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ヤープ・シュレーダーの「バッハ無伴奏ヴァイオリン作品を弾く」を読む [雑感]

バッハのリュート組曲は,第1番(BWV996)と第2番(同997)を除き,第3番(同995)と第4番(同1006a)はそれぞれ無伴奏チェロ組曲第5番(同1011)と無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番(同1006)からのバッハ自身の編曲とされています。

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第4番BWV1006aに取り組んでいます。このプレリュードはリュート組曲の他,ヴァイオリンパルティータ第3番BWV1006,オルガンを含むカンタータBWV29にも用いられています。以前書いた通りです。

この曲の様に,バッハ自身の編曲としてあるものの他,演奏家により別の楽器で演奏することもよく行われて来ました。

ギターで弾かれるのも親戚筋の楽器のリュート曲の他,無伴奏ヴァイオリンや無伴奏チェロ曲は昔からよく弾かれますし,無伴奏フルート曲や,この頃は鍵盤曲も結構弾かれます。

BWV1006aは,ギターでリュート譜ほぼそのまま弾けるとは言っても,編曲です。もっともそういうならば,ピアノで演奏されるバッハは全て編曲です。何故なら,バッハの時代にはピアノはなかったからです。もっと言えば,オリジナルなはずのヴァイオリンやチェロでさえ,モダン楽器で弾いたのではオリジナル状態ではありません。それは何も重箱の隅を突いているわけではなくて,和音の弾き方が異なり演奏が全然違うからです。同じ名前の楽器でも作曲当時の楽器とは違うからです。


ヤープ・シュレーダー著の「バッハの無伴奏ヴァイオリン作品を弾く」という書籍があります。
演奏家の立場からの本ですから,演奏の実践に役立つと見て,指導者の勧めにより購入しました。
当時の楽器で作曲されたバッハの無伴奏曲をモダン楽器でどう弾くか?というのがこの本の主題でもあります。

バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く バロック奏法の視点から

バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く バロック奏法の視点から

  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2010/01/21
  • メディア: 単行本
ヴァイオリンの奏法的な記述が多いので,直接ギターの技術的な参考にはなりませんが,色々示唆はあります。

ヴァイオリンと言う楽器の変遷を挙げておきましょう。
大きな変遷はスチール弦の使用です。ヴァイオリンの場合,ボディこそストラドヴァリの時代と変わりませんが,ガット弦からスチール弦の使用により,弦は高張力になり指板の彎曲が強くなっています。高張力の弦に対応するため弓は大きく変っています。楽器の見た目の形こそ大きくは変わりませんが,別の楽器に近くなり奏法も大きく変化しています。

ちなみに,ギターの場合はその間,複弦のバロックギター,単弦の19世紀ギター,現在のトーレスモデルと形を変えていますが,ガット弦の代わりとしてナイロン(やフロロカーボン)弦になったものの,弦の質感は引き継がれています。むしろ,ガット弦からスチール弦への変化は,19世紀ギターからアメリカ大陸に渡ったマーチンなどポピュラー音楽用伴奏楽器に特化されたほぼ別の楽器になっています。


個別の楽曲に関して,現在取り組んでいる1006aに着目して見ます。

各舞曲等につき簡潔な記述ですが,おもしろいのは,「リュート版からインスピレーションを与えられるべき」と述べていますが,一方でリュートの演奏の「厳格で融通が利かないスタイル」が好きになれないとも述べています。

リュート版が参考になるというのは各所で述べています。リュート版などへの編曲はバッハ自身によるものものですのでそれは当然としても,現在でもヴァイオリニストやチェリストからギター版が参考にされるそうです。何分音の数に制約があるこれらの楽器では,オリジナル楽曲とは言え,制約が無ければバスや対旋律が本来どうなっていたか?音の少ないヴァイオリン版などではそれらを想定して脳内で響かせながら演奏しないといけないわけですが,実際に音を鳴らすギター版の譜面は大いに参考になるというわけです。同様に考えれば,プレリュードに限られるものの,リュート版もオルガン版が大いに参考になる訳です(筆者はカンタータ版は性格を異にしており,リュート版が良いと言っていますが)。

リュート演奏の「厳格で融通が利かないスタイル」が好きになれないという件に関しては,この曲の演奏はギターによるものがリュートよりも遥かに多いわけで,ギターでの演奏についても言えるのかも知れません。それを含めているのかも知れません。むしろ,当方などが聴くと,どの人のものでも,ヴァイオリンの演奏がかなり自在でのびやかには感じられます。弓で滑らかに弾ける弦楽器と指ではじく楽器の性格の違いもあるのだとは思いますが,リュートやギターでも舞曲の性格などを押さえた上で,もっと自由に弾いてもいいのかも知れません。 ギターでは近年とみにきちんとした演奏が主流です。


サラサーテの演奏を批判していますが,これに関しては全くの同意です。当方もかつてネット上で見つけた彼の古い録音を聴いて愕然としてしまいました。これがかつてのヴァイオリンの巨匠の演奏家かと。やたら速く弾いて訳がわからなくなっている様な代物で,言ってしまえば現在の素人以下の演奏です。当時はこの曲がヴァイオリンの「練習曲とみなされていた」せいもあるのでしょうし,むろん録音技術の問題も大きいので,それらを差し引いても,練習曲なら練習曲なりにもう少しマシな演奏があるのではないか?と思うほどです。むろん,当時はそれが第一級の演奏だったのでしょうから,技術や歴史考証が進んだ現在の立場から一方的にこれをこき下ろす事は出来ないにしても,少なくともこれを現在の立場で,歴史的な録音だからと有難がって無批判に賞賛するような愚はおかしたくないものです。むしろ反面教師としては良いのでしょうが,技術の進展は著しいのですから,古い録音などを参考にするよりも,原典に立ち返り,現在の技術で基礎から積み上げる方がはるかに前向きな行為と思われます。

個別の解釈に関しては,譜面の間違いなどの指摘がいくつかあります。
面白いのは,ヴァイオリニストはリュート版を参考にしていますが,本来リュート版を弾くはずのギターの人が主にヴァイオリン版を基礎にしていることです。

先日記事にしたブロムシュテットの番組で取り上げられていた,ベートーベンのシンフォニーの譜面の間違いに関して,市販の譜面にはデクレッシェンドがアクセント記号に化ける様な基本的な間違いがあると。指揮者なり演奏家は譜面の間違いを正して作曲家がイメージしたであろう演奏に心がける必要があるとのメッセージでした。ギター譜は酷いと思っていました。何分クラシックのメインストリームからは傍流の色物なので日常的にある事だと思っていましたが,メインフレームの「厳格であるはず」の「クラシック音楽」でもあるというのは驚きでした。

原典に立ち戻るのはもちろん重要ですし,編曲作品にも目を通してアナリーゼすること,更にはモダンの楽器で弾くことに対する柔軟な精神の持ち方。単に楽曲を練習するにも,汲めども尽きないやりがいや面白さがあると思います。それが譜面を再現するだけではない演奏の創造性だろうと思います。

曲の個別の指摘に関しては稿を改めたいと思います。
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