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鉄はなぜ磁石につくのか? [科学と技術一般]

このことも小学生の疑問の上位を占める様ですが,これをちゃんと説明できるでしょうか?

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磁石に関しては身近なものですし,応用面でも重要なためか,小学校の理科で習います。そしてその性質をひと通り学んだ後は,磁石そのものを,それ以上に詳しく学ぶことはあまり多くない様に思います。

「磁石は鉄を引きつけるのに,鉄は他の鉄を引き付けないのはなぜ?」というのが素朴な疑問で,大変良い質問だと思いますが,満足に答えられるでしょうか?

大昔,高校で物理と化学を教えていた時,教師用の教科書指導書にその仕組みが書かれていましたが,かなり大雑把なものでした。

その記述を思い出してみますと,
「磁石はNSが固定したものである。」
「鉄の場合,中にあるバラバラの小磁石が揃って磁石に付くが,磁石から離れるとバラバラに戻るから,鉄じたいは他の鉄を付ける性質は持たない。」という様な記述だったと記憶します。その事が割といい加減な図を使って説明されていました。

むろん,磁区だとか磁壁だとかを持ち出す訳にもいきませんので,妥当な説明だろうと思います。これ以上正確に述べようとしても却って説明が不明確になるのかもしれません。


物性論で磁性を研究している人たちの興味は,「磁化の起源はなんぞや?」,「磁化があるとしてその秩序がどうなっているか?」という事ですから,突き詰めて言えば,「鉄はなぜ磁石につくのか?」というのは磁性専門の学者の研究対象でもあるわけです。ただ,もっと具体的に鉄がどの様にして磁石に付くかというのは応用面の研究になって「技術磁化」と呼ばれる分野になります。鉄などの強磁性体が磁石に付くのは,もともと磁石の性質である「自発磁化」を持っているからであり,磁性そのものの研究者にしたら,自発磁化の発生=磁石でそれ以降の細かな話には興味がありません。

一方電磁石材や永久磁石材などの磁性材料の研究者からしたら,それ以降の細かな話が研究対象です。増本氏のアモルファスのコア材も,俵氏のサマリウムコバルト磁石も佐川氏のネオジウム鉄ホウ素磁石も,こちら側の応用材料の開発研究でした。直接役に立つのはこちらですが,むろんそれには磁性の基礎理解があっての事です。

一時期,前者の磁性の基礎面と磁性材料の開発という応用面のちょうど中間にあたる磁区や磁壁に関する分野が盛んに研究された時期がありました。ネールとかブロッホだとかキッテルだとかノーベル賞級の学者たちの研究テーマでした。これは1960年代の磁気バブルメモリが開発された時期に重なるのです。「トランジスタ以来の大発明」と言われ,1980年代にはまだ不揮発メモリとして有望視されていた磁気バブルメモリの理論的基礎として,磁区や磁壁の理論が出来上がった時代でした。


強磁性体が磁区に分割されていく様子(a)〜(c)。磁区と磁区の間の磁壁の説明(d)もあります。磁区への分割により外部に漏れ出る磁束が減り(端部で閉路磁区が発生すると漏出磁束ゼロ),永久磁石的な性質は減って(無くなって)行きます。
「鉄はなぜ磁石につくのか?」の疑問に正確に答えるには,この磁区や磁壁というものを理解しないといけません。ただ,上で述べた様に,その前の磁化そのものの発生と,それが磁石に付くにはどの様な変化が起こるか?あるいは磁石そのものの成り立ちも説明しないといけません。

強磁性体が磁化する(磁石にくっつく状態)ようすを示す図はヒステリシス曲線です。電磁気学の教科書にも少しだけ載っています。少しだけな理由は,その発生のしくみを電磁気学だけでは説明できないからです。むしろ電気機械だとか電磁気計測工学で応用面での説明が先かも知れません。鉄などの強磁性体のヒステリシス曲線をご存知な方ならば,そのヒステリシス曲線の発生機構を少し説明すればOKでしょう。

ヒステリシス曲線と磁区模様.jpg
ヒステリシス(I-H)曲線と磁区模様の対応。消磁状態AからB,C,Dと磁化が進む様子を示した図。A~Cが磁壁の移動により磁化の磁界方向成分が増加していく「磁壁移動モード」,C~Dが最終的に磁化が磁界の方向に回転する「磁化回転モード」。行き来で磁区状態が異なるため同じ道は通らない。磁化とは磁石に付く状態の事。
ただし,なぜ付くか?の本質的な理解はかなり困難だと思います。
鉄が磁石に付く力と似た様な力では,静電力があります。静電気で付くあれです。ただ感覚としては,磁石の方の力がずっと強いので疑問に感じるのでしょうが,「磁石がなぜ付くか?」という疑問に答えるならば,「プラスマイナスの静電力がなぜ付くか?という疑問にも答えないといけませんし,もっと言えば,物はなぜ上から下に落ちるのか?すなわちなぜ重力で引き合うのか?という基本的な疑問にも答えないといけません。

重力は万有引力だから当たり前?なのだとすれば,磁石の場合も引き合う因子の自発磁化が生じていれば磁力が働いても当たり前だと言っていいでしょう。

そこの説明も要りますがここでは省略しますと,鉄やコバルトやニッケルは原子単体で磁気を発生しており,それが揃う事によって自発磁化を発生し,磁区構造を持ちます。磁石に付く元素としての強磁性体*にはこれらの他に希土類元素の幾つかがあり,重希土類のウラニウムなども磁石につきますが,ここでは鉄に代表させましょう。磁区の中は磁化を持っており磁石とも言えますが,電磁気学的な理由により磁気を生じません。これは,「馬蹄形磁石を仕舞うときには鉄片をつけておきなさい」とか,「2本の棒磁石をしまうときにはNSを反対にしてくっつけて仕舞いなさい」と,小学校の理科で習うはずですが,そのことを表しています。磁気のエネルギーを下げて安定化することにより磁石の持ちが良くなるわけです。ふつうの鉄の中で発生する磁区構造は,自然に磁気エネルギーを下げて安定化しており,外部に磁束を出しませんので,ふつうの鉄は他の鉄を引き寄せません。普通の鉄は磁石の要素を磁区構造でキャンセルしているわけです。


外部磁界が無ければ普通の鉄は磁石の性質を磁区構造でキャンセルしているわけですが,鉄は磁区内に自発磁化を持っています。鉄の磁区は磁区同士を区切る磁壁の移動により,ちょっとした外部磁界により容易に磁石になります。むろん,その磁石になりやすさは,材料によって色々異なって,そこも磁性材料開発の研究対象になるわけですが,もともとちょっとした磁界で磁石になる,これが電磁石です。電磁石は電流の向きによってN・Sが変わるのが持ち味ですが,一方ここまで「磁石」と言って来た「永久磁石」はずっと,磁界を掛けないでもずっと,磁化が固定しているものです。むしろ消えにくくなければいけないので,逆向きの磁界を掛けても耐える能力を持たないといけません。


「鉄はなぜ磁石に付くか?」というのを説明するのは,説明をかなり端折っても面倒だという事が分かります。教師用の教科書指導書の記述あたりが妥当なのかもしれません。
*元素としての強磁性体の他に,酸化鉄の結晶形態であるフェライトや磁性ガーネットと呼ばれるもの,強磁性元素を含まないで強磁性を発生するホイスラー型合金などがあります。これらの磁性も「鉄はなぜ磁石に付くか」のいろいろな傍証にはなります。
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