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力のベクトル図と押弦 [演奏技術]

斜面の問題は力学の一番基本的なものですが,苦手な方もいらっしゃるかも知れません。

しかし,重力が下向きである事は誰でも感じる事ですし,斜面で転がり落ちる経験は誰でもすることです。

それを定量的に表したのが,斜面のベクトル図です。
むろん,感覚的把握で十分であれば,こんなものは要らないわけですが,定量的記述無しに科学的な判断はできません。定性的な話だけで議論を進めたら,ウソでも言えてしまいます。

ここでは,力学の基本を説くつもりは無くて,斜面上のモノに働く「力の分解」が分かれば,ギターの左手の楽な押さえ方が分かるという話です。この図は,分かる人には当たり前の事ですが,そうでない人が把握・理解するには,いくつか段階があると思います。

まず,平らな面に置いた静止した物体に働く力の図が分からないと言う人は余りいないでしょう(図1左上)。重力\(f=mg\)が下向きに掛かり,それに抗する同じ大きさの力が反対向きに発生しています。静止しているという事は力が釣り合っていないといけません。それが斜面になると途端に,分からんという人が出て来ます。しかし,斜面になっても,静止していれば力が釣り合っているわけです。重力\(mg\)(これは質量×重力加速度です)は下向きですので,面が斜めになっているので,面に沿って滑り落ちようとする力面に垂直な下向きの力に分解されます。そしてやはり,面に垂直な抗力が上向きに発生します。これだけでは,滑り落ちてきますが,静止しているとすれば,接触面に発生する摩擦力がそれに釣り合っている事になります(図1右下)。

力のつり合い.png
図1.力のつり合い。平坦な所に置いた物体の力のつり合い(左上)。斜面の時(右下)。
幾つか疑問は残ります。想定できるものとしては,「なぜ真ん中へんに力が働くの?」実際には,物体のあらゆる点に重力は働いていてそれを全て平均した点が重心点になるので,そこにピンポイントで重力が働くと考えても厳密に正しいからです。これは物体を単純化した「剛体と質点」の力学なのです。「摩擦力は変な所に働いているけど?」これは面に働く力なので,そうしているわけです。力の位置がずれるので,前のめりになる力が発生します。むしろそのような疑問を持てればそれを解決できるわけですが,「何が疑問なのか疑問?」になってしまうと,困ります。「なぜこんな事をするのか?」と言えば,むろん斜面になっても静止していれば,平面上と同じく重力と抗力を二つ書いて終わりでも間違いではありませんが,斜面になれば力の分解のバリエーションが出て来ます。都合良く分かりやすいように力を面に垂直成分と平行成分に分解しているだけなのです。普通は定量化の為に,分解した力は三角比を使って表します。

これに限らずですが,「そんな単純な話ではダメ」という方もタマにいらっしゃいますが,むしろこういう話は単純化しないとダメだと思います。複雑化して物事がキチンと把握出来れば別ですが,えてして訳をわからなくして本質を外し,目的外の手段やプロセスに拘泥しがちな様に感じます。本質で無いところを一生懸命やるならまだしも,逆な事をやり出しかねません。


ムダに話が長くなるのも良くありませんので,本題を急ぎますと,左手の腕の押弦動作は,振り子の利用です。実際には腕がクランク状(フック状?)になって円周上を振れ落ちます(図2・左)。この振り子もやや複雑ですので,等価的な質量で代表させた単振り子に近似してしまいます。振り子の場合は一定斜度では無くて,円周上を移動しますので,重心点が最低になれば角度がゼロになり振れる力が無くなります。腕の重力を使った押弦は,いわば上腕が振り子が振れ落ちる状態になったフック状の掌(指)で押弦していると言えるでしょう。むしろ上腕の肘,手首や掌を固めて(剛体化して)肩をスムーズな支点にすることで,なるべく単純でフリーな振り子状態(図2・右)にすることが肝要だと思います。
振り子2.png
図2.左手を振り子に見立てたもの(左)。単純化したもの(右)。

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ロートレー

重量130Kgの鉄製ストーブを急階段上に引き上げるために運搬用の橇を作って電動ウインチで引き上げたことがありました。
まさに、図1のベクトルの状態でした。
重心位置が高かったので、後方に転倒する懸念から、後方(下側)の橇の長さを長くして対応したのはベクトル図から見ても正解でした^^
by ロートレー (2022-04-29 14:02) 

Enrique

ロートレーさん,
静力学は,全くその通りになりますね。ただし,ご提示の例の様に背の高い物を引っ張り上げる際などは,回転する力(モーメント)の釣り合いも考えないといけませんね。
すわりの問題もありますので,橇を長くするのは正解だと思います。

by Enrique (2022-04-29 20:30) 

EAST

Enriqueさん

久しぶりにお邪魔しました。

物理は苦手で、図もよく理解できないのですが、図2の(左)を左手とすると、上部の二重丸の部分が指での押弦、その下の斜めの黒い線が左手上腕、その下部の折れ曲がっている部分が肘と理解すればよいでしょうか。上腕~肘が重力の働く方向を向けば、図1の斜面時のmgの力が働き、効率的との理解で良いのでしょうか。また左手の甲から上腕がなるべく真直ぐになれば重力が効率的に使える訳でしょうか。


by EAST (2022-05-20 15:00) 

Enrique

EASTさん,
お久しぶりです。重要なのは図2(左)なのですが,腕との対応を良く書いていませんでしたね。
上部の二重丸の部分は,肩の関節です。下の折れ曲がりが肘,黄色の矢印の部分が指先に掛かる腕の重力です。同図右の振り子が下に落ちてくる力で弦を押さえることができます。重力mgのsinθ成分(この場合のθは振り子の振れ角)ですが三角比を書くと拒否反応を示す方がいますので敢えて書いていません。
重力で押弦するためには,腕を固めて振り子状態にして腕の重みが全て指先に掛かる様にします。そうすると握力を全く使わないで(親指を離して)左手を押さえられるはずです。成人男子で4kgくらいの腕の重さがありますので,弦を押さえるのに十分なはずです。
by Enrique (2022-05-20 19:26) 

EAST

Enriqueさん

解説有難うございます。よくわかりました。
図2(左)で、下の折れ曲がりの肘の部分が青い点線より左側に振れてしまうと、重力を使わず肘を引く腕の力に頼ることになり、非効率になると思います。押弦がローポジションからハイポジションになるに従って、手は下に移動して肘は図の左方向に振れると思います。9-12フレット当たりの押弦で肘が青い点線より左に移動してしまうと、押さえる減の弦高が高くなる上に余計な力を使うことになることになるようで、注意してみたいと思います。
by EAST (2022-05-25 15:22) 

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