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自然倍音と音階(4)〜補遺〜 [音律]

自然倍音について,大体基本と思われる事項を書いたのですが,いくつか補足事項を思い出しました。

例えば,n=1,2,3,4... と上げて行くばかり(倍音って普通そう言うもののはずですが)だと,例えば,中々Fが出ません。実は,上げていく方だけでは,F=4/3,(498.0セント)は原理的に出ないのですね。
もちろん,近似的には出ますが,最初の近い値としては21倍音の21/16(470.8セント),次が43倍音の43/32(511.5セント),85倍音まで行っても85/64(491.3セント)などと,かなりずれています。

上げる方が♯的だとすると,♭的なもの,すなわち1, 1/2, 1/3, 1/4...の下げて行く系統も入れておかないといけません。あまりこのような譜例は見たことがありませんが,下げて行く方も書いてみます。
Subharmonics_C.png

ピタゴラスがそうである様に(普通の5度圏がそうです),下げる系統で最初に出てくるのがF音な訳ですね。次が意外な?事に,1/5のサブハーモニックに相当するA♭音なわけです。あとやはり,1/7とか,1/11とか,1/13とかはぴったりきません。

前々回とりあげたEuler音律は,上げていく方を1, 2, 3, 4, 5倍まで,下げて行く方を1, 1/2, 1/3, 1/4, 1/5まで使って音階を構成したものだと言えるでしょう。これを7倍音以上の素数にまで拡張したものをオイラー‐フォッカーの純正律と言います。オイラー律の平面の表が立体・超立体へと拡張されていきますが,まずは3倍5倍の倍音列の音階が基本と思います(7倍音11倍音等は実用性が良く分かりません)ので,触れませんでした。

それと,短音階の純正律も考えてみないといけません。自然短音階ならば,長音階を短三度低くしたいわばエオリアン・モードに相当するわけですが,短音階には和声的・旋律的があります。純正律ではその辺どう処理されるのでしょうか?あと,オイラー‐フォッカー律にもからむのかも知れませんが,7倍音を使った長三度,短三度などの違う定義の仕方もある様です。また,簡単のため,三和音(トライアド)でのみ見てきましたが,七の和音など四つ目の音をどう処理するのかも実用的には重要だと気づきました。

純正律に関しては当初の数学者のオイラー,その後の物理学者のヘルムホルツやフォッカーなど数物理学者の興味をひくようで,かなりの基礎研究はなされているようです。わが国でもヘルムホルツに師事した田中正平が有名です。しかし,その研究成果があまり実用になったという話を聞きません。あまり儲からない話だからでしょうか?理論先行で現実はオソマツな現状というのはあちこちにありますが,現在のコンピュータ技術もってすれば,純正律の欠点を出さずに,ピタッとハーモナイズさせることはやろうと思えば出来るはずですが,まだなされません。

無い物ねだりしてもしようがないので,その前に,正しい(より良い)と思われる純正律音階を構成してみて,実際の和声進行の中でどうなるか検討してみないといけません。


また,この辺は音楽の話と言うよりも音響面に振れた話になりますが,倍音の含まれ具合は音色にも大きな影響を与えます。基音に含まれる倍音(高調波成分)の量は多いほど,硬い感じの音に,少ないほど柔らかい感じの音になります。さらに,偶数次,奇数次の分け方でいえば,量的には同じでも偶数次成分が主体のものは柔らかい感じで,奇数次はオクターブ含まず,音階にはまらない音も含まれますから,自然倍音といえ何か人工的な音になります。

もっとも端的な例が,初代ファミコンの音,コンピュータのパルス矩形波をそのまま使った音でした。あれに含まれる倍音は,奇数次,n=1, 3, 5, 7, 9, ...で,かつ各高調波の下がり方は1/nで,遅いです。楽音では普通1/n2程度での低下ですので,奇数次高調波(倍音)の多い音ということができます。

以下に,色んな波形の音を聞いてみます。まずは,倍音を全く含まない正弦波,純音です。


次に,初代ファミコン音である,矩形波。これはコンピュータの矩形パルスで直接音を出していました。


アナログ・シンセの元の音であったノコギリ波です。


三者三様明らかに音が違います。どれも人工的な感じの音です。純音は何のそっけもない音ですが,私には,矩形波よりもノコギリ波の方が少し色気のある音かなと聞こえます。「良い音」なんてのは全く主観的なものだから,数値が信用出来るという考え方があります。当然理工学はそれで動きます。モチロン,ヒトの感覚を完全に数値化出来たら,そうでしょうが,数値化の原理とヒトの感覚とがズレていたら,当然その数値の適用も十分慎重でなければいけません。

基本波に対する高調波の量で「高調波歪み率」という数値が定義されています。その定義で数学的な公式を使って計算すると,正弦波はもちろん0%,矩形波が48.3%,ノコギリ波が80.3%です。後に行くにつれ,数字的にはより激しく歪んでいる事になります。まあ,確かにノコギリ波は少しきつい音かなという感じはしますが,矩形波も奇妙な音です。

前にもちょっとふれましたが,実はノコギリ波は,全ての高次倍音を含んでいます。これから奇数次と偶数次を振り分けてみます。

ノコギリ波から,奇数次をノッチフィルターで落として偶数次のみとしたもの。計算上の歪み率は64.1%です。

ノコギリ波から,偶数次をノッチフィルターで落として奇数次のみとしたもの。同歪み率は48.3%です。

偶数次のみの方が高調波ひずみの総量としては3割かた多いのですが,どうでしょうか?
私には先の奇数次を落として偶数次のみとしたものの方が,ひずみの数値的には若干大きいですが,ずっと音楽的な音に感じます。

偶数次は2,4,6,8,10, 12, (14), 16と14倍音以外はすべて(オイラー)純正音に落ちますが,奇数次は3,5,(7),9,(11), (13), 15, (17) などと純正音階音に落ちる高調波は少なくなります。

歪み率はどんな高調波だろうが総量で定義されています。しかし,音階音に含まれる音が高調波成分として多い方が,楽器音の音色としても聞きやすいのではないかと思います。逆に歪み率としては低くても,音階音に含まれない音が高調波成分として多い耳障りな音になるのではないないかと思います。

偶数次のほうが奇数次よりも聞きやすいとか,歪み率としても偶数次よりも奇数次の方が音質劣化に効くとか良く言われるのですが,それに対する異論反論もあるようですので,以上のデモはEnriqueなりの結論です。


いろいろ,ゴチャゴチャしてきましたが,REIKOさんご指摘の琉球音階の件です。
これも検討課題として面白いですね。

旋律的ならば,世界各地にあるピタゴラス的5音音階になるはずなのに,D, Aが無くて,C, E, F, G, Bだと。オイラー表ではC音を取り囲む5音であることは確かです。DはCから見ると和声的には遠い音なので,これを使っていないということになりますか。五度下のFを用いるところといい,メロディックよりもハーモニックに振った音階なのかな?と言う事になります。

音楽理論としてすでに説明されている事項も多いのかも知れませんが,音律関連ハマるといろいろ興味のタネは尽きません。
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REIKO

音サンプルの中では、私も「偶数次のみ」が一番音楽的な音に聴こえました・・・というか、これと似たような音がオルガンのパイプにある気がします。
琉球音階の件「メロディックよりもハーモニックに振った音階なのかな」、なるほどと思いました。
基音Cの五度上・五度下・長三度、BはCへの導音ですかね???
ですが(日本の音楽もそうですが)琉球音楽って「和声」とかつくんでしょうか?という疑問が。
(^ ^;)
いずれにせよ、フツーに現代日本で暮らしていると、良くも悪くも平均律的音感がついてしまいますが(私も、長三度は平均律のそれがついてしまっています)、沖縄ネイティブで小さい頃から三線音楽に囲まれて育った人は、純正長三度や純正五度の音感がついてるのかもしれませんね。
そういう人が平均律のピアノを聞いたら「コレ音外れてる」と感じるのでしょうね。


by REIKO (2012-06-18 02:05) 

Enrique

REIKOさん,コメントありがとうございます。

音響に関しては私が解説するまでもなく,皆さん感じておられる事ですね。
奇数次でも低次はいいのですね。というか,3次や5次が無いと音階音自体が出ないですから。

何事も「過ぎたるは~」で,ほどほどがいいようです。偶数高調波だと,低次奇数高調波をオクターブ上で控え目に含みますから。

奇数次が強いと,鼻にかかった音になりますね。たとえば,クラリネットって楽器の構造上(閉管)倍音が奇数次なので,独特な音が出ます。奇数次の倍音楽器もオケの色合いを持たせるのに重要な楽器ですね。

琉球音階の件は,少なくとも西洋的な機能和声では無いでしょうね(汗)。
西洋音楽は,響く石造りの教会などで発達していますから,たとえ単旋律であってもハーモニーなのでしょう。
しかし,和旋法でもそうでしょうが,音の重なりとしてのハーモニーではなくて,メロディを動かす力としてそれだと思います。だから,5音しかないのに,ごく半音をせまくしたり強調されるんじゃないでしょかね。

以前,古楽出身でアイルランド音楽をやっている方の講義を聞いた時http://classical-guitar.blog.so-net.ne.jp/2009-12-09-1,「V→Iの終止形が出てきて時間の概念が入った」という解説でした。なるほどと思いました。

導音の無い通常のピタゴラス式5音音階では,どうにでも弾けて終りがありません。アイルランド音楽などで良く使われるミクソリディア旋法(C基準だと,CDEFGAB♭)でもB→Cがなく,使われるのはF→Eの弱終止のみです。

この辺参考に個人的・感覚的な意見としますと,沖縄音階のあの独特ないびつさは,5音にもかかわらず,
B→C
F→E
の導音をいわばダブルで持っていることに特徴づけられるのではないでしょうか?終わりがないのではなくて(常に終りながら)メロディは歪みながらも何時でもどこでも即解決しながら(拍毎に?)曲が進行するのではないでしょうか?大袈裟に言えば不協和→協和を常に繰り返している感じがします。
by Enrique (2012-06-18 12:50) 

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