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岩本恵理さんのCDを聴く~シマノフスキ~ [演奏批評]


岩本恵理さんのシマノフスキのCDの感想です。

Karol Szymanowski: Piano Works

Karol Szymanowski: Piano Works

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Acte Prealable
  • 発売日: 2009/02/09
  • メディア: CD

岩本さんのページのほか,こちらでも試聴できるようです。

まず,9つの前奏曲。ショパンを少し新しくおしゃれにしたような感じです。9曲中8曲が短調です。
Op.1-1 ロ短調。伴奏のアルペジオが印象的です。静かに長和音で終わります。
Op.1-2 二短調。ショパン的ですがさらに調性がゆらゆら揺れるような,デリケートな曲です。
Op.1-3 変ニ長調。唯一の長調ですが,そう他の短調曲から突出はしません。何とも品の良い明るさです。
Op.1-4 変ロ短調。印象的な上昇音形のモチーフが展開されてさらっと終わります。
Op.1-5 二短調。広い音域に激しく動きますが,ショパン的な節度を保ったものです。
Op.1-6 イ短調。調性がぎりぎりと言う感じの美しさ。デリケートな曲です。
Op.1-7 ハ短調。ショパンに見られるような細かいパッセージ風のモチーフがたくみに転がされ,デリケートに主音に登りつめて終わります。
Op.1-8 変ホ短調。なにげなく始まりますが,ソノリティを増して行き,くるおしく盛り上がり,やはり静かに終わります。
Op.1-9 変ロ短調。この曲はショパンというよりもスクリャービンの影響なのでしょう。復調的な伴奏とメロディで始まり,やや情熱的な展開を経て終わります。

Op.1-7と8は14歳の時の作品だそうですが,まるで大人の世界が分かっているような,ぞくっとするような和声があります。

変奏曲Op.3変ロ短調。バッハの「フーガの技法」のものを思わせる様なゆっくりとした重厚なテーマですが,後半部はロマン的な動きで,気難しさはありません。
第1変奏,引き続き奏される左手のテーマにオブリガート的に織りなす右手が,えも言われぬ美しさです。
第2変奏,激しいアルペジオで始まり,すぐに終了。
第3変奏,複調的なマズルカです。
第4変奏,スタカートのオクターブ音の音階的な動きです。
第5変奏,滑らかなアルペジオときざみの異なるゆったりとしたメロディの情感豊かな変奏です。音型的にはショパン的かなと思います。
第6変奏,軽い左右の交互弾弦で動きまわり,あっという間に終了。
第7変奏,第6変奏の勢いで,ショパンの練習曲のような細かいアルペジオに突入します。左手のオクターブが力強くメロディを奏でます。
第8変奏,テーマに戻った様なゆっくりとした瞑想的な変奏。
第9変奏,がらりと雰囲気を変えて,おしゃれな感じ。
第10変奏,第9変奏の流れをくんで,シンプルな音の綾なし。
第11変奏,ショパン的な(とつい言ってしまいますが)美しさ。もちろん和声は拡大しているのでしょう。
第12変奏,最終変奏です。消え入る様な第11変奏終了の静寂をつんざく様に両手オクターブで激しく開始され,「これでもかこれでもか」と,ヴィルトゥーゾ的な変奏が繰り広げられ,華々しく終了します。

いやーこれは素晴らしい曲と演奏です。何と言えば良いでしょうか,洗練と新しさと情熱が同居して,これはどなたが聴いても名曲と感じられると思いますが如何でしょうか。

次は,シマノフスキの名前を広めた練習曲Op4-3変ロ短調。先輩ピアノ二ストのパデレフスキらがショパンと並べてこれを弾いたこともあり,一時期,シマノフスキと言えばこの練習曲を指した時代もあったようです。作曲者と曲名は知らずともどこかで聴いているかもしれません。

ここまでが,シマノフスキの初期の作品で,ショパンの影響の色濃いものです。

次は,シマノフスキの代表作と言われる「メトープ」Op.29の3曲です。メトープとは,古代ギリシャの神殿に刻まれた物語風の彫刻の事だそうです。この曲はシマノフスキの中期の印象主義の時代のものです。
第1曲 セイレーンの島 "L'île des sirènes"
現代曲に近い様な始まりです。ラヴェルよりもさらに新しい感じがします。これは標題音楽です。音の並びだけを聴くと難解に聴こえますが,映像や舞台,文章をイメージして聴くと俄然迫力が増します。「キラくら」のBGM選手権に使うとなかなか強力なのかではないかと思いました。かなり強烈な映像や文章にも負けない強さを感じます。セイレーンは半女半鳥の怪物。これが住む島に通りかかると,その美しい歌声と竪琴の音に船乗り達が魅了されて船が難破させられるので,オデッセウスはその魅惑の歌声を聴くために自身をマストにくくりつけた上に,船乗りたちの耳には蝋栓までさせてそれを聴いたとのお話です。いわば「島の譜好き」と。(オヤジギャグ失礼)

セイレーンの島.png
こんな絵ならば,お話で済みますが。。。

leig04.jpg
こちらの絵ですと,神様といえども男性はやられそうですね。

カリュプソ "Calypso"
何とか生き延びてオギュギア島に流れついたオデュッセウスに愛情あふれる介抱をした女神の名前です。流れ着いたオデュッセウスを見初めて恋に落ちたこの女神,この島にとどまってくれれば彼に不老不死を約束したのですが,7年の後彼は故郷に向けて旅立ちます。落ち着かない不安げな無調的音列から始まり,その傾向は曲を貫いています。あえかなる美しさとでも言いますか,クリスタルのような高音で終わります。
Calypso_receiving_Telemachus_and_Mentor_in_the_Grotto_detail.jpg

ナウシカア "Nausicaa"
故郷イタカへ戻るオデュッセウスをこころよく思わないポセイドンに難破させられ,またしても海岸へ流された彼を助けた王女の名前だそうです。王女を妻にとアルキノス王は薦めますが,彼が妻ペネロペの待つイタカに帰る事を切望することを知り送り出します。
1878_Frederick_Leighton_-_Nausicaa.jpg

この3曲からなる「メトープ」,音楽というよりも(もちろん音楽なのですが),音絵もしくは音詩というべきものでしょう。古代ギリシャの物語は,芸術家に創作の素材を提供もし,さまざまなヨーロッパ語の言葉の語源にすらなっています。シマノフスキの「メトープ」は,次の作品番号のヴァイオリン曲「神話-3つの詩Op.30」などと並んで,古代ギリシャの物語を音楽で表した代表作です。ちなみにここで取り上げられている,「セイレーンの島」のセイレーンはサイレンの語源で,この音が聴こえたら逃げないといけないという,まさしく超危険もしくは蠱惑の象徴に使われているわけです。「ナウシカア」は宮崎駿さんの「風の谷のナウシカ」にも使われていますね。

最後はOp.50のマズルカ4曲です。これらは,シマノフスキ後期の民族主義の時代の作品です。文字通りマズルカはポーランド発祥の舞曲で,一旦国家が消滅していたポーランドが独立を果たした1918年以降,祖国に戻った彼は先輩ショパンがやった様にポーランド的なものの芸術への昇華を求めます。ショパンが題材としたのは平地地方のものですが,シマノフスキのものは山岳地帯のものだそうです。そのせいか,少しバルトークの様にも聴こえるところがありますが,シマノフスキの特徴は土着的な民族音楽を題材にしていても,常に感じられる洗練されたお洒落さだと思います。

岩本さんが,シマノフスキをよく手がける様になったのは,ポーランドに留学してからのようですが,ワルシャワ市内のシマノフスキが住んでいたのと偶然同じ通りに住んでいたりとか,ザコパネのアトリエを訪ねたりとか彼の世界にどっぷりつかっています。また「メトープ」に関してはスイス留学時代に見たアーノルド・ベックリンの絵から霊感を得たとのことです。いずれにせよ,シマノフスキにかける岩本さんの情熱が伝わって来るような演奏だと思いました。

このCDでは,シマノフスキの初期の時代から中期および後期の作品が1枚に納められており,作曲家シマノフスキの作風の変化をピアノ曲から感じ取れるようになっています。私がそうでしたが,シマノフスキ入門用として,あるいは愛聴盤としても優れたCDだと思います。
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はせお

クラシカル・ギターですか。
私はこの前、スペインの「アンブラハム宮殿の思い出」を聞いて、ジーンときました(^-^)
by はせお (2013-12-10 23:26) 

Erissimo

Enriqueさんに次に出版するCDの解説をお願いしたいと思ってしまいました!素敵な解説と文章をありがとうございます。
by Erissimo (2013-12-11 06:23) 

Enrique

はせおさん,nice&コメントありがとうございます。
今回の記事は偶々ピアノに関するものですが,ポーランドに興味を持ったプロセスでの記事です。
by Enrique (2013-12-11 12:07) 

Enrique

Erissimoさん,コメントありがとうございます。
>次に出版するCDの解説をお願いしたいと思ってしまいました!
そこまで気にいっていただければ光栄です。シロウトで良ければ(笑)!こちらこそ,Erissimoさんの,気迫のこもる演奏を聞かせていただきありがとうございました。

by Enrique (2013-12-11 12:33) 

アヨアン・イゴカー

どれも美しい曲、巧みな演奏ですね。
聴いていてとても心地よくなります。
そして、やはり北の国の音がします。
by アヨアン・イゴカー (2013-12-14 23:14) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメントありがとうございます。
私は今までシマノフスキをあまり真面目に聞いた事が無かったのですが,こちらの演奏で好きになりました。
>北の国の音
なるほど,そういう聞こえ方ですね。
by Enrique (2013-12-15 14:08) 

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