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ネックの補強について [楽器音響]

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ネックに黒檀の補強が入っている楽器があります。その効果の程はどんなものでしょうか?

私が最初に入手した手工の楽器も2本入っていました。2本入れるのは故・河野賢氏のオリジナルで,現在の桜井ギターにも引き継がれています。これは,ねじれを防ぐためだそうです。ネックに黒檀の補強を1本入れるのは,ラミレス3世からだと思われます。ラミレス3世は様々な点から楽器を研究して,表面板にスプルースよりも振動しやすいレッド・シダーを用いたり,力木構造を改善してボディを丈夫にしたりしましたので,ネックの補強もその流れなのでしょう。

ネックのそりと言うのは,スチール弦の楽器よりも張力の弱いクラギといえども,起こしやすい故障ですので,ネックが曲がらないというのは有難いものです。ただネックがガチガチで曲がらなくても,ブリッジで表面板を引っ張り上げている訳ですから,表面板は盛り上がって来ます。従ってバランスが重要なのでしょう。ネックが細いのに,張力が強いフォークギターではトラスロッドが入っています。鉄の棒自体が曲げ剛性が高い訳では無いので,引っ張り剛性を利用するわけですから,ネック裏側で引っ張ってネックの曲がりを防いでいる訳です。反ってきたネックは,六角レンチなどでネジを回して引っ張り量を調整します。クラシカルの楽器では,金属を入れると言う事を余り好まれません(スモールマンなどのニューコンセプトの楽器では入っています)ので,弾性率の高い黒檀材で補強しようと言うわけです。

その効果の程はどのくらいのものなのでしょうか?効くのはやはり曲げ剛性に対してでしょう。材料の試験施設で曲げ試験をしてみれば一発で分かりますが,材料力学的な観点からも目途は付きます。木材ドットコムのデータによれば,補強材の黒檀の剛性率は,12400N/mm2,一方ネックのベースになっているマホガニー材の同数字は,8900N/mm2です。剛性率の比率が曲げ剛性の比率にもなると仮定*すると,まるまる黒檀になれば,39%程の上昇になりますが,実際に用いられる黒檀の補強材の太さは,写真の楽器で2本分で9mmですので,ネックの太さの最大17%程度でしょうか(9mm/52mmとして)。この比率で比例配分**すると,6.8%ほどの曲げ剛性アップです。これを大きいと見るか,小さいと見るかですが,この見積もりは,ネック全体がマホガニーと考えて,その17%が黒檀に置き換えられたとする見積もりです。実際には補強の有無に関わらず指板部分は黒檀で共通ですから,このアップ率は更に小さいはずです。むしろ,黒檀の補強の有無よりも,ネックの厚みと断面形状のほうが効きます。まず,ネックの厚みですが,厚みは曲げに関しては3乗で効くのが材料力学の教えるところです。22mm厚のネックの厚みが1mm増えると厚みは4.5%ほどの増加ですが,曲げ剛性は14.3%の増加となり,黒檀の補強効果を軽く越えてしまいます。

断面形状についても検討してみましょう。曲げ剛性に効く形状要因を,断面2次モーメントと言いますが,この値で比較してみます。断面形状については,次の3段階で見てみます。計算を簡単にするため,ネック幅を2a,厚みをaとし,一定の断面とします。

 ・長方形(Fig.1)↗
 ・角の半分にRが入ったもの(Fig.2)→
 ・半円形状のもの(Fig.3)↘

まず,長方形の場合です(Fig.1)。この中立軸yに関する断面2次モーメントは,

    Iy =    a4 
 6 
 ≒   0.167a4

となります。これに対して,角を丸めて行くと,a4に付く係数がどのように変化するかを見ます。

Fig.2は,Rの半径がa/2としたものです。この場合の断面2次モーメントは,矩形部とR部を算出して足して2倍します。なお,この場合中立軸は中心よりもわずかに下がってy'としないといけませんが,計算が煩雑なので長方形の場合と変わらないものとして近似値を求めます(メンドウを厭わなければ厳密解を求める事は可能です)。この近似値は厳密解より若干大きめに出るはずです。この近似値は,

    Iy  ≒  2 (  1 
 24 
 +   1 
 48 
 +   π 
 256 
 ) a4  ≒   0.150a4

となります。

最後は,全体にRが入り半月状になったものです(Fig.3)。すなわちRの半径はaとします。この場合の断面2次モーメントは,以下のようになります。

    Iy' =  2 (  π 
 16 
 -   4 
 9π 
 ) a4  ≒   0.110a4

以上から言える事は,四角い断面形状に対して,Rをつけて行くと逐次,曲げ剛さは低下していきますが,その低下量は,R=a/2の時,約10%(近似値)の低下,R=aの時,約34%の低下となります。すなわち,ネックの断面形状の変化による曲げ剛性の変化の方が,黒檀補強の有無よりもかなり大きい事が分かります。ラミレスのネックの丈夫さは,黒檀による補強もさることながら,ネックの断面形状が四角っぽいことの方が効いているはずです***。
後注

*木材のデータに横剛性率Gの値がないので,通常のヤング率Eの値を用いました。木材は異方性材料であり,この値は出しにくいのでしょう。
**断面形状が矩形と考えています。
***断面形状が三角形の場合ですと,a4に付く係数は,1/18≒0.0556となり,矩形形状の際の1/3,半円形状の場合の約1/2に低下します。

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EAST

米国メーカーのスティール弦でも第2次大戦中は物資統制の関係からか、金属のトラスロッドではなく黒壇が使われたいたそうですが、補強にはあまり効果はなかったのかもしれませんね。またスティール弦でネックが四角では弾きづらそうです。ただ黒壇が使われているギターの音はそれ以前と違い(特徴)があるようですので、クラシックギターでも何らかの影響が出るのでしょう。
by EAST (2016-11-28 17:39) 

Enrique

EASTさん,銘木といえどかつては木は安かったのですね。半世紀ほど前まで,ハカランダがテーブルなどに使われていたそうですから。
黒檀の補強に関しては見た目ほどには無いと見られます。スティール弦用のネックは円形ならぬ三角っぽくなっているのですかね。ネックも多少は音にも影響はあるのかもしれません。伝統的なクラギは金属は嫌いますね。
by Enrique (2016-11-28 20:37) 

EAST

ハカランダは木目から家具に使われ、乱伐されたと聞いたことがあります。黒壇は木管楽器に使用されるようですが、入手が困難になり将来は楽器製作に支障が出るのではないかとTVで見た記憶があります。また、インドローズもワシントン条約規制の対象になったらしいですし、楽器製作に使用される量の比率は小さいのでしょうが、より入手は厳しくなって価格も高くなるのかもしれません。

スティール弦用のネックはもともと左手は握るせいか、三角っぽいようです。ただ最近は演奏の変化でしょうが、円形で薄いのが主流ではないでしょうか。新品で三角は、あるとすれば古いものの復興品ではないでしょうか。
ラミレスのような形状は弾いたことがないのでわかりませんが、左手は違和感や押さえづらさはないのでしょうか。
by EAST (2016-12-02 09:40) 

Enrique

EASTさん,建材や家具に比べたら,楽器の方ははるかに量は少ないし長く大事に使うので持続可能な消費量だと思いますが,いっしょくたにされてしまうのは残念なところです。
なるほど三角っぽいネック断面は,握るためですか。
私が最初の頃使った楽器は四角っぽかった為か,長年その方が弾き易かったのですが,やはり最近は丸っぽいものの方が良いようです。
by Enrique (2016-12-03 05:26) 

shin

 河野ギター(Special)を使っています。
 音は良いのですが、弦のテンションの強さに延々煩わされています。
 Augustine, Hanabach, Dogal とローテンション弦を求めて放浪しています。ですが、張替2日目以降6日目あたり位は本当に練習の9割はテンションとの格闘という意識です。今度、Dogal DiamanteのExtra softを試します。
 同レベル以上の他のギターを購入して比較する余裕もありませんのであくまで憶測ですが、ネックの2本の黒檀が原因で平均的なギターよりテンションがきつくなっているのではと思っています。
 桜井氏が、ネックに黒檀を入れたことで「反りが抑えられると同時に音がしまるようになった」と述べたとあるサイトで見ましたが、それは正確には
 「ネックに黒檀→テンションがきつくなる→音がしまる」
ということなのではと思います。
 もし機会がございましたら、このあたりのことでご高察頂ければと思います。
by shin (2019-03-27 07:01) 

Enrique

shinさん,コメントありがとうございます。
張りの強い楽器・弱い楽器と言いますが,弦高の違いだけだと私は単純に考えています(私の仮説ですが)。弦高を下げられる楽器が張りの弱い楽器で,下げられない楽器が張りの強い楽器だと。
どんな張りの強い(と感じられる)楽器でも,弦高を下げれば,張りが弱く弾きやすくなります。特にナット側は0.1mmでも格段に効きます。ただし,0.1mm下げるだけで,音がびる場合があり,下げられません。そうすると張りの強い楽器となります。ビリやすいという事は弦振動の振幅が大きいので,良く鳴る楽器だと言えます。そうすると,良く鳴る楽器=張りの強い楽器,というイメージができるのでは無いかと。
ただ張りの感覚には左手と右手があります。上の私の仮説は左手の押さえやすさのことです。
右手の感覚はまた別だろうと考えていて,こちらは単純な仮説はまだありません。
by Enrique (2019-03-27 08:21) 

shin

 なるほど。確かに私の河野Specialは弦高もかなり高いと感じています(それまで使っていた河野Professional-Jと比べて。そちらはビリつき気味なのが難です‥‥)。サドルで付く弦の角度でもテンションが変わってくるでしょうし、その意味でも少なくともネックより前に弦高の問題がある気がしてきました。

 ちょうどフレットの擦り減りがもうそろそろ限界で交換が必要ですので、河野ギター製作所に弦高のことも相談してみようと思います。
 ご意見、ありがとうございました!
by shin (2019-03-27 19:02) 

Enrique

shinさん,
こちらの記事で,弦高と押弦力の関係を計算しています。
https://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2014-02-25
弦高と押弦力は比例しています。
それから,弦は端の方へ行くに連れて剛くなります。
例えば,12フレットで3mmの弦高を押さえるのと,1フレットで0.6mmの弦高を押さえるのは同じくらいの張りになります。
もし,1フレットで1mmの弦高があったとすると,相当する12フレット上では約5mmとなり,とんでもない高弦高となります。
この事から考えても,ナット上での0.1mmは12フレット上にすれば0.5mmくらいに相当します。

弓がたわんで弦が緩くなる現象は当然ありますので,ここのネックの剛性の計算をご覧いただけたのだろうと思いますが,計算結果でもお分かりいただける通りネック剛性の差異は,黒檀補強で6.8%程度,断面形状で多めに見ても36%程度でした。一方,弦高が50%違う事はザラですし,100%違う事だってあります。そうすれば100%張力は増加します。

あと,張りというか弾きにくさは,弦高とともにフレット高もかなり効きます。私のベラスケスもずっと弾きにくく,手放そうかと思っていましたが,細く低かったフレットを通常タイプに打ち直して,弦高(特にナット側)を低くしたところ,弾きやすくなり長年の愛器になりました。

フレットのすり減りも,当然弦高が高くなった事に相当しますので,弾きにくくなります。
by Enrique (2019-03-28 02:19) 

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