SSブログ

デシベルの話から [電気音響]

前記事までの子供向けの科学百科で出てきたデシベルという単位はよく使いますが,その成り立ちは案外知られていないのかもしれません。先日,デシベルのベルはグラハム・ベルのイニシャル[B]だと書きましたら,REIKOさんに感じ入っていただきました。

デシベルの定義式は,パワー$P_1$, $P_2$の比率を$r$[dB]とすると,
  $r=10 log_{10}\dfrac{P_2}{P_1}$
で表されます。もともとは単に比率の$\log_{10}$をとっただけですが,1/10刻みのデシにするため,数字を10倍しています。

いや違うぞ,定数倍は20のはず!という方もいらっしゃるかもしれません。
信号比率を電圧比$\dfrac{V_2}{V_1}$で表す場合が多いですから,その場合は,
  $r=20 log_{10}\dfrac{V_2}{V_1}$
で表します。この方が多いかも知れません。なぜ2倍違うかと言えば,パワー[W]と電圧[V]の次元の違いです。もともとパワーの比率に使う[dB]を電圧[V]や電流[A]の比率に使おうとすると,2倍しておかないといけません。なぜなら,パワーは電圧や電流の2乗だからです。何乗は何倍になるというのが対数の世界のルールです。

デシベル[dB]じたいの説明はこれだけですが,もうすこし詳しく解説するには対数の説明が必要です。


信号の強度には,ムチャクチャ小さいのも大きいのもあると言うことです。増幅度なら何千倍でも何万倍でもありますし,信号と雑音の比率ならばなるべく小さい方が良くて何万分の一でもあり得ます。

ものすごく幅の広い数字を表す時どうするかというと,指数形式を使うということです。
百万なら106です。一億なら108です。通常は十進数を使いますから,底(base)は10が都合がいいです。むろん,ビット数と言う場合は扱うのが2進数ですから,2が底の指数で表します。指数とは,右肩に書く数字のことで,いわば普通の数字で表す際のゼロの数を表しています。

百万とか一億とか,10倍区切りキリの良い数字ならば,指数(ゼロの数)は6とか8とか整数で表されます。では二百万とか三億とかになるとどうなるか?単に指数形式で数字を表す場合には2×106とか3×106とかと表せば良いわけですし,小さい数字の場合は,ここがマイナスになります。「なぜマイナスになるのだ?」と言う方には,「こいつをデカい数に掛け算すると約分されてゼロの数が減るでしょ!」と言えば納得してもらえますでしょうか?

しかし,単に非常に大きな(小さな)数字を表現するだけではあまりオモシロくありません。10倍区切りキリの良い数字だけでなくどんな数字でもそのゼロの数を求めようというのが対数の狙いです。いわば,ゼロの数が6.3個とか8.5個とかの少数でも表されることになります。

さて指数法則においては,もとの数字の掛け算が指数部分では足し算に,同じく割り算が引き算になります。また何乗は掛ける個数ですから何倍に変換されます。それを忘れていても,キリのいい数字でゼロの数をみれば納得できるはずです。割り算が引き算になるのは約分のルールだといっても良いでしょう。対数では元の数の指数部分を正確に取り出すわけですから,元の数の対数をとると掛け算が足算に,同じく割り算が引き算になることなどがわかります。

例えば,100と1000を掛ければ,100000となりますが,指数(ゼロの数)に注目すれば,足し算になっています。100÷1000ならば,指数が-1になりますから,1よりも小さく,0.1だと言う事になります。むろん,指数が0というのは1という事です。0乗が1になるのが分からんという方がいますが,約分してぴったり1になる事を考えれば,ゼロの数がゼロになるわけですから納得できるのではないでしょうか?

ゼロの数が掛け算割り算では足し算引き算になるのは対数の性質ですが,底が10の場合だけではなく,いろんな底に一般化したのが対数(関数)というものです。関数記号は(嫌われ者の?)logです。書き方が面倒なのが嫌われる理由かも知れませんが,もとの数字の指数部分のみを取り出す関数です。ただ指数部分を取り出すと言っても,底になる数字は無数にありますので,沢山の底のlogが発生します。十進数の演算に使おうとすれば,その底は10ですし,むろん2進数なら2,8進数なら8です。もう少し数学を学んだ方ならば,底にはeもあるぞ,とおっしゃるかも知れません。

まあごちゃごちゃ言わなくても(たぶん数学はごちゃごちゃがキライ),ちょうど掛け算の逆が割り算であるとか,何乗の逆がルートであるとかと同じことで,指数関数の逆関数が対数関数だと言えるでしょう。対数を学ぶ時点で通常は指数関数は知っているはずですので,対数関数はその逆関数ということで,学校の数学ではいろんな対数の計算にどんどん入っていくのでしょう。


改めて式で示せば,とある数字$b$の,底が$a$における指数部$c$は,
  $c=\log_a b$ 
と書く事にしましょうというわけです。これはもちろん,
  $a^{c}=b$
の指数部分${c}$を示したという事です。

ここまでなら,記号に拒絶反応さえ示さなければ大丈夫でしょう。
しかし,logを最初に習う高校数学では色んな底の計算をさせられます。理工学で重要なのは10と2とeです。底の変換公式を使えば,いろんな底同士の対数を相互に変換ができます。その底の変換公式なるもの,これがおそらく最も嫌われるものです。当方も初めて学んだ時意味がわからず覚えましたが,意味がわかっていないので正確に覚えられず間違いました。そうすると完全に苦手になってしまいます。意味が分かればすぐ理解できることなのに,意味分からずにいくつもの公式を覚える。むろん,それらが九九を覚える様に暗記できればスムーズに問題をとけるのでしょうが,当方にはムリでした。底の変換は,対数の性質からの必然なのですが,なぜ意味を教えてくれなかったんだろう?と思う訳ですが,数学の人にしたら数式で書いてしまえば,すでに意味のあるアタリマエのものなのでしょう。

しかし,数学ニガテ人間には意味がわからないと理解できません。
あえて意味を言えば,対数には色んな底がありますがすべて兄弟のようなもので性質が一緒。どんな底の対数同士でも定数倍で相互変換できるというものです。公式は次式です。
  $\log_a b=\dfrac{\log_c b}{\log_c a}$         (1)
これだけ見せれても何やらチンプンカンプンです。これを意味もなく応用の便利さも知らせず,いきなり覚えろと言われても,なかなか大変です。しかしこれは,いわば対数の意味を再確認する様な公式です。

まず,
  $a^{\log_ab}=b$           (2)
この式は自明でしょう。なぜなら,$\log_ab$もとの数字$b$の底$a$に対する指数部分を取り出すという,対数の定義そのものだからで,底$a$のそれ乗をやるわけですから,もとの数字$b$に戻ります。自己参照している様なものです。アタリマエなこの等式が底の変換公式を説明するために必要です。
この等式(2)の両辺を別の底$c$で対数を取ると,
  $\log_c a^{\log_a b}=\log_c b$       (3)
等式(3)となります。別の底$c$の対数を使うのは,同じ底では意味がない(別の底に変換したい)からです。ここで,やはり対数の性質(n乗はn倍になる)$\log_c a^n=n\log_c a$ を使うと,
  $\log_a b\log_c a=\log_c b$       (4)
と書けます。さらにこの等式(4)の両辺を $\log_c a$ で割ると(1)式の底の変換公式が得られます。


片対数グラフ用紙の例
両対数グラフ用紙の例
底の変換公式が成り立つことから分かる様に,もともとどんな底の対数もみな兄弟ですから,10進数表示の常用対数目盛りのグラフを使って,どんな底の指数関数のグラフでも直線で表すことが出来ます(逆にeの目盛りなどで目盛られたら,何の数やらトンと分かりません)。異なるのは直線の傾きだけです。いわば,その直線の傾きが,変換公式の$\dfrac{1}{\log_c a}$部分に相当するわけです。

パソコンの普及のせいかこの頃はあまり使いませんが,対数グラフ用紙には片対数というものと両対数というものがあります。片対数グラフは指数関数的な変化を直線変化に変換して分かりやすくしてくれます。

例えばコロナの感染者数の推移は,一時はねずみ算の様に指数関数的に増えますから,片対数をとれば直線に乗り,複雑な数値シミュレーションをしなくても,ある時期に限っては感染者数をかなり精密に予測できます。指数関数的かどうかはわからなくても,とにかく非常に急激だったり桁数の激しい数字の変化には対数表示は欠かせません。

両対数は横軸も縦軸も両方対数を取る事になるわけですので,対数の性質からして冪乗の関数が乗数の傾きの直線グラフに変換されます。1乗(比例)は傾き1の,2乗の曲線は傾き2の,3乗の曲線は傾き3の直線になります。一時期流行った1/fゆらぎなるもの,横軸fで縦軸強度で両対数をとって,傾きが-1になれば良いのでした(分の1はマイナス乗だという事に注意)。


対数の性質は計算尺に利用されました。対数目盛りのスケールをずらす(足し引き)だけで掛け算割り算が出来てしまうのです。ソロバンがデジタルコンピュータだとすれば,計算尺はアナログコンピュータです。アナログコンピュータなるものは現在ありませんが,かつてこれの構成部品として開発された演算増幅器(オペアンプ)は,現在活躍の場を変えて現役です。

対数の性質は,計算の簡便化や表示の便利さだけではなく,面白い事に,人間の刺激の感じ方なども対数的になっていることが多い様です。時間,また時間の逆数である周波数でも対数をとることが良く行われます。

制御系や電子機器の入出力特性を表すのに便利なBode線図ですが,これは横軸は対数をとった周波数で,縦軸のゲインは[dB]で表しますから,いわば両対数グラフです。ゲインの上昇や低下の次数が直線の傾きで表されます。±1次ならば±20dB/dec,±2次ならば±40dB/decとかです。昔は同じ表現で±6dB/Octとか,±12dB/Octとか言いました。10倍で10倍というよりも2倍(オクターブ)で2倍などという方が音楽的?表現ではあります。音響方面では現在もオクターブ表現を使う様です。

Bode線図の例。これはゲイン特性のみ。位相特性も合わせて示すのが標準的。
dBが便利なのは,対数の性質によって,冪乗が何倍に,掛け算が足算に,引き算が割り算になることです。構成要素,オーディオで言えば,アンプなどが縦列に接続されますと,その利得(や損失)は掛け算になります。Bode線図上の特性ならば,積木を積む様に重ねるだけで総合特性を求めることが出来ます。
nice!(28)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽

nice! 28

コメント 4

たこやきおやじ

Enriqueさん

さすがEnriqueさんですね。何かの教科書に載せても良い内容だと思います。(^^;
対数が大昔の天文学から出て来て、大きな数字を扱うのに便利だという成り立ちも知っておけば、一般の人には難しそうに感じる対数の記号も親しみが持てるのではないかと思います。


by たこやきおやじ (2020-12-30 13:09) 

Enrique

たこやきおやじさん,
コメントありがとうございます。
歴史的には指数よりも対数の方が先だった(ご指摘の様に天文観測のデータや計算に用いたのが元祖)ようですが,現在は指数の方を先に学びますので,その逆と捉えるのが標準です。もともとは,天文学的数字とか,微小な数字を扱う工夫だったわけですね。
色々書き出すとキリが無いのですが,微積にしろ行列にしろ応用が先なのですが,数学になってしまうと,キレイな定理としてその先がどんどん進められます。便利な記号も一般人には暗号の様になってしまいがちです。
by Enrique (2020-12-30 14:31) 

ぽちの輔

良いお年を^^
by ぽちの輔 (2020-12-31 07:19) 

Enrique

ぽちの輔さん,
新年もよろしくお願いいたします。
by Enrique (2021-01-01 14:52) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。