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演奏家の作曲雑感 [雑感]

NHK‐FMの番組「ガットの調べ」で福田進一さんがそのテーマ曲を自作自演していました。これ年に10回程度やる番組のようでしたが,結局2,3回程度しか聞けませんでした。N響中継後の神出鬼没の番組でした。

それから先月で終了した,「きまクラ」の幸田浩子さんが番組の中で作詞作曲したK・セレナータはなかなかの佳曲でした。

セゴビアにも少し自作曲があります。
そう言えば,ピアノの辻井伸行さんも自作曲得意ですし,ギターの若き俊才藤元高輝くんもそうです。

アンコールで弾かれた曲で,「あっ,これ何の曲?」と思うと,演奏者の自作曲ということがあります。
Encore

演奏者の自作曲は,総じてちょっと個性的で親しみやすい佳品であることが多いと思います。やはりより聴衆に近い演奏者が直に弾きたいと思うように作っていますので,訴えるものも強いと思われます。

それでは,演奏者がドンドン曲を作ればいいのでしょうか?

作曲も演奏も高度に分業化している現在,やはりモチはモチ屋,本格的なものは本業の作曲家に任せるのが一番だと思います。演奏家の作曲はむしろ,演奏のためのアナリーゼに有用だと言うのが本筋だと思われます。良い大工ほど設計の重要さも熟知していると言われます。バッハのフーガを一生懸命練習することも重要ですが,フーガを理解するには,自分で作曲してみるのがイチバンらしいですね。私は出来ませんが。

演奏に好影響を与える作曲ならば良いわけですが,演奏が本業ゆえの時間的制約もあるでしょう。しかしあまりに高度に専門化して作曲された曲を高度な技術で演奏したからって必ずしも人の心を打つものでもありません。演奏家の自作曲というのは,音楽を身近なところに取り戻す,ささやかな試みであるのかもしれません。
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アヨアン・イゴカー

分析もほどほどに、と言うのが私の勝手な考えです。なぜなら、解釈はしばしば変わるからです。作曲者が必ずしも意図していなかった、意識せずに書き上げていたものを理論付けして演奏することにはそれほど意味がない、と思います。傑作が生まれる瞬間は、直観によるものだ、という確信があるからです。
昔、大学受験用に引用された小説の一文が、その小説の作者が意図していなかったことを「作者の意図」として問題が作られたことがある、と言う記事を読んだこともあります。

by アヨアン・イゴカー (2012-04-07 13:28) 

Enrique

アヨアン・イゴカーさん,nice&コメント有り難うございます。
そうですね,音楽に限らず芸術作品の原点は直感によるものが多いのでしょうね。フーガとかソナタとか楽曲形式に関する理解は必要でしょうが,形式以前もしくは形式の中の創作部分は作者のインスピレーションでしょうから。
「作者はこう意図したはず」というのもあくまで一解釈で,押し付けられたらたまりませんね。厳密なはずの理系の理論でも解釈が分かれることもありますから,まして。。。
by Enrique (2012-04-07 16:54) 

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