刃物は危険」です。

刃物が良く切れなかったので,力を入れてしまった。すると思いも掛けない方に刃物がいってしまい。。。というのが,ケガの原因です。コントロール不能な渾身の力を入れて作業しているからそうなるので,中途半間な切れ具合が良くないのです。全く切れない刃物でけがをする道理もないわけですが,加工物は切れなくても肉体を傷つけるには十分,それを無理やり使うと凶器になるわけです。



演奏に関しても似たようなものです。誰も,ミスりたいと思ってミスる人はいないと思います。上がりたいと思って上がる人もいませんしたくない事をしてしまうのは,コントロールが効かないからです。コントロールが効かない状況を誘発するのは,やはり無用の力みです。ムダな力が入る原因の一つに押弦の不正確さを力でカバーしていると言うのがあります。

クラシックギターのステージで,初見演奏とか,アドリブ演奏をする人は余りいないと思います。大概は,たくさん練習して臨みます。変な弾き方を一切していなければ,変な状態に戻りようはありませんが,だんだん改善していったとすれば,一番いい状態が本番で出るとは限りません。良くて平均レベル,下手をすると練習初期のつっかえつっかえの状態に先祖返りしてしまうかもしれません。

本番は練習中とは異なる特別な一回です。
照明がまぶしくて目がチカチカとか。意外と寒くて手がかじかむとか,椅子や足台,譜面台の高さが合わないとか,調整できる事はきちんとやれば良いですが,事前練習に関してはステージについた時点で既に勝負がついています。むろん,練習の状態を淡々と表現出来ればいいのですが,リラックスに心がけても本番時は余分な力みが入ります。一番いい演奏にしてやろうというメンタル的な力みが,肉体のこわばりに作用するようです。

やはり,練習時に極力脱力演奏に心がける事です。本番で多少力みが加わっても,コントロール可能な状態が保てるマージンが必要でしょう。当方の経験から言えば,本番前必死の練習をした時ほど,がっかり度も高かったようです。「あれだけ練習したのに,本番で上手く弾けなかった。」というのがトラウマのようになって,「もっと頑張らないといけないのだ!」と悪循環に陥ってしまうようです。

「頑張る」という語感も良くないのでしょう。歯を食いしばって力を入れるようなイメージです。むしろ頑張って力を抜かないといけないのですが,頑張るイメージと力を抜くイメージとが相いれない所が面倒です。頑張って力を入れて練習では弾けても,まず本番ではムリです。本番でさらに力が入れば制御不能で事故レベルになってしまいます。安定余裕ギリギリの制御は危険です。

安定性とは突発的な外乱に如何に対処できるかです。
いくら練習を積んでいても,何分「本番もエクスメリメント!」ですから,何が起こるか分かりません。自然体で力が抜けていれば,突発的な危険はかなり回避(あるいは対処)できるはずです。練習時には,多少のプラスアルファの力みが入っても大丈夫なくらい十分に力の抜けた演奏にしておくべきでしょう。

自然体で力が抜けた演奏にするには,まず力みのないフォームが基本で,頭で良く歌って演奏に集中することで,「うまく弾いてやろう」などと言う余分なメンタル面での外乱を避けることが出来ます。まるで関係のない事を想起しながら演奏するという人もいます。それでも,予期しない力みが入って不安定になりそうな場合に備え,意識的に力みを抜く具体的な方法(手を振るとか,タッチを深くするとか)を見つけておく事も必要かもしれません。

練習でも本番でも,やはり「脱力」に収斂してしまうようです。
nice!(24)  コメント(8) 

nice! 24

コメント 8

風神

最初に意識的に、がポイントですね。
by 風神 (2022-03-29 23:08) 

枝動

こんばんは。
>「切れない刃物は危険」です。
全くその通りだと思います。指を切ったり怪我する時は、切れない刃物を扱う時ですね。切れないからと強く力を入れるから、滑ったり思わぬ方向へ行ったりして危険です。
切れる刃物は、少しの力でそのくさびだけで切れて行きますね。手入れの行き届いた物を、力み無く扱う事が共通して言える事ですね。

by 枝動 (2022-03-30 00:51) 

Enrique

風神さん,
「だんだん」抜けるのでは使い物になりませんね。
本番などのストレスがかかる場面では先祖返りして力んでしまいます。
by Enrique (2022-03-30 22:35) 

Enrique

枝動さん,
「切れない刃物は危険」というのは全くの真理だと思いますが,案外理解されないのですね。これに関しては身を持って痛い思いをして体験済みです。
おっしゃる様に,刃物に限らず,手入れをした適切な道具を使う事は非常に重要なことで,文字通りの物理的な道具に限らず,あらゆる場面において言える事だと思います。
by Enrique (2022-03-30 22:43) 

河内の木樵

レッスンでアレクサンダーテクニックもいろいろと教えてもらっていますが、手、指の脱力には肘、肩がブロックされているものを解く必要あり、それには首、頭、背骨含めた意識、姿勢が重要と毎度言われ続いております。足も関係していると。身体は一体なので、さもあらんと思っています。手、指だけの脱力というのはないのでしょう。
by 河内の木樵 (2022-03-31 10:03) 

Enrique

河内の木樵さん,
まず自然な無理のないフォームが重要だと思います。
当方は骨盤位置を指摘されました。
気持ちの持ちようもそうですが,心と体は関連しますので,体の脱力が気持ちのリラックスを生み,無理のない姿勢での演奏という好循環が得られると理想でしょう。
by Enrique (2022-03-31 11:50) 

河内の木樵

体のリラックス(脱力)が心のリラックスに繋がるというのはその通りでしょうね。脱力できてない状況で舞台であがると思うように手、指が動かず、それが心の焦りを呼び、更に無理に体を動かそうとして余計に固まりというスパイラルに入っていくというのが舞台でアーアとなる根源のように思います。
by 河内の木樵 (2022-03-31 19:38) 

Enrique

河内の木樵さん,
悪循環に陥る要因を断ち,好循環に持っていかないといけないと思います。やはりキーが脱力ですね。いくら気持ちをリラックスさせても何処かに力みが入ると,悪循環ですので。
by Enrique (2022-04-01 08:09) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。