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「禁じられた遊び」はなぜ名曲か? [曲目]

淡々としたメロディといい,基本三和音だけで出来上がっている和音といい,シンプルな「直球ど真ん中」といった曲ですが,超有名超人気曲です。ヘタをすると,つまらない練習曲になりかねないのですが,それを回避しながらの堂々の名曲です。

なぜでしょうか?

少なくともその要素の一つに,純正音が使われることが挙げられると思います。

えっ,フツーのギターって平均律楽器では?

確かにフレットは多くのものは平均律で,楽器としてはそう言う事になっていますが,開放弦は純正にチューニングすることが出来ます。そしてその方がはるかに容易です。これを,わざとずらして平均律に合わせるのは,むしろ大変なことです。うなりを聞かないといけないのですが,私は正確に平均律に合わせることが出来ません。電子チューナ使えばいいようですが,そのためにお金を出す気はありません。

ギターではこれほどの名曲でも,ピアノで弾いてもイマイチです。やはりギターに特化された曲で,ピアノではホ短調(後半ホ長調)の響きが出ないからでしょう。ピアノ用のアレンジにしないといけません。

それではギターでの純正度を調べてみましょう。
まず,ホ短調純正でチューニングしたとします。⑥弦のE音を基準1として(実際には82.5Hzなどに合わせます),⑤弦を基準音に合わせたものとしますと,開放弦の周波数比率は以下の様になります。カッコ内にはセント値を示します(整数比は⑥弦E基準で,セント値は⑤弦A基準のため全体が約2セント高くずれています)。

1E = 4 (+2.0)
2B = 3 (+3.9)
3G = 12/5 (+17.6)
4D = 9/5 (+19.6)
5A = 4/3 (0)
6E = 1(+2.0)

この状態で,①②③⑥の開放弦を弾くとホ短調純正の響きになっています。カッコ内に平均律とのピッチ差をセント値で示します。この中で一番難しい音が④弦D音です。ホ調の自然短音階では,D音は第7音に当たり,E音=1とした際のV和音のB音=3/2の短三度上で3/2×6/5=9/5(+17.6セント)です。しかし,和声的短音階では第7音はD♯音とし,V和音はBmでなくてBメジャーになります(普通はさらに七の音を入れてB7)。こうなると,開放弦としてDの純正音を入れることができなくなります。

また単純な調弦として考えると,5Aの4度上で,4/3×4/3=16/9(-3.9セント),3Gの4度下と考えると12/5×3/4=9/5(+17.6セント)となって食い違い,いわゆるD-A禁則を発生しています。この音階をオクターブにおさめるためにはD音は純正音としては2通りの候補があることになります。

ここは,平均律フレッティングでは妥協して,第2フレットを押えた時①弦と⑥弦のEにオクターブで合うようにするのが順当なところでしょう。そうしますと,④弦は整数比で表わせなくなって,4D = 1.781797436 (0セント)となります。
これでも全弦「完全平均律」よりはずっと良いはずです(もともとこの曲前半の短調部分で④弦を弾くのは1回1音のみ,後半長調部分ででも少ないです)。再度全体が2セント上がる事に注意して全弦の調弦を書き出しますと,

1E = 4 (+2.0)
2B = 3 (+3.9)
3G = 12/5 (+17.6)
4D = 1.781797436 (+2.0)
5A = 4/3 (0)
6E = 1(+2.0)

この状態で,あのメロディを弾き出します。
| B-B-B | B-A-G | G-F#-E | E-G-B | E-E-E | E-D-C | ・・・・・・

①②③開放弦を純正に合わせていますので,伴奏音は6小節目までは純正で鳴り続けています。

この調弦でメロディが純正音であるためには以下の様な音程にならないといけません。以下に純正音のセント値を書きます。

| B(+3.9), B(+3.9), B(+3.9) | B(+3.9), A(0), G(+17.6) | G(+17.6), F#(-9.8), E(+2) | E(+2), G(+17.6), B(+3.9) | E(+2), E(+2), E(+2) | E(+2), D(-2.0 or +19.6), C(+15.6) |

ここで,フレットが平均律ならば,各音のセント値は,メロディが弦である限り全て+2セントのはずですので,純正からのズレとしてセント値で書くと,
| B(-1.9), B(-1.9), B(-1.9) | B(-1.9), A(+2), G(-15.6) | G(-15.6), F#(+7.8), E(0) | E(0), G(-15.6), B(-1.9) | E(0), E(0), E(0) | E(0), D(-4.0 or +17.6), C(+13.6) |
となります。

以降セーハが出てくるとやや複雑化しますが,それでも弦間が純正ならばべたのセーハの音間の純正度も保たれる理屈です。

数値で書いても分かりにくいので,楽譜を載せておきます。紺色で囲った部分が純正音,水色部分が±2セント以内です。
禁じられた遊び冒頭記入.png

ちょっと細かい話になりましたが,結論的には,「禁じられた遊び」の,少なくとも冒頭部分は,ホ短調純正の調弦をすれば,開放弦使用が多いので,平均律フレットの楽器であってもベース音,伴奏音はすべて純正になります。6小節目までの音の数からしたら,音の総数60個(メロディ18個,伴奏36個,ベース6個)の内の8割,48個が純正です。メロディ音の±2セント以内の音も許容すれば54個,9割の音がほぼ純正で鳴っている事が分かります。

単純ですが印象深い曲の始まりは,ギターで弾く音の純正度と無関係ではないと思います。

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koten

あーーもぅ、純正律の話で始まったので、「遂に純正律フレットにして弾いてくれるのか!?」と思ったら、演奏なしですかぁ、期待してたのに(笑)。次回は是非演奏を、凄く期待してますので。ともあれ、ギターって実は凄く純正律(純正調)的な楽器だと思いますよ。
つまり、この曲も含めて、ギター曲って「同主調転調」する曲が凄っっごく多いじゃないですか、、、「怪しい」んですよ凄く(笑)。「王道」純正律が使えるか試してみる価値あるんじゃないですかね。

by koten (2012-06-29 22:09) 

Enrique

kotenさん,nice&コメントありがとうございます。
そんなにがっかりしないで下さいよ。私には王道とか言う大それた認識(笑)はないので,純正律の良いところを使うのみです。いきなりフレットいくよりも足元のチューニングも大事だという意見ですね。
チューニングは五度圏にはかかってきませんし(表すとしたら弦ごとに五度圏作ってずらして合成!?)
この曲は伴奏はメロディは平均律的で、伴奏が純正律的になっています。ある意味理想的です。純正律フレット使ってもメロディがデコボコしてそんなに良くないと思いますよ。
チューニング変えて比較演奏してみてもいいですが、「驚愕性」は少ないかなあ。
by Enrique (2012-06-30 05:54) 

夢笛myu

個人的にはこの曲はそれほど好きではなかったのですが、
たいへん的を得た考察で、なるほどと思いました。
少しこの曲を見直しました。
伴奏の開放弦(またはべたのセーハ)が純正で鳴っている上で歌う1弦上の旋律の純正度が問題になりそうですが、
平均率フレットによる狂いを左指の押え方で補正することは、
ハイポジションになればなる程簡単で、
というかもう無意識にやっていますね。
Kotenさんのコメントで思い出したのは、
以前に吹奏楽の指導者の方から
「ギターの調律は平均率ではなくて純正な調律なんですよね」
と言われた事があり、
「いえいえ、フレットはまったくの平均率です」
と答えた事がありました。
おそらく、ギター独奏曲を聴いて受ける印象としては、(ピアノ等と違って)
「純正的に」聞こえていらっしゃる方が案外多いのかも知れません。
by 夢笛myu (2012-06-30 12:46) 

Enrique

夢笛myuさん,コメントありがとうございます。
冒頭の開放弦部分のみの考察ですので,アタリマエの世界なのですが,付き合っていただいて恐縮です。
前半をこの調弦で行きますと,後半ホ長調では3弦をかなり下げないといけません。その辺も計算しておこうと思いましたが,記事に間があいてしまったので,とりあえず上げました。
冒頭,開放弦でずっと行くところは初心者向けという側面もあるかもしれませんが,音の純正度から納得出来ます。せっかくの開放弦なのに,きっちり平均律で合わせてしまうのはもったいないですね。ですから私は耳調弦です(チューナ持ってません)。
私は特に純正の音感覚がある訳では無いですが,ギターはたとえ平均律フレットであってもピアノなどよりも音の関係がくっきり出る感じはしますね。ちゃんとした楽器はきっちりの平均律ではない気がしますし,それ以上に演奏上の調整が大きいですね。
フルートなどでも国産楽器は平均律的だからちょっと,という話を聞いた事があります。
おそらく一番気合いを入れないといけないのが鍵盤で,きっちり調律しないといけませんが,ヴァイオリン他の弦楽器や管楽器は日常的に純正的な音を出していますので,あまり面倒な理屈も必要ない様です。その点ギターはハイブリッドですが。
by Enrique (2012-06-30 17:15) 

glennmie

すごいお話ですね。
私には何がなんだか・・・
ひとつだけ、わかります。
ホ短調の曲には哀愁漂うセンチメンタルな曲が多いな、ということだけ思いつきましたよ。(笑)
メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲とか、スメタナのモルダウとか。
バイオリンにとっても「ミ」は開放弦だから、美しく響きやすいのでしょうか。
by glennmie (2012-07-01 00:33) 

Enrique

glennmieさん,nice&コメントありがとうございます。
そうですね,ホ短調はギターでは故郷の様な調ですね。後半のホ長調も良く使われます。バッハのリュート組曲1番ホ短調はリュートよりもギターの方がぴったりなので,ギターの曲では?という珍説もあります。ヴァイオリンでも開放弦のせいでホ長短は弾きやすく曲も多い様で,楽器研究でも知られた故糸川英夫さんが,しらみつぶしに調べたらミの音が一番多かったと著書に書いていました。
この曲長らく「スペイン民謡」などとされて来ましたが,作曲者はハッキリしていて南米のギタリスト,アントニオ・ルビーラという方です。ここで指摘の音の純正度などは考えておられず,おそらく直感で作曲されたのだとは思います。ここに書いていることはいわば結果論ですね。
昨今チューナで調弦される方が多いので,いわばそれに対するアンチテーゼです。セント値も余り好きではありませんが,音律の話をする際の標準語のようになっていますのでやむを得ず使っています。
by Enrique (2012-07-01 05:31) 

アヨアン・イゴカー

純正音と平均律と弾き比べがあると分かりやすいと思います。
どの位異なった響きになるのか、関心があります。
楽器そのものの持っている音、それは創造力を高めてくれることは間違いなく、開放弦が出だしを決定付けることもありそうな気がします。

本件には全く関係ありませんが、バッハの管弦楽組曲第二番ロ短調の序曲の出だしなどは、弦楽器はいずれも開放弦ではありませんが、食い込むような音の響きがあります。シャープ2つは、バイオリンが好く響くと言われていますが。

by アヨアン・イゴカー (2012-07-01 22:26) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメントありがとうございます。
>純正音と平均律と弾き比べ
そうですね,それをしたいところなのですが,私の現在の楽器では完全に純正律にする事ができないのですね。また一方,平均律楽器の方も耳調弦しますと,自然と響く様に合わせてしまいます。微妙にずらす完全平均律というのもまたむずかしいのですね。
ですので,中途半端な比較ではハッキリしないと思いました(楽器の差もありますし)。
次の記事で,代用としてミーントーンで弾いてみました(これも中途半端で,完全平均律との比較が無いとわかりにくいですね)。
バイオリンでもト長ホ短が良さそうです。二長調も響くので平行調のロ短調もいいのでしょうね。ギターともかなり一致します。
by Enrique (2012-07-01 22:46) 

Cecilia

なるほど~と思いながら読ませていただきました。
私もEnriqueさんの演奏を期待してしまいましたが。(笑)
by Cecilia (2012-07-06 15:39) 

Enrique

Ceciliaさん,nice&コメントありがとうございます。
なかなか,これだけの有名曲をコメントするというのは勇気が要り,演奏となるともっとハゲシイですね。
でも反響もありますね。
by Enrique (2012-07-06 17:10) 

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