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ギター編曲の手引き [音楽理論]

小船幸次郎の一連のギター関係書籍の「ギター編曲の手引き」を今回見てみます。

   
ギター編曲.PNG
「ギター編曲の手引き」表紙。トロイメライの編曲がカバ―です。
「ギター編曲の手引き」の出版年は,どこにも書いてありませんが,ネットの情報では1966年刊行とあります。どうも表紙のデザインが異なるようですが内容が同じだとすれば,初版は1966年刊行で良いのでしょう,「ギター和声学」刊行の翌年です。

「ギター編曲の手引き」の序文には,以下の記述があります(大きく略してあります)。
この本は,ギターをもって間もない人たちも含め,歌の簡単な伴奏を書いてみたいとか,ギター合奏のために何か編曲してみたいとか考えたときに,その手引きになるために書いたものです。ですから,編曲に必要な知識を何も持っていない人が読んでもわかる本なのです。
 たとえば,歌をうたうときに,即席でギター伴奏する方法を最初に教えます。(中略)編曲の方法を教えながら和声学のこともおぼえられるようにしましたから,この本を読んでからいわゆる和声学の本を読むと,むずかしい和声学もやさしく理解できるようになると思います。


この書きぶりからして,どうもこの本も,1965年に出した「ギター和声学」が難しすぎるので,やさしくて即役立つ実践的な内容を書いて欲しいという要望に沿ったものだと思われます。1969年の「ギターの楽典」は,その大きな回答だったわけですが,取り敢えずこれを読んで,実感をつかんでから「ギター和声学」を学びなおしてほしいという気持ちが感じとられます。現在では想像もつかないようなギターブームの頃です。巷には「一週間で弾けるギター独習本」みたいな本があふれ,「ギターは買ったけど,案外弾けないぞ。」というような声があふれていたのではないでしょうか?吹奏楽の人の一部などにある,「音を出せる≒弾ける」という感覚からすれば,ギターの音出しは容易です。むろん一番簡単に音が出るのはピアノなのですが,「楽譜が読めて両手で弾く」というのと,何分楽器が大きく高く,購入の障壁がありました。その点,ギターはお手軽でした。

最初の第1章では,誰でも知っているやさしいメロディにT,D,Sの主要3和音で伴奏を付ける課題が示されます。コード弾きのできる人ならすぐにできそうですが,コードネームは示されず,T,D,Sの記号で示されます。やさしい音符が楽譜に書かれていますから,楽譜の読める人ならばすぐ弾けます。説明の中で,メロディに現れる係留音と倚音の説明があります。単なる伴奏付で終わるのではなく,和声学につなげたいという意思が感じられます。メロディの中の和声音と非和声音(「かざりの音」とやさしく表現)の見極め方は,慣れた人でもやさしくはないと言っています。たしかにこの辺がハーモナイズのキモでしょう。

非和声音の一つに経過音がありますが,これの見極め方のコツを述べています。これは初学者には,わかりやすい原則でしょう。
・前後の音が和声音でそれをつなぐように入っている
・経過音は弱拍部が原則
・強拍部の音で伴奏の和音を決めればよい

非和声音には倚音,係留音,経過音のほか,補助音がある。これは,同一の和声音に挟まれた非和声音。いずれもやさいいメロディの実例で示されますから,分かっている人でもしっかり再確認できるのではないでしょうか。

ハ長調で説明したあとは,他の調は移調で行けます。いくつかの調の基本3和音による伴奏を通して,第一部終了です。

第2章は,ギター独奏曲の編曲です。これは,主にピアノ曲をギター用に編曲する例を通して,説明されます。ギター用に編曲する際の音の増やし方と減らし方の原則が示されます。やさしく「この場合はこうする」という書き方になっていて,和声学の知識を前提としていません。また,ここで強調されるのが,転調です。様々な転調事例を通して,正しい?編曲の仕方が示されます。

さすがに少し実践的な話となると,基本三和音だけでは無理で,転回和音や基本三和音以外の和音(II56とかVIとかも必要になります。

多分この本のハイライトは,シューマンのトロイメライをギター用に編曲する実例です。
ゆっくりで和声の進行が美しい曲ですのでギターで弾いてみたくなります。昔当方も試してみたのですが,これは結構難しいです。忠実にやろうとして音を拾いすぎるととても弾けなくなりますし,ベースとメロディくらいだと原曲の美しさが削がれ,つまらなくなります。

著者は,原曲ヘ長調をハ長調版とイ長調版の2種類の事例(A,B)を示しています。
   
トロイメライのコピー.png
トロイメライの編曲例,原曲ヘ長調に対して,Aのハ長調版とBのイ長調版。
イ長調版の方が低音のカウンターノートを拾えます。ハ長調版の方は調性的な違和感は少ないようですが,低音は拾えずメロディ重視となっていて,一長一短です。原曲尊重とは言っても弾けないものでは仕方ありません。ギター曲だと思えば許されるかもしれません。この辺の編曲に関する考え方も著者は述べていますので,編曲を多くする方には参考になるでしょう。

面白いのは,編曲には必ずしもギターを上手に弾ける必要は無いという事を述べています。実際小船氏は第一ポジションの和音が押さえられる位のレベルだそうです。編曲作業は,ギターの指板表を見ながら,指が届く範囲で音を拾っているとの事です。まあ氏の場合,奥様の照子氏がギター奏者でしたから,弾けるかどうかすぐチェックしてもらうことは可能だったはずでしょう。

そういえば,現在逆のパターンが山下和仁・藤家渓子ご夫妻ですが,もしこのお二方が作編曲などの書籍をお出しになったら超ハイレベルな内容になりそうですが,怖いもの見たさでの期待というのもあります。

さて,第2章はピアノ曲などからギター独奏曲への編曲法を実例まじえ書いたものですが,ほぼここまでがメインで,残り第3章第4章は,おまけで短く書かれています。それぞれ,ギター重奏曲への編曲,および合奏曲への編曲です。

2重奏に関してはソルの作品がお手本と述べています。全く彼の作曲法に賛成だと。第4章で触れられる大人数のギター合奏に関しては,教育的価値を除けば反対だと述べています。その上で,いくつか実例を挙げてパートへの分解を行っています。
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Cecilia

「トロイメライ」のギター演奏を聴いてみたいです。

>コードネームは示されず,T,D,Sの記号で示されます

ギターでこれは珍しいですね。クラシックギターではそうなのでしょうか。
by Cecilia (2021-01-26 19:03) 

Enrique

Ceciliaさん,
「トロイメライ」はセゴビアのレパートリーだったと思います。
表現難しいです。
小船氏はギタープロパーの方でなく,一般音楽の方なので,T,D,Sといった記号を使います。I, V, IVでも良いのでしょうが,特に編曲譜においては移調を前提しているので,特定の調のコードネームを示すと却って面倒になるからです。
by Enrique (2021-01-26 19:29) 

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