志野文音さんの博士論文を読む(第5章) [楽器音響]
ギター奏者志野文音さんの博士論文「クラシックギターにおける奏法の違いが音色印象に与える影響」を読んでいます。今回は,第5章の内容を紹介します。
第5章は,「調査B 奏者差における弾弦位置と異弦同音の違いによる音色印象」です。
第4章では楽器差について調べましたが,ここでは楽器はマリン1本にして,奏者差について同様の手法で調べようという内容です。実験方法に関しては,今迄の楽器の違いを奏者の違いにした以外は同じになるようにしています。奏者A,B,Cとありますが,多分Cはご本人で,A, Bは別の音楽大学のクラシックギター科を卒業して演奏・指導にあたっているの方々だそうです。
楽器差を見たときの実験Iと同様に,まず一対比較法で,奏者差を含んだ音源の聴取実験(類似度を7段階で評価してもらう)を行います。図1がそのINDSCAL分析結果です。座標が回転していますが,各音色の位置関係は相似です。多分解析ソフトの出力がそうなるので,これまでの分析結果と本質的な違いは余り無いと思われます。
表1に奏者A,Bの音響特徴量が示されます。奏者Cに関しては既に,第4章の楽器マリンで示されていますので,示されません。音響特徴量の項目に,「第4〜7倍音までの時間重心の平均値」が新たに追加されています。その数値の方が,異弦同音軸d2との相関が出たようです。このことについては,奏者により音の固有振動のバランスが変化したとの見解です。接触幅が広くなると低次の固有振動を励起,また角度が付くと高次の固有振動を励起するとあります。前者に関しては,前の章で引用文献の記述を用いたローパスフィルターの役割との事でしたが,こちらの記述の方がより正確だと思います。さらに言えば,楽器と弦が同じで固有振動自体同一なので,奏者によって弦への初期変形(離れる瞬間の形状)が異なるという方が正確だと思います。いずれにせよ,奏者による差はタッチの差のみですから,奏者差が出にくいスペクトル成分を使う方が,異弦同音による音質の差は出やすいというのは,もっともな事です。
表1. 各音刺激の音響特徴量の算出値 (奏者:A・B)
音刺激の記号は、△:1弦、□:2弦、◯:3弦を表す。数字は弾弦位置の違いを示す。12フレットの真上の位置からブリッジ方向への距離はそれぞれ、1:65mm、2:125mm、3:185mm、4:245mm、5:295mmである。
図2は,図1のINDSCAL解析の結果に,2つの音響特徴量のd1・d2軸に対する相関係数を矢印で記入したものです。大枠での傾向は,前章の楽器替えの場合と変わりません。新たに音響特徴量としてスペクトルを制限した第4~第7倍音までの時間重心の平均値を用いています。この音響特徴量においてd2軸にほぼ重なるのがBの奏者です。この結果からも,音響特徴量そのものの数値から見ても,Bの奏者は他の奏者に比べやや特徴的な弾き方をしているようにも見えますが,むしろ筆者は音色操作法の各奏者への共通性に注目しているようです。
5.5節は「実験IV」です。実験IIに対応した評価尺度法(音色印象の言葉のペアを7段階評価)を用いたものです。実験IIでの楽器の違いの部分を奏者の違いに置き換えたものです。図3は,前章で行ったのと同様に,上の図の上にさらに評価語による実験の分析結果をd1・d2軸との相関係数の算出により求めて重ねたものです。座標軸が回転しており相関係数の大きさが多少変動しているようですが,各軸との相対的関係は楽器を変えた実験IIとほぼ同傾向のようです。
さらに,前章の実験IIに対応して,A:奏者(3人),B:異弦同音(3本),C:弾弦位置(5箇所)の3要因とした分散分析を行い,各評価語に対するそれらの寄与の有無の有意差検定を行なっています。ここでは表2にまとめさせてもらいますが,前章のAを楽器差としたものを薄赤で併記させてもらいました。
表2. 論文にある各評価語とA,B,C要因に対する分散分析結果を表にまとめたもの
p値が有意水準1%より小さいもの(有意差あり)を◎,5%より小さいもの(有意差あり)を○,
5%以上10%未満のものを△で表しました。(比較のため薄赤で前章の楽器の違いによる結果を併記)
楽器の違いでも,こちらの実験の奏者の違いでも,各評価語(音色の印象)に与える影響は,弾弦位置の違い,異弦同音(押さえる位置)の2つの要因が圧倒的に大きく,楽器や奏者の違いは微妙な差のところに現れています。 敢えて指摘すれば,「芯の有る・無し」は楽器に依存し,「はっきり・こもった」とか「重い・軽い」とかは奏者および奏者の左右位置の弾き方との交互作用に関連するようです。「透明感」は弾く位置にはあまり関連しないようです(つづく)。
第5章は,「調査B 奏者差における弾弦位置と異弦同音の違いによる音色印象」です。
第4章では楽器差について調べましたが,ここでは楽器はマリン1本にして,奏者差について同様の手法で調べようという内容です。実験方法に関しては,今迄の楽器の違いを奏者の違いにした以外は同じになるようにしています。奏者A,B,Cとありますが,多分Cはご本人で,A, Bは別の音楽大学のクラシックギター科を卒業して演奏・指導にあたっているの方々だそうです。
楽器差を見たときの実験Iと同様に,まず一対比較法で,奏者差を含んだ音源の聴取実験(類似度を7段階で評価してもらう)を行います。図1がそのINDSCAL分析結果です。座標が回転していますが,各音色の位置関係は相似です。多分解析ソフトの出力がそうなるので,これまでの分析結果と本質的な違いは余り無いと思われます。
表1に奏者A,Bの音響特徴量が示されます。奏者Cに関しては既に,第4章の楽器マリンで示されていますので,示されません。音響特徴量の項目に,「第4〜7倍音までの時間重心の平均値」が新たに追加されています。その数値の方が,異弦同音軸d2との相関が出たようです。このことについては,奏者により音の固有振動のバランスが変化したとの見解です。接触幅が広くなると低次の固有振動を励起,また角度が付くと高次の固有振動を励起するとあります。前者に関しては,前の章で引用文献の記述を用いたローパスフィルターの役割との事でしたが,こちらの記述の方がより正確だと思います。さらに言えば,楽器と弦が同じで固有振動自体同一なので,奏者によって弦への初期変形(離れる瞬間の形状)が異なるという方が正確だと思います。いずれにせよ,奏者による差はタッチの差のみですから,奏者差が出にくいスペクトル成分を使う方が,異弦同音による音質の差は出やすいというのは,もっともな事です。
音刺激の記号は、△:1弦、□:2弦、◯:3弦を表す。数字は弾弦位置の違いを示す。12フレットの真上の位置からブリッジ方向への距離はそれぞれ、1:65mm、2:125mm、3:185mm、4:245mm、5:295mmである。
奏者 | 音刺激 | スペクトル 重心[Hz] | スペクトル 重心が最大値に 到達するまでの 時間 [sec] | 500Hzで分割 した時の低域対 高域のスペクトル エネルギー比 [dB] | 時間重心 [sec.] | 第1~10倍音 までの時間重心の 平均値 [sec.] | 第4~7倍音 までの時間重心の 平均値[sec.] |
A | △1 | 440.80 | 0.09 | -3.88 | 0.36 | 0.26 | 1.01 |
△2 | 473.13 | 0.10 | -0.95 | 0.35 | 0.27 | 1.09 | |
△3 | 496.71 | 0.08 | 0.95 | 0.33 | 0.24 | 0.91 | |
△4 | 512.78 | 0.13 | 2.05 | 0.36 | 0.28 | 1.09 | |
△5 | 435.17 | 0.33 | -1.54 | 0.32 | 0.26 | 1.01 | |
□1 | 413.07 | 0.08 | -9.53 | 0.45 | 0.23 | 0.82 | |
□2 | 404.09 | 0.11 | -6.54 | 0.41 | 0.24 | 0.93 | |
□3 | 413.55 | 0.11 | -3.26 | 0.39 | 0.24 | 0.92 | |
□4 | 466.54 | 0.12 | 0.44 | 0.36 | 0.22 | 0.76 | |
□5 | 389.83 | 0.16 | -2.64 | 0.32 | 0.23 | 0.80 | |
◯1 | 409.97 | 0.08 | -5.36 | 0.37 | 0.20 | 0.75 | |
◯2 | 372.95 | 0.09 | -13.70 | 0.40- | 0.22 | 0.76 | |
◯3 | 378.07 | 0.10 | -8.01 | 0.40 | 0.24 | 0.75 | |
◯4 | 462.33 | 0.10 | -1.14 | 0.32 | 1.92 | 2.80 | |
◯5 | 394.43 | 0.14 | -2.05 | 0.32 | 0.23 | 0.79 | |
B | △1 | 394.43 | 0.09 | -6.85 | 0.39 | 0.28 | 1.13 |
△2 | 349.34 | 0.09 | -8.16 | 0.37 | 0.30 | 1.15 | |
△3 | 415.90 | 0.08 | -2.43 | 0.32 | 0.23 | 0.93 | |
△4 | 447.81 | 0.08 | -0.25 | 0.30 | 0.24 | 0.99 | |
△5 | 434.43 | 0.32 | -2.77 | 0.30 | 0.27 | 1.07 | |
□1 | 346.27 | 0.09 | -13.84 | 0.44 | 0.25 | 0.88 | |
□2 | 360.74 | 0.12 | -9.03 | 0.38 | 0.26 | 0.98 | |
□3 | 363.60 | 0.10 | -5.57 | 0.38 | 0.24 | 0.91 | |
□4 | 414.88 | 0.08 | -1.97 | 0.32 | 0.20 | 0.75 | |
□5 | 352.04 | 0.22 | 5.14 | 0.32 | 0.23 | 0.80 | |
◯1 | 338.77 | 0.08 | -12.20 | 0.44 | 0.26 | 0.93 | |
◯2 | 345.40 | 0.78 | -16.43 | 0.43 | 0.25 | 0.81 | |
◯3 | 344.61 | 0.10 | -9.31 | 0.42 | 0.24 | 0.76 | |
◯4 | 393.98 | 0.11 | -2.97 | 0.38 | 0.25 | 0.66 | |
◯5 | 373.22 | 0.13 | -3.59 | 0.35 | 0.20 | 0.70 |
図2は,図1のINDSCAL解析の結果に,2つの音響特徴量のd1・d2軸に対する相関係数を矢印で記入したものです。大枠での傾向は,前章の楽器替えの場合と変わりません。新たに音響特徴量としてスペクトルを制限した第4~第7倍音までの時間重心の平均値を用いています。この音響特徴量においてd2軸にほぼ重なるのがBの奏者です。この結果からも,音響特徴量そのものの数値から見ても,Bの奏者は他の奏者に比べやや特徴的な弾き方をしているようにも見えますが,むしろ筆者は音色操作法の各奏者への共通性に注目しているようです。
5.5節は「実験IV」です。実験IIに対応した評価尺度法(音色印象の言葉のペアを7段階評価)を用いたものです。実験IIでの楽器の違いの部分を奏者の違いに置き換えたものです。図3は,前章で行ったのと同様に,上の図の上にさらに評価語による実験の分析結果をd1・d2軸との相関係数の算出により求めて重ねたものです。座標軸が回転しており相関係数の大きさが多少変動しているようですが,各軸との相対的関係は楽器を変えた実験IIとほぼ同傾向のようです。
さらに,前章の実験IIに対応して,A:奏者(3人),B:異弦同音(3本),C:弾弦位置(5箇所)の3要因とした分散分析を行い,各評価語に対するそれらの寄与の有無の有意差検定を行なっています。ここでは表2にまとめさせてもらいますが,前章のAを楽器差としたものを薄赤で併記させてもらいました。
p値が有意水準1%より小さいもの(有意差あり)を◎,5%より小さいもの(有意差あり)を○,
5%以上10%未満のものを△で表しました。(比較のため薄赤で前章の楽器の違いによる結果を併記)
A:奏者(楽器) | B:異弦同音 | C:弾弦位置 | A×B | A×C | B×C | A×B×C | |
柔らかい・硬い | ◎(◎) | ◎(◎) | ○ | ||||
明るい・暗い | ◎(◎) | (△) | |||||
豊かな・貧弱な | ◎ | ◎(◎) | ○(△) | ||||
はっきりした・こもった | ○ | ◎(◎) | ◎(◎) | ◎ | |||
太い・細い | (△) | ○ | ◎(◎) | (○) | |||
潤った・乾いた | ◎(◎) | ◎(◎) | (◎) | ||||
丸みのある・とげとげしい | ◎(◎) | ◎(◎) | (○) | (○) | |||
重い・軽い | ◎ | ◎(◎) | (△) | ○ | ◎(△) | ||
温かい・冷たい | ◎(◎) | (△) | △(△) | ○ | |||
透明感のある・ない | △ | (◎) | △(◎) | (△) | ◎ | ||
芯のある・ない | (○) | ◎(◎) | ◎(◎) | ○ | |||
きれい・きたない | △ | ◎(◎) | (△) | ◎ |
楽器の違いでも,こちらの実験の奏者の違いでも,各評価語(音色の印象)に与える影響は,弾弦位置の違い,異弦同音(押さえる位置)の2つの要因が圧倒的に大きく,楽器や奏者の違いは微妙な差のところに現れています。 敢えて指摘すれば,「芯の有る・無し」は楽器に依存し,「はっきり・こもった」とか「重い・軽い」とかは奏者および奏者の左右位置の弾き方との交互作用に関連するようです。「透明感」は弾く位置にはあまり関連しないようです(つづく)。
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