SSブログ

志野文音さんの博士論文を読む(第2章) [楽器音響]

ギター奏者志野文音さんの博士論文「クラシックギターにおける奏法の違いが音色印象に与える影響」を読んでいます。
今回は第2章を見てみます。

第2章は,前回の図1にあったように,「楽器・奏法の構成要素」というタイトルです。

ここは楽器や弦の話で,文献調査的な内容です。それを通していわばこの研究テーマを選んだ理由を,「2.3 結論」として述べています。

2.1ではクラシックギターの構造について述べられています。現代の楽器はそのサイズやファン型ブレーシングなどにおいてトーレスがその始祖であるが,非対称性を取り入れるなど工夫が施されて各流派の楽器の個性となっている事などが述べられます。

2.1.3では,「楽器の構造・品質と音響特性」と題して,他の研究者の音響物理的な指摘として,「良い楽器の条件」の様な記述が見えます。ボディの特性としては,①固有振動数を多く含む②高音と低音で振動部分が非対称で,③3次共振レベルが高いことなどが挙げられています。表面板が特に大事ということ,また別の研究者の指摘として,エージングが効くことや,明瞭で大きく,平均した音,タッチによって敏感に音色変化すること,2.5kHz~5kHzという非常に高いスペクトルの音が大きいことが名器の条件の一つとされているとの記述が見えます。また,ある研究者による「高品質なギターは高弦が良い音であることが重要」との指摘が,①②③弦の音を調べたこの研究の意味合いなのかもしれません。何人かの研究者の報告結果をまとめて,ギターの音質改良は倍音の強弱の時間変化の設定だとしています。

2.1.4で「弦」について短く触れられています。

2.1.5「音の伝達」に関しては「楽器の物理学」に現れたFletcherとRossingの図を引用です。

2.2「奏法の構成要素」として,2.2.1で楽器の構え方の画像が入っています。「ビジュアル楽器図鑑」に載ったご本人の画像です(図1)。
楽器の構え方.jpg
図1「楽器の構え方」として用いられている画像


2.2.2では「右指のテクニック」について記述されています。ここはいわば研究対象であり実験方法に関わるため詳しく記述されています。(1)アポヤンドとアルアイレの違い,(2)弾弦位置,(3)爪の形,(4)爪の角度と重み,(5)運指等,それらについて記述されています。(1)では,この研究の音源は人が弾くわけですが,より安定したタッチが可能なアポヤンドを使う事の根拠が示されていると言っても良いでしょう。(2)の弾弦位置に関しては,音色変化が容易である事,より音色の指定をするために従来のsul ponticelloとsul tastoという大雑把な指定ではなく,細かい指定をしている例,「G. ビベリアン作曲『Prisms II』(1970)における右指の弾弦位置の一覧」を引用されています(表1)。この実験の弾弦位置決定の参考にされたのだろうと思われます。

表1. G. ビベリアン作曲『Prisms II』(1970)における右指の弾弦位置の一覧
略称奏法名意味
Fo.
Flautando弦長の半分の位置で弾く。
To.
Sul Tasto音高に関わらず、12番と19番のフレットの間で弾く。
Bo.
Sul Bocaサウンドホールの上で弾く。
No.
Normaleサウンドホールとブリッジの間で弾く。この時、右指はサウンドホール寄りに配置する。
Po.
Ponticelloできるだけブリッジの近くで弾く。


他にも,C. ヘンツェ,T. ダマース ,M. ポンセ ,D. アグアド ,N. カルドーネ ,F. カルッリ ,J. アルカスの各作品に現れた音色の指定内容が別の表にまとめられています。

考えてみれば,強弱や速度,その他の幾多の発想記号は楽譜中に書き込まれますが,音色に関する指定は余り無いことに気づきます。著者は,音色の指定が楽譜内に書き込まれることを目指している様です。そのための音色表現の客観化というのが,この研究のモーティブフォースになっているようです。

つづく(3)として指先や爪の形の影響を指摘しています。弾き方として爪のみ,爪と指頭,指頭のみの三通り挙げ,指頭弾弦はローパスフィルタとなって高調波成分が少ないと言われていると記述しています。引用論文にそのように書いてある様ですが,この事は,弦の初期変形に含まれるフーリエ成分で説明できますので,結果的には同じことを言っているのでしょうが,ローパスフィルタというよりも入力音そのものに高調波成分が少ないとみるべきでしょう。爪で弾けば弦を角ばって変形させますから,入力音の高調波成分は増えます。そのコントロールが爪弾きでの音色変化の影響の出やすさでしょう。

(4)では爪の角度についての言及ですが,基本的には(3)と同じで,弦に加える初期変形の形の違いだろうと思います。弦を直角に弾くよりも平行に近づけて(弦を斜めにこする様に)弾く方がやはり弦に加える初期変形は角が丸くなります。ここで,もう一つ弦の振動方向に関する話題が記述されますが,弦に及ぼす角度という点では共通ですが,こちらは弦の表面板に対する振動方向に関してであり,弦の弾かれた後の運動エネルギーの費消状態に関わるもので,音響物理的には別の話なので項を分けた方が良さそうには思われます。

(5)右手の運指については,この研究の主幹に関わる事は余りなさそうです。

2.2.3は左指のテクニックについて記述です。ギターでは「異弦同音」が多く存在し,押さえる場所によって演奏の難易や音色が変わることを詳述しています。ここはこの研究の意義を示す大事なアピール点でしょう。

2.3は2章の結論で,ここまで述べてきたこの楽器の特性や演奏に関する留意点から,楽器の違いと奏者の違いを考慮に入れたうえで,この楽器の基礎的テクニックである異弦同音と弾弦位置による音色印象を明らかにしたいとしています(つづく)。

"SAKURA"ーThe Timbre of Guitars #1 Susumu Yokota

  • 出版社/メーカー: MUSICMINE
  • 発売日: 2021/04/28
  • メディア: CD

nice!(19)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽

nice! 19

コメント 4

たこやきおやじ

Enriqueさん

2.5kHz~5kHzのスペクトルの下りは大いに賛同します。ギターを弾いている時はこの辺の倍音の帯域の音を聴いて、良い音を出そうとしているような気がします。
ギターに限らず倍音が綺麗に乗った楽器は良い音がすると思っています。(^^;


by たこやきおやじ (2021-05-03 00:54) 

Enrique

たこやきおやじさん,
当方は楽器を弾く時に倍音を聴くと言うことは無いので,あまりピンとは来ないのですが,倍音の乗り方が大事というのは,一般論としてももっともなことでしょう。
ここのくだりの引用文献はネットで読めます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jergo/48spl/0/48spl_152/_pdf
by Enrique (2021-05-03 07:50) 

Cecilia

昔ギターというものは足を組んで演奏するものだと思っていましたが、足台を使って弾くとやはり音が変わるのでしょうか?足台を使うのが正式で足は組まないものなのでしょうか?
by Cecilia (2021-05-07 08:38) 

Enrique

Ceciliaさん,
音質じたいはそんなに変わらないと思います。
むしろ,合理的な演奏技術には必須です。ちょうどヴァイオリンも顎あてなどの補助具が無い時代には楽器を腕に乗っけて弾いていましたので,いかなる名人でも今から聴けば素人の様な演奏でした。チェロもガンバの様に足に挟んで弾いていたので,楽器が安定せず左手の自由が利きませんでした。
現在クラシックギターでは足台を使うのが標準で,かつ楽器の支持も3点支持で両手を添えなくてもピタッと静止するのが基本です。これをしないと技術がかなり制限されてしまいます。
by Enrique (2021-05-07 09:51) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。