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弦高下げチャレンジ [楽器音響]

私が手工楽器を買った学生時代,弦高のみならず弦幅が広く弦が指板から落ちてしまうと購入店に持って行ったのですが,全く取り合ってくれず,「あんたの弾き方が悪い,練習が足りないんだ」と。後年測ったところ,ネック幅は標準の52mmですがナットの弦幅が45mmくらいある上に弦高が高いので,弦が落っこちるのも無理はないなと悟り自分で42mmのものに交換しました。製作家は楽器本体には心血注ぐのだろうと思いますが,案外サドルやナットの調整はかなり無頓着なものだとその時思いました。ほかの製作家にナットを作ってもらった時も異常に高い弦高でしたので,すぐ自分で交換しました。その他の修理でもあまり良い思い出がありません。修理や調整は,製作家によってかなり得意不得意がある様で,誰でも良いというわけではなさそうです。現在高価な楽器の修理は信頼のおける専門家にお願いしますが,楽器自体をいじらないサドルやナットの調整は自分でやる事にしています。

自分でやることのメリットは,納得いくまで調整できることと,すぐ楽器を使いたい場合の待ち時間がない事です。デメリットとしては練習時間が減ることと,爪などを痛めてしまう危険性です。もっとも「弾きにくいな」と思う楽器を我慢して弾くより,納得づくて調整した方が良いですし,爪は他の作業でも痛める危険性は常にあるので,それなりに防御してやります。

弦高の考え方と高弦高の発生要因
弦高が高い方が音に張りがあるという意見がありますが,それは「より強く弾けるから」ではないかと考えています。当方の考え方としては,「自分が出す最も強い音でビレない最低弦高」というのがガイドラインです。

通常の楽器は余裕を見て高めだと思います。特に昔の安めの楽器は高めでした。高価な楽器でも製作家によっては弦高高めの楽器はかなりあるのではないかと思います。製作家でも恐らくご自分でよく弾く人は弾きやすい調整にして出すでしょうが,あまり弾かない人はその辺の調整は想像以上に粗いです。より高い弦高は,各部の精度(フレットの平坦さなど)の悪さなど七難隠すと言っても良いでしょう。犠牲となるのは演奏性です。むろん,弦高が低いと物足りないと言う人もいると思いますので,高めにしておくのだろうと思います。

もう一つの問題は,経年による表面板の盛り上がりです。正確に測ったことはないですが,2mmや3mmは平気で盛り上がりますので,その分どんどん弦高は高まります。その分,サドル棒を削らないと弦高は高まっていきます。それを知らずに弾いていると,とんでも無く高い弦高の楽器を四苦八苦で弾くことになります。新しい楽器で始めたいという気持ちはわかりますが,私の苦い経験からすれば,楽器初心者はむしろきちんと調整された古い安定した楽器の方が良いのではないかと思います。

それにさらにネックの順反りが加わることもあります。
まれに逆反りということもありますが,殆どの場合はネックが起きて来て,これも弦高に加わります。12フレットの弦高が10mmくらいある様な楽器を見たことがあります。こんな楽器ではどんな名手でもマトモに音が出せません。

中古の楽器を見る場合は,ネックの反りが無いか,表面板の盛り上がりはどの程度かを見ています。ただネックに関しては,現代の製作家は完全にまっすぐが良いと考えている様ですが,私はマヌエル・ベラスケスの考え方の「わずかにアールがある方」がむしろ合理的だと思います。根拠は下で述べますが,明らかに反っている場合でもネックアイロン処理などで修正は可能です。表面板の盛り上がりも専門家なら修正は可能でしょうが,楽器の価値と手間との兼ね合いでしょう。どんな楽器でも起こる事なので,調整可能範囲ならば余り気にしない事にします。

低弦高へのチャレンジ
図1にギターの弦高と弦の振動の様子をイラストで示します。(a)はギターの弦高の様子,(b)はネックが順反りした様子,(c)は弦の振動姿態です。実線で示した平行四辺形形状の最大振幅内で波線の形状で揺れます。弦の振動姿態は理論的に描かれるもので,現実の弦の振動は折れ曲がりが少し丸くなる程度で,ほぼこの形状になります。描いた図形は最悪パターンで,バルトーク・ピチカートの弾き方をした場合を想定しています。弦の初期変形は,半周期後に点対称の形で指板上に現れてフレットにぶつかります。通常の弾き方では弦を押し込みますから,弦の振動姿態はこのイラストとは線対称の形状となり,上手く逃げてくれます。また弦を横に(表面板に平行に)振動させれば理屈上はフレットにはぶつからないはずです。しかしながら,ナット側の弦高を極端に下げた場合,1フレットではなく3,4フレット辺りに弦がぶつかる事も経験します。これは,必ずある非線形性*で(c)のイラストの様な形の垂直成分も一部現れるからと考えられます。

ギターイラスト.png
図1. ギターのイラスト。
(a)弦高の様子。各弦の12Fでの隙間を測ります。(b)順反状態。(c)弦の振動姿態。初期変形と点対称形で揺れます。

*理想的な固定条件で線形な弦ならば,弾いた方向以外の振動成分が出ることはあり得ません。しかしながら,弦の上下左右の固定条件は完全では無く,かつ方向性があります。そのためか,現実の楽器では弦を縦や横に平行に鳴らした積りでも,弦は回転運動となり,表面板に水平の揺れと垂直の揺れは連成します。
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河内の木樵

弦高の重要さを痛感しています。弦高が高いギターでハイフレットでセーハを多用する曲を必死に練習して左手を痛めました。他の調整もあり腕の良い製作家に見てもらって弦高をかなり下げると信じられないくらい弾きやすくなり調整の大切さが本当によくわかりました。弦高を下げるにあたって、まず弾いてみてと言われ弾いているタッチをずっとみた上で弦高を可能な限り下げたということです。その製作家曰く、タッチが良い人は弦高をかなり攻め下げられるが、タッチギター悪いと思いきって下げられないと。故に売っているギターの弦高は概ね高めてあるのだそうです。
by 河内の木樵 (2021-04-20 16:23) 

Enrique

河内の木樵さん,
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りですね。よく分かった製作家の方ならば,最良に調整するのでしょうが,普通はかなり高めです。むろんその方が製作家サイドとしては安全なんでしょうが,弾く側は危険ですらありますね。実際手を痛められたのですから。弦高が極端に高いとギター演奏は苦行になります。しかし,素人はわかりませんから,製作家の調整した状態が良いのだと錯覚して弾き続けることになります。重力奏法を取るにしても,余りにも高い弦高の楽器でまともな演奏はできませんね。
by Enrique (2021-04-20 22:27) 

Cecilia

手工楽器は”丁寧に作られている”というイメージがあるのですが、そうでもないのでしょうか。学生時代に手工楽器を購入されたのに驚きました。高価だったのでは?と思いますが。
しまいこんでいるギターがどうなっているのかも気になってきました。
by Cecilia (2021-04-23 09:17) 

Enrique

Ceciliaさん,楽器本体の品質と弦高調整の話とは全くの別物です。結構その辺誤解があると思います。

手工の良い楽器では,ブリッジや駒はもちろん,糸巻やフレットも消耗品であり,古くなれば調整したり替えたりします。弦と同じです。ですから,手工か量産かとは関係ありません。むしろ,量産楽器の方が素人向けなので,妥当な調整だったりします。

手工品では本体はしっかりと作られていますが,消耗品的な調整が驚くほどずさんなものがあるという事です。もちろん,注意深くやれば弾きやすい楽器に調整できます。むろんしろうとでも簡単にできることだからテキトウにやっておく(後は好きにやって)という職人も多いのでしょう(職人てそういう傾向があります)。ただそれを知らない素人が,プロの仕事だと勘違いしてそのまま使いうとひどい目に合うという事です(現在ではそういう酷いものは余りないでしょうが)。

当方が学生時代は,手工楽器さえ買えば良い音で,しかも上手くなると思っていたのですね(一生懸命アルバイトして)。大間違いでした。

量産品だと,糸巻やフレットにまでそれほど手間をかけられません。例えば,良い糸巻は20万円,フレット交換は3万円から4万円かかります。それだけ掛ける価値があるかどうかですが,弦高調整に関してはタダか数千円程度で簡単にできますので,調整範囲で弾きやすくすべきです。

その点バランスの取れた妥当な調整になっている信頼できる量産品の方が初心者には良い楽器だど思います。
by Enrique (2021-04-23 09:54) 

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