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アイルランドの風・守安功氏の講義受講 [日常]

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Ireland by janet_farthing with CC-License Attribution

守安功氏は某有名私立音大古楽科出身のリコーダー奏者(ご自分でのそのような紹介だったと思う)だが,アイルランドに入りびたり,一年の1/3を当地ですごす。現在アイルランド音楽の第一人者のようだ。今回,奥さんの雅子さんのアイリシュハープおよびコンサーティーナ(バンドネオンの小型のような風琴)に平井み帆さんのチェンバロのハーモニーを加えての,公開講義を受講した。なかなか刺激的な内容だった。クラシカルな音楽観からすれば不完全な音楽とされてきたアイリシュなどのいわゆる旋法音楽を,実演・即妙な紹介・解説しつつ氏の音楽観を語ったものだった。

まず,音楽の3要素のうちのリズムから入った。リズムは楽譜で最もあらわしにくいものであると,実際に色々実演してみせる。我々はジーグはイギリス由来のものという知識はある。組曲の末尾につく6/8拍子などの軽い舞曲と。バッハの組曲の最後にもよく現れる。最後に置くのはイギリスの流儀らしい。しかし,発祥地でもアイルランドとイングランドとスコットランドとでみんなリズムが違うのだそうだ。やってみせる。ビートの感じ方が違う。氏は実際に農民楽士の音を聞いて体得している。どうもリズムは,伝播していくうちに,民族性に基づいて様々に変化するものらしい。川の流れの源流を探るように,ルーツを探さないと分からないものらしい。たとえば同じ3拍子と言っても,フランス人の捕らえ方は,ちょうどシャンソン「枯れ葉」の歌いだしのように,独特な均等でない拍子になっている。日本人には日本人のビートの感じ方がある。

次はコード進行。基本的にクラシカル音楽での終止形は,I-IV-V-Iである。アイリッシュなどの音楽では,これがI-V-IV-Iである。IV-Iはいわゆる「アーメン終止」である。V-Iの終止形は神に対してありえない。IV-Iには人知では計り知れない強さがある(そう表現されたかどうかは忘れた)のだ。「よしだたくろう」の「結婚しようよ」はこの手のコード進行である。永遠の輪廻を感じさせ,すっきりと終わらない。楽典では,Vは父親の役割,IVは母親の役割などと習うが,これをユーミンは破壊した。VにIVを重ねた。彼女は,男女の役割が曖昧になることを見通していたというのだ。

アイリッシュなどの音楽に独特な懐かしさを感じさせる理由に,現代の音階(イオニアンやエオリアンの発展形)ではない旋法の使用がある(いうよりも自然にそうなっていたのだろう)。アイリッシュなどの音楽は,ミクソリディアンだ。これは,第7音がフラットしている。氏は「訛っている」と表現した。いわば導音がないわけで,VからIへの志向性という,重要な和声機能がない。他にドリアンも使うらしい。これは第3音と第7音にフラットがつくものだが,氏の説明では確かファにシャープがついているとのことだったので,そちらの表現が正しいとすれば,その旋法名はリディアンだろう。最も素朴な旋法は5音音階である。ペンタトニックは普遍的に世界中に存在し,日本の童謡や「寅さんの主題曲」を含め,スコットランドにも中国にもある。

機能和声を用い,決まった音階,リズム,弦楽器の合奏ではボウイングなどをぴたっと合わせる。現代のクラシック音楽関係者にとってはそれが常識なのだが,そうなったのは,永い永い音楽史の中ではほんの短い期間であると氏は言う。自然発生的な旋法音楽には独特な力がある。うつ病の人には特定のアイリッシュ音楽を愛好する傾向があったりする。旋法に加え,ゆらぎやさわり(雅楽の用語で,音程のずれのぶつかり)を含んだ音楽には,計り知れない独特な力があり,難病を一瞬で治すことさえあると言う。

ざっと以上が氏の講義内容だった。途中幾多の実例を挙げた楽曲が演奏された。ヘンデルがドイツからイギリスはロンドンに移住し,地元の音楽に感化されていく様子の話と実例演奏もあった。


音階の話は,以前本ブログでも取り上げたが,旋法の話はほぼ省略した。少し本格的に触れなければならないと思う。音階の話はかなり詳しくしたので,それを利用して,本講義を回想すれば,7度の音,導音というのはやや人工的な音である。ピタゴラスの5度の回転では5回目でやっと出てくる。楽典上もロ長調はシャープを5つ付けなければならない調だということでも納得出来るかもしれない。自然倍音列でもなかなかぴったりはまる音がない。

ドを基準にすれば,1回目でソ,2回目でレ,3回目でラ,4回目でミが出る。基準のドと他の4音,合計5音で構成されているのが,ペンタトニック(5音音階)である。以前触れた自然倍音系列を基礎にする純正律では,ソは3/2,レは9/8,ラは5/3,ミは5/4などと比較的単純なものになっているが,シの音は15/8で,15倍音で出てくる音だ。むしろ7/4,すなわち7倍音はシ♭に近く,シよりもむしろシ♭の方がペンタトニックに付け加えられる自然発生的な音としてはふさわしいものなのだろう。楽典的に言えばシャープ5つのロ長調よりもフラット2つの変ロ長調の方がより自然であり,音としてもシよりもシ♭の方が基本的だろう。ドイツ音名でもベーはB♭のことを指し,Bナチュラルはハーと呼ぶ。ファの旋法(リディアン)では第4音が半音上がっているが,FとF#(Fis)がどちらがより基本的な音かというのも,面白いところだ。整然として見える楽典の中にも,少し旋法的な名残りはあるのである。

やや人工的な音である第7音を主音を強く志向する「導音」として用い,和声進行上の重要な音とするのが現在の標準的な楽典である。それによる機能和声や転調などによる構成上の妙はクラシック音楽の基礎である。しかし,人間の本性的なものを突き動かす力はプリミティブなところにあるということを氏は繰り返し述べたかったようだ。

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koten

 深い! この記事凄く深いですね(感心)。 なるほど、確かに「結婚しようよ」はⅠ⇒Ⅴ⇒Ⅳ⇒Ⅰの進行ですね。思わず目から鱗です。 
 「・・これをユーミンは破壊した。VにIVを重ねた。」のところ、もう少し詳しく知りたいのですが、例えばユーミンのどの曲が該当しますかしら?

 機能和声の理論が(特にミーントーン支持者によって)しばしば批判されるのは、もしかして「I-IV-V-I」の進行が良くないってことなのでしょうかね・・・(この進行が確立されたのって機能和声の理論ですよね?)
by koten (2010-11-30 13:14) 

Enrique

kotenさん,nice&コメントありがとうございます。
私は和声論あまり詳しいわけでないので,ここでいう和声機能は,「解決に向かう指向性」くらいの意味で使っています。V-Iがその最たるもので,VI-Iのふわっと着地する高貴さ?に比べ,あまりに即物的,品がない?ということでしょうか?それに旋法は平均律下の発生したものではないので,音律との関連も大いにありそうです。
ユーミンの件,具体的な曲名は忘れました(演奏してくれたかも知れません)が,彼女の曲全般について言えるというようなだったかも知れません。あの何コードというのでしょうか?GonFとか言うやつですね。卒業写真のサビの部分とか。。。
by Enrique (2010-11-30 19:41) 

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