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弾き込みとニューコンセプト楽器 [楽器音響]

クレモナのバイオリンの秘密-4.jpg現在のクラシカル・ギターの源流はアントニオ・デ・トーレスにあることは良く知られている。
ではバイオリンやチェロのようにその構造や材質はトーレスにおいて確立され,完成されているのか?ちなみに,それらバイオリン族の楽器は,300年前のイタリアのクレモナ地方の職人たちが突然名器を産み出し,その後,それ以上のものは出ていない。最近出た説では,この時期地球が寒冷で木材の年輪がつまって均質であり,これが音響的に良いのではないかという。最新の医療用CTスキャナを用いてストラディバリウス2挺を含む名器5挺と現代のアメリカの楽器8挺を比較して調べた人たちである(Berend C. Stoel, Terry M. Borman: A Comparison of Wood Density between Classical Cremonese and Modern Violins, PLoS ONE Vol.3, Issue 7, e2554 (2008))。この説を信じれば,クレモナの名器と寸分違わないものを作っても,それ以上のものが出来ない理由にもなっている。しかし,材木のエージングの効果も昔から言われており,ギターにおいても,弾きこみは常識である。

楽器になってからのエージングというよりは,材質そのもののエージングであると,30年前の安藤由典氏の著書に述べられている。材木中の樹脂が非晶質状態から結晶化して内部ロスが減る(響きが良くなる)のに永い時間が掛かるのである。ギター表面板にはスプルースとレッド・セダー(これはホセ・ラミレス3世の発明)の楽器が存在するが,樹脂の多いスプルースの楽器のほうが弾きこみに時間が掛かるのは,この理屈と合う。

もっとも,安藤氏が紹介していた研究が,古い建物から出た材で作った楽器がかなり良かったということであったが,古い材はやはり地球の寒冷期に育っているわけだから,最近の説も否定できない。

バイオリン音響にも一家言持っていた,故糸川英夫氏はエージング効果をも各種実験で実証してみせた。真空中で,振動を加えながら,乾燥(もしくはエージング)したことや,ラジオで流れたバイオリン曲を大量に分析した結果,楽曲にE音が多いことを発見?し,楽器イトカワ号を開発するにあたって,E線を良く鳴ることに全力を注いだことが,著書「80歳のアリア」で述べられていた。まあ,ギター同様,バイオリンは#系の調子が向いており,E音が多くなるのは当然だし,E音ばかりよく響いてもバランスが悪いとは思うが,そこは愚直に実証的な工学者の習い性としよう。話がそれたが,バイオリンの秘密が構造にあるにしろ,材質にあるにしろ(ニスにあるかどうか?は振動モード的にありえないと糸川氏は否定。先の安藤氏の著書でも振動を抑える要素と。),ストラディバリウスに代表される300年前の楽器よりも,良いものは出来ていないという驚くべき事実がある。

ではギターはどうなのか?アントニオ・デ・トーレスはギターのストラディバリウスなのか?
実際にストラディバリもギターを作ったようで,2挺現存とのこと。その性能はどうなのだろうか?
歴史的名器としては,ガダニーニのギターはジョンのCDで鑑賞することが出来,演奏家の使用に耐えるものである。わが福田氏も所蔵の様である。しかし時代は1世紀半ほど下る。ストラディバリの時代(17世紀末複弦5コース),ガダニーニの時代(いわゆる19世紀ギター),現代(トーレス以降)とそれぞれ楽器の構造が異なる。300年前とほとんど構造が変わらないバイオリンとは違う。そのバイオリンですら,諸説紛々なわけだから,ギターは余計難しいだろう。

各時代の材を見つけ出し,それを各時代の楽器構造との組み合わせでマトリクスを組み,少なくとも数台づつ製作するという,一大プロジェクトを敢行すれば何かわかるかも知れない。

ギターに関しては,ジョンもビデオの中で述べていたが,バイオリンほど構造が確立していないのではないだろうか。アントニオ・デ・トーレスに関してはロマニロスが詳しく研究しているが,あえて私観を述べさせてもらえれば,トーレスの業績であるサイズの大型化とファン・ブレーシング等の力木構造,四角いブリッジ板など,それまでの常識を覆す,画期的開発であったことは論を待たないし,現代の楽器はすべてアントニオ・デ・トーレスのコピーを基本にしていることに異論は無く,伝統的構造をとる限りではほぼ完成形とみなせることは確かであろう。しかしながら,ファン・ブレーシング一つとっても,製作家により本数やパターンも人それぞれであり,ボディ形状や厚みも少しづつ違う。現代の名器ブーシェのファン・ブレーシングを見ても工学的なパターンには見えない。芸術の道具であるから,丈夫で合理的に補強するというのとは違うということであろう。重要と思われる表面板の厚みも人により変わる。やはりトーレスをコピーしたハウザーの系統は表面板が厚い。補強材が音を鳴らすのではない,表面板だと述べているのはやはりこの系統のベラスケスである。設計もさることながら,地道なキャリブレーション(組み上げてから,音を出しながら表面板の厚みを調整する作業)が重要と述べている。だとすると,スモールマンなどは,全く正反対である。表面板は極限まで薄く,ラティス・ブレーシングで,現代ギターの一つの特徴的な構造を成している。これら正反対のコンセプトが両立してしまう事自体,現在,楽器構造がまだ確立していないことの証左であろう。承知の通りピアノの構造は発明以来改善が加えられ,現在では特許技術の塊となっている。300年以上全く変わらないバイオリンが特別なのである。

だから,現代のニーズに即応した新しいコンセプトの楽器が出てくるのも自然の流れであろう。

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