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ブーニンの復活 [演奏家]

ピアノのスタニスラフ・ブーニンが9年間の闘病を経て,復活しているとのことです。

病気だった事を知りませんでした。

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正月に見たNHK番組で知りました。
1月22日0:00にBSPで再放送がある様です)。
1985年のショパンコンクールの覇者。ものすごい人気でした。

89年の初冬スキポール空港でお逢いしました。「お逢いした」というより,むろん一音楽ファンとして,ミーハーにもサインをお願いしたのでした。ファンに囲まれるわけでもなく,普通に一人で居ましたので,半信半疑で「ブーニンさんですか?」と尋ねると,はにかみながら「イエース」と,答えるので,「何という幸運!」とか口走りながらサインを頂いたのでした。日本に向かって発つところで,当方のKLMの帰国便に同乗していた様でした。先方はファーストクラスですから,乗ってしまったら,お逢いすることも無かったわけです。どうも日本の音大に招かれていた様です。

その頃からか日本に頻繁に訪れていたようです。奥様は日本の方で,ドイツで知り合ったようです。


左肩の故障で左手がよく動かなくなっていたのでした。それによる9年間のブランク。
正確に覚えていませんが10年ほど前(確か東日本大震災の後でした),FM放送でショパンのワルツを日本の小学生に指導している様子が放送されました。
ブーニンも模範演奏したのですが,「あれれ,小学生の方が上手いぞ」と感じ,「ブーニンはどうしたんだろう?」と思ったものでした(過去記事に書いていました)。その頃,既に手の状態は良くなかったのだろうと思われます。彼ほどのスター演奏家は,おそらく予定が詰まっていて,キャンセルできなかったのではないでしょうか?


今回の番組で知ったのですが,左手不調のリハビリ中に転倒事故で骨折,持病の糖尿病によりその箇所が壊死して左足切断の危機もあったのだそうです。何とか切断は免れたものの壊死した箇所を取り除いた為,左足が短くなってしまいました。ペダルは右足が主ですが,左足も使いますので,特製の靴で短くなった左足をカバーします。

番組では,復活コンサートを八ヶ岳高原音楽堂で行った模様が描かれていました。ここに愛用のFAZIOLIのピアノを運び込みます。同会場には特別な思い入れを持っているようです。プログラムはシューマンがメインだったようです。技術的に難度が高くない曲を,運指を変えて動きの悪い左手の分を一部右手で助けながら弾くのだそうです。

何とも,痛切な話でした。
知らなかったと言え,小学生よりも下手とまで思った事。申し訳ないと思います。
元通りとまでは言わないまでも,リハビリが進んで,ゆったりとした演奏活動の再開を望みたいものです。
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静謐な一日

若かりし頃のブーニンに会えたなんて何と幸運だったのでしょう。
この番組のことは知りませんが、私はブーニンの近況を妻から聞いて既に知っていました。(妻はNHKのBSプレミアムで以前に見たと言っていました。もしかしたら同じ番組なのかもしれませんね)
そしてブーニンが私と同じ病気で闘病中であることも、ドイツで知り合った日本人の奥様のことも。
それを聞いて僕は思うことがあります。

人の宿命は変えられませんが、運命は変えられます。

宿命に抗い、自分の今できることを精一杯出し切る。それこそが大事なのだと思います。
もちろんブーニンと自分を比較すべくもなく、烏滸がましい事は重々承知ですが、ブーニンの現況を改めて聞いて、そのことに思いを致し、強い意志を感じ取りました。
by 静謐な一日 (2023-01-18 07:40) 

Enrique

静謐な一日さん,
ブーニンの件は昨年から知られていた様ですが,当方普段TVを見ないため遅ればせながら知る事になりました。当家では私が妻に伝えました。
お逢いした時はまだ23歳の若者だったのでした。彼はまだ50代ですが,持病があると本当に大変です。一時期超売れっ子だっただけに,度重なる故障によるブランクの辛さは如何ほどだったかと。
目指すものがあり,その意志でリハビリを続ければ回復可能と思います。静謐な一日さんの症状の快癒も期待いたします。

by Enrique (2023-01-19 07:27) 

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