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ギターの張りの強さ [楽器音響]

Enrique.png 「この楽器は張りの強い楽器だ」という事が良く言われます。

弦長,ネックのしなり,ヘッドの角度,ブリッジでの弦の始末,色々言われます。それらは2次的,3次的なもので,演奏時に感じる張力は,ピッチおよび弦長が同じならば第一義的に弦高で決まると考えています。

たしかに張りの強い楽器・弱い楽器というものがあります。それは,弦高が高いか低いかです。

(最低)弦高を決めるのは,弦の最大振幅です。理屈的には低音ほど振幅は大きい事になりますが,弦長を一定に揃えている弦楽器では,必ずしもそうでも無く,胴のウルフトーンとの兼ね合いがあり,ギターの場合,低音弦どれが一番ビリつきやすいか?とは一概に言えなさそうです。
弦高を下げて行きますと,低音弦側のどれかでビリつくところが出てきますので,ビリつかないギリギリのところが弦高となります。

フラメンコ・ギターの場合は故意にびりつかせる事もある様ですが,クラギでは御法度。しかも強めのタッチで弾いてもびりつかせないとなると,結構高めの弦高になります。

弦高は通常12フレット上で議論されますが,これも曲者です。12フレット上で適正な弦高は,①弦上で3mm,⑥弦上で4mmと言われます。確かにこれ以上あると急激に弾きにくくなる感覚はあります。手持ちの楽器がこれより高い場合はゴシゴシとサドルの骨棒を削って弦高を下げます。

それでも,まだ弾きにくいことがあります。ローポジションの弦高が高いのです。
私の経験では,1フレットで1mm程度あることがあり,これだとかなり押さえがきついです。
プロの製作家が作ったナットでも,ビリつきのマージンを取って1mm程度にセットすることもある様です。

計算によれば,1フレット上で1mmというのは,12フレット上では4.8mm程度の弦高に相当する弦張力になります。この様な弦高のセッティングだと,ローポジションにいくにつれ押さえにくくなり,硬い,張りの強い印象になります。

逆に言えば,12フレット上で1mmの違いは,1フレット上では0.2mm程度に相当することになり,それだけナットの弦溝調整はシビアだということになります。あまりシロートがいじったらいかんということになろうかと思います。少なくとも1/20mmが読めるノギスがないと,ナットの弦溝調整はまずいでしょう。1フレット上では0.1mmの違いでもはっきりとその差は出ます。

マイクロゲージを使って1/100mm程度の調整が必要だと感じています。
溝を削りすぎてしまうとビリつきが出ますので,その際はナットを作り直すか,シムを噛ませる事になります。機械作業をしたことのある方ならば,50ミクロンのシムはかなり分厚いものだといえるでしょうが,ここに通常使うシムとしては,ローズの薄板,コピー紙,テレカやクオカード,クレカなどとなります。コピー紙でも通常の0.088mmのものから楽譜印刷に適した0.15mm程度,ハガキの厚みの0.22mmなど様々ですが,わずかなビリつきであれば,コピー紙1枚程度で回復します。クレカの厚み0.4mmが必要なケースはかなり乱暴な調整でしょう。

ビリつかないギリギリの調整をして,楽器による最低弦高は決まってきます。そこで弦高の高いものは,張りの強い楽器という事になると思います。

ビリつきの度合いを決める最大原因は,ウルフトーンの高さと鋭さの調整だろうと思います。
トルナボスやカマラなどの特別な仕掛けをしない限りは,ウルフトーンの高さはボディの容積とサウンドホールの面積で決まりますので単純です(ヘルムホルツ共鳴周波数)が,鋭さの方は難しそうです。ウルフトーンが開放弦*に当たって弦の振幅が大きくなりますと,ビリつきが出て弦高を下げられず,「張りの強い楽器」となるはずですし,ウルフトーンが⑤弦や⑥弦の開放弦を激しく揺すらずにうまく分散できればギリギリまで弦高を下げても平気な「張りの弱い楽器」楽器になると思われます。


*開放弦では無くてフレットを押さえた状態で当たってもまずいわけですが,弦長が短くなる分,押さえてからビリつくということはなさそうです。
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たこやきおやじ

Enriqueさん

私が河野のブリッジ、ナットを付け替える時に、YouTubeで調べたら12フレットは書かれた通りでした。1フレットは⑥弦との隙間はハガキが通る程度でよいと説明がありました。(確か現代ギター社関連の映像だったと思います)約0.2mmくらいだと思います。私は溝を削らず、少し大変ですがナットの底部を削って調整しました。⑥弦で調整すれば他の弦は私にはちょうど良い感じの高さに、たまたまかもしれませんがなりました。「ハガキが通る程度」というあいまいな表現ですが、ノギスなど持っていませんので、ハガキで感覚だけでやりました。Enriqueさんから、再現性に乏しい極めてテキトーなやり方だとお叱りを受けるかもしれませんが。(^^;
by たこやきおやじ (2019-03-28 09:55) 

Enrique

たこやきおやじさん,
どういう方法であれビレなければ良いと思います。正確に測ってもビレていたらしようがありませんので。どこまで弦高を下げられるか,楽器によってチャレンジです。
ハガキの通り具合で,0.2mm挟んだ多少プラスマイナスが分かると思います。楽器によっては少しビレるかもしれませんね。
私の場合,ナットを元から作るのでノギスが必需品です。もう少し精度が欲しいところです。
by Enrique (2019-03-28 10:08) 

East

Enriqueさん、

左手の感じる張りの強弱は、弦高の高低に影響されますが、これは、ピッチや弦長が同じであれば張力は同じで、低くなれば張力は小さくなるということでしょうか。
また、弦の張りの強さについては右手のタッチで、いわゆる名器と言われる楽器は張りが強く、右手の「それなりのタッチ」がないと楽器の本来の音が出ない、というようなことを聞いたことがあります。これはその類いのギターは、弦高が高めの設定なのでしょうか。
弦の張りの強さと演奏性はわかったような気がしても、実際には理屈がわかっていないので、モヤモヤしています。

by East (2019-03-30 00:07) 

Enrique

Eastさん,そうですね。主に弦高による違いは左手が感じる張りの強さの事です。
>ピッチや弦長が同じであれば張力は同じで、低くなれば張力は小さくなる
全くその通りです。これらは比例的に効きます。むしろピッチや弦長はそう大きくは変えられないですが,弦高は大きく変えられますので,先ずは第一義的に効くはずです。

その次は,どのくらいのファクターで効くかは要検討ですが,ネックや表面板の変形によるしなりです。ただ通常のクラシックギターの範囲内でそう大きな差が出るとは考えていませんが,こちらは,左右両方に効くはずです。あと,良く言われる弦取り付け角度も少しは効くでしょう。

良い音を出すための右手のタッチは,また別の課題ではないかと思っています。良い楽器は概して響きが鋭く,タッチによる差を鋭敏に受けやすいでしょう。これは主にボディの性能です。そもそもタッチによる音質差が出やすいのが良い楽器だとすれば,そのコントロールは難しくなり,最高音質を得るには良い耳とタッチは必要でしょう。

良い楽器では,弦高はそうベタベタには下げられないということも言えるかもしれません。極端な事を言えば,サイレント・ギター(エレキギター)では弦高はギリギリまで下げられますね。弦の振幅が大きくならないからですね。左手はソフトですが,右手の張りは強く感じます。

ある一定以上の楽器になると,その辺は非常に微妙な違いだろうと思います。
人間の感覚は鋭いところといい加減なところがあります。多分音に関しては鋭敏でも張りの感覚は曖昧。左右の感覚の連動もありますから,ごっちゃに感じている面もあると思います。

弦離れが良いとか,捌きやすいとか,いろんなことが言われます。
弦張力の計算は線形近似です。右手は左手以上に弦を変形させますので,左手ほどには単純にはいかないかもしれません。
私もモヤモヤはかなり残っていますが,まずは弦高による影響を一義的に考えています。
by Enrique (2019-03-30 06:49) 

East

Enriqueさん

丁寧な解説をありがとうございます。
いろいろな事象、要因を整理することが必要ですね。楽器を弾いて音出すという行為は、いろいろなことが相互に関連しますので。
by East (2019-03-30 16:58) 

Enrique

Eastさん,どういたしまして。
そうですね整理すべき課題だと思います。
弾き出した頃,弾き難いと言って楽器店に持って行ったところ,「お前の練習が足りないんだ」と言われた記憶があります。
現在はそんな事は無いでしょうが。
by Enrique (2019-04-05 17:53) 

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