SSブログ

知っている曲を弾きたい・聴きたい [雑感]

この様な欲求は自然なものだろうと思います。

EnriqueAutographSmall.png
先日聴いていた昼のラジオのローカルニュースで,とある小学校の音楽会の模様が報道されていました。「知っている曲が出てくると子供たちは,嬉しそうに一緒に歌った」と。

恐らく大人でも大差ないでしょう。大人のコンサートでも,知っている曲が出てくると盛り上がります。むろんいつも聴いている人たちは,有名曲は飽き飽きしていますからまず聴きませんが,たまに聴く人たちは有名曲だと喜びます。

クラシックギターの演奏だと今も昔も,「禁じられた遊び」や「アルハンブラの思い出」を聴きたいという要望があります。新進気鋭のギタリストに「禁じられた遊び」を弾いて欲しいと頼むのは無粋だと思うのですが,そういう方は少なからずいます。ただでさえ狭いクラシックギターのレパートリーを極端に狭めている方もいて,「イエペスを嫌っていたので,セゴビアは『禁じられた遊び』を弾かなかった。」なる珍説をとなえる方がいました。セゴビアを崇拝される方のようでしたので,よく分かっていらっしゃるのかな?と思ったらそうでもなかったようです。セゴビア(1893-1987)とイエペス(1927-1997)では一世代以上も年代が異なっていて,セゴビアの全盛期はイエペスは全くの駆け出しの青年。セゴビアの青年期には,イエペスは産まれてさえいませんでした。1952年の映画「禁じられた遊び」の音楽をセゴビアに依頼するには全く予算が足りず,ルネ・クレマン監督は全く無名の駆け出しの青年イエペスに代役を頼んだのは映画オンチの私でも知る有名な話です。大巨匠が30歳以上若い同郷のギタリストをわざわざ嫌う必要もなかったのではないかと思いますし,それがセゴビアの音楽を語る上で重要な事柄とも思えませんが,その様な長いコメントを頂いたことがあります。それだけ「禁じられた遊び」が(一部か多くの人か?に)重要なレパートリーである事が分かります。

武満は,かつてのクラシックギター界を「限られたレパートリーを洗練された技術で弾く趣味に陥った。」と評し,古今東西の愛唱歌を斬新にアレンジした「12の歌」を荘村清志さんにプレゼントしました。この指摘は,むろん当たっていた面もあるのでしょうが,この事はプロの供給側の問題でもあれば,受け側のファン層の問題でもあったと思います。そしてそういう側面は技術やレパートリーが大幅に進歩した現在でもあるという事でしょう。

一般音楽愛好家の中でのギターの位置づけはどんなものでしょうか?
やはりギターというと,「禁じられた遊び」に「アルハンブラ」,それに「アストリアス 」。人気曲「アランフェス」はコンチェルトですから,オケとやらないといけませんので大変です。

何度か書いていますが,「禁じられた遊び」に使われた「愛のロマンス」も「アルハンブラ」も,もとは練習曲なのですが,いまではギター曲の定番のようになっています。ギターを弾く人も聴く人も,この辺に最初の障壁があるように思います。この鉄板の通過がコアな愛好者かどうかの最初の分かれ目になると思います。むろん「知っている曲を弾きたい・聴きたい」と言うコアでない多くの愛好者も大事にしないといけません。
nice!(35)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

nice! 35

コメント 2

たこやきおやじ

Enriqueさん

ギターは、古典期の頃の優れた曲があまりにも少ないので、クラッシク音楽の片隅に追いやられている気がします。ポピュラーな曲ばかりがもてはやされるのは仕方がないのかも知れません。(^^;

by たこやきおやじ (2021-08-20 11:20) 

Enrique

たこやきおやじさん,
そうですね。あまりその辺は詮索しても仕方ないのかも知れませんが,逆に何でもありの間口の広さがメリットだと言う人もいます。

古典期はギターブームでしたが対象が多くの素人だった為,最もレベルの高いソルでも意に反した曲を書かないといけなかった。ただこの頃はウイーン古典派がクラシック音楽の中心のような捉え方も変わって来ていると思いますので,クラギ界もどう言うスタンスを取っていくかですね。
by Enrique (2021-08-23 06:55) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。