カヴァティーナ組曲について～その６・Barcarole～

A.タンスマンのカヴァティーナ組曲について，Segovia版とZigante版の比較検討などをしています。今回は４曲目，当初作曲されたCavatineとしては終曲のBarcaroleです。

楽譜のタイトルには，Segovia版もZigante版も"Barcarole"となっていますが，一般的には「舟歌」は"Barcarolle"と綴ることが多いです。たぶん，どちらでもよい様で，Zigante版でも，序文の解説のほうには"Barcarolle"と綴っています。

さて，終曲にもって来たBarcaroleですが，静謐な美しさです。TansmanはこのムーブメントをCavatineの最後に持ってきて，消え入るように静かに終わりたかった様です。SchottのSegovia版（1952）は，Barcaroleまでの4曲です。

Ziganteの解説によれば，Tansmanはイタリアのベネチアを愛していたとの事ですので，この曲をカヴァティーナ集として考えれば，「ベネチアの舟歌」と言った風情のこのムーブメントを曲集の最後に持ってきたかったのは想像に難くありません。

静かに消え入るように終わるのはTansmanの曲の特徴でもあり，やはりZiganteの解説によれば，Tansmanのギター曲の中で，快活に終わる曲は少ない様です。「ポーランド組曲」においても，初期のバージョンではBerceuse (Kolysanka)で終わっているとの指摘があります。

Ziganteの解説にはありませんが，Tansmanの曲で目立つのは女性終止（弱拍での終止）です。ギター曲に限っても女性終止はそうは多くないと思いますが，このCavatineの4曲の中でも，PreludioとこのBarcaroleが女性終止です。この点だけ捉えても，Tansmanは元気よく強拍での終わり方よりも，すっと消え入る終わり方が好みの様です。蛇足ながら，この曲の後に弾きたいとのSegoviaの依頼で作曲されたDanza Pomposaも曲自体は壮麗ですが終わり方は女性終止です。センセーショナルな入りのプレリュード，このムーブメントだけ捉えても前半部と後半部の静かなうたとの対比，十分な物語性を感じます。そして回想・瞑想するかのようなSarabande，続くめくるめくようなScherzino，そして深い憂いを湛えたBarcaroleで消え入る様に終わるのがTansmanのスタイルです。

さて，本来の趣旨でありますSegovia版とZigante版の譜面の違いについてですが，これはあまり変わりません。どちらで弾いても，あまり大差なさそうですが，敢えて違いを指摘すれば，付点音符の有り無しです。細かな事を言えば，#で書いているか♭で書いているか，Segovia版は「親切臨時記号」を使っていますが，臨時記号の欠落ミスがあります。

6/8の典型的な舟歌です。シシリアーノの様でもあります。全体に付点音符が多く，揺蕩う波を表現している様です。部分的に付点でない部分がありますが，その箇所が異なります。譜例１にZigante版を示します。譜面中にSegovia版との相違点を示しています。Segovia版とは第8，17，18小節の付点部と均等部が逆になっています。かっこはSegovia版では省略されている音や指定です。

	譜例１．Barcarole(Zigante版)のSegovia版との相違箇所。赤は音や指定の相違，青は小節割を示す。

さて，このムーブメントに限らず，Preliudioの時にも指摘しましたが，Zigante版の譜面で気になるのは小節割のまずさです。まさか楽節とか，フレージングが分かってないわけではないでしょうが，読みにくい楽譜になっています。１段目に５小節分を詰め込んだせいで，ずれて３段目に間延びした小節を作ってしまっています。セゴビア版はミスプリントが多く印刷も余り鮮明ではありませんが，この辺は音楽的です。というかZigante版がお粗末です。

コメント 2

Enriqueさん

ざっと見た限り、ショット社のセゴビア版の楽譜は全部「親切臨時記号」になっていました。（＾＾；

by たこやきおやじ (2020-03-18 14:40) 

たこやきおやじさん，
セゴビア版の「親切臨時記号」は良いのですが，必要な臨時記号が落ちているのは困ったものです。
HOMA DREAM版で指摘があったと思っていましたが，ありませんでした。
by Enrique (2020-03-18 21:10)