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音律を考える(1) [音律]

「音律」というと何を思い浮かべるでしょうか?
古楽をやる人には結構よく聞く言葉だ思いますが,クラシックギターの人にはあまりなじみの無い言葉かもしれません。
「音階」と混同されることがあり,それでさほど問題無い場合もあるでしょうが,音階の方が広い概念で,音階を刻む音の段差が音律によって少しづつ異なるわけです。和音の響きに決定的な影響を与えますが,現在色々な事情でギターもピアノも平均律でチューニングされることが多くなっています。ギターでは開放弦は純正律的に合わせることは可能ですが,フレットは通常平均律のため,押えたとたん平均律的になってしまいます。

平均律(正確には均等律)は,全ての調が均等に弾け,転調・移調も自由自在で一見合理的のようにも見えますが,悪く言えば,全ての調の和音をきちんと響かなくしてしまったのも12平均律です。功罪相半ばどころか,罪の方が大きいとの主張があります。24調弾く鍵盤でも,特に長3度が響く音律の魅力が言われます。ギターではもっとそうだろうと考えられます。私はギターで5つも6つも調号の付いた曲を弾いたことはありません。ギター曲で使われる調はかなり偏っているのに,12平均律をギターに適用するということは,全く使わない調までをも考慮して,よく使う調をわざわざ響かなくするということになり不合理なことです。

平均律でない音律には,有名なところでは,純正律とかミーントーンとか,キルンベルガーとかヴェルクマイスターとかいろいろあります。オイラーとかヤングとか当時の一流学者考案のものもあり,興味深いところです。

オイラー(1707-1783)は超一流数学者で,現代科学の基礎を支える重要な業績が幾つもあります。「博士の愛した数式」に出てくるe=-1の等式は,オイラーの関係式に数値を代入しただけのものですが,無理数である自然対数の底eにやはり無理数の円周率πを虚数にして,指数にすると整数の-1になる!という,確かに神秘的な等式です。朝永振一郎は,旧制高等学校時代,この関係式をいくら考えても理解できず,ついにある日「あれは定義式だった」と悟ったと自伝で述べていました。通常マクローリン展開で説明されますが,そのことに旧制高校時代に気がついたということですね。

ヤング(1773-1829)は光学の実験やヤング率(弾性率)で有名です。ヤング律といったら音律の事になるのでややこしいですね。機械・建設・建築など弾性設計を仕事にされる方々は名前使わない日は無いのではないでしょうか。それから,やはり音律研究を行ったヘルムホルツ(1821-1894)も超一流の物理・生理学者で,純正調オルガンで有名な田中正平の恩師ですし,近代の音響研究の元祖みたいな存在です。例えばギターのボディそのものがヘルムホルツ共鳴器です。

音律そのものの原理はシンプルなのですが,割り切れないテーマを含むためか,当代一流の学者たちが数物的知識で何とかしてやろうという意識が働いたのかも知れません。さすがに20世紀の物理学者達が音律研究を行ったという話は聞きません。アインシュタインはヴァイオリン,ハイゼンベルクはピアノが相当な腕前だったといいます。趣味ではやったかもしれませんが,職業的研究対象としては成り立ちませんでした。職業的専門分野が分化しだしたことと,音律面では平均律が普及(kotenさんの用語では蔓延)し出したことも関連しているのかもしれません。

例えて言えば,天文学のようなものかもしれません。現在,望遠鏡を覗いて星の観測をすることはもちろん,いついつ日食や月食があるかと言った天体の軌道計算なども職業的研究対象ではなく,アマチュアの領域になっているそうです。それに天文学自体マイナー分野になっていますし。アマチュア分野といえば,昆虫学などもそうかもしれません。大学の理学部の生物学科で昆虫学がまっとうに取り上げられているとは思われません。むしろ農学部のほうがまだ研究が行われているのかもしれません。

音律の研究などを含む現在の古楽研究も,もちろん専門家の領域もあるのでしょうが,職業的な研究テーマとして成り立ちにくくなっているのが,現在必ずしも音律面での研究(というか啓蒙)が盛んでない原因の一つではないでしょうか。実際的な側面はかなりアマチュアの範疇になっているのではないでしょうか。逆に言えば,この手の分野では専門家もアマチュアも大差ない(アマの方が進んでいる?)ということかもしれません。(ここでは,アマは素人の意味で使っていますが,愛好家ととらえれば何もオカシナことはないですね)

東京芸大の専門科目(音楽学)のシラバスから「音律」を検索してみましても,少なくとも明示的にこの言葉が見えるのが「音楽理論概説」の中のみです。以下に引用しておきます。

・音楽の理論的基礎概念について
 「音」とは何か、音組織とその構成原理、音階、音程種、音律
協和・不協和、和声、旋法性、調性、対位法など
・様々な理論的概念の歴史的展開
・音楽分析の方法論について
・「学問としての音楽理論」について

この科目で取り上げられてはいても,音律そのものに関する講義は1コマか2コマ程度ではないでしょうか。この辺の事情見ても,音律に関する議論が(それ以前に専門基礎教育から)不当に軽視されているという主張も,さもありなんということかもしれません(つづく)。

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koten

現在の日本の音楽教育(義務教育)では、純正律⇒平均律の順に学習するようで、その他(ピタゴラス、ミーントーン、その他)の音律を学習する機会がなく、しかも、「机上の講義」だけで音律の実習(実験)が全くなされないようですよね(実際、私の時代も実験はなかったですし)。これでは全く駄目でしょうね(汗)。
逆に言えば、音律の実習(実験)がなされるような教育体系になったならば、音楽業界はうんと変わる、、というか平均律の(「標準音律」としての)地位が危うくなる事態すら予想されますね(笑)。

若干脱線しますが、小生、確か中学の授業で♯音と(異名同音の)♭音の関係について音楽の先生から習った記憶があり、そのときは「♯音の方が♭音よりも高いんだ」と教わった覚えがあります。でも「何故そうなるのか?」については教えてもらえなかったので、仕組みが分からないままウロ覚えで終わってしまいました(泣)。 上記「その他の音律」まで授業カリキュラムに入れれば、先生は「ピタゴラス音律では♯音が♭音よりも高くなる。」、「純正律やミーントーンではこの逆すなわち♯音が♭音よりも「低く」なる。」などと教えなければならなくなる(笑)ので、「どうしてそうなるの?」という生徒の問題意識も芽生える(少なくともそのチャンスが増える)のでしょうけど。

>この手の分野では専門家もアマチュアも大差ない(アマの方が進んでいる?)
・・・所感では、少なくとも日本では、アマしかも「DTM業界の人」が最も進んでいるように思われますね(汗)。 ラモーのミーントーンなどのフランスの音律(&A=392のピッチ)は、古楽会では最近になってようやく認知されつつある雰囲気を感じますが、DTMの人は可成り前から実践されているようですからね。生楽器業界(笑)は、古典音律につき、(比較的廉価の)電子チューナーにプリセットされないとナカナカ試す気になれないというのが実情じゃないですかね(汗)。

by koten (2011-01-12 17:49) 

Cecilia

kotenさんはじめEnriqueさんやREIKOさんの記事のおかげで私も音律を意識させられています。
そういえば最初に購入した電子ピアノはピタゴラス音律での演奏ができました。使ったことなかったですけれど。ほかはなんだったか忘れました。
by Cecilia (2011-01-12 18:05) 

Enrique

kotenさん,nice&コメントありがとうございます。

原理を説明するのがメンドウ(あるいは先生も知らない)なので,ヤメテオコウというのは,色んな段階でありますね。何故マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのかとか。数学ですから厳密に組み立てられているハズなんですが,取り敢えずは約束で済ましておこうとか。。。

音律に関しては,まったく基礎原理的なことしか知り(わかり)ません。

異名同音に関しては,中学では「本当は違うんだけども,現在では同じ音を当てている」と教わりました。しかし何故どう違うのか?このこと,ズバリ書いてある本を見たことがありません。例えばピタゴラス律でのシャープとフラットの高低関係は,5度圏の右回りと左回りでピタゴラス・コンマを挟むか否か?ではないのですか?


by Enrique (2011-01-12 20:38) 

Enrique

Ceciliaさん,nice&コメントありがとうございます。

音律に関しては,原理はシンプルだと思うのですが,地理的・歴史的経緯・様々な解釈がメンドウに思います。
理屈だけでなく実践して初めてその魅力も分かるのだと思います。私も未実践です。
by Enrique (2011-01-12 20:42) 

koten

>しかし何故どう違うのか?このこと,ズバリ書いてある本を見たことがありません。
・・・名著『古楽の音律』には、このことズバリ書いてありますよ。それどころか、♯音が♭音よりも高くなって行った変遷まで解説されますからね、名著中の名著ですよこれは。 小生ブログでも取り上げましたが、この本は、超レア本化していて「表の世界」には滅多に出現せず、下記サイトの「復刊リクエスト」の対象ともなっているのですが、
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=39242
驚いたことに、最近になり市場に出品される超常現象(笑)が発生しています。
http://www.amazon.co.jp/%E5%8F%A4%E6%A5%BD%E3%81%AE%E9%9F%B3%E5%BE%8B-%E6%9D%B1%E5%B7%9D-%E6%B8%85%E4%B8%80/dp/4393930142
 定価の3倍近くで出品されてます(←音律界って凄い業界でしょ?(爆))。Enriqueさん、Ceciliaさん,「早い者勝ち」ですけどいかがです? 音楽人生の分岐点かも知れませんよ(笑)。(ちなみに出品者は私じゃありませんので(汗))

>例えばピタゴラス律でのシャープとフラットの高低関係は,5度圏の右回りと左回りでピタゴラス・コンマを挟むか否か?ではないのですか?
・・・その通りだと思います。Cを基準とした「左回り」の最初の音「F」は、同じく「右回り」の11番目(12種類目)の音F’よりも「低い」音になります。
 ちなみに「右回り」の11番目(12種類目)のF’は、正確には「E♯」音です。
 つまり、「右回り」で出現するシャープ系の音は、
①C⇒②G⇒③D⇒④A⇒⑤E⇒⑥B(H)⇒⑦F♯⇒⑧C♯⇒⑨G♯⇒⑩D♯⇒⑪A♯⇒⑫「E♯」⇒①’「B(H)♯」⇒②’「F♯♯」⇒③’「C♯♯」⇒④’「G♯♯」⇒⑤’「D♯♯」・・・(以下省略)となります。
 
 なお、(純正5度を積み重ねる)ピタゴラス律では上記のようにE♯音がFよりも「高く」なりますが、(それよりも「狭い」5度を積み重ねる)ミーントーンではこの逆、すなわちE♯音がFよりも「低く」なります。


by koten (2011-01-14 14:31) 

koten

補足:
 最後、こう書いた方が分かりやすいですかね・・・

 なお、(平均律5度よりも広い純正5度を積み重ねる)ピタゴラス律では上記のように、E♯音(すなわち、右回りシャープ系音)がF(すなわち左回りフラット系音)よりも「高く」なりますが、
 (平均律5度よりも「狭い」5度を積み重ねる)ミーントーンでは、この逆、すなわちE♯(右回りシャープ系)音がF(左回りフラット系)音よりも「低く」なります。
 A♯とB♭、D♯とE♭、・・・などについても、上記と全く同様の結果となります。



by koten (2011-01-14 14:58) 

Enrique

kotenさん,再コメントありがとうございます。
おっしゃる意味良く分かります。-p.c.やウルフの位置が気になっていましたが,どこに挟むにしろ,5度間が平均律以上の音律では#が♭よりも高くなりますね。
ミーントーンもウルフをどこに挟むにしろ,5度間が平均律以下ですから,#,♭の高低関係は逆ですね。
大枚はたかなくても,それさえ分かればいいのですが。
by Enrique (2011-01-14 20:09) 

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