バッハの組曲に,稀に現れる「ルール」とは何ぞや?と思うわけです。
先日,その「プレリュード」を取り上げたBWV1006aの第2曲です。フランス風の舞曲のようです。「遅いジーグ」だとも。しかしジーグはイギリスの舞曲ですし,ルールもしくはルーレ,"Loure"とは何でしょう?
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バロックの組曲なるもの,大雑把には「お国巡り」のようなもので,各国風の舞曲を取り混ぜてセットになっています。バッハの場合はだいたい組曲単位で6曲,各組曲(もしくはパルティータ)が6曲から8曲の個別曲で構成されています。リュート組曲第4番BWV1006aは,無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番BWV1006のバッハ自身による編曲と言われています。無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの6組曲の中の個別曲でもルール(Loure)というのはこれのみです。
表1.リュート組曲の構成曲
| 第1番ホ短調BWV996 | 第2番ハ短調BWV997 | 第3番ト短調BWV995 | 第4番ホ長調BWV1006a |
I | Präludium - Presto
| Preludio | Präludium - Très Vite | Prelude |
II | Allemande
| Fuga | Allemande | Loure |
III | Courante
| Sarabande | Courante | Gavotte en Rondeau |
IV | Sarabande
| Gigue | Sarabande | Menuet I - II |
V | Bourrée
| Double (variation on the gigue) | Gavotte I - II En Rondeaux | Bourrée |
VI | Gigue
| | Gigue | Gigue |
表2.無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ(BWV1001-1006)の構成曲
*リュート組曲第4番の原曲とされる。
| ソナタ第1番ト短調 | パルティータ第1番ロ短調 | ソナタ第2番イ短調 | パルティータ第2番ニ短調 | ソナタ第3番ハ長調 | パルティータ第3番ホ長調* |
I | Adagio | Allemanda - Double | Grave | Allemande | Adagio | Preludio |
II | Fuga. Allegro | Corrente - Double. Presto | Fuga | Corrente | Fuga (Alla breve) | Loure |
III | Siciliana | Sarabande - Double | Andante | Sarabanda | Largo | Gavotte en Rondeau |
IV | Presto | Tempo di Borea - Double | Allegro | Giga | Allegro assai | Menuet I - II |
V | | | | Ciaccona | | Bourrée |
VI | | | | | | Gigue |
このリュート組曲第4番と同じ曲である無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 BWV1006の第2曲以外には,無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(BWV1001-1006)の6組曲中にこのLoureなる舞曲はありません。無伴奏チェロ組曲6曲の中にも見当たりません。
表3.無伴奏チェロ組曲(BWV1007-1012)の構成曲
**リュート組曲第3番の原曲とされる。
| 第1番ト長調 | 第2番ニ短調 | 第3番ハ長調 | 第4番変ホ長調 | 第5番ハ短調** | 第6番ニ長調 |
I | Präludium | Präludium | Präludium | Präludium | Präludium | Präludium |
II | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande |
III | Courante | Courante | Courante | Courante | Courante | Courante |
IV | Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande |
V | Menuetto I - II | Menuetto I - II | Bourrée I - II | Bourrée I - II | Gavotte I - II | Gavotte I - II |
VI | Gigue | Gigue | Gigue | Gigue | Gigue | Gigue |
鍵盤曲のイギリス組曲6曲(BWV 806-811)の中には見当たらず,フランス組曲(BWV 812-817)の第5番(BWV816)の第6曲に見るのみです。パルティータ6曲(BWV 825-830)の中にも見当たりません。そう言う事もあり,アルマンド,クーラント,サラバンド,ブーレ,ガヴォット,メヌエット,ジーグなどのメジャーな舞曲とは異なり,ケーススタディの難しい舞曲です。
表4.イギリス組曲(BWV806-811)構成曲
| 第1番 イ長調 | 第2番イ短調 | 第3番ト短調 | 第4番へ長調 | 第5番ホ短調 | 第6番ニ短調 |
I | Prélude
| Prélude | Prélude | Prélude | Prélude | Prélude |
II | Allemande
| Allemande | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande |
III | Courante I - II
| Courante | Courante | Courante | Courante | Courante |
IV | Sarabande
| Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande |
V | Bourrée I - II
| Bourrée I - II | Gavotte I - II | Menuet I - II | Passpied I - II | Gavotte I - II |
VI | Gigue
| Gigue | Gigue | Gigue | Gigue | Gigue |
表5.フランス組曲(BWV812-817)構成曲
| 第1番 ニ短調 | 第2番ハ短調 | 第3番ロ短調 | 第4番変ホ長調 | 第5番ト長調 | 第6番ホ長調 |
I | Allemande
| Allemande | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande |
II | Courante
| Courante | Courante | Courante | Courante | Courante |
III | Sarabande
| Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande | Sarabande |
IV | Menuet I
| Air | Anglaise | Gavotte | Gavotte | Gavotte |
V | Menuet II
| Menuet | Menuet - Trio | Air | Bourrée | Polonaise |
VI | Gigue
| Gigue | Gigue | Menuet | Loure | Bourrée |
VII |
| | | Gigue | Gigue | Menuet |
VIII |
| | | | | Gigue |
表6.鍵盤用パルティータ(BWV818-823)構成曲
| 第1番変ロ長調 | 第2番ハ短調 | 第3番イ短調 | 第4番ニ長調 | 第5番ト長調 | 第6番ホ短調 |
I | Preludium
| Sinfonia | Fantasia | Ouverture | Preambulum | Toccata |
II | Allemande
| Allemande | Allemande | Allemande | Allemande | Allemande |
III | Corrente
| Courante | Corrente | Courante | Corrente | Corrente |
IV | Sarabande
| Sarabande | Sarabande | Aria | Sarabande | Air |
V | Menuett I
| Rondeaux | Burlesca | Sarabande | Tempo di Minuetta | Sarabande |
VI | Menuett II
| Capriccio | Scherzo | Menuett | Passepied | Tempo di Gavotta |
VII | Giga/Gigue
| | Gigue | Gigue | Gigue | Gigue |
パルティータといえば,無伴奏フルート用(イ短調)があります。これにもLoureは含まれません。
いわば管弦楽用のパルティータとして管弦楽組曲があります。これにもLoureは含まれません。ちなみに,バディネリ(Badinerie)やレジュイサンス(Réjouissance)は舞曲名ではないとの事です。珍しい舞曲名にパスピエ(Passepied)がありますが,これは後年ドビュッシーのベルガマスク組曲でも有名になったものです。
表7.フルートの為のパルティータ
| イ短調 |
I | Allemande |
II | Corrente |
III | Sarabande |
IV | Bourrée angloise |
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表8.管弦楽組曲の構成曲
| 第1番ハ長調 | 第2番ロ短調 | 第3番ニ長調 | 第4番ニ長調 |
I | Ouverture | Ouverture | Ouverture | Ouverture |
II | Courante | Rondeau | Air | Bourrée I - II |
III | Gavotte I - II | Sarabande | Gavotte I - II | Gavotte |
IV | Forlane | Bourrée I - II | Bourrée | Menuet I - II |
V | Menuet I - II | Polonaise - Double | Gigue | Réjouissance |
VI | Bourrée I - II
| Menuet | | |
VII | Passepied I - II
| Badinerie | | |
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バッハが使ったの舞曲名としては,ざっと探しても,BWV1006と1006aのダブりを除けばBWV816との2例のみで情報は多くありません。2例で共通するのは,いずれも6/4拍子である事と長調である事くらいでしょうか(譜例1,2)。
フランス組曲第5番(BWV816)もBWV1006も有名曲ですので,ルールは稀有な舞曲ながら,有名曲の重要な脇役?舞曲と言えるかもしれません。
フランス組曲第5番(BWV816)では,ルールは他の組曲でのメヌエットの代わりに採用されていますが,BWV1006では第4曲にしっかりとメヌエットI,IIもありますし,ルールにつづく第3曲も(ロンド風)ガヴォットですから,BWV1006はフランス組曲よりもフランス風?なのかもしれません。
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舞曲を演奏するうえで,バロック・ダンスが参考になります。むろん譜面で表される様に,大きな骨格が3拍子系だったり4拍子系だったりしますが,それは記譜上のものであり,
守安功氏の言によれば,「リズムは最も五線譜で表しにくいものの一つ」との事です。小節割は便宜的であったりしますので,第1拍目がアクセントというのも,必ずしも成り立ちません。拍の重さを知る重要な情報が舞曲名なわけです。
有難いことに,YouTubeに,Loureのバロックダンスを踊っている方がいました。曲はアンドレ・カンプラ(1660-1744)作曲の "愛すべき勝利者" です。控えめで優雅な踊りですが,軽いジャンプが入ります。
Enriqueさん
「ルール」の事は私は詳しい事は知りませんでした。この記事を読んでちょっと調べてみました。
ティモ・コルホーネンの曲集の解説では
ルール
フランスの舞曲。3拍子。17世紀のノルマンディーで使われていたバグパイプの一種にちなんだ名称である。ルールはフランス版「遅いジーグ」であると考えてよい。ヴァルター(バッハの従兄)は、ルールが「遅く、儀式ばっている。半小節ごとの頭拍に付点が付いているので、見落とさないように」と述べている。
また、音楽之友社の新音楽辞典では
ルール(1)loure「仏」 (ア) バッグパイプの16,7世紀の呼び名。(イ) 17世紀の舞曲、中庸の速度の6/4拍子で付点リズムをもつ。もとは(ア)の楽器で伴奏したのではないかと思われる。
という事は、フランスのノルマンディーにもバグパイプの伴奏によるダンス音楽があったという事でしょうか。
Enriqueさんのご意見はいかがでしょうか。
by たこやきおやじ (2022-04-09 13:19)
バロックダンス、優雅ですね。先入観に囚われているのかもしれませんが、高貴な感じかします。
シフの演奏するバッハのこの曲ですと、アニメーションのように自由な動きを付けないと、音楽に合わないような気もしました。
by アヨアン・イゴカー (2022-04-09 15:36)
たこやきおやじさん、
何かそれでお分かりになりますか?演奏の足しになりますか?
一般知識に対しては、何の意見もありません。
by Enrique (2022-04-09 20:33)
アヨアン・イゴカーさん,
やはり舞曲は,そのダンスのステップが演奏解釈の参考になると思います。ただ器楽ではダンスとは異なるクロス・リズムもあります。まずは基本のステップを把握するのが肝要だと思います。
「優雅で高貴な感じ」でも演奏の参考にはなると思いますね。
by Enrique (2022-04-09 20:43)
フランス組曲は第5番中心に取り組みましたが、ルールはとっつきにくかったです。今ならやってみたいと思えます。
カンプラのルールのダンス、優雅で素敵ですね。
3年前にバロックダンスのコンサートに行きました。動画などでは見ていましたがバロックダンスを生で見るのは初めてでした。
ルネサンスものとバロックものを両方見ることができ、衣装も時代に合ったもので素晴らしかったです。
声楽ではダンスのリズムを考えることはないのですが、最近ヴァイオリンでガヴォットやらメヌエットを演奏しているので解釈のために動画を見て研究したいと思います。
by Cecilia (2022-04-11 09:30)
Ceciliaさん,
フランス組曲じたいは取り組みやすい曲集だとは思いますが,やはりこのルールは解釈が難しいですね(鍵盤で弾いたことは無いですが)。
バロックダンスなどで馴染めば分かりやすくなるのかなという印象です。むろんダンスのステップと楽曲と完全に一致するものではありませんが,まずそれを掴むことが重要で,舞曲においてはリズムが最重要かなと思います。
12年前に,楽式を総括した際,ルール(ルーレ)も一応取り上げていますが,ほんのさわりでした。
https://classical-guitar.blog.ss-blog.jp/2010-01-04
by Enrique (2022-04-11 10:51)