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DC-DCコンバータと樹木豊凶現象 [科学と技術一般]

DC-DCコンバータは電圧を上げ下げする電子機器です。

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一応これの解説をしておきますと,簡単に電圧を上げ下げできるのは交流(AC)ですが,電池が発生する様な直流(DC)の場合は,その大きさが一定値のため,電磁誘導トランスが使えず,スイッチング素子を用いたちょっとした電子回路が必要になります。

一方,樹木豊凶現象は,年によって作物の豊作と凶作が繰り返すような現象で,良く経験します。

この様なタイトルですと,何か電子機器を農業に使うんだろうか?くらいに想像されると思いますが,その応用のされ方は,その様な一般常識とは全く異なるものです。


共通項は「カオス」です。図1は昇圧型DC-DCコンバータで,カオス電流が発生する様子を示しています。

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(a)昇圧型DC-DCコンバータの回路図。(b)決定論的なテントマップ。 m1=Vin/L, m2=(Vout-Vin)/L. (c)m2(いわば昇圧比)をべらぼうに大きくしていくと分岐からカオスに。(d)m2=500では初期値が1%異なるだけで,20クロックほどの時間発展で電流変動の大きな相違(同期・非同期)が現れる。
カオスは混とん状態を示すキーワードですが,その性質は予測不可能性であり統計的性質しか持ち得ない事です。一方,ニュートン力学の様に,きっちりと運動方程式が立てられて,初期条件が与えられればきっちりとした解が得られるという古典的な考え方もありました(「線形力学」としておきます)。デカルトなどは,生体を含むすべての現象が,精密にさえやれば数理的にきっちり予測可能と考えましたが,当時の学問レベルでは仕方がなかったのでしょう。その様な考え方を決定論と言い,カオスの様なものを取り扱うのは確率論です。

アインシュタインでさえ,量子力学の建設過程で「神はサイコロを振らない」と,確率論に懐疑的で,どちらかというと決定論的立場に立ったと言われています。

単純な美しさとは両極端にある混とん・カオス。全く別物のような両者が繋がって見えるのが近年の数理学者の興味を惹き,膨大な研究が行われました。決定論的に振舞っていた系が,ある特異点を越えたところで複雑な自励振動を始め,しまいには予測不可能なランダム的な変動を起こすのです。

当然の事ながら,実用的なDC-DCコンバータの電流がランダム的な変動を起こしてしまっては使いものになりませんので,回路設計は安定な決定論的な範囲内でなされます。しかし,カオスそのもの応用面からすれば,DC-DCコンバータとして使いものにならないカオス・モードでの挙動の研究が,使いものになるわけです。

図2は,多年生樹木の実が豊凶を繰り返す現象を,物質収支モデルと言うものにより,図1の昇圧型DC-DCコンバータと同様なカオスが発生する様子を示したものです。

物質収支.png
(a)井鷺の物質収支モデル。樹木内のプール容量LTからあふれた物質量による開花コストCfと結実により消費される結実コストCaとがそれぞれDC-DCコンバータのm1, m2に相当すると言う。(b)図1の)(b)に相当。(c)図1の)(c)に相当。(d)図1の(d)同様な初期値鋭敏性が現れる。

一般向けへの科学解説として「バタフライ効果」なる言葉が使われます。
何千キロも離れた土地の一頭の蝶の羽ばたきが原因で,気象変動などの大きな変化をもたらすと。もう少し専門的な言葉ですと,「初期値鋭敏性」と言うようです。

決定論的な系ですと,精密なモデルは精密な初期値によって精密に予測できるはずです。初期値のわずかの違いは,結果にわずかの差になって現れるに過ぎないと考えられます。しかし,カオスが現れるような系では,蝶の羽ばたきくらいの微かな初期値の違いでも,結果が全く異なったものになるのです。


電子回路の不安定性の研究は,かなり昔からなされていました。当初は,雑音や動作の不安定を抑えるための実用的な研究だったわけですが,むしろそれからかけ離れたカオス発生過程の研究が数多くなされました。それらは,学問的な興味からなされたものだったのです。

そして,現在では,その研究の一端が,本質的に複雑系の非線形現象である農業生産に,カオスが発生する数理モデルを適用した「スマート農業」とか「精密農業」として実を結びつつあります。例えば,樹木豊凶現象は,一種の「カオス同期現象」ですが,その挙動を数理モデル化できれば,現実に変えられるパラメータを見つけてコントロールする事も可能なはずです。従来なら人為的にはどうしようもなさそうに見えるクマの大量出現や害虫の大発生,杉花粉の量の変動を抑える事なども,そのような「非線形力学」で可能性があるとの事です。


本記事は,電気学会誌2023年1月号に載った酒井憲司氏の解説記事「カオス同期に基づく自然への理解と農業応用」を読んでの感想です。
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ロートレー

車の電源で、家庭のン電化製品を使用するために、DC-ACコンバーターを使いますが、その場合のコンバーターにはスイッチング素子回路で作り出された変動電流が流れているのですね
AC-DCコンバーターより高額なのがようやく分かりました^^
by ロートレー (2023-01-07 22:13) 

Enrique

ロートレーさん,
AC-AC変換はトランスのことで,
AC-DC変換は順変換器(コンバータ)で,最低ダイオード1本でも可能です。
この記事のDC-DC変換器はスイッチング素子とLやCが必要です。
DC-AC変換は逆変換器(インバータ)で,やはりスイッチング素子等が必要で,DCから正弦波を作るのはだいぶ面倒です。

こちらの記事のお話は,通常の使用範囲と全く異なる不安定動作領域の振る舞いを,農業の生産高など全く別の分野のシミュレーションに応用しようという分野です。ちなみに,DC-DC変換器は図1(b)のテントマップの左側領域の変動の無い安定状態で使われ,故障しない限り現実の機器内でカオス的な変動電流が流れることはあり得ません。
by Enrique (2023-01-08 07:28) 

U3

物理学や数理学の理論が、経済や農業といった別の分野に応用されるのって、なんだかロマンがありますね。
by U3 (2023-01-08 08:39) 

Enrique

U3さん,
そうですね,海のものとも山のものとも知れないいろんな系のカオスが,さかんに研究されたのはそういうロマンが原動力なのだろうと思います。
カオスの特徴は予測不可能性にあるわけですので,応用としては精密な予測というよりは性質の類似性の把握だろうとは思います。
by Enrique (2023-01-09 06:14) 

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