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「マイナスの抵抗」が生み出すもの [科学と技術一般]

抵抗と言えば,電気分野ならば電流を妨げる量として存在します。
空気抵抗その他の機械的抵抗ならば,やはり速度を妨げる量です。

今回挙げるのは,マイナスの抵抗「負性抵抗」に関してです。

電気の量である電圧や電流にはプラス・マイナスがありますが,それは向きですが,ふつう抵抗に向きはなく,普通はプラスの大きさのみです。

電流や運動速度を妨げてエネルギーを消費するのが普通のプラス抵抗です。それに対して,マイナスの抵抗では,エネルギーが発生する事になります。しかし当然エネルギー保存則が満たされなければいけませんので,「打ち出の小槌」のようにどんどんエネルギーが湧いて出てくるという完全なマイナス抵抗はあり得ません。マイナスの抵抗なるものは,プラス抵抗の中に部分的に現れる事になります。そこで現れる振動は,高校物理で習うようなキレイな単振動(調和振動)ではなく,複雑な挙動(非調和振動)を示す事になります*。

エサキダイオードの電流電圧特性の普通のダイオードとの比較。不純物濃度が非常識に高いため空乏層幅が薄くなり量子力学的トンネル効果が発生し,負性抵抗領域が現れた。
電子工学分野では,今は使われませんが,エサキダイオードのマイナス抵抗が有名でした。それまでは量子力学の理屈上の現象だった「トンネル効果」が,実際の素子において確認されたとして,その開発者とされた江崎玲於奈氏がノーベル賞を得たものでした。振動は,普通,外力を与えてやらないと発生しませんが,マイナス抵抗を持つ系では自ずと発生してきます。そのためマイナス抵抗素子は当初発振器に利用されました。


身近な例を挙げましょう。
色んな分野で発生する「鳴き」。これは,摩擦の持つ負性抵抗がその原因です。
鳴きはプラスの抵抗(摩擦力が速度比例の粘性抵抗)では発生しませんが,乾性摩擦では,静止摩擦よりも動摩擦が小さくなりますから,ここで発生するマイナス抵抗がその原因となります。

この手の振動は「スティック・スリップ」と言います。

スティックスリップ.png
スティック・スリップ振動の説明図。おもりを引っ張ると摩擦条件により振動が発生する。スリップする領域が負性抵抗領域。
古くは磁気テープやフロッピーディスク,ハードディスクのCSS(コンタクト・スタート・ストップ)で発生しました。

あるいは,各種乗り物のブレーキ。通常の摩擦ブレーキは,運動エネルギーをきれいさっぱり捨て去りたい装置なわけですが,そうはさせじと「ありがた迷惑」な負性抵抗が少しエネルギーを戻してくれる結果,細かな振動を起こし「キーキー」鳴いたりするわけです。

ギターの左指が弦を擦るキュッキュッという擦過音。むろん,これも負性抵抗のなせる技です。演奏技術が進んだ現在のクラシックギターの奏者では殆ど聞こえなくなりましたが。


技術者倫理の分野で有名な「タコマ橋の落橋事故」も,横風にあおられた完成したばかりの吊り橋「タコマナローズ橋」が風であおられて振動を起こし,落橋してしまったものです。

1940年11月7日,米国ワシントン州タコマ市にて。大いなる失敗事例ですが,これを記録に残し再発防止に活かしました。
これをいまだに共振だと言う人がいます(残念ながら上の動画の解説にもそう書いてあります)が,間違いです。共振とは系の持つ固有振動数が,外力の振動数とピッタリ合って振幅が大きくなる現象ですが,外力として揺れの周期の波動的な風が吹いたわけではなく,ほぼ一定の風であり振動的外力ではありません。一番わかりやすいたとえ話は管楽器でしょうか。当時の最新技術で建造されたタコマ橋は,はからずも,空気で鳴らすリード楽器のリードになってしまったのでした。

このような振動形態を「自励振動」と言います。
「共振」なのであれば,どちらかの振動数をちょっとずらすだけで止まりますが,自励振動の場合,外力は振動ではなく,マイナス抵抗により外力(風)のエネルギーを吸収して振動を発生する為,受け側の固有振動数を変えても,その振動数で振動するだけの事で止まりません。ちょうど,管楽器が管の長さを変えて音の高さを変えるのと同じことになります。リード楽器は音を鳴らすだけならば素人でも割と簡単に出来ます。ということは,止めるのは難しいという事です。

むろんヴァイオリンやチェロなどの弓奏弦楽器の発音機構も自励振動です。弓の毛と弦との間に発生するマイナス抵抗によりスティックスリップ振動を発生させるのが,弦へのエネルギー注入手段なわけです。弓に張る馬の尻尾の毛に松脂を塗って,スティックを発生しやすくしています。


ちなみに,「負温度」というものも理屈上は存在します。ここで言う負温度とは,摂氏温度などのマイナスではなくて,「絶対零度(-273.15℃= 0K(ケルビン)」よりも低い,本当のマイナスの温度の事で,レーザーの発振原理などとされます。

普通はプラスしかないものがマイナスの値を持つと一見奇妙な事が起こる一例でもあります。

*説明を端折ったかなりテキトウな言い方です。
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U3

タコマ橋の崩落と同じ原因による振動や崩落は他でもあったと記憶しています。
by U3 (2023-12-03 09:28) 

Enrique

U3さん,80年以上前の有名な失敗事例です。
これだけの教訓がありながらも,大小の失敗は無数に繰り返されます。水門の破壊とかも同じ機構です。何も吊り橋と風だけの問題ではないのですが,いまだに「共振」という間違った解釈をしている人がいる様に,折角の大きな教訓を理解していないと,過ちを繰り返す事になります。ムダに静的強度を高めても,自励振動を発生してしまってはどうにもなりません。
さすがに大きな吊り橋の設計にはこの教訓は生かされている様で,例えば,瀬戸大橋には防振機構が仕込まれていますが,マイナス抵抗をプラス抵抗で打ち消そうという考え方です。タコマ橋当時は未知の現象だったので設計者に責任は問えません。これの後に同じ失敗を繰り返す者は,大いに糾弾されないといけません。
by Enrique (2023-12-03 20:08) 

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