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半導体のはなし [科学と技術一般]

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先日,半導体の基板材料を作成する単結晶インゴット素材を作成する手法として,チョフラルスキ法の話を書きました。

「半導体」というと,現代生活に必須の部材でありながら,ブラックボックス化した最たるものでしょう。マスコミ報道などでは,まともな説明を聞いた事がありませんので,試みてみます。


半導体になぜ高純度単結晶が必須かというと。

半導体とは絶縁物にも導体にもなり得るものです。
「半分」導体とは言っても,中途半端なものでは単なる抵抗体です。
むろん抵抗体にもならないといけませんが,現在の用途として最も重要なのはスイッチ素子です。

むろんスイッチと言っても,二進数の論理信号の0と1に対応する状態の事です。その1桁が1ビットに対応するわけですが,例えばDRAMならば,一個のスイッチング・トランジスタとキャパシタで1ビットの保存でき,SRAMといったキャッシュなどに用いるメモリは,1ビット記憶するために例えば6個のトランジスタが必要です。例えば,DRAMに「あ」と日本語一文字保存するには,2バイト必要ですが,これは16ビットに相当しますから,DRAMだと,トランジスタ16個分必要ということになります(SRAMだと96個)。USBメモリとかSDメモリとか言われるものは,フラッシュメモリといわれるタイプのものですが,これにも浮遊ゲートMOSFETという,やはりトランジスタの一種が使われています。

スイッチは,オンかオフかの2値です。オン状態ではほぼ導体にならないといけませんし,オフ状態では絶縁体にならないといけません。導体にも絶縁体にもなれる性質を持つ事が半導体の大事な性質です。


通常「導体」と呼ばれるものは金属ですが,金属の組み合わせでスイッチング固体素子を作る事は,少なくとも今日の技術ではできません。金属は膨大なキャリア(電流担体)を持っており,これを人為的に減らす仕掛けは作れないからです。

一方,「半導体」は,キャリア数を金属に比べて限りなく0に近づける事ができます。極めて純度の高い半導体(これを真性半導体と言います)はキャリアの個数が極めて少ない,ほぼ絶縁体です。ここから出発するわけです。ここからキャリアを増やす事は人為的に出来ると。まずは,この絶縁体に近い真性半導体(i型)を作るのが半導体製造の第一歩です。

現在広く使われる無機半導体の素材は,化学結合の手が4本のIV族元素と言われる,Si,Geなどの炭素の姉妹元素です。またGaAsやGaNなどの様なIII族とV族の化学組成ぴったりの結晶化合物としても作成されます。青色LEDを実現したGaNは化学組成1対1ぴったりに作る事が難しかったわけです。これらの結晶は原子間が共有結合と呼ばれる強力な化学結合で結ばれ,結晶形はダイヤモンド構造とかせん亜鉛構造と言われるガッチリとしたものが多いのです。ガッチリとした化学結合は電子の局在を意味し,ほぼ絶縁体の性質を現すわけです。


真性半導体が作成できれば,次は不純物制御になります。IV族元素もしくは平均的に4本の結合手になる真性半導体にごくわずかの不純物を入れる事で,中性だがわずかに電子過剰(ドナー)状態のn型半導体と,同様にわずかに電子不足(電子のぬけ穴;正孔発生;アクセプタ)状態のp型半導体を作るのが次のステップです。

不純物とは言っても,オリンピックプール一杯の水の中に角砂糖を何個か放り込むくらいのものです。
人為的に不純物を入れたn型やp型半導体であっても,世の中にある他のどんな純粋な物質よりも純度の高いものです。人為的に入れる不純物の量は,数ppb(10億分の1)くらいのものです。むろん,入れる前の真性半導体の純度はは,それより十分良くないとキャリアの制御ができません。その純度は99.999999999%程度。むろんムダに9を付けているわけではなくて,9の個数が11個程度以上必要です。これを「イレブン・ナイン」とか言います。

現在ではデバイス部分は全てCVD(化学気相堆積法)という方法で作製しますので,超高純度な原料ガス中に僅かの不純物ガスを混ぜる事で行います。

ちなみに,無機半導体はダイヤモンド構造や類したものが多いですが,本物のダイヤモンドを半導体に使う事も研究されています。高性能な半導体になる可能性があるわけですが,昔から不純物制御が課題とされています。


半導体に使われる素材は,世の中にある素材からすれば,圧倒的に純度の高いものです。身の回りの素材でここまで純度の高いものはありません。たとえば高純度試薬などでも,大概99.9%。わずかスリー・ナインです。純度ファイブ・ナインの鉄を作る事はかなり難しいそうで,そのような高純度鉄は金よりも遥かに高価なものになります。


半導体素子は上で述べた,p型とn型の半導体を組み合わせることで,ダイオードやトランジスタを形成します。下図はその基本となるpn接合を説明するものです。エネルギーバンドとは,固体中での電子の存在が許される状態を表したものです。禁制帯では存在が許されません。この禁制帯幅(エネルギーギャップEG=EC-EV)の大きさが半導体の性質の最も重要な指標となります。

このバンド・プロファイルは半導体の動作の,最も標準的な説明図となります。
よくあるpn接合の模式図。(1)III族とV族元素をそれぞれドープしたp型とn型を接合。(2)キャリアの拡散と発生電界との均衡で一定の空乏層(空間電荷層)発生。(3)それに対応するエネルギーバンド図。

pn接合に順バイアスが掛けた際の模式図。外部電圧はpn接合で生じた段差を減らす様に働き,電流が流れる。

pn接合に逆バイアスが掛けた際の模式図。上述と逆に,段差は大きくなり空乏層幅も増え,電流は流れない。
pn接合そのものは実用的には整流動作のみで大したものではありませんが,それらを組み合わせる事,すなわちpnpやnpn構造で順バイアス電流の制御を行えばバイポーラトランジスタの,逆バイアス電圧で空乏層の制御によりソース–ドレイン電流を制御すればFETの動作となり,増幅やスイッチ動作が可能となります。


半導体素子の構造は集積化と相まって発達してきており,現在は,MOSFET(金属酸化物半導体・電界効果トランジスタ)というものが主力です。ネーミングから良く「金属酸化物が半導体素材になっているかの様な誤解」を生みますが,全くそうではなく,ゲート電極が金属酸化物で絶縁されており,電流が流れず電圧だけで制御される素子であるということです。主に電流で制御するバイポーラ・トランジスタ(初期からあるNPNやPNP型トランジスタ)に対して,電界効果型と呼ばれるゆえんで,特にMOSの場合は金属酸化物で絶縁されているというのが特徴なのです。集積化に向いた構造になっており,現在の主力はこのタイプになっています。

FETは,グリッド電圧でプレート電流をコントロールする真空管と動作が似ているので,当方などは却ってわかりやすいものです。

ただし,真空管の動作担体は空間を飛ぶ電子だけですが,FETでは電子担体のNMOSと,固体中の電子の抜け穴である正孔担体で動作するPMOSがあり,現在は両者を組み合わせたCMOS(相補型金属酸化物半導体)と呼ばれるものが主力になって,非常に使いやすい優れた素子となっています。

後注
ここでの話はSiなどの無機半導体に関するものです。プラスチック素材の様な有機半導体も開発されています。素材は全く異なりますが,基本動作に関しては共通です。基本の電気的動作にのみ触れていますが,発光素子や撮像素子,太陽電池など光がらみの性質・応用も重要な分野です。他にも熱や磁界との関連など様々な用途があります。
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風神

半導体と言えば、もう日本は昔の栄光を取り戻せないんでしょうか。
最近また力を結集しようとしていますが、どうなんでしょう。最先端技術は、継続しなければ相当難しいと思うんですが。
by 風神 (2023-02-18 17:15) 

Enrique

風神さん,
昔の栄光なんて無いですよ。マスコミなどは全くわかっていません。
まず,半導体素子・デバイスには色んな種類があるという事を認識しないといけません。

1980年代日本が強かったのは,DRAMです。これは単純なパターンをどんどん細かくする技術です。汎用のメモリデバイスですから単価は安いです。それで負けるのは,歴史の必然だと思います。そちらは中国などに任せてCPUなど高度なものが作れれば良いのですが,今度はアメリカに遠慮したのか国産CPUはポシャりました。ただDRAMとは言え,どうしても微細化の技術では遅れますが。

太陽電池もポシャりましたが,原子力政策が災いしたのでしょう。ちぐはぐな科学技術政策が足を引っ張っているのだと思います。そういう悪影響を受けない分野では強いです。たとえばソニーのイメージセンサーは圧倒的です。青色発光ダイオードの開発は日本でノーベル賞受賞はまだ記憶に新しいところではないでしょうか。太陽電池を除く光関係の半導体では強いですね。

電力用素子として現在最も優れたIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)の改良型も東芝の中川明夫氏の開発です。現在HDDの代わりに用いられるNAND型フラッシュメモリは東芝にいた舛岡富士雄氏の開発です。東芝は原子力で失敗して,せっかくの素晴らしいドル箱の半導体事業を売ったのはご承知の通りです。

それでもハードウェアはまだ良くて,全くダメなのがソフトウェアですね。
AI技術は全く世界の足元にも及びませんし,IT技術もさっぱりです。日本がソフトで強い分野はゲームくらいのものでしょうか。
by Enrique (2023-02-18 21:37) 

ロートレー

ジャパンアズナンバー1 と言われ、工業立国日本がピークを迎えていたころ、明治以降の優秀な官僚機構の成果と自賛する向きもありましたね
ところが今や、かつて日本を手本としていた後進諸国の後塵を拝していて、復活の兆しも見えません。
人口減少中にもかかわらず、未だ有効な手立てさえ打てていない日本をみるにつけ
一番悪いのは国家的長期ビジョンの欠如と民意を反映させることのできない政治の仕組みかと思うようになってきました.
by ロートレー (2023-02-19 10:16) 

Enrique

ロートレーさん,
欧米諸国をキャッチアップすれば良いという明確なビジョンがあった頃は「優秀な官僚機構」と勤勉な国民性で上手く行ったのでしょうが,それが終わったあとの舵切りがまるでダメですね。
未だに高度成長期の政策か的外れな場当たり政策。むろん国民の責任もあるでしょうが。
by Enrique (2023-02-19 10:53) 

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