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志野文音さんの博士論文を読む(第4章・後半) [楽器音響]

ギター奏者志野文音さんの博士論文「クラシックギターにおける奏法の違いが音色印象に与える影響」を読んでいます。
第4章は前半・後半に分けており,前回の前半に引き続き,今回は後半の内容の紹介を行います。

第4章後半は,「調査A 楽器差における弾弦位置と異弦同音の違いによる音色印象の実験II」からです。

4.5節は,第4章のもう一つの山である,実験AのIIです。第4章前半と同様の聴取実験のもう一つのやり方である,評定尺度法を用いた調査に関しての記述です。すなわち,「硬い・柔らかい」,「暗い・明るい」など12の形容詞のペアで15種の音刺激(音源)をランダムに提示し試聴者に各々7段階評定してもらうものです。第4章前半と同様,これについても3章で述べられた筆者の先行研究と同様です。やはり,楽器を追加したほうの聴取実験の対象者は,実験AのI同様マリンのみの時と若干異なります。12の形容詞の選定方法に関して,ここで具体的な方法が示されています。5人のギター奏者に音色表現する形容詞・形容動詞をインタビューしたものと,「現代ギター」の記事から選んだ多い言葉などを勘案して選んだ言葉を用いて作成したのが表1,これを聴取実験の12対の評価語にしたものが図1の回答用紙です。この辺の準備はご本人の修士論文でまとめられた様です。

表1.音色印象を表す評価語と定義内容 [著者の修士論文より]
評価語定義内容
柔らかい優しくなぜるようなイメージ。脱力感と弾力感を持つような音。
(サウンドホールの真上またはそれよりも指板よりの位置で撥弦することが多い。)
硬いハリがあるしまりを持つ音。強さが加わった金属的な音として感じることもある。
(サウンドホールよりもブリッジ寄りの位置で撥弦することが多い。楽曲の中では攻撃的な意味付けであったり、
アクセント等として特徴付けしたいする場面で用いることがある。)
明るい元気で楽しいイメージ。
(楽曲の中では例えば、長調、長三和音、速いテンポやはねるようなリズムで演奏する場合に用いたりする。)
暗い 悲しく気が沈んだイメージ。
(楽曲の中では例えば、短調、短三和音、ゆっくりとしたテンポで演奏する場合に用いたりする。)
豊かな のびのびとした大きな気持ちと、広々としたイメージ。響きを十分に備えた音。
貧弱な 細く縮こまったイメージ。響きが十分でなく乏しい音。
こもったすっきりせずぼやけており、人の耳に届きにくいと感じる音。
はっきりした鮮明でハリがある音で、輪郭があり人の耳にしっかりと届くと感じる音。
細い弱々しいイメージ。倍音成分の多い音。
(サウンドホールよりもブリッジ寄りで撥弦することもある。)
太い厚みがある、倍音成分の少ない音。
潤ったしなやかさかつ艶を持ち、伸びがある音。
乾いた湿り気がなく、伸びがない音。
丸みのある温かく柔らかなイメージ。
(指板に近い位置で撥弦したり、爪を短めにしてやや指の部分を多く弦にかけて引くことを意識することもある。)
とげとげしい冷たく固いイメージ。
(ブリッジに近い位置で撥弦したり、爪を多く弦にかけて弾くことを意識することもある。)
軽い 主張せず、音の密度が低く鋭敏さがある。
重い 質感を保ちながら伸びていく音。鈍い音ではない。
(よりアクセントを付けたり対象となる音やフレーズを主張したいときに使うことがある。)
冷たい 冷徹、冷酷、冷淡、冷静等の状態を表し、マイナスなイメージを持つ金属的な音。
(ブリッジに近い位置で撥弦することが多い。)
温かい ぬくもりを感じ、柔らかさを備えた金属的でない音。
(指板に近い位置で撥弦することが多い。)
透明感のある 真っ直ぐで澄んだイメージ。きれいに響き、雑音のない音。
透明感のない 澄んだ感じや伸びがなく、雑音を含んだ音。
芯のある しっかりとした密度の高い輪郭のある音。
(弦をつかむイメージで弾く。クラシックギター奏者が常に意識してこの音を出せるようにしていたいと思う音で、
ピアニッシモ(pp)であっても耳にしっかりと届くような音。)
芯のない 軽くて密度が低く輪郭のない音。遠くまで耳に届きにくい音。
汚い 乱暴なイメージを持ち、雑音を含んだ音。
きれい 輪郭と透明感のある粗さや雑さを感じない丁寧な音。


回答用紙.png
図1.印象評価のための回答用紙
4.6節で評定尺度法採取したデータのINDSCAL解析による分析結果が示されます。前記事の図3と同様の弾弦位置と異弦同音の座標中にさらに12本の原点から伸びた評価語に対応した軸が入れられました。これにより,12対の定性的な評価語句の表す意味が,具体的に操作可能な弾弦位置・異弦同音のどちらにどう寄与するかが明確に位置付けられています。この図1枚でもかなりインパクトのあるものだと思います。

音色印象.png
図2.15種類の音色の共通布置,音響特徴量と音色印象(楽器)
先端に◯印が付いた原点から引かれた12本の直線は各評価語を示す。INDSCALによって提示された15種類の音色に対する評価とどのように関連があるかを、原点から引かれた直線の方向によって表している。また、直線の長さは影響の強さを表している。図中の薄い太線は、弾弦位置に対応する軸d1、異弦同音に対応する軸d2を示す。矢印は楽器ごとの音響特徴量と音刺激の布置との相関を表す。薄い矢印は「500Hzで分割した時のスペクトルエネルギー比」、濃い矢印は「第1~10倍音までの時間重心の平均値」を示す。
筆者はさらに,分析を進めます。
A:楽器の種類(3種類),B:異弦同音(3本),C:弾弦位置(5箇所)の3つを要因として分散分析を行い,各評価語に対するそれらの寄与の有無の有意差検定を行なっています。A,B,C各単独の効果とそれらの交互作用について12種類の評価語ごとに分析した結果が述べられます。論文では各評価語毎の客観的コメントがあります。ここでは表2にまとめさせてもらいます。

表2. 論文にある各評価語とA,B,C要因に対する分散分析結果を表にまとめたもの
p値が有意水準1%より小さいもの(有意差あり)を◎,5%より小さいもの(有意差あり)を○,
5%以上10%未満のものを△で表しました。
  
A:楽器B:異弦同音C:弾弦位置A×BA×CB×CA×B×C
柔らかい・硬い     
明るい・暗い    
豊かな・貧弱な     
はっきりした・こもった     
太い・細い    
潤った・乾いた    
丸みのある・とげとげしい   
重い・軽い    
温かい・冷たい    
透明感のある・ない    
芯のある・ない    
きれい・きたない     


以上,演奏感覚とも一致する項目があるのではないでしょうか。筆者は客観的見方に努めながら考察をされています。楽器の主効果が現れるものは,12対の評価語のうち「芯のある・ない」のみです。楽器がらみの交互作用が現れるものは,「太い」,「潤った」,「丸み」です。これ以外の評価語に関してはこの使用楽器の範囲内では無いと見て良いのでしょう。

弾弦位置の違いによってコントロールされる(できる)要因が最も大きく,ついで異弦同音(押さえる位置)の要因です。これらの2つが圧倒的に大きく,使用楽器間の相違はそれらに比べると小さいようです(つづく)。
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