弦の表示張力と楽器の弦長に関して [楽器音響]
前回久々に新しい弦を使ってみたという記事を書きました。
普段はダダリオのプロアルテ・ノーマルテンション一本槍なのですが,たまたま安く入手したサヴァレスのニュークリスタル・ハードテンションというものを星野の630に張ってみたところ,中々の効果であったと。
大昔の,やや響きの鈍い国産楽器を使っていたころはオーガスチンの青などもよく使いましたが,現在は銘柄に限らず,ノーマルテンション一本槍なのですが,たまたま弦がハードテンションだったので,楽器の方を弦長630mmのものに張ってみたと。まあ泥縄な方法です。
そこで,ふと思うのは,弦長650mmの楽器にノーマルテンション表示の弦を張るのと,630mmの楽器にハードテンション表示の弦を張るのとでは,実際のテンション値がどうなるか?というものです。弦のテンション表示の方か効くのか,楽器の弦長が効くのか?と。体感的には,630の楽器にハードテンション張っても,きつい感じはしません。
それを定量的に評価するには,以下の弦の理論式が必要です。
\[f=\frac{1}{2L} \sqrt{\frac{T}{\rho}}\] この手の式を見ただけで拒否反応を示す人がいますが,もともとは偏微分方程式で表される波動方程式を両端固定の理想的な弦について解いた解,いわば「答え」を利用しているだけです。平方根は中学で習いますし,定量的な議論をするには最低限我慢していただきたいと思います。
見ての通り,弦の(基本)振動数\(f\mathrm{[Hz]}\)は,弦長\(L\mathrm{[m]}\)に反比例し,張力\(T\mathrm{[N]}\)の平方根に比例,線密度\(\rho\mathrm{[kg/m]}\)の平方根に反比例するという式です。定数\(2\)の意味は,弦がつくる基本波はその振動数の波の半波長分だからです。
弦の張力に関してはすべてこの式で表されます。むろん理想の弦からずれると,この解の式はもう少し複雑になります(例えばピアノの弦の様な硬い弦)が,クラシックギターの柔らかい弦の場合,理想弦の扱いとして十分精密な結果が得られます。各数値を正確に入れてやれば,変動要因としては弦を張る事による太さの変化のみです。標準調弦に張った後の太さをきちんと測定できればそれも解決です。
通常は650mmに標準調弦(おそらくA=440Hz)でチューニングした際の弦張力として表されます。以前ダダリオ社に確認したところ,同社では直接測定はしていない様で,「ある計算式」によって算出しているとの事です。「ある計算式」は知る由もありませんが,最も妥当な計算式は上述の理論式です。上の質問は,同社がパッケージを変えた際に「表示張力が変わったのはなぜか?」と聞いてみたものでしたが,同社の担当者の回答は「計算式を変えた。現物は変えていない。」というものでした。ラベル表示の数値は,計算式によるもので,実測ではないということでした。
実測ではなく何らかの計算式を使うとすると,弦は伸びて痩せますので,上で挙げた理論式には張られた時の直径を使う必要があります。おそらく,ダダリオ社が使っている計算式は,張る前の直径を入れて,実際に張った時の伸びで痩せる分も考慮した実験式の様なものだろうと想像します。もとの理論式は変わりようありませんので,式を変えたというのも,伸びて痩せる分の見積もり方を修正したのだろうと思われます。
同メーカーの表示で,計算式を変える前後の張力の数値は,プロアルテ・ノーマルの①弦で,6.94kgfから7.36kgfと6%変化しています。同一メーカーの同一弦でも「計算式」の違いでこのくらいの変化は起こるわけですから,メーカーが異なれば,テンション値の絶対値の細かな比較はあまり意味をなさないと思われます。
ともあれ,結論を急ぎましょう。
今回の目的は,ノーマル弦とハイテンション弦を弦長の異なる楽器に張った場合,どのように効くか?というものです。同一銘柄のノーマル弦とハイテンション弦の違いは,弦の太さ(理論式へ入れる量としては線密度として)だけです。従って,太さと弦長の張力への効き具合は?という事になり,これはシンプルな話です。
上で挙げた理論式を変形して,張力\(T\)について表しますと,
\[T=4f^2L^2\rho\] 上式に,線密度\(\rho=\frac{\pi D^2}{4}\sigma\)を代入しますと,
\[T=f^2L^2\pi D^2\sigma\] となります。ここで,\(\sigma\)は弦素材の体積密度[kg/m3],\(D\)は弦の直径です。周波数は同じ調弦ですから同じ,素材は同一という前提ですから,\(f\)と\(\sigma\)は定数です。定数を\(k\)としてまとめれば,張力\(T\)は,
\[T=kL^2 D^2\] と表されます。弦長\(L\)と弦の直径\(D\)のみが変数の場合,それらはいずれも張力\(T\)に対して,同じ様に2乗で効くと言う事です。以前も計算してみた様な気がしますが,このことは,弦の理屈からして自明のことだろうと思います。
実際の弦に当たりますと,くだんのサヴァレスのNew Cristal CantigaのNormalとHighの仕様は以下の通りです。
上のデータから,直径の比率,表示張力の比率,表示張力の比率の平方根を表1にまとめます。
各弦では少しバラツキがありますが,StandardとHighとで表示の直径の上昇分の平均が2.9%,張力上昇分の平方根の平均が3.0%とほぼ一致しました。上述の理論式からの検討で分かるとおり,弦の太さの3%アップは弦長の3%アップと等価ですから,630mm弦長の同銘柄Highは,648mm弦長のStandardと等価と言えます。
図らずも,当方が630mmの星野にHighテンションを張ったのは,標準弦長の楽器にStandardを張ったのとほぼ等価という事になります。
普段はダダリオのプロアルテ・ノーマルテンション一本槍なのですが,たまたま安く入手したサヴァレスのニュークリスタル・ハードテンションというものを星野の630に張ってみたところ,中々の効果であったと。
大昔の,やや響きの鈍い国産楽器を使っていたころはオーガスチンの青などもよく使いましたが,現在は銘柄に限らず,ノーマルテンション一本槍なのですが,たまたま弦がハードテンションだったので,楽器の方を弦長630mmのものに張ってみたと。まあ泥縄な方法です。
そこで,ふと思うのは,弦長650mmの楽器にノーマルテンション表示の弦を張るのと,630mmの楽器にハードテンション表示の弦を張るのとでは,実際のテンション値がどうなるか?というものです。弦のテンション表示の方か効くのか,楽器の弦長が効くのか?と。体感的には,630の楽器にハードテンション張っても,きつい感じはしません。
それを定量的に評価するには,以下の弦の理論式が必要です。
\[f=\frac{1}{2L} \sqrt{\frac{T}{\rho}}\] この手の式を見ただけで拒否反応を示す人がいますが,もともとは偏微分方程式で表される波動方程式を両端固定の理想的な弦について解いた解,いわば「答え」を利用しているだけです。平方根は中学で習いますし,定量的な議論をするには最低限我慢していただきたいと思います。
見ての通り,弦の(基本)振動数\(f\mathrm{[Hz]}\)は,弦長\(L\mathrm{[m]}\)に反比例し,張力\(T\mathrm{[N]}\)の平方根に比例,線密度\(\rho\mathrm{[kg/m]}\)の平方根に反比例するという式です。定数\(2\)の意味は,弦がつくる基本波はその振動数の波の半波長分だからです。
弦の張力に関してはすべてこの式で表されます。むろん理想の弦からずれると,この解の式はもう少し複雑になります(例えばピアノの弦の様な硬い弦)が,クラシックギターの柔らかい弦の場合,理想弦の扱いとして十分精密な結果が得られます。各数値を正確に入れてやれば,変動要因としては弦を張る事による太さの変化のみです。標準調弦に張った後の太さをきちんと測定できればそれも解決です。
通常は650mmに標準調弦(おそらくA=440Hz)でチューニングした際の弦張力として表されます。以前ダダリオ社に確認したところ,同社では直接測定はしていない様で,「ある計算式」によって算出しているとの事です。「ある計算式」は知る由もありませんが,最も妥当な計算式は上述の理論式です。上の質問は,同社がパッケージを変えた際に「表示張力が変わったのはなぜか?」と聞いてみたものでしたが,同社の担当者の回答は「計算式を変えた。現物は変えていない。」というものでした。ラベル表示の数値は,計算式によるもので,実測ではないということでした。
実測ではなく何らかの計算式を使うとすると,弦は伸びて痩せますので,上で挙げた理論式には張られた時の直径を使う必要があります。おそらく,ダダリオ社が使っている計算式は,張る前の直径を入れて,実際に張った時の伸びで痩せる分も考慮した実験式の様なものだろうと想像します。もとの理論式は変わりようありませんので,式を変えたというのも,伸びて痩せる分の見積もり方を修正したのだろうと思われます。
同メーカーの表示で,計算式を変える前後の張力の数値は,プロアルテ・ノーマルの①弦で,6.94kgfから7.36kgfと6%変化しています。同一メーカーの同一弦でも「計算式」の違いでこのくらいの変化は起こるわけですから,メーカーが異なれば,テンション値の絶対値の細かな比較はあまり意味をなさないと思われます。
◆
ともあれ,結論を急ぎましょう。
今回の目的は,ノーマル弦とハイテンション弦を弦長の異なる楽器に張った場合,どのように効くか?というものです。同一銘柄のノーマル弦とハイテンション弦の違いは,弦の太さ(理論式へ入れる量としては線密度として)だけです。従って,太さと弦長の張力への効き具合は?という事になり,これはシンプルな話です。
上で挙げた理論式を変形して,張力\(T\)について表しますと,
\[T=4f^2L^2\rho\] 上式に,線密度\(\rho=\frac{\pi D^2}{4}\sigma\)を代入しますと,
\[T=f^2L^2\pi D^2\sigma\] となります。ここで,\(\sigma\)は弦素材の体積密度[kg/m3],\(D\)は弦の直径です。周波数は同じ調弦ですから同じ,素材は同一という前提ですから,\(f\)と\(\sigma\)は定数です。定数を\(k\)としてまとめれば,張力\(T\)は,
\[T=kL^2 D^2\] と表されます。弦長\(L\)と弦の直径\(D\)のみが変数の場合,それらはいずれも張力\(T\)に対して,同じ様に2乗で効くと言う事です。以前も計算してみた様な気がしますが,このことは,弦の理屈からして自明のことだろうと思います。
実際の弦に当たりますと,くだんのサヴァレスのNew Cristal CantigaのNormalとHighの仕様は以下の通りです。
上のデータから,直径の比率,表示張力の比率,表示張力の比率の平方根を表1にまとめます。
直径比率 |
張力比率 |
張力比率の平方根 |
|
①弦 |
1.0274 |
1.0837 |
1.041 |
②弦 |
1.0241 |
1.0560 |
1.0268 |
③弦 |
1.0194 |
1.0178 |
1.0089 |
④弦 |
1.0270 |
1.0560 |
1.0276 |
⑤弦 |
1.0465 |
1.0920 |
1.0450 |
⑥弦 |
1.0275 |
1.0604 |
1.0298 |
平均 |
1.0287 |
1.0670 |
1.0298 |
各弦では少しバラツキがありますが,StandardとHighとで表示の直径の上昇分の平均が2.9%,張力上昇分の平方根の平均が3.0%とほぼ一致しました。上述の理論式からの検討で分かるとおり,弦の太さの3%アップは弦長の3%アップと等価ですから,630mm弦長の同銘柄Highは,648mm弦長のStandardと等価と言えます。
図らずも,当方が630mmの星野にHighテンションを張ったのは,標準弦長の楽器にStandardを張ったのとほぼ等価という事になります。
今年も一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。
by 風神 (2022-12-30 14:59)
こんばんは。
この一年、お疲れさまでした。
今年も一年お世話になりまして、ありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願いします。
良いお年を。
by 枝動 (2022-12-30 22:03)
高校時代に数学をサボった所為か数式には疎い私です。
今年一年本当にお世話になりました。
Enriqueさんから頂いたコメントに何度励まされたか分かりません。
『感謝!』の一言です。
しかし、、、再開したのもつかの間、来年は暫くお休みを頂く予定です。
ブログの記事更新よりも優先したいことがございますので。
それでも時々遊びに来させてくださいね。
来年がEnriqueさんにとって良い年でありますよう、心より願っています。
by U3 (2022-12-31 19:35)
こちらこそ,お世話になりました。
風神さんも,良いお年を。
by Enrique (2022-12-31 20:06)
こちらこそ,来年もよろしくお願いいたします。
枝動さんも,良いお年を。
by Enrique (2022-12-31 20:08)
U3さん,
数式は揺れるものに共通で振り子の式と似ているかと。
当方のコメントに喜んで頂けたのは幸甚です。
貴ブログもまた時々チェックさせていただきたいと思います。
良いお年を。
by Enrique (2022-12-31 20:22)