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ピアノの防音について~まとめ~ [楽器音響]

ピアノの防音について,何らかの結果を出すのは,カースペース(ポート)の完成と共に喫緊の課題でした。

まず,今までの流れのおさらいをしておきます。

その前に,なぜこのような実験検討をするに至ったかの背景を言いますと,都内の音大でピアノを専攻する末娘が,グランドピアノ*と共に,音大生向けのアパート(2F)に入っているのですが,なぜか下の部屋に音大生以外の人も入っていて,折からのコロナ禍でリモートワークをしており,「ピアノの音がうるさくて仕事にならん!」との苦情があったとのことで,大家さんからピアノ演奏を「控えてくれ」と言われたのだそうです。

ナイーブな娘は,それを言われて個人レッスンも休みがちになり,リモート授業すら欠席するような始末。同じ音大のOGでもある妻は,血相を変えて大家さんに乗り込み,
「ざけんな!『グランドピアノ可の条件で入居したんぜよ!』音大生はピアノを弾くのが仕事ぜよ!」と体を張って直談判して,なんとか無事ピアノ練習は再開できたのでした**。

当方もその話を聞いたときは,頭に血が上り,当方の技術力でナントカしたい!と立ち上がったのが,このプロジェクト?だったわけです。

結果的には妻の迫力ある交渉力が勝り,当方の技術力は置いてけぼりを食ってしまいました。しかも,直後に,妻に1ヶ月足らずの短期で20曲の合唱伴奏を引き受けるという仕事が入り,家のピアノの実験台としての役割はオアズケになったのでした。

妻の合奏伴奏の仕事も終わり,懸案だったカーポートの建設も終了し,いよいよです。しばらく冷却期間をおいて,当方も少々冷静に考えられるようになりました。

ピアノの脚からの振動に拘泥したのは,上の様な事情からでした。当方の(少々熱くなった)思考の流れは,以下の通りです。

①ピアノの脚からの振動 → ②床を振動させる → ③階下に伝わる

この考え方を「脚床伝導説」とでもしておきます。これによれば,①から②を遮断してやればよい。ということで,エアコンプレッサーの振動吸収で上手くいった「砂利敷きインシュレータ」を作成し,それぞれの脚に施しました。しかし,ほとんど効果は確認できませんでした

そして,「これは振動吸収効果が足りない」のだと考えたわけです。もっと振動遮断に有効な防振台のようなボール入りインシュレータを使おうという発想に至ったわけです。テニスボールを箱づめにする事で作成しました。この上にピアノを置けば,これがローパスフィルターの働きをして,ピアノ質量とボールのバネ定数とで決まる共振周波数\(f_0\)以上の周波数の振動を遮断してくれるはずです。

ここで,妻の仕事が入り,ピアノを使ったボール入りインシュレータの実験はオアズケとなりました。脚床伝導説を信じ脚からの振動の徹底した遮断で効果は出るはずだと考え,「ピアノでなくて音が出るものはなーんだ?」と,工具の電気ノコだったわけです。据え置き型の電気ノコをピアノの脚用に作成したボール入りインシュレータ1個の上に置き,下に伝わる音を測定したわけです。むろん測定と言っても民生用のレコーダで録音をしただけですが。


さて,今回ボール入りインシュレータをピアノに使った実験は行いません。ムダだと分かったからです。電気ノコの実験でほぼそれは確認できたと思っています。

どういうことかと言いますと,砂利敷きインシュレータも,ボール入りインシュレータもそれなりに効果は出ていたと言えます。ではなぜ音が殆ど変わらなかったか?というと,大半が空気伝導による音だからです。はっきり言って,脚床伝導説がマチガイだったという事です。もっと言えば,ピアノの脚から直接階下に伝わる振動はかなり少ないと言えます。仮にこれを全体の音響パワーの1%だとします。1%のものをいくら頑張って半分にしようが0にしようが,99.5%なり99%なりにしかなりません。かつての実験はそのようなものだったわけです。

電気ノコの実験で「砂利インシュレータやボール入りインシュレータの効果じたいは確実に出ている」というのは,耳で聴いてもわかりづらいですが,前の実験データから客観的に確認できます。

音声データからAudacityでスペクトル解析したものが以下の図です。
台のみ.png
図1. 台のみの場合です。インシュレータなしです。

砂利.png
図2. 砂利敷きインシュレータに置いたものです。

ボール.png
図3. ボール入りインシュレータに置いたものです。

どうでしょう。全体的に見て,エアコンプレッサの防音時の様なはっきりとした差が見えなかったので,あまり効果なしと判断したわけですが,当然インシュレータの効果は空気で直接伝わる大半の音には全く無くて,直接ベースから台の下に伝わる音のみの効果なわけです。しかもそれはごく低音です。100Hzの音で比較してみますと,図1の台のみの場合が相対音圧で-25dB,同じく図2の砂利敷きでは-28dB,図3のボール入りでは-33dBとなっています。比較しますと,砂利敷きで3dB,ボール入りで8dBの低減効果が出ています。ボール入りのものは最低域から150Hz辺りまで直線的に低下し教科書的なローパス特性を示しています。しかし,これらのインシュレータが効果を示したのは,台座から伝わる聞こえにくい低域のみであり,空気を伝わる大半の直接音には何の効果も果たし得なかったという事です。

そのことが分かっただけでも,ピアノに使った砂利入りインシュレータも,テニスボール入りインシュレータもそれなりに意味のある実験だったと思います。少なくとも,ピアノを空中に浮かすとか,無駄な実験をせずに済みました。脚だけではなく,ピアノ全体をインシュレーターに乗せればそれなりに効果は出たとは思いますが,それは脚からの伝導ではなく,以下で述べるピアノ響板から放出される音響もカットすることになるからです。脚からの伝導はよく聞こえない様なごく低音に限られるということが分かったことで,無駄に大きく演奏に支障を来す様な代物を作らずに済みました。

ではどうすれば良いのでしょうか?
耳で聞こえる空気中を伝わる大半の音の方を何とかしてやらないと,効果は出ないという事が分かります。ピアノの脚から伝わる音響成分が極小だとすると,どうやって,ピアノの音響は階下に伝わるのでしょう?その為には,ピアノの発音機構を復習しておく必要があります。

ピアノでもギターでも音は弦から出ているという誤解があります。もし弦が揺れて音が出ているのが事実ならば脚床伝導説も成り立ったかもしれませんが,実際音の大半は響板から出ています。ギターの音響でも大半が表面板から出ています***。細い弦の振動では,空気を有効に揺らすことが出来ないので,大面積の響板に振動を伝えて振動の質を変えています(これを工学用語では「インピーダンス整合」と言います)。弦の振動は大振幅ですが局所的なゆれで,触れば止まります。響板に伝達された振動は小振幅大面積で有効に空気をゆらし,触ったくらいでは全く止まりません。

ピアノの響板から出た大半の音が外部に伝わる様子を模式的に書いてみます。
ピアノイラスト.001.png
図4. ピアノから出た音が周りに伝わる様子を模式的に描いたもの(Keynoteのピアノイラスト使用)
直感的には脚から伝わると思っていた振動出力は,むしろごく少ないということが先に実験から判明しました。大半が響板から空気中に放出される音響出力です。楽器ですから当然のことながらなるべく音響を効率よく空気中に発する音響装置なわけです。響板から空気中に放出された音響出力が広い面積で床や壁を揺らし,その揺れが階下や隣室の空気を大面積で揺らす。こういう構図の様です。音源から離れれば離れるほど面積は増えますから,音量を減らすにはなるべく音源に近いところで対策するのが得策です。

最も簡単な方法は蓋を閉めることです。当然の事ながら,音を漏らしたくない場合は蓋を閉めますが,それでもかなりの音量はあります。階下への音響問題も含め,響板の下側から床を空気振動で大面積で揺らす分がポイントの様です。これを何とかすれば,階下や隣室への音漏れは減りそうです。

そこで,今回考えたのが,ピアノの下側に布団を詰め込んで,響板の下側から出る音を吸音してしまおうという作戦です。

IMG_9209.jpeg
図5. ピアノの下に布団類を押し込みたいのですが,家中の布団を入れても満たせそうにありませんので,下にテーブル・椅子類を置いてかさ上げします。これでテイク1をやります。
IMG_9210.jpeg
図6. テーブル・椅子類とピアノの下部に毛布や布団を押し込んだところ。これでテイク2をやります。
ピアノの下というのは結構な空間で,ここに当家の布団を押し込んでも全く満たせそうになかったので,小さなテーブルや椅子をいれ,それとピアノの響板の間にありったけの布団や毛布を押し込みました。非常に定量性のないいい加減な方法ですが,これをやる前後で,当方の上の娘に「何かクリスマスっぽいの弾いて」と頼んで,弾いてもらいました。

布団なしテイク1です。

布団ありテイク2です。
今回録音レベルが近接で私のギターを録音するレベルだったため,隣室でのピアノ音の録音には低すぎた様ですが,当然両者のレベルは一定です。

どうでしょう?
ぱっと聴いた感じ何か思ったほどの効果はありません。やや遠くで鳴っている感じはしますが,今回も失敗か?

スペクトル解析もしておきます。

対策前.png
図7. テイク1(対策前)。
対策後.png
図8. テイク2(対策後)。
1kHz(きっちり行かなくて1006Hzとなっています)で比較すると,2dB低下しています。低減効果は一応あるようです。せめて3dB,4dB程度無いと効果は実感しにくいものと思います。

ただどうでしょうか?これは隣の部屋の音漏れで評価しているという点です。やはり床からの伝達というよりも壁からの伝達が大きいのでしょう。
当の弾いた娘に感想を聞くと,「音がモコモコで無茶苦茶弾きにくい。ぶっ壊れそうな駅ピアノを弾いている気分。」とのことです。音が全く響かないそうです。
同じようには弾いてもらいましたが,鳴り方が極端に違えば,演奏者の本能として響かないのではわずかに強く弾いてしまうかもしれません。

「ふとん作戦」は隣室への音のもれに関して僅かな効果は認められましたが,デメリットも非常に大きいようです。少なくともこれでは練習にはならないでしょう。

これを良しとするかどうか?難しいところですが,とりあえずこの実験はこれで打ち止めにします。

いくつか疑問点も残りましたが,それは又,おいおい書きます。

脚注:

*一応プロ目指すピアノ専攻生は,グランドでないと練習にならないのです。「鍵盤が同じだから練習ならアップライトでも良いのではないか?」というのは門外漢の発想で,鍵盤の見た目は同じでも,中のアクションが全く異なり,特に鍵盤の戻りが違うので速い連打等が出来ないのです。
**少々脚色があります。実際には冷静に友好平和的に事を運んだそうで,大家さんも申し訳なかったと謝罪したそうです。
***低音の一部はサウンドホールからも出ています。

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U3

やはり空気振動を押さえるのは簡単ではありませんでしたね。
ピアノの先生に妻が聞いた話では、防音費用は相当な費用が掛かるそうです。何しろ壁床天井6面すべて防音しなければならないので。
by U3 (2021-12-25 17:07) 

Enrique

U3さん,
当初2階から1階への音漏れということで脚からの振動と考えたのですが,脚部からの伝達はごく少ないという事がわかりました。

娘のアパートは既に防音されていて,グランドピアノOKの契約で入っていますが,そのようなことになりました。下の階の苦情ですから脚からの振動を止めて何とかならないか?との発想はほぼ間違いだったとは書いた通りです。

以前エアコンプレッサの防音で成功したのは6面完全に覆ったからでした。一部をやって少し効果を出すというのは難しい様です。空気中にでた音はすでに波動ですから,回折効果(ホイヘンスの原理)で全て回り込みます。1kHzでも波長が30cmですのでWiFi電波のような性質。もっと低い音はもっと長いので,どこにでも侵入していきます。いわばピアノは巨大なアンテナのようなものですから,はっきりとした効果を出すには遮蔽室にするしかなさそうです。音をメチャクチャにしてでもピアノの音漏れの絶対量を減らすのはかなり大変なことの様です。

チェロのエンドピンの効果については改めて考察します。
by Enrique (2021-12-25 17:54) 

Enrique

U3さん,
空気中に出た音の対策が難しいは承知していましたが,むしろ空気中に出る前に何とかしたいというのが最初の発想です。最初から「それは難しい」では何事も始まりませんので。むろんそれは極少のようでした。

現在のチェロでは床に突き刺すエンドピンの効果で,ものすごく音が豊かになったと言われていてそれは真実の様です。実際にエンドピンを外して床から浮かすと随分音はおとなしくなる様です。私の最初の発想はこれでした。チェロで効果てきめんで,ピアノでは効果なし。どうお考えになりますか?
by Enrique (2021-12-25 18:35) 

枝動

こんばんは。
反射音を抑えるのは難しいんですね。
毛布や布団ではなく、もっと音を吸収する素材だと成功するんじゃないでしょうか。
以前ネットニュースで見たんですけど、置くだけで防音ブースというキャッチコピーの物がありましたが、音半減するの?って思った記憶があります。
by 枝動 (2021-12-25 23:24) 

風神

脚床伝導説で、8dBの低減効果なら大成功なんですけどね。
確かに反響音が大半ですもんね。
布団で2dB低下なら何とかなりそうな気もしますが、そこから3dBほど下げるのは難しいんでしょうね。
注釈**には笑いました。奥様は高知の人かと思いましたよ^^;
by 風神 (2021-12-26 00:13) 

Enrique

枝動さん,
同室内であればものすごく変わるようです。娘の話では,ピアノ横に大きな熊のぬいぐるみを置くと音が全く変わると。ただそれは同室内での音の響き方が変わっただけで,音量の総量は殆ど下がりません。「置くだけで防音ブース」というのもその手のもので,むしろ局所的だから下がるのでしょう。録音時,マイクセッティングにより音の録れ方が全然変わり録音技術者の腕が試されるように,部屋の中の音は均等ではありません。ヤマハの整音パネルなるものもあります。同室内の音質向上に効果はあるようです。室内の音場をいじることは可能でも,外に漏れ出す総量をさげるというのは容易でないようです。
全空間吸音というのが最も効果がありますが,ただしこれも程度問題で,完全無響室は気持ちが悪くなり,ここで楽器を弾いてもかなり異質なものになると思います。
by Enrique (2021-12-26 05:07) 

Enrique

風神さん,
一旦空気中に出ちゃった音は,周り中囲って防音しないとダメなようです。脚床伝導が大きければ効果はあったわけですが,これが殆ど無くて大半が空気中に出た音なので,ここで頑張っても暖簾に腕押し,カエルの顔に何とかでした。
同室内でのピアノの響きを大幅に制限しても隣室への音漏れはほんの僅かの低減というところで,ヤメる事にました。床下の音響にはもう少し効いていたかもしれませんが,床下にマイクを入れる元気がなくこれもヤメました。
防音は切実な問題であり,かなり試されてはいるようですが,徹底した方法でないと効果は薄いというのはよく分かりました。
ピアノ側で音を下げる事は可能でも,弾き心地が全く変わってしまうというところが,楽器をやるものとしてはネックでした。
ちなみに,妻は高知の出身ではありません。その点に関しては全くの脚色でした。
by Enrique (2021-12-26 05:47) 

Cecilia

防音対策、悩ましいですね。
知人から聞いた話ですがある有料老人ホームにピアノを弾く方が入居され、しばらくしてからご近所の苦情があったそうです。
その老人ホームは比較的都会の駅近くにあるのですが、練習に使う部屋(練習部屋というわけではない)で練習していると苦情が来るのです。(アップライトか電子ピアノで練習しているそうです。)
大きな部屋にもグランドピアノがあり、そちらは中庭に面しているため御近所からの苦情は来ないのですが、みなさんがくつろぐことが多いため、練習しにくいそうです。
音楽を趣味や生業にしてきた人が老人ホームに入居することはよくあることだと思いますが、比較的高級なこの老人ホームでもこのような問題があるのですね。
私はピアノに関しては電子ピアノであきらめていますが、声楽練習に関しては本当に悩みます。
by Cecilia (2021-12-26 08:35) 

Cecilia

ちなみに以前社宅に住んでいた時、娘たちのピアノ練習で階下から苦情がありました。
その社宅では普通にアップライトピアノを弾くお宅が多かったのですが、うちの場合二人の娘+私で弾く時間が長かったこともあるのですが、アップライトを消音機能で弾いた時にも苦情があったのです。振動が気になるとのことで。
この後転勤で転居したところは一軒家にし、今はマンションの1階です。にがい経験なので。(苦笑)
by Cecilia (2021-12-26 08:40) 

Enrique

Ceciliaさん,
そうですね,騒音問題は根深いです。
中庭は効果的ですね。音が漏れるのは空のみですから。あと,完全にやろうと思ったら地下室ですね。
グランドでないと練習にならないというのも贅沢なのですが,消音ギターや消音ヴァイオリンで考えてみるとよく分かります。ある程度指の練習にはなっても音楽表現の練習にはなりませんね。
歌となると,しっかり声を出して初めて練習になるでしょうから,隣家の離れた一軒家か地下室でもないとちょっと大変ですね。
当家の場合は田舎で隣家は庭で挟まれて数十メートルあるので,恵まれていますが,都内などは本当に大変です。本格的な防音をするか,消音楽器・電子楽器で我慢するしかなさそうです。娘の場合平時なら大学の練習室を使う手もあるのですが,何分コロナ禍が何重にも影響です。
by Enrique (2021-12-26 22:12) 

gonntan

女性の交渉力は凄いですね(*^_^*)
理屈よりも現場ってかんじでしょうかねぇ
刑事さんみたいですが
by gonntan (2021-12-26 22:22) 

Enrique

Ceciliaさん,
当家の場合,結婚後住まいはやはり妻のピアノ優先で決めていました。振動問題もさることながら,2階以上に上げるのは無理でしたので,すべて1階か,郊外の一軒家でした。現在の自宅は6回目の引越しです。アメリカ勤務も入れると8回になります。そういえばアメリカのアパートも1階でした。
音を出さないでも振動が気になるというのは聞いた事があります。電子ピアノをヘッドホンで練習していても,カタカタ鍵盤の振動が気になると。こうなるともう音量ではないですね。100%音をカットしても,つたわる鍵盤からの振動が気になると。そうなるとこれはインシュレータの出番かもしれません。
by Enrique (2021-12-26 22:23) 

Enrique

gonntanさん,
音を100%消しても残る振動が気になると言われる事があると。そうなるとこれはもう,契約と交渉で納得してもらうしかないですね。
by Enrique (2021-12-26 22:39) 

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