SSブログ

ギターのむずかしさ(つづき) [雑感]

ギターのむずかしさ」の記事が反響いただいたので,今回はその続編です。


「ギターはむずかしい」というと,しり込みする人が多くては困りますが,ギターは何となく,鍵盤などよりも初心者には弾けそうな気がするものです。

理由は,その単純さでしょうか。ヴァイオリンやチェロのように,弓という魔法の杖は使わないですし,フレットがあって音程を刻んでくれると言う安心感などでしょうか。

大き過ぎず小さ過ぎないそのサイズ。どこへでも持っていけるポータビリティ。沢山のキーを操作しなくて良いコンパクトさ。そして,お値段が安いというのもけっこうな理由だったと思います。和音が出せて独奏も伴奏もできる楽器として最小最軽量というのも見逃せません。


しかし,物事には必ず両面があるもので,長所は短所に,利点は欠点にもなるものです。

弓を使わず,指で直接弾くというのは手軽さでもありますが,本格的な楽曲を奏でるには大変な難しさでもあります。弓を使う楽器のボウイングのヒントに,「釣りで掛かった魚とやり取りする感覚」と言うのがあるそうですが,弓を使わないギターは,竿を使わないいわば手釣りをやっている様なものです。

フレットがあるのは音程の取りやすさでもありますが,これが無いとまともに音になりませんし,フレット内どこを押さえてもよいと言うものでもなくて音の出損ないの多い楽器でもあります。

お値段に関しても,手工品だとそれなりに高いわけですが,薄い平板で構成されるという構造上,普及品は量産すれば安く作れるので,大衆楽器の地位を確立したのでしょう。しかし,かつてとは経済状況も異なりますし,ハマった人は量産品では飽き足らず少しでも良い楽器を求めるので,けっこうな高額にはなります。とはいえ,国産手工楽器を使っているプロもかなりいますので,ヴァイオリン等に比べ安価ではあるのでしょう。


作曲に関しても「ギターで弾いて効果的な曲は,楽器を熟知した人しか書けない。」というのも,近年まで信じられていましたし,これはおそらく真理でしょう。

クラシックギターの曲は探せばいくらでもありますが,一般有名作曲家の手になるものは殆どありません。独奏は言うに及ばず,アンサンブル楽器としてもです。
以前の記事でふれたマーラーの第7シンフォニーに入っているギターの使い方など,「これ以下あるか」といった本当に情けないものです。

リョベートが,ギター曲を書きたいと申し出たドビュッシーの相談をほっぽったという話,セゴビアがストラビンスキーの作曲の申し出を辞退したという話もあります。この手の話は,真偽の程は分かりませんが,有名作曲家のギター曲がごく少ないゆえに一人歩きするものでしょうが,さもありなんと思います。ギターの立場から言えば,上のマーラーの例にもれず一般音楽家のギターという楽器への余りの理解のなさもあり,面倒くさくなるのだと思います。


ぜんぜん違う分野ですが,北杜夫の記述がその辺の感情に近いものだと思います(じつは以前も取り上げたの思うのですが思い出せません)。

 山の中で長竿を担いでいる蝶マニアが一般の健全な人とすれ違います。

 マニアは「やばいな」と思うのですが,

 一般の気の良い人は,「釣りですか?」と話かけて来ます。

 マニアは面倒くさいので,「鮎です」とか言ってごまかします。

 しかし,一般の気の良い人は,「こんな山の中で鮎ですか?」とか言って中々解放してくれません。

 マニアはそそくさと逃げるのですが,一般の健全な人は犯罪のにおいを嗅ぎ付けてしまうと。

ただでさえ蝶マニアは,特殊な趣味とされるキライがありますが,その中でも,山の中で長竿を担ぐ人たちはゼフィルスというミドリシジミ類を専門にやる人たちです。これの使い方の記述も有りますが,やる人には分かり切った常識で,やらない世の中のほぼ100%の人たちには何の関係も無い事なので,この話はこの辺で割愛します。


ギターの話に戻ります。まあこの楽器もゼフィルスに近いものがあり,この楽器への無理の無い無理解があったとはいえ,20世紀になるとセゴビアが出てギターのレパートリーはかなり豊富になりました。
トゥリーナ,ファリャ,ロドリーゴは近代スペインを代表する作曲家ですが,いずれにもオリジナルのギター独奏曲があります。モレノ=トローバにはギター曲が結構な量有ります。そうそう,モンポウには名作コンポステラ組曲があります。

スペイン以外でも,セゴビアのレパートリーでよく登場するポンセ,カステルヌォーヴォ=テデスコ,タンスマン。フランスでもルーセル,イベールなど,ブリームとの交流で作品を生んだイギリスのバークリー ,ブリテン,アーノルド などなど。中南米は,ギターの第二の故郷だからか有力者が目白押しです。パラグアイの大ギタリストのバリオスが外せないのと,最近演奏に触れる機会が増えて来たニャタリ,ヒナステラ,今やギター定番のラウロ,ピアソラ,ジスモンティ。わが国では武満徹や三善晃さん,「ゴジラ」の音楽で有名な伊福部昭などにも,多くは無いですが名作があります。もっと若い世代でもおなじみの池辺晋一郎さん,二橋潤一さん,そして吉松隆さんにもギター曲はかなりありますし,山下和仁さんの奥様の藤家渓子さんも有力でしょう。

どうしても一般作曲家の手による曲は難しく,シロートがまともに効果的に弾ける近現代曲の最右翼は,言い古されてきたことですが,ヴィラ=ロボスです。かなり弾けた人なので,弾きやすい技術でギターの機能が目いっぱい効果的に生かされています。ディアンス,ヨーク,クレジャンスらは,ギター作曲家の範疇でしょうが人気の理由はやはりギタリストの手になる弾きやすさと高い演奏効果です。わが国では佐藤弘和さんでしょう。ブローウェルはギター以外の作品も多いですから一般音楽家の範疇とみなして良いでしょう。


歴史的に,ギターと言う楽器は,ブームを繰り返しているようです。けっこう楽にかっこよく弾けそうだ。というのがその原動力でしょうか。しかし,少なくともクラシックギターではそうでも無いです。私もブームに乗って始めた口ですが,40年あまり弾いていますが,中々楽にもかっこよくも弾けないものです。しかし,それを補って余りある魅力があるから続けているのでしょう。
nice!(2)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 4

黒板六郎

まだまだマイナーな楽器であり、村治佳織サマの活躍などのおかげで、かなり日の目をみられるようになりました。でも地味ですね。なにせ致命的に音量がない。機械使えばどうとでもなるんでしょうが、生の音で勝負したいです。いっぺんはまってしまえば足抜けできない魅力なんですがねえ。
by 黒板六郎 (2013-09-01 13:04) 

アヨアン・イゴカー

マーラーの交響曲7番4楽章、該当箇所聞いてみましたが、確かにギターのよさが充分に発揮されているとは言えないかもしれません。勿論、ギター協奏曲ではないので目立つ必要はありませんが、ギターと言う楽器を使う必然性が小さいように感じました。
こういう楽器別の視点というのは、興味深いと思いました。
by アヨアン・イゴカー (2013-09-01 14:02) 

Enrique

黒板六郎さん,コメントありがとうございます。
20世紀にはポピュラーを含めると大変重要な楽器になりましたが,クラシック楽器としてはマイナーですよね。一部マニアの楽器というイメージは拭えません。音量のほか技術や機能にも制約がありますが,だからこそ面白い,魅力的というのもあります。
一般の人気注目度はやはりスタープレーヤーがでると大きくなりますね。
by Enrique (2013-09-01 21:00) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメントありがとうございます。
当該個所,マンドリンは少し動きが有りますが,ギターの音はほんのわずかしか使っておらず,それも音域外のドとかがあります。何か夜の雰囲気を表したかったようですが,もう少し,ギターらしい和音とかアルペジオとか入れてもらえば良かったと思います。興味はあってもギターの使い方が分からなかったのだと思います。ムリも無い事でやはりセゴビアの様な卓越した演奏家がいなかったのが原因でしょう。
by Enrique (2013-09-01 21:50) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。