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弦の話ふたたび(4) [楽器音響]

しばらく,弦の話を書いている。今回は温度による音程の変化について考える。

4.ピッチの経時および温度変化
経験上,用いる弦の種類や張ってからの時間によっては,ステージなどで弦に温度上昇がおこると,ピッチの低下もしくは上昇が起こることがある。熱膨張により伸びるとすれば,ピッチは低下するはずであり,温度上昇による弾性率の低下も弦の張力の低下要因になるはずである。また,張力による弦の伸びの緩和プロセスが温度上昇により加速されることでもピッチは低下するはずであり,いずれにせよピッチが上がる原因が無い。

しかし,実際にピッチが上がることも良く経験する。この原因は単純で,弦が熱収縮するからである。これは高分子の弾性がエントロピー弾性であるための基本的な現象だ(高温では分子がより乱雑な縮むほうをとる)。通常,ナイロンよりもPVdFの方が熱収縮は大きい。ステージ上などで弦が温度上昇した場合,通常の熱膨張や弾性率(の実数部で貯蔵弾性率という)の低下と熱収縮による競合であり,前者が大きい場合はピッチは低下し,逆の場合ピッチは上昇する。

考えられるピッチの変動要因を書き出すと,以下のようなものになるだろう。
(1)通常の熱膨張による張力の低下
(2)弾性率の低下による張力低下
(3)低温でゆっくり起こる伸びの緩和現象が加速されることによる張力低下
(4)熱収縮による張力上昇

これらを総合的に判断する必要がある。この中で厄介な要因は(3)であり常温においても弦を張ってからの時間に関係すると考えられるので,弦を張ってからの経過時間により,温度上昇時のピッチ変動が変わってくる可能性がある。具体的には,緩和現象による弦の伸びが落ち着いている場合,より温度上昇による熱収縮の影響を受けやすいことが予想される。実際の使用にあたっては,そのような弦の種類ごとの癖を調べておくことが必要なわけで,多くの奏者はその事を体感的に身につけているのだろう。このことは音質以前に実用上重要であり,裏付ける数量的データが欲しいところだ。このようなナイロンなど高分子の弾性緩和現象は,教科書に書かれているので昔調べられたはずだが,その知見が弦製造にも生かされたのだろうか。

最後に,全く感覚的なことを書いておく。昔のナイロン弦(30年ほど前の)は,温度上昇でピッチが上昇するというのはあまり無かったように思う。再開後,ピッチが上昇することに,「あれっ」と思った記憶がある。もっとも,そう多数のステージ経験があった訳ではないが,演奏家の方はどう感じておられるのだろうか?もし,自分の感覚が正しいならば,弦メーカーは伸びの落ち着きが速くなるよう素材設計をすこし変えたことになる。もっともこれは素材が同様ならば,特にナイロンモノフィラメントでは紡糸工程での芯鞘構造(繊維の中心と外側との結晶化度の違い)のコントロールだけなのだが。。。

補足:スチール弦の場合は素材が普通の弾性(エネルギー弾性)なので,ごく特殊な例を除いて熱膨張であり,熱により縮んでピッチが上昇するということはありえない。(つづく)

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Poran

「ピッチの温度変化」について興味深く拝読いたしました。
私は1弦~3弦はオーガスチンのリーガル(紫)を使っていますが、リーガルの1弦~3弦は部屋の気温が上がってくるだけで、音程が上がってきます。また、気温が一定でも、弾き始めてしばらくすると音程が少し上がってきます。これは指で弦を押さえたり、擦ったりすることによって弦が摩擦熱を持つためと私は推測しています。
リーガルの1弦~3弦は、Enriqueさんの言うところの(4)熱収縮による上昇が(1)~(3)の効果を上回っている、ということかもしれませんね。
by Poran (2010-01-31 22:10) 

Enrique

Poranさん,実例を挙げたコメントありがとうございます。

私は,再開後PVDF弦(サヴァレス・アリアンス)を使って,ピッチが上がることに驚き,素材のせいだと思っていましたが,ナイロン(リーガルなど)でも上がることにニ度びっくりしました。

熱収縮は高分子の基本的性質としてもともとあったはずですが,最近のものは伸びの落ち着きが速くなったので,熱収縮がもろにわかるようになったのではないかと考えています。
by Enrique (2010-01-31 23:00) 

nyankome

ギターの弦もいろいろな素材が出てきましたね。
リュートにはNylgutという白い弦(ナイロンに何かを混ぜているようです。)を張っていますが、温度変化に敏感です。
この弦は単純に、温まるとピッチが下がり、寒いとピッチが上がります。これは太い弦ほど顕著です。
フロロカーボンやナイロン弦は最近使っていないのですが、熱収縮、覚えておきます。
by nyankome (2010-02-01 00:02) 

Enrique

nyankomeさん,コメント&niceありがとうございます。アクイーラのNylgutは,ギター弦としては高いので3弦だけ試そうと思って買ったのが,どこかへ行ってしまいました。クリアナイロンのは良い弦だと思います。Nylgutはナイロンに何か重い比重のものを混ぜているのでしょうか。熱的な性質は素直なようですね。
by Enrique (2010-02-01 14:29) 

kimchi

>熱膨張により伸びるとすれば,ピッチは低下するはずであり
弦の熱膨張によりピッチは上昇します。みなさん勘違いされている方が多いのですが膨張によって弦の両端は外側に伸びます。つまり径が少なくなります。弦長固定で膨張するから弦がゆるむ訳ではありません。
by kimchi (2012-04-04 17:27) 

Enrique

kimchiさん,コメントありがとうございます。
ご承知の通り,弦の基礎式から,ピッチは張力,弦長,線密度で決まります。このシリーズの(1)で示した通りです。
http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2010-01-15-1

ご指摘部分はその事を踏まえ仮定の話を書いております。しかし実際にはピッチは上昇します。熱膨張するのは金属でありナイロンなどの高分子は熱収縮します。

おっしゃるのは弦が延びて細くなる(線密度低下する)からピッチが上昇するということだと思いますが,その為には張力を一定に保ってやらないといけません。おっしゃることを実際に当てはめますと,

1.弦が伸びて(実際は伸びませんが)
2.その分ペグを巻いて,張力を一定に保ちます
3.細くなった弦を張力一定にしたのでピッチが上がる

という事になり,人為的にペグを巻かない限り熱膨張でピッチが上昇ということはあり得ません。

実際ナイロン弦のピッチが熱で上昇するのは熱収縮するからです。現象と原理を取り違えてはいけないと思います。

もっとも,両端固定のものを膨張・収縮と言うので誤解が生じるので,実際には,温度で弦の弾性率が変化すると言わないといけません。温度上昇でピッチが上がるのは弦の弾性率が増加して張力が上がるからです。
by Enrique (2012-04-04 20:25) 

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