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志野文音さんの博士論文を読む(第6章・総括) [雑感]

第6章は論文の総括で,全体を通した結論と今後の展望が述べられています。

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この研究では,高音弦のE音の音色を素材にして,その楽器や奏者当たり15種の音色についての類似性と音色印象とを,聴取実験とその結果の統計解析を通して縦横に検討しています。

実験I・IIに関しては楽器差の,実験III・IVに関しては奏者差の結果が取り扱われます。論文はこの順序で構成されています。音色の類似性に関しては実験I・IIIが該当し,音色印象に関しては実験II・IVが該当します。こちらの結論ではそのくくりで記述されています。

音色の類似性については,楽器や奏者よらず音色操作できて,弾弦位置および異弦同音に対応する音響特徴量(「500Hzの上下でのスペクトル比」と「4~7倍音の時間重心の平均値」)をそれぞれ挙げています。
音色印象に関しては,表1で示しています。

表1. 弾弦位置と異弦同音と音色印象の対応
奏法印象奏法と印象の対応
異弦同音・弾弦位置 (1)丸みのある
柔らかい
温かい
潤った
3弦の12フレット寄りから1弦のブリッジ寄り
までの異弦同音と弾弦位置の変化に対応。
3弦の12フレット寄りの位置程、印象が強まる。
はっきりした
芯のある
豊かな
1弦のブリッジ寄りの位置程、印象が強まる。
異弦同音・弾弦位置 (2)透明感のある1弦の12フレット寄りから3弦のブリッジ寄り
までの異弦同音と弾弦位置の変化に対応。
1弦の12フレット寄りの位置程、印象が強まる。
異弦同音明るい異弦同音に対応。
3弦、2弦、1弦の順に印象が強まる。
弾弦位置きれい弾弦位置に対応。
12フレット寄りの位置程、印象が強まる。
太い
重い
ブリッジ寄りの位置程、印象が強まる。




コース・ワークで,時間と予算が限られている中で,完成度の高い検討がなされていると思います。楽器なども自前でしょうし,試聴者への謝礼?(ボランティア?)なども気になります。クラシックギターの音色のみに着目し,①②③弦のE音のみに限定した事は,「音高が同じで感じかたの違い」という音質の定義にストイックに則っています。無用不注意に対象を広げてしまうと,却ってポイントが分からなくなるという事を注意深く避けています。またクラシックギターでは高音弦の音質が大事という点は文献に現れた結果を具体的な根拠としています。

論文中では常に客観性を保っています。楽器差に関してはマリンを用いた先行研究とは被験者が替わったため,マリンと他の量産楽器との聴取実験による比較は行わず,量産楽器間での比較のみを行っています。研究としては正しい姿勢だと思います。楽器オタとしては示されている音響特徴量の方で見比べることはできます。

当方なりにものすごく端折ったまとめをしてしまうと,楽器差や奏者差は(無くはないが)音色に関しては小さく,左右の弾き方による方が遥かに大きい。主に弾き方の組み合わせで様々な音色印象が形作られるので,この研究成果はその具体的な参考になるというところでしょうか。

今後の展望として,この結果を演奏・指導・音楽制作に生かしたいとしています。



なお,志野文音さんの研究を紹介した一連の記事を使う際の注意事項を以下に記します。
・大変な労作を大幅に端折っていること。
・図表は当方の独断で選んでいます。各記事ごとに番号は1番から通し番号です。転記ミスが無い様,なるべくコピペしていますが,当方が打ち替えたりまとめたものは,ミスの可能性もありますので,細部の確認はオリジナルのpdfを当たって下さい。論文前半では文献参照されている記述も多いので,その確認のためには引用の論文を当たる事も必要でしょう。
・なるべく忠実にご紹介するつもりでしたが,余分なコメントをした部分や必要以上に端折った部分もあるかもしれません。
・全体の要旨に関しては,ご本人がまとめられたものが最も良いと思います。また,興味ある方は大学のページから元の論文をダウンロードされて通読いただくのが理想ですが,そのためにも一連の本記事が参考になれば幸いです。



ここに改めて,当方の印象を記します。この論文は,きわめて定性的な音色印象の言葉を厳選して,注意深い試聴実験と取得データの統計処理で調査したものであり,奏者でなければ決してできない内容を含んでいます。楽器差や奏者差は左右の弾き方よりは大きくは見られないわけですが,必ずしもそれらの差を調べようという研究ではないようです。異弦同音と弾弦位置による音質差を調べたもので,実験に用いる音刺激は注意深く録音され規格化されています,むしろ差が出にくいように処理されていると言っても良いでしょう。逆に楽器差や奏者差を調べるには,むしろそれらが大きく出る様な実験方法をとらなければならないでしょう。

高音弦の方が音色に効くという文献報告にもとづき,①②③弦の異弦同音であるE音が用いられています。これは音色の定義「音程が同じで印象が異なる」を遵守した実験です。聴取実験の試聴者の方々にしてみたら,同じ音程のE音ばかりを聞かされて,けっこう疲れたのではないかな?とも想像されますが,その辺にも細かい配慮をされています。視聴者の方々への説明・注意文が論文の最後に巻末資料として付されています。



楽器差などを見る実験ではないですが,当方の様な楽器オタクとしては,楽器差を知りたい,特に量産楽器と手工楽器との明確な相違点を知りたいというのがありますが,表4.2.1のデータ(本記事シリーズ・第4章・前半・表2)から想像させてもらいました。

音質に効くのは高音という点は同意できます。楽器店で楽器を試奏する時は,まず高音のハイポジションを弾いてみます。もう一つは低音の強さや締まりを確認します。望むらくは,今後低音側を同じ手法で,④⑤⑥のD音などでできないものでしょうか。ご本人か後輩の方にお願いできないでしょうか。

この研究では,音量はなるべく一定になる様に配慮されている様です。むろん音質を比較するには,音程はもちろん,音量も一定にしないといけません。良い楽器は大きくムラなく音が出る印象があります。音の伸び(時間重心など)からある程度想像できましたが,音量との相互作用というのも研究テーマになりそうな気はします。低音の場合は音色印象がガラリと変わると思いますが,それがスペクトルや時間変化と聴感印象とどう関連するのでしょうか。興味があります。⑤⑥弦などでは開放弦の響き強さが重要になると思いますが,解析としては次元が減ってむしろ易しいとは思います。

いずれにせよ,クラシックギターの聴き取りによる音質研究に先鞭をつけられ,従来極めて経験的で定性的だった音質評価手法に一つの明確な指針を示され,その得られた結果から演奏や指導に面に有益な情報を示された研究だと思います。著者の今後の演奏・指導・制作活動に益々のご活躍を祈念いたします。

なお,本ブログによる論文紹介には,ご本人からメールにて事前に快く承諾いただきました。ここに謝意を表します(完)。
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