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弦の話ふたたび(2) [楽器音響]

前回あげた式は,ある張力と線密度を持った弦が外力とは無関係に,弦が振動するとすればこのような周波数でゆれる性質を持っている  固有周波数  という数学的表現だった。ここでは,弦を弾いたり押さえたりする際の変位と張力,弾性エネルギー,押弦力などについて考察する。

2.弾性率と張力,押弦力との関係
弦の中心に初期変位u0を加えたとすると,外力Fは,
Fookeのコピー.gif
で表されるが,この場合のバネ定数kは,図1の簡単な図形的考察より,
img-125184101-0001.jpg
図1 弦に変位u0を加えた際の力のつりあい

SpringConst.gif
と表される。ここにE[Pa]は弾性率,Aは弦の断面積である。このとき弦に蓄えられる弾性エネルギーEkは,
ErasticEnergy.gif
となる。

最後の式は,弦に蓄えられる弾性エネルギーを表したものである。分母に弦長Lがあるので,弦長が短い方が蓄えられる弾性エネルギーが大きいことになってしまうが,これは,張力T=EAが一定の場合に同じ変位を与えた場合である。ギターの弦の場合は,上述のように,ピッチを一定に保つと,弦長に対し張力は2乗に比例するので,弦長が短いと同じ変位に対し,弾性エネルギーは小さくなる。より多くの弾性エネルギーを弦に蓄えさせようとすれば,弾性率の高い弦を使用することが必要だ。ただし当然ながら,弾性率が大きいと一定量変位させるためには大きな外力が必要になる。音量を求める場合には,ばね定数の大きい太い張力の強い弦を使用するのが良いが,弦を一定量変位させる十分強いタッチが必要であることは言うまでもない。

上式を利用して押弦力について具体的に考察しておく。ここでいう押弦力とはフレットに接触するまでに必要な左手の押さえる力をいう。これは弦高に比例する。前回あげた式で弦長と張力のほうの関係が2乗に比例なので本来はこちらのほうが効くが,弦長を極端に変えるわけにはいかない。630~660mmの範囲では9%ほどの変化だが,弦高を4mmから3mmに下げれば,25%低下するわけで,実際的にはこちらの方が支配的にきくだろう。また,弦の線密度も張力と反比例だ。弦のデータとして線密度[kg/m]が示されることはあまり無いが,張力表示を見れば,ハードとライトで最大10%程の差だろうか。以上,各ファクターが押弦力に効く順序を,原理的にではなく,現実の範囲内で言えば,大雑把になるが,

弦高 > 弦の種類(テンション) >か≒ 弦長

ということになるだろう。ショートスケールの弾きやすさは,指の届きやすさと弦の張力低下の相乗作用だろう。しかし適切な弦高調整と弦選択をしないとさほど弾きやすくはならない。実際私の61年製の630の河野はナット側の弦高が高いので,ローポジションが弾きにくい。逆に言えば,ショートスケールでも重い弦を張れば張力は高くなる。630の楽器に重い(ハード・テンション)弦を張ると,660の楽器に軽い(ライト/ロー・テンション)弦を張ったのと同程度の張りになるはずだ。

なお,混同してはならないのは,弦の絶対的な張力と,押弦力との違いである。弦長や弦の種類(線密度の違い)は絶対的な張力に効き,これはもちろん押弦力にも効く。弦高は押弦力にのみ効く。これは左手の押さえに要する力であり,いわば体感的な張りの強さである。弦高の必要理由は,第一義的には大振幅で弾いてもびびらない点にある。

(つづく)

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小島雄一郎

はじめまして。ためになる文章をありがとうございます。学校でヤング率のことをすこし習って、ギターのことで色々疑問に思ってネットで調べていて、先生のページに来ました。

うちにはエレキとクラシックギターがあって、張力を調べたらエレキの009セットとクラシックギターのプロアルテのライトのセットは大体同じでした。

計算してみたのですが、上の4EA/Lの値が、直径0.023mmの鉄弦(ヤング率210)、直径0.71mmのナイロン弦(ヤング率7~?)で代入すると、一致しません。

F=4T/L・Uoとすると、ヤング率が違っても、張力が同じで弦高が同じなら、要する力は同じと思うのですが、試しにクラシックギターのサドルをずらして、1弦をエレキと同じくらいにして押弦してみたら、あきらかにナイロン弦のほうが力が要らない感じがします。

あと、弦高関係なく、弦を指で押してみて、どれ位へこむ(?)たわむ、かというのも、全体的に明らかにナイロン弦のほうが大きくたわむ・やわらかい感じがします。

自分はギターが初心者だし、物理も成績が良くないので、かなりなにか勘違いしているかと思いますが、なぜナイロン弦が同じ弦高の場合鉄弦より押弦が楽なのでしょうか?

同じ張力をもっているにもかかわらず、同じ量を変位させる際に、ナイロン弦のほうがやわらかく感じる、というのがとても不思議です。これは、どういう仕組みでこうなるのでしょうか。感覚がプラセボ効果?で、ナイロン方が柔らかい物質だから、、、と、なっているのでしょうか。わかりにくい質問ですみません。よろしかったら、教えてください。これから先生のほかの記事も読んで勉強します。
by 小島雄一郎 (2014-07-16 17:05) 

Enrique

小島雄一郎さん,コメントありがとうございます。
ヤング率を使った計算は,線形(弾性)範囲なら簡単ですが,弦で使う範囲は非線形範囲に入っていてちょっと厄介です。学校で習う材料力学などでは微少変形が前提ですから線形範囲でヤング率はその時の値です。さらにナイロンのヤング率というのは文献によって2倍以上異なっています。該当の弦ですと,スチール弦の直径0.023mmと言うのは1桁間違いで,0.23mmでしょう。すると断面積A=0.023E-3^2/4=1.3225E-8m^2,ナイロン弦の方は断面積A=0.71E-3^2/4=1.26025E-07m^2で,両者断面積で1桁ほどの違いになります。これで同じ張力になっていると言う事は,ヤング率が逆に1桁ほど違うと言う事です。ナイロン弦のヤング率を7GPaとしますと,おそらくスチール弦は降伏していてヤング率が1/3程度の70GPa程度になっているのではないかと思われます。スチールなどのヤング率は上述のように弾性範囲での値ですが,弦のようにはげしく引っ張ると大幅に低下します。一方ナイロンの場合は弾性メカニズムが金属とは異なり,逆に上昇することもある様です。
ともあれ,厄介なヤング率を入れなくても,張力は他から求められ,実用的な弦ではほぼ同程度に揃えてあるはずです。そして,同じ張力で同じ弦高(これがすごく効く事は文中の通りです)なのになぜ,スチール弦はキツく感じ,ナイロン弦は柔らかく感じるか?ですが,それは弦の太さです。弦は指頭に食い込みます。張力が同じでも細いスチール弦の方が指への圧力はずっと大きいはずです。左指にボトルネックでもはめて押さえてみれば,押さえる力そのものはそう変わらないことが分かると思います。
by Enrique (2014-07-16 21:59) 

Enrique

補足修正:
>すると断面積A=0.023E-3^2/4=1.3225E-8m^2,
ここの数値を,A=0.23E-3^2/4=1.3225E-8m^2と修正が必要でした。
by Enrique (2014-07-17 04:37) 

小島雄一郎

解答ありがとうございます!

計算間違いすみませんでした。ご指摘ありがとうございました。計算していただいたとおり、力の違いはとても小さいのですね。

また、ヤング率と弦の関係は、実用上では、なんというか直線的?ではないということなのでしょうか。

弦の表面積で、指先に感じる押弦に要する力が違う、というのは、とても納得できました!

そこでまた一つ疑問になったのですが、クラシックギター弦とエレキ弦(スーパーライト)で、巻き弦はほとんど直径も張力も同じくらいです。しかし、クラシックの6弦の弦高4mm、フラメンコで3mm、エレキのロングスケールで1.5mm位が標準と思います。

クラシックギターが、びびりを嫌うということで、フラメンコより高い、というのはわかるのですが、同じくらいの張力・直径で、鉄弦とナイロン芯弦で、倍ほどの弦高をとらなくてはならない理由とは、なんなのでしょうか。

手持ちのエレキは6弦1.5mmで、ほとんどびびりは出ません。ピッキングの位置もあると思います。アコギだと2mmくらいでしょうか。でもナイロン弦は、2.5mmくらいでも、ものすごくびびります。弦の張力と直交方向の変位に要する力が同じであれば、弦の振幅も同じにはならないのでしょうか。

あるいは、振動・振幅に、ヤング率が効いてくるのでしょうか?しかし、最初に振幅させるための変位を与える力と距離が同じで、振動数も同じということは、速度にも大きな違いはないはずだし、どういう条件が、ナイロン弦と鉄弦の振幅の大きさ・振る舞いに違いを与えるのでしょうか?やはり質量でしょうか。

でも、巻き弦はともかく、鉄弦直径0.23mmとナイロン弦0.71mmは、同じ長さあたりの質量はほとんどかわらないわけだし。。。と、とても不思議です。

質問ばかりですみません。周りの物理と数学強いやつに聞いても、まったくわからん、という感じで、やっぱりかなり高度?なことなのかなあと思いますが、先生が弦の表面積のことを指摘してくれて、すごく納得できました。新たな疑問に関しては、またお時間ある時に、おしえてくださるとうれしいです。
by 小島雄一郎 (2014-07-18 17:04) 

Enrique

小島雄一郎さん,再コメントありがとうございます。回答がご参考になれば幸いです。今回の新たな疑問に関しては,記事で回答したいと思いますでの,しばらくお待ち下さい。
by Enrique (2014-07-19 14:26) 

Enrique

小島雄一郎さん,こちらの記事です。
http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2014-07-20
by Enrique (2014-07-20 05:06) 

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