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スカラー,ベクトル,テンソル [雑感]

吉松隆氏が山下和仁氏のために作曲した,理工学3部作とでもいえる,水色スカラー(1993),風色ベクトル(1991),空色テンソル(1992)に使われている用語である。最初の発表から20年近くたつが,聞きやすさとはうらはらに技術的に難しいためか,山下氏以外演奏は少ない。水色スカラーを村治佳織さんがCD「リュミエール」で美しく弾いていたのは記憶に新しい。理工学用語が一般に使われるようになるのは珍しくない。ベクトルはよく使われる。案外スカラーは使われない。新語にするは内容がシンプルすぎるからか。

もっと使われないのが,テンソルである。ベクトルをさらに拡張した数学的概念であり,行列を用いて表される。数学的概念はさておき,実際面でテンソル量で表される量は磁性体の透磁率や誘電体の誘電率などに現れ,磁石や光学特性などで実用面でも十分お世話になっているが,中でも馴染みが深いのが弾性体である。材質が等方的であっても,例えばモノを引っ張るとその方向には伸びるが,直角方向は縮むので,ひずみに応じて現れる応力はテンソルとなる。加えた力の反応が平行成分とともに垂直方向にも発生するのがテンソル量の特徴である。通常応力テンソルは対角化出来ていわゆる主応力方向が決まり,ベクトル場で表される応力分布が発生する。物理学,機械工学,建築学等を学んだ人なら思い出されるだろう。

ギターを形作る木材は異方性材料であり,弾性率自体がテンソル量である。また,振動特性を単純にとらえるにしても,弾性率は複素数としなければならない。さらに木材内で不均一なので,結局木材の弾性率は複素テンソル場として扱わないといけない。弾性率とともに振動特性に重要な質量はスカラー場でよいだろう。さらに,非線形や時変は別の概念である。木材はひずみで,弾性率が少し異なることはあろうし,長い年月で木材の特性が変化するのも良く知られたことである。このことは,通常定数であるテンソルの要素が,さらに変位や時間の函数になっているということで,これはかなり複雑なモデルとなる。近似的な解析は従来から行われて来たが,木材を異方性材料として扱う解析すらごく最近始まったようである。最新の解析技術を用いれば解析そのものはある程度可能だろうが,取り込んだ複雑なモデルの各要素の影響がマクロな振動特性にどう関連付けられるかの解明が課題だろう。そもそも,どういう振動特性が楽器として最も良いのかというのは,美感の問題であり,それらの対応づけはかなり長期の課題だろう。

ちなみに紛らわしくないよう,外力やひずみに対して弾性体内に発生する影響を「応力」としたが,これは「ストレス」の訳である。ストレスも良く用いられる理工学由来の言葉であるが,実はこれがテンソル量なのである。メンタルなストレスも直接の原因とは異なった方向にも発生していることだろう。

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てですこ

吉松隆さんは理工学のバックグラウンドでしたね。
テンソルは日常でアナロジーとして使いにくい言葉ですね。
by てですこ (2009-07-06 22:59) 

Enrique

新しい言葉として定着するには,いくつか条件があるのでしょうが,やはり多くの人の共通理解が得られるかポイントでしょうか。高度な概念が必ずしも多くの人には受け入れられないのは,どの分野も共通でしょう。

もっとも,テンソルが日常語で使われている世の中というのもちょっと大変そうではあります。
by Enrique (2009-07-07 09:35) 

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