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忘れ去られたギター作曲家 [作曲家]

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近年見なおされているギター作曲家に,コストとメルツがいます。
両者の正式名称は,Claude Antoine Jean Georges Napoléon Coste(1805-1883), János Gáspár Mertz(1806-1856)

彼らについては,本ブログの初期に触れています

彼らは古典ギター黄金時代のSor(1778-1839)や Giuliani(1781-1829)らとわずか20数年の違いですが,和声の複雑化,音楽の大規模化,コンサート会場の大型化などでギター音楽が顧みられなくなった時期に遭遇してしまいました。

 
  楽器マニアの様なコスト。
その後,銘工アントニオ・デ・トーレスの楽器を駆ったタレガ(1852-1909)の,目の覚める様な表現によって,ギター音楽が復興されたというのが,教科書的な説明です。
確かにタレガの楽曲は,音じたいはシンプルでも,古典派の時代にはあまり重視されなかったヴィブラートやポルタメント,ハーモニクスなどを多用して,ギターに新しい伊吹きを吹きこんだのでした。「グラン・ホタ」に至っては,ギター独奏の奏法にファゴットや大太鼓・小太鼓まで登場します。勿論それらの音をギターで模擬するわけですが,最初にこれを(レコードで)聴いた時は,あれ!なぜギター曲に小太鼓が入るんだろう?と不思議に思ったものでした。メインストリートの音楽からしたらギターの絶対的音量や和音の不足を,様々な音色による色彩感や特殊奏法でカヴァーし,ギターの強みを出したのでした。

タレガに先立つ彼らとて,手をこまぬいていたわけでもなかったようです。例えば,彼らは多弦ギターで対抗しています。右は良く使われるコストの肖像画ですが,かなり特殊な楽器に囲まれています。

常用したのも7弦ギターだったので,彼のポピュラリティのある曲集「秋の木の葉」などもそのまま6弦ギターでは弾けない曲も多いのが残念なところです。

 
  シューマンの様な風貌のメルツ。
メルツも多弦ギターで何とか音楽の複雑化に対応したようです。この頃はメルツの本格的な曲であるエレジーなどが盛んに弾かれるようになりましたが,かつてメルツといえば,超初心者向けのロマンスくらいしか日の目を見ませんでした。私もギターを始めた四十数年前に初めて弾いた曲でした。メルツには本格的な曲が沢山あるものの技術的に難しくなりすぎてしまったのかもしれません。古典派のソルでも,世の中から「難し過ぎる」と言われ続けたわけですから,メルツが近年まで殆ど顧みられなかったのは,その技術的な難しさやギター曲らしからぬ大仰さにあったのかも知れません。

 
  スペインで切手になっているアルカス。
という事は,再評価が進んでいるのでしょう。


ここまで書いていて,はたと思いあたるのが,フリアン・アルカス(1832-1882)です。
良く語られるギター音楽史では,古典派のソル(1778-1839)やジュリアー二(1781-1829)らの死後,ロマン派時期はギター音楽が衰退し,タレガ(1852 - 1909)が復興の偉人としてに突如と現れたかの様に語られます。アルカスはタレガの師にあたる人で,タレガの作といわれる「椿姫の主題による幻想曲」の真の作者は彼だとのことですし,ギター復興に一役買ったと見なされる「グラン・ホタ」も彼の作品を元に改作したものではないかと言われています。また,アントニオ・デ・トーレス(1817-1892)とともに楽器の改良に取り組んだとも言われます。

そもそも完全に衰退して(通俗に流れて)いたはずのギター界に,まるでタレガに使ってくれと言わんばかりに,トーレスの銘器が突如出現していたというのも奇妙な話だと思っていました。トーレスはタレガと年代こそ重なりますが35歳年長で,タレガが活躍し出した頃にはかなり高齢で,「アルハンブラの想い出」を作曲した1896年には既に亡くなっていました。それなりの演奏家がいて良い楽器も出現するはずです。実はそこにアルカスの大きな存在があったと言う事なのでしょう。往々にして通史は一人の英雄を作るために,そこで重要な役割を果たした人を無視してしまう事があります。アルカスの存在が私の長年の疑問を氷解させてくれそうです。
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アヨアン・イゴカー

>往々にして通史は一人の英雄を作るために,そこで重要な役割を果たした人を無視してしまう事があります。アルカスの存在が私の長年の疑問を氷解させてくれそうです。

こういうことが多く残念です。単純化したほうが頭に入りやすく覚えやすいのですが、実はその「英雄」たちの行動の理由や原因、動機となっていた人々の存在がなければ「英雄」は英雄になっていない、そういうことがしばしばあると思います。
by アヨアン・イゴカー (2018-11-01 09:52) 

たこやきおやじ

Enriqueさん

はじめまして。
いつも、博識の記事を拝見させていただいております。
アルカスの事は、大昔「椿姫の主題による幻想曲」を練習していた頃に(勿論、まともに弾けるようにはなれませんでしたが)、名前だけは何かで見た覚えがあります。タレがの先生だったとは知りませんでした。また、コストやメルツの曲は、難しい曲と思われていましたが、今では軽々と弾いてしまう若いプロギタリストが多いのも驚きです。私の知る範囲では、ギター曲では、18~19世紀の作曲でプロが弾けない曲はもう無いのではと思っています。(^^;
エレキやフォークギターが全盛の今日「クラシカル・ギター」もまた「復興」して欲しいですね。(^^;
今後ともよろしくお願い致します。
by たこやきおやじ (2018-11-01 12:20) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,ノーベル賞の業績にも,一人の英雄の周りには幾多の重要なそして決定的な貢献を果たした人たちがいますね。ひどい場合は重要な貢献をした人の名前が伏せられてしまったりもあります。
川端康成がノーベル文学賞をとった時,氏は翻訳家のお陰だと述べて,その謙虚さが報道されましたが,言われてみればまったくその通りだと思ったものでした。この例などはまだクリーンな方なのでしょう。
by Enrique (2018-11-01 14:19) 

Enrique

たこやきおやじさん,以前御記事拝見した記憶があります。
こちらこそよろしくお願い致します。
そうですね,ここ15~20年の演奏技術の進歩は著しく,6弦で弾けるものであれば何でもOKでしょうね。セゴビアの時代では彼が技術・音楽とも神様でしたが,現在では多くの演奏家は少なくとも技術的には越えているでしょう。
未発掘の曲も技術的に難しくても音楽的価値が高ければ,どんどん演奏されるようになると思います。
何時の時代もギター音楽はポピュラリティを持って来たようですが,特に現在は,クラシカルとフォークやエレキの楽器の種類が分化している時代ですね。
by Enrique (2018-11-01 14:36) 

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