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フレッティングの考え方(5) [音律]

音律の基礎に逆戻りしてしまいましたが,フレッティングはまさしく音律の基礎そのものでした。音階表を比率で求めれば,その逆数が弦長でした。音階表の基音が開放弦の音に無い場合には,開放弦の音が1になるよう規格化(その比率で全体を割り算)する必要がありました。ピタゴラス音律では全て掛け算割り算で計算できました。ミーントーンを正確に求めるには5の四乗根の計算が必要でした。

さて,ここからは通常の音律の議論で良く使われる五度圏図を使います。やはりこれはオクターブに12個の音があると考える思想から成り立ちます。ただし,基音から純正五度を12回積み重ねても,オクターブはぴったり閉じず行きすぎてしまうのです(すなわち13番目の音はスタート音よりやや高くなります)。この行き過ぎ比率をピタゴラスコンマというのでした。そのため,スタート音と最後に出た音との間に狭い五度間隔ができてしまいます。五度圏の間隔を純正五度で表示すると必ず一周の中にピタゴラスコンマ分狭くした比率を(適宜按分)配置しないといけません。これが音律の基本でした。

ピタゴラスコンマの発生は,オクターブという2のべき乗系列と,ピタゴラスによって音階に導入された3のべき乗系列(純正五度の累積)との兼ね合いでした。一方シントニックコンマは,3のべき乗数(純正五度)と5のべき乗数(純正長三度)との兼ね合いで発生しました。

前者のみ用いるのがピタゴラス音階,後者を優先するのがミーントーン,両者生かすのが純正律でした。そう言うと,純正律はオールマイティのように聞こえますが,算術的なオイラーの純正律というものはオクターブに3×5=15音必要で,これを12音におさめると,ピタゴラスやミーントーンでは一か所だけのウルフが,三か所にも発生してしまいました。

あちらを立てればこちらが立たぬというのが音律の世界です。そこで出てくるのが,あちこち適宜調整しようというのがウェルテンペラメントの考え方です。中でも一番シンプルで純正律的に用いられる有名な音律にキルンベルガーIと呼ばれるものがあります。この音律は,ハ長調(近傍)で純正律的になり,調号の多い調ではほぼピタゴラス音階に移行します。以下にその五度圏を示します。
Microsoft Word - Colored五度圏・KBI.png
これはいわば,裏領域にあったコンマを表領域のD-A間に持ってきたものです。ただし,ここに入れてC-E間を純正三度にするためにはここはシントニックコンマ(Zとしました)でなければなりません*。ピタゴラスコンマの比率の方がシントニックコンマよりも少しだけ大きいので,その差の比率(スキスマ: Schとしました)をどこかで調整します。これを通常F#-C#(D♭)間に入れて,五度圏を閉じます**。この間だけは平均律五度とほぼ同じ音程です(ただしこれは整数比率で表され,無理数で与えられる平均律の五度と原理的には異なります***)。この音律では,D-A音程が狭く禁則ですが,ピタゴラスのウルフ五度を逆手にとったもので,ハ長調近傍が純正となる,シンプルで強力な音律です。

やはりここでは弦長を議論しているので,この音律をC基準で比率を出して行きますと,以下の表となります。

キルンベルガーI(C基準)の音程表
音名
比率(式)
C
= 1
G
= 3/2
D
= 9/8
A
= 5/3
E
= 5/4
B
= 15/8
F#
= 45/32
C#(D)
= 256/243
G#(A)
= 128/81
D#(E)
= 32/27
A#(B)
= 16/9
F
= 4/3

注意する点は,シントニックコンマを入れるD-A間と,スキスマを入れるC#-F#(D♭)間ですが,これにより純正に近く補正されるため,全体としてピタゴラス音階よりもシンプルな比率になります。

これを(並べ直して)逆数をとれば弦長表になります。C基準で行くならば,各弦の弦長(フレッティング)は開放弦の音を1に規格化しないといけません。他の基音,例えばA基準で行くならば,この表のCをAに,GをEにと順次読み替える事になります。Cをてっぺんに書く五度圏なら,コンマ位置を相対的に時計回りに3時間分回す事になります。その上で音程比率表を作成しさらに各開放弦の音で規格化して並べ直せば各弦の各弦長が求められるわけです。これを手計算でやるのはややメンドウですし,間違う可能性もあるので,表計算ソフト上で計算したのが以前示したフレット表でした。数値で示してもなかなかピンと来ないと思いますので,次回はフレット図を示して具体的に見て行きます(つづく)。


*-Zとは,純正五度よりもシントニックコンマ分狭いという意味です。ですからこの間はD音に対してA音が3/2×(80/81)=40/27倍と中途半端な比率になりますが,その代わりA音とE音がC音に対してそれぞれ8/3,5/4と純正になるわけです。キルンベルガーIIでは,この比率をD-A間とA-E間に按分配置します。比率で按分というのは1/2乗すなわち平方根となります。これらの2カ所の音程間隔は無理数の比率になりますが,他はIと同じです。さらに,キルンベルガーIIIでは,この比率を4分割してC-G,G-D,D-A,A-Eの4カ所の各五度に配分します。各音程間の比率は四乗根で表される事になり,ほぼミーントーンとピタゴラス律の折衷になります。
**-Schとは,純正五度よりもスキスマ分狭いという意味です。このF#−D♭間の比率は純正五度3/2にスキスマの逆数32768/32805を掛けた数値で,C#/F#=16384/10935という厄介な比率になります。しかしそのおかげで五度圏ではこれ以降をD♭,A♭など♭で書きましたが,厳密に異名同音となり,C#,G#など#でも良い事になります。
***平均律の五度は,純正五度よりもピタゴラスコンマの12乗根分狭くなります。ここの五度音程はスキスマ分狭くなります。スキスマはピタゴラスコンマ÷シントニックコンマです。両者の値は,それぞれ値は相当近くはなりますが,前者は無理数であり,後者は分数比で表される値で,本来は異なる数字です。しかし音律の世界では,厳密値と近似値とが(常識として?)混用されることがあるので注意が必要です。本来,「実用的に問題ない」ことと「理屈上正しい」こととは別問題です。厳密値ならば必ずツジツマが合いますが,近似値が使われたとたんそこでとぎれてしまいます。整数比を小数値やセント値にする事は容易ですが,逆にそれらを整数比に戻すことは容易ではありません。ですから音律の成り立ちから議論するのであれば整数比率などの厳密解,実用面ならば小数値やセント値でしょう。ギターなどのフレッティングは弦長であり比率そのものですから,固定フレットを考えるならば,比率の使用ははずせません。もっとも,整数比ならば厳密かというと必ずしもそうではありません。例えば平均律が1/11ミーントーンだというのも数字はすごく近いですが厳密には違います。ピタゴラスコンマ531441/524288は面倒なので,74/73とすることもあるようです(確かにうなりの周期もそうなります)が,近似比率を使ってしまうと比率で考える意味が無くなってしまいます。もっとひどいのが平均律の半音比率を18/17とすることでしょうか。これは2の12乗根の近似なのですね...もとより,音律は使われてなんぼのものですから,分かった上で使いやすいよう近似値を使うのは大いに結構なのですが,最初から近似値(近似比率)が一人歩きしてしまうとかえって分かりにくくなってしまいます。

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REIKO

五度圏図をクリックしたら、超大きい画像だったのでビックリしました。
(これはExcelの描画機能でしょうか?)
グレー基調の高級感ある配色で、素敵ですね。
私はいろいろな音律の五度圏図を見るのが好きで、音律やってるようなものなんですが(笑)、これって見た目綺麗に&見易く描くのが意外と難しいんですよね。
拙ブログで以前、円周とその分割を太めの黒線、ミーントーンの五度を緑、ウルフを赤にしていましたが、「赤と緑の区別がつき難い」人が結構いますので、緑を濃い水色に変えました。
しかしまだ、線の太さなどは改良の余地あるかな?などと思っています。
それでこのキルンベルガー第一法は、五度圏図の見た目がカッコ良くて好きですね~!
イケメンですよ♪(笑)
Tシャツのデザインにしたら決まるなぁ・・・とずっと思っています。

by REIKO (2011-12-13 07:30) 

Enrique

REIKOさんコメント有難うございます。
〉五度圏図をクリックしたら、超大きい画像だったのでビックリしました。
〉(これはExcelの描画機能でしょうか?)
Excelのとおんなじものだと思いますがWord上で書きました。その後CubePDFというフリーのプリンタドライバ的なやつでPNGにしました。PNGって,キレイでファイルサイズ小さいのですっかり好きになってしまいました。画像サイズによってファイルサイズが(60kBほどで)大差ないので,デカイ方がお得だと思い,最大サイズにしておきました。
〉グレー基調の高級感ある配色で、素敵ですね
これは五度圏フェチのREIKOさんにおほめいただき光栄です(笑)。私あまり色のセンスが無いので,ブログページの背景色に合わせました(内容が無いのでデザインで)。。。
〉キルンベルガー第一法は、五度圏図の見た目がカッコ良くて好き
そうですね,キルンベルガー第一法は,本当にシンプルで美しいですね。五度圏のシンプルさではピタゴラスが一番でしょうが,比率はピタゴラスをしのぎ純正律に一歩迫りますね(C#G#D#の3音以外は純正比率になりますし)。
by Enrique (2011-12-13 13:14) 

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