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ポンセの「4つの小品」 [曲目]

ひとまずタンスマンをお休みして,ポンセに戻っています。

20世紀のギター作曲家としては,たぶんポンセが一番好きです。
自身がかなり演奏出来たヴィラ=ロボスを除いては,ギターを知りつくしている作曲家の様に感じます。

ポンセにはかなりの量のギター作品がありますが,割と地味なのが,「4つの小品」と呼ばれる曲です。この4曲の内,第2曲目の「ワルツ」が有名です。「南のソナチネ」の第一楽章にも似た特性的な小品です。他の3曲はそれほど知られていないようです。

I. Mazruka
「4つの小品」の第1曲目「マズルカ」です。
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譜例1. 第1曲マズルカ冒頭

Allegro (Tempo di Mazurka) とあり,いきなりフルコードの弾き鳴らしからの開始で,余りマズルカ風ではありません。続くリズムは少しマズルカ風になって,そのあとに続くスケールはむしろフラメンコ風で三連符のこぶしまで付きます。マズルカはポーランドというステロタイプをくずしてくれる様な曲です。以前,ピアソラをローマの街角で聞いた話をしましたが,中南米の作曲家といえヨーロッパとはつながっていて,ポーランドとスペインは遠い様で近いのです。
この曲は,演奏を聴いたことがありませんでしたが,セゴビアが弾いていた様です。長らく録音はあっても楽譜は出版されず,ローリンド・アルメイダの採譜した版が流通していた様です。現在ではアルカサール版やギリア版があるようですが,セゴビアの演奏やコピー演奏を聴くと最初の辺りが同じ曲ですが,途中から別の曲かと思う様な変貌ぶりです。

II. Valse
第2曲は,有名な「ワルツ」。セゴビアは単独で弾いており,楽譜もセゴビア版がショットから出版されています。ポンセの原典もそのままでも十分弾けるギター譜になっています。セゴビアの変更もそう大きなものはない様です。
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譜例2. 第2曲ワルツ冒頭


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譜例3. 第2曲ワルツ・セゴビア版冒頭
原譜では3小節目の1,2拍にフルコードの引き下ろしがあり,3拍目が単音ですが,セゴビア版では,2拍目を高音3本だけにし,3拍目も和音にしています。2拍目が重くなってしまうのを避けたと見られます。現在では音を変更せずにポンセが描いていた音のイメージを再現してみるのも良いと思います。

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譜例4. ワルツ・原典転調部
中間部,ニ長調から変ロ長調に転調をしています。最初変ロ長調ですが,途中無調風になります。セゴビア版では1小節挿入されています。

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譜例5. ワルツ・セゴビア版転調部
つづく,ニ長調に戻る直前2小節前から1小節前にかけてのバスの動きですが,セゴビア版ではここを半音で降りるところを見落としたのか,敢えてそうしたのか,FからEへの半音の移動を無視しています(譜例5)。

ポンセは,この曲集の他の曲でもそうなのですが,ダ・カーポにすれば良いだけですが,冒頭部分と終結部分をほぼ同じ様に書いた上で微妙に変えています。前半と後半で少しヴァリエーションを持たせることは良くやりそうなことです。演奏家ならば,仮に前半と全く同じ譜面であっても,演奏上でヴァリエーションを付けることは十分可能でしょうが,作曲家としては少し変えたかったということでしょう。音が出せない作曲家と,実際に音を出す演奏家の立場の違いもあることでしょう(譜例6, 7)。

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譜例6. ワルツ・原典終結部


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譜例7. ワルツ・セゴビア版終結部


III. Tropico
第3曲が「トロピコ」。ゆったりと,のほほんとした感じですが,冒頭の発想記号にLento e languidoとあります。languidoとは見慣れない楽語ですが,しっかりとあるようで「おとろえて、慕って、嘆き悲しんで」という意味だそうです。3つの意味がいずれも捉えにくい感じはします。弾いてみた感じでは明らかにメキシコ風で面白い曲です。脱力系で良いですが,セゴビアの嗜好には合わなかったのかもしれません。
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譜例8. 第3曲トロピコ冒頭


IV. RUMBA
第4曲「ルンバ」は殆ど掻き鳴らしで,民族楽団がやる様な曲です。セゴビアがあまり嗜好しなかったのも頷ける様な気もします。この曲を単独で弾いてもあまり効果は無いでしょうが,「4つの小品」の最後を飾るには小粋な佳曲ではないでしょうか。もともとルンバはキューバの音楽ですが,最後はキューバというよりアンデス風な雰囲気で終わります。

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譜例9. 第4曲 ルンバ冒頭

まさに各国の要素が渾然一体となった4つの小品ですが,この曲が作曲されたのは1932年パリとあります。既に大家であったポンセですが,1929年に新しい音楽を勉強するために再びパリに出てポール・デュカに師事しています。パリでセゴビアに出会って初のギター作品「ソナタ・メヒカーナ」を作曲したのは1923年とのことでした。この作品は2度目の滞在の最後の年に書いていますから,ギターの書法も熟れていたことが伺われますし,新しい音楽の息吹も取り入れていたことでしょう。
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たこやきおやじ

Enriqueさん

私もこのワルツは大変好きな曲で、セゴビア版の楽譜も持っております。所で、セゴビアはレコードの演奏で4小節目と同じところをすべて飛ばしていると思いますが何かご存知でしょうか。私の昔からの疑問です。ジョン・ウイリアムスはちゃんと弾いていました。
by たこやきおやじ (2019-04-29 21:50) 

Enrique

たこやきおやじさん,
原典とセゴビア版は必ず異なりますが,さらにレコードの録音とも異なることもよくあります。小節の追加・削除もよくあることですのでそこまでの聞き込みはしていません。楽譜で見る限りは,むしろ中間部の1小節追加が見つかりますが,演奏では飛ばしているところもあるということですね。
「南のソナチネ」や「ソナタクラシカ」なども大幅に違うので,今の時代はセゴビアの意図を考慮しつつも原典でやるのが一番だと思います。
by Enrique (2019-04-30 08:20) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

セゴビアと作曲者の力関係が垣間見れますね。(^^;
私はこのワルツは、セゴビアのレコードにより「刷り込まれている」ので、原典どころかセゴビア版の楽譜にも戻れません。(^^;

by たこやきおやじ (2019-05-01 12:20) 

Enrique

このワルツに限らずですが,セゴビアが大幅に変えて弾くものだから,ポンセに限らず,曲を提供した他の作曲家も忸怩たる思いのこともあった様です。とはいえ,セゴビアの圧倒的な力の前では,弾いてもらうだけで有難い状態だったのでしょう。
演奏困難なところをギターの機能に合わせて,多少直すのは致し方ないと思います。しかし,やり過ぎも目につきます。記事でも触れましたが,ワルツの変ロ長調部からニ長調への戻り部でバスがF-E-E♭と半音階で下がるところは非常に印象的ですが,セゴビアはF-F-E♭と通俗に変えてしまっています。たかが1音されど1音です。何でもかんでもオリジナルとは言いませんが,こういうところはポンセの原典を支持します。
by Enrique (2019-05-01 15:17) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

素人考えで恐縮ですが、問題の所の和音が、原典は四分音符と四分休符2個でセゴビア版は付点二分音符になっています。すなわち原典はバスの動きに注目し、セゴビアは和音に注目していると感じます。この和音の長さの違いで、3拍目がE♮なのかFなのかの分かれ目の様な気がします。セゴビアは3拍目までソシ♭レの和音が支配していると考えたのでしょう。それと、ソシ♭レの和音を押さえたままではバスをファからミ♮へは困難です。セゴビアは和音を付点二分音符に変えて確信犯でバスをミ♮にしなかったのではと思います。単なる私の推論ですが。(^^;
by たこやきおやじ (2019-05-01 16:50) 

Enrique

たこやきおやじさん,私もしろうとですので,セゴビア版に関しては全く素朴に思ったことを言っています。

作曲者はここの部分では和音は一拍づつで消してバスの動きを生かしているのですが,セゴビアはあえて音を伸ばしてバスの動きは非和声音だから直したということだすれば,確かに辻褄は合いますが,作曲家の工夫(意図)は無くなってしまいます。楽譜ではそこのリズムは変わっていないと思いますが,録音では変わっているのでしょうか?セゴビアの録音は良く聴いてないので分かりませんが,ここのバスの動きは素人でも楽に弾けますので,セゴビアが確信犯的に変えたのだとすれば,少し作曲家に対しては失礼ではないかと思います(ただ楽譜を変えないで弾くと言うことは割と最近の文化です)。このころのポンセの楽譜は,ギターという楽器をセゴビア同様一生懸命慈しんでいるように見えます。私にとってはセゴビア版の楽譜よりもポンセの手書き譜の方がずっと見やすく,意図が良く分かります。現在においては,この一音においても,その功罪もはっきりしているではないかと思います。
セゴビアの演奏やセゴビア版の楽譜を通して20世紀ギターの真髄に触れるのも良し,原典を通してセゴビア時代の作曲家の真意に触れるのも良し。いずれも20世紀のギター界はセゴビアの存在なくしては語れませんが,ポンセはラヴェルなどの新しい響きを勉強する為に,わざわざ苦学して2度目のパリに行っています。勿論この程度のことをデュカから学んだとも思えませんが,真面目に

変えている音がまだありましたが,だんだん比較するのも面倒くさくなりました。
by Enrique (2019-05-01 21:47) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

問題の所はセゴビア版の譜面の通りです。ただし、テヌートをスタッカートの様に弾いているように聞こえます。
ポンセの譜例を見ているうちにポンセ版に大変興味が出てきました。この楽譜は、ショット社版でしょうか。(^^;
by たこやきおやじ (2019-05-01 22:20) 

Enrique

譜例3と5のワルツ・セゴビア版はショットのものです。冒頭にAdaptado para la Guitarra par Andrés Segovia.「セゴビアによるギター用」とあります。

それ以外の譜例の楽譜は,全曲弾いてみたくなったので,"Manuel M. Ponce Obra Completa Para Guitarra Miguel Alcazar"に載っているポンセの手書き譜から私が浄書したものです。
現代ギターの「名曲演奏の手引きPart IX ポンセとギター」によれば,4曲セットのギリア版,Alcazarによる校訂版もあるようですが,現在入手できるかどうか分かりません。

この曲に限らずですが,セゴビアのものは改作・編曲版と見てよく,さらに録音では自分の出版した版とも違えて弾くのですから,まるで変幻自在で,この魔術にやられてしまいます。

ギターの演奏技術に関しては大家のリアライゼーションで,スラーは入れるのは良いと思います。ギターのイディオムで和音をアルペジオやラスゲアードにするのは当然ポンセも想定していたことでしょう。

Alcazarの本を読み返してみたところ,どうも,大家はワルツ・トロピコ・ルンバだったもののワルツが気に入り,これとセットで弾くマズルカを作曲してくれないかとポンセに依頼した様です。確かに南のソナチネなどとともにプログラムに入れると,ワルツだけだとぽつんと浮いてしまいます。

ちょうど,タンスマンのカヴァティーナ組曲にダンサ・ポンポーサの追加依頼をしたのと同じ様にです(ポンセの方が先輩ですが)。ポンセもタンスマンも最高度の作曲技巧でもって答えています。ポンセはこのマズルカをピアノ曲に編曲までしています。

大家はトロピコとルンバは弾きませんでした。前述のArcasarの解説でもルンバに関しては「足や体が動く」とそれなりに評価していますが,トロピコへの言及が見当たりません。この曲の作曲時には,ラヴェルの影響がありますが,私の推測では大家はその様な新しい響きが余り好みでなかった様で,後のタンスマンへの注文でも「余り不協的でないもの」とか言っていますし,ストラビンスキーがギター曲の作曲を申し出た時に断っていることからも伺えます。
by Enrique (2019-05-02 07:07) 

アヨアン・イゴカー

Gilson Antunesが弾くyoutubeがありましたので、早速聴いてみました。
いずれも、いかにもギターらしくて、楽しい、愉快な気分になりました。
マズルカはスペイン風。ワルツは宮廷の吟遊詩人のような。
トロピコは題名からも南洋の浜辺の椰子の葉陰から見る日没を連想、舟歌のようでもあります。
ルンバはお祭騒ぎ。
>セゴビアがあまり嗜好しなかったのも頷ける
私も、余り嗜好しない種類の曲かもしれません^。^;
by アヨアン・イゴカー (2019-05-03 14:36) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,私も聴いてみました。
ワルツにのみ興味が行きがちなこの曲を全曲弾いており立派だと思います。
曲に関してはご指摘通りだと思います。
ワルツはドリア旋法を使っているせいか古楽的な雰囲気を持ちます。
流石にこの曲だけをセゴビア版で弾いてもバランスが悪いのでしょう。最後のハーモニクスを除いてはほぼポンセの原典で弾いています。
贅沢を言うと,トロピコはもう少しテンポを落として色彩的にラヴェルの様に蠱惑的に弾いても良いと思いました(ワルツの中間部も)。
最後のルンバはこの奏者に合っていると思いました。私もへんてこりんな曲だなと思っていたのですが,ふと感じたのが,長短は違いますがアランフェス協奏曲の第1楽章です。ギターのイディオムがよく似ています。
この曲ルンバが作曲されたのは1932年。アランフェスが1939年。ロドリーゴは1928年ごろにはパリでデュカの下でポンセと机を並べています。ギター曲の先輩の作品を参考にしないはずが無いと思います。蛇足ながらセゴビアはアランフェスも気に入らず(献呈されなかった等いろいろ理由はある様ですが)生涯弾きませんでした。
by Enrique (2019-05-04 07:51) 

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